399.一回目の収穫結果

 弟子に悪い教育を教えたユイにたっぷりと罰を与えてからしばらく、一回目の薬草収穫結果が出ました。


 正確にはニーベちゃんやエリナちゃん、ウエルナさんとともに自分たちの目で夜明け前に結果を確認してきたのですが。


「それで、結果はどうだったんだ。スヴェインよお」


「それが気になってきたのですか? ティショウさん。ミストさんまで連れて」


「私も気になりましたので。それで結果は?」


「僕の目からすれば『まあこんなものだろうな』という結果でした。ニーベちゃんやエリナちゃん、ウエルナさんはかなり怒ってましたし、ボクたちと同じように結果を確認しに来ていた第二位錬金術師も『指導し直しだ』という判断でしたが」


「あの、スヴェイン様。私たちは結果まで確認できていないのですがどうだったのですか?」


「教えてくださいますでしょうか、ギルドマスター様」


 ティショウさんとミストさんは正式な来客ということもあり、サブマスターのミライさんとその補佐であるアシャリさんも同席しています。


 ……そういえばこのふたりも結果を確認しに行ったそうですが、既に混ぜ返されたあとだったそうですね。


「簡潔に結果だけ。作付面積の五分の一程度は薬草が生育途中で枯れていました。残り三分の一は種が実っていません。それ以外は種までできていました」


「それって失敗ですの? 成功ですの?」


「僕から言わせれば『まあまあ』です。ほかの皆は『失格』と判断したようですが」


「失敗した原因はわかるのか?」


「それも見て回りました。成育途中で枯れたものは栄養不足が原因。魔力水の散布し忘れか十分な量を与えていなかったかのどちらかです。種が実っていなかったものは、すべて茎に多数の傷跡が残っていました。薬草採取に失敗した証です」


「薬草栽培というのは簡単じゃないんですのね」


「ええ、まあ。繊細な作業です。それで、残りの分は種が実っていましたがほとんどが『一般品』でした。いまの第二位錬金術師が最初に成育させた時と同じ仕掛けをこっそり施していましたが……魔力水の濃度にムラがあったことが原因でしょうか?」


 本当に『まあまあ』な結果でした。


 弟子たちやウエルナさんは『怒った』ではなく、『怒り狂って待ち構えようとしていた』が正しいのですが……部外者と事務方にそこまで教えなくともいいでしょう。


「それで、スヴェイン様。が『一般品』だったんですよね? ということは、それ以外も?」


「ごく一部ですが低品質になっていました。それ以外にも高品質になっている一角があったのですが、ウエルナさんによると本部の第一位錬金術師が育てていた一角だそうです。僕の見立てでは魔力水のムラが少なく、かつ純度が高かったことが要因ではないかと」


「……ふむ。これ、ユキエさんの評価基準に加えても?」


「小さな一歩ですし、この程度ではシャルが許すことはないでしょうが……いいでしょう」


「わかりました。お話がすべて終わったあとユキエさんに伝えてきます」


「お願いします」


 これで彼女も少しは焦りが取れてくれるといいんですが……どうでしょうね?


「そういえば噂で聞いたんだが、『カーバンクル』が第一位錬金術師どもの手際の悪さに腹を立ててケツを蹴ったんだって?」


「……噂になってましたか。ユイめ、本当に余計な事を吹き込んでくれました」


「その反応は本当でしたのね……」


「ニーベちゃんは本当に蹴り上げました。傍から見ていてとてもいい角度の蹴りでしたよ。エリナちゃんは蹴り上げる前に止めました」


「おい師匠。弟子の教育は大丈夫か?」


「まったくもって大丈夫じゃありません。なので、ふたりには師匠命令で体罰禁止を言い渡しました。あと、余計な事を吹き込んだ第三夫人のユイにも厳罰を」


「厳罰?」


「寝室でですが、全裸にしたあと僕のでお尻を百回叩きにしました」


「それ、生き残れたのか?」


「叩くと同時に最上位回復魔法をかけました。叩くたびに骨が砕けていたはずですが、一瞬過ぎて気付いていなかったでしょう。百回口で数えさせもしたので歯も食いしばらせませんでしたし、大粒の涙をボロボロこぼしていましたね」


「……妻にする仕打ちじゃないですわよ?」


「妻だからこそ厳しくしました。あとは……まあ、彼女の恥をこれ以上上塗りするのはやめてあげましょう。可愛い妻ですし」


「つまり、ほかにもなにかやってるんだな?」


「ノーコメントで」


 ノーコメントにしましたが、本人の口からなにをされたかすべて聞かされているミライさんは耳まで真っ赤にしています。


 ほかの三人もそれを見てどんなことをしたのかそれぞれ想像したのでしょう。


 ミストさんとアシャリさんは顔を青ざめさせ、ティショウさんでさえ顔が引きつっています。


「ミライの嬢ちゃん、なにをされたのか知ってるのか?」


「……本人の口から説明を受けました。ですが、あまりにもむごいですし、こんなこと余所様に知られたらあの子が不憫なんてものじゃなくなるのでノーコメントで」


「……鬼ですわね」


「お前、どんだけのことしたんだよ?」


「私、人妻ですので、あまり恥ずかしい真似は……」


「アシャリさんは心配しなくてもいいです。ギルド員に手を上げるような真似はしません。それからユイにした罰は彼女が犯した罪に値するものです。純真な子供になにを吹き込んでいるのやら」


 まったく本当に余計な事を……。


 癖になってしまったらどうするつもりなのか。


「とりあえず弟子や妻の話はもう置いておきましょう。脱線しすぎています。ともかく一回目の収穫判断は僕基準でまあまあ、ほかの皆では失敗扱いです。弟子とウエルナさんは止めましたが第二位錬金術師たちは止めていません。今頃第一位錬金術師たちは再教育されているでしょう」


「それで一階がやけに静かだったのか……」


「本来休みだったはずの第二位錬金術師まで出動しての再教育です。相当厳しいものでしょう。まだ薬草栽培に関わっていないアトモさん一門と、僕直下扱いでただひとり指揮体制が変わっているエレオノーラさんは不思議な顔をしていましたが」


「アトモ様たちには薬草栽培をさせないのですか?」


「本人たちは話を聞くとやりたがっていましたが……とりあえず保留にしています。多分彼らなら一度でうまくいくので。三回目の収穫が終わったあたりから別区画で栽培を始めていただこうかと」


「高く買ってるな、あいつらのこと」


「実際高く評価していますよ? 彼らも昇級試験を受けたがらないので昇級していませんが、皆さん実力なら第二位錬金術師たちと同等かそれ以上のはずです」


「そうか。それで、次の収穫予想は?」


「うーん、判断が難しいところです。次は僕の小細工なし、すべて自分たちでやらねばなりません。今回高品質を成功させた者たちなら高品質を維持できるでしょう。ですが、失敗した者たちは細心の注意を払わないと今回以上の失敗になります」


「本当に難しい作業だったんだな。『カーバンクル』は昔も簡単そうに教えていたが」


「彼女たちは最初の頃だとすごく狭い畑でしたし細心の注意を常に払っていました。今回の結果で特に問題なのは薬草を枯らせた者たちです。今回は初回なのでウエルナさんも怒る程度で大目に見ています。でも二度三度と同じことが続けば、ウエルナさんたちから『第一位』の名とローブを没収されるでしょうね」


「本当に厳しいですわね。『新生コンソール錬金術師ギルド』は」


「僕は五歳から、ニーベちゃんとエリナちゃんも十一歳から薬草栽培をしている事をシュミット講師陣は知っています。彼らに言わせれば『子供でも注意すればほとんど失敗しない作業、それも枯らせるなんてしないことをするヤツは許せない』のでしょう」


 本当なら僕も怒るべき、そう言われましたが作付面積を広げすぎ、種を撒きすぎたのが原因なのはわかりきっています。


 最初の間は失敗から学ぶことも大切でしょう。


 ……そう考えると、なぜ僕の弟子たちは失敗していないのか不思議なんですが。


「そんで、あの農地いっぱいを薬草畑にするにはどれくらいかかる?」


「そうですね……本来なら冬の間には完了させたいところなのですが、ウエルナさんたちがあまり人員を寄越してくれないんですよ」


「そうなんですの?」


「そうなんです。彼らに言わせるとまだまだ薬草栽培をさせるには腕と覚悟が足りていないやつが多いそうで。段階的に増やしていくことはお願いしていますがどうなることか」


「ここでも本部と支部の格差か」


「そうなんですよね……どうにかしたいのはやまやまなんですが、どうにもうまくいかず」


「人を増やしすぎた弊害か?」


「さあ……そこの原因がよくわからなくて。指導だけなら来ていただいているシュミット講師陣で足りているはずなんですが」


「うーん、一度ギルドマスターに出張していただきますか」


「ミライさん?」


「最大の格差はなんですよ。スヴェイン様の指導に憧れて入ってきている者たちでも、支部では背中を見たことがあるものはほとんどいません。そこで火をつければかなり改善するんじゃないかなと考えます」


「ミライさんにしては珍しいですね。支部は支部で解決させようとするのに」


「正直、成長状況にこれほどの差ができるとまでは想像していなかったんです。第二位錬金術師はスヴェイン様の直接指導、本部の第一位錬金術師はスヴェイン様の初期指導と第二位錬金術師たちによる指導。アトモさんたちだってスヴェイン様がある程度実力を見せつけています。ギルドマスターがいないと機能しないようではダメだと感じていたので今まで取っておきましたが限界でしょう。この先が不安になりますが、スヴェイン様の遙か彼方の背中、間近で見せてあげてください」


「その程度で済めばいくらでも。時間は空いてるときならいつでも構いません。支部と調整して予定を組んでいただけますか?」


「わかりました。これから支部に向かい調整してきます。アシャリさん、一緒に行きますよ」


「は、はい!」


 ミライさんはアシャリさんを連れて支部へと向かったようです。


 ティショウさんとミストさんは僕からもう少し詳しい話を聞いたあと、冒険者ギルドへ帰っていきました。


 そして、その日ギルドから帰って夕方の指導に入る前、ニーベちゃんとエリナちゃんに薬草栽培を失敗したことがないか尋ねてみましたが……。


「枯らせたことは一度もないのです」


「最初の頃、何回かは茎に傷をつけてしまい種が取れなかったことがありました。でもそれだけです」


「畑が狭かったのはありますが自分の実力は把握していたので無理もしなかったのですよ」


「ボクもニーベちゃんから教わってやっていたので実力以上の真似はしませんでした」


「そうですか。ちなみに、最初の頃に薬草の栽培間隔を決めたのは?」


「私なのです。先生が栽培してくれたのを見て大体の間隔を覚えたのです」


「ボクが合流したあとはふたりで知恵を出し合って最適な間隔を見いだしていきました。なにかまずかったでしょうか?」


「……いえ。最初から薬草を枯らせたことがなかったのか気になっただけです」


 この子たち、優秀すぎませんか?

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