462.魔綿花とマジカルコットン、スヴェインの研究成果

「以上のように魔綿花とそれから作られるマジカルコットンは……まあ、その、魔綿花が非常に在庫過剰となっておりますが、指導用としていくらでも使えるというのはありがたいですね」


 今回は魔綿花……つまりマジカルコットンが作れるようになってから初めてのギルド評議会。


 聖獣鉱脈の時と同じように服飾ギルドマスターが困ったような表情を浮かべています。


 ちなみに、今回はゲストとしてシャルも参加していますよ。


「ふむ……錬金術師ギルドマスター。その……」


「コットン・ラビットですか?」


「そうだ。その聖獣様にお願いして魔綿花の栽培を止めてもらうことは?」


「止めるのは不可能です。とは言え物作りの聖獣。自分たちの作る素材が有効活用されていると知れれば、喜々として大量生産します。ええ、扱いきれないほどに」


「聖獣ってのはやっぱり危険物じゃねえか、スヴェイン」


「まあ、物作り系の聖獣は一度動き出すと止まらないですからね。僕も今朝、様子を見にいったときはあまりにも作りすぎていたので少し加減をするように伝えました」


「加減……聞いてくれるのですか?」


「仕方がないので別の素材の種を与えました。それを見たら喜んで栽培を始めましたよ?」


「危険物がまた増える……」


「なにの種を与えたのだ、錬金術師ギルドマスター?」


「魔亜麻の種。マジカルリネンという最下級魔法布の素材になる植物の種です」


 そこまで黙って聞いていたシャルですが、遂に我慢しきれなくなったのか僕に叫び出しました。


「お兄様! なんでコットン・ラビットが魔亜麻まで育てるんですか!? シュミットでもなんとかだましだまし生産しているというのに! それに魔綿花が在庫過剰というのもうらやましすぎます! 本国では素材不足で価格が下がらないのに!!」


「シャルロット公太女様、そこまでですか?」


「そこまでです! 昨日ノーラが連れてきたユイに話を聞けば、コンソールに集まったコットン・ラビットは百二十二、シュミットの約三倍です! 生産能力もそれに比例しますからいずれはコンソールの方がマジカルコットンの生産数は多くなります!」


「ははは。僕も六十もいればいい方だと考えていたのですが……あの数には圧倒されました」


「圧倒ではありません! 本来なら魔綿花自体を買い取りたいのですよ!? わかってますか、お兄様!」


「あの、シャルロット公太女様。必要でしたらお売りしますが……」


「マジカルコットンの糸まで加工されていれば問題ありませんが魔綿花自体はダメです。聖獣のプライドを傷つける行為になってしまいます。売るのであればコンソール内部だけで完結し、完全な自己消費を」


「はあ。それでユイ師匠も『良質なマジカルコットンの糸ができればシュミットとの交易品になる』と言っていたのですね」


「そうなります。なので、服飾ギルドには一日でも早く糸だけでも良質なものを安定生産できるようにしてください。そして、シュミットに売ってください」


「……そこまで品薄なのですか?」


「本国では魔法布はあればあるだけ消費します。その特性故に高級素材ですから」


「特性……エンチャントを多くかけられるという」


「はい。通常の布に比べ数倍のエンチャントを施せます。取り扱いには細心の注意が必要ですが、それ以上に利点があるのが魔法布です。それなのに、今度はマジカルリネンもだなんて……」


 シャル、そんなに恨みがましい目で見ない。


 気持ちはわかりますが。


「錬金術師ギルドマスター。マジカルリネン、ですか? それの素材が増えても当ギルドの生産能力は……」


「理解しています。なのでマジカルリネンは現物を服飾ギルドに渡してもらうよう手配しました。納品は一週間に一度程度になりますが、加工しなくても布の状態で手に入りますよ。もちろん、魔法布ですので素材箱から取り出す際にも注意しないとボロボロ崩れ落ちますが」


「ずいぶん手回しがいいですな」


「いや、僕もあんなにコットン・ラビットがいるとは考えていなかったのでせめてもの罪滅ぼしに……」


「とりあえず現状は把握した。服飾ギルドは少しでも早く糸だけでも作れるように。シュミットに売れるものができれば、ようやく『交易』だ」


「かしこまりました。素材は文字通り山になっていますので、時間の許す範囲で練習させます」


「うむ。それで、コンソール内での販売は問題ないそうだが売るあては?」


「さて? ユイ師匠が買いにきていますが……あれはなんのために?」


「ユイですか。弟子……と言ったら怒られますので仮弟子のサリナさんのためです。サリナさんがマジカルコットンの練習をするため、糸紡ぎをして機織りから練習させているらしいです。彼女は彼女でマジカルコットンを安定させるのとエンチャント容量の限界を見極めるため、服飾ギルドから帰ってきても必死に努力していますよ」


「そうでしたか。シュミットの皆さんから聞いてもここ数日の彼女はメキメキ腕を上げていると聞きましたが、それほど熱を入れていましたか」


「ええ。ユイはまだ正式な弟子と認めるつもりはありません。ですが、サリナさんの心にも火が付いています。あとは本人が努力を忘れなければユイも見捨てないでしょう」


 ユイも頑固に『仮弟子』と呼んでいますが、もう既に『弟子』のようなもの。


 あとは、サリナさん次第ですね。


「しかし、彼女も変わりましたな。去年の秋にユイ師匠と一緒に来たときは怯えて震えるだけの未熟者でしたのに、冬明けにユイ師匠が連れてきたときは多少怯えながらもしっかりとした服を作りあげた。半年と経っていないのにどうすればそこまで変わるのか」


「彼女はヴィンドの服飾ギルドで下働きをしていた『お針子』です。彼女の奥底にあったものは。それを捨てさせるのに苦労したようですが、そのあとは……まあ、それなりに苦労しながらも育て上げています」


「『お針子』ですか。ここでも職業優位論とは……」


「まったくだ。下位職ならできなくても当然という甘えが、上位職なら自分はできて当然だという驕りが出るんだからたまったものではない」


 職業優位論、たったふたつの問題を除けば馬鹿げた話なんですよね。


「ん? スヴェイン、なにかあったのか?」


「おや、顔に出てしまいましたか。実を言うと職業優位論はたったふたつの点においては存在するんです」


「なに? お前が散々馬鹿にしていたのにか?」


「はい。このふたつの点は普通に、一般的な生涯を送っていれば絶対に到達し得ませんから」


「興味があるな。話を伺おう」


「まずひとつ目。スキル限界の差です。例えば今の話に出ていた最下位職『お針子』のスキル限界は50。上級職の『服飾師』になると70なんですよ。これがひとつ目の職業優位論です」


「それ、大きいんじゃねえか?」


「まあ、結論を急がずに。ふたつ目。超級職以上に就けたかどうかの差。超級職は対象スキルのスキル限界が100になり、スキル補正も非常に高いです。これがふたつ目の職業優位論になります」


「やはり話だけを聞くと大きい気がするのだが……」


「話だけを聞くと大きい気がしますよね? そこに僕の研究成果を加えると求道者でもない限り、職業優位論なんてあってないようなものになるんですよ」


「お兄様の研究成果? 私も聞いたことがないのですが」


「話してませんから。僕とアリアはスキルをいくつかのパターンに分類したのですが……まあ、それはおいておいて、パターンわけした中で『職業スキル』と分類したものの説明をいたします」


「『職業スキル』か。具体的にはどのようなものなのだ?」


「わかりやすい例で言えば錬金術師系統の【錬金術】スキルのような職業補正の効果が高いスキルになります。これらについては昔説明があったので倍率の詳細は省きますが、実は何段階かに分かれてスキルが成長しにくくなるのです」


「スキルが成長しにくく、ですかな?」


「はい。まずはスキルレベル30まで。これを『第一水準』と名付けました。ここまでは……まあ、懸命に努力すれば誰でも届く範囲です」


「だろうな。俺だって若い頃にそんなのとっくに超えている」


「次、『第二水準』これは最下級職のレベル限界50を目安にしています。31から50まではスキルレベルが上がりにくい。『第二水準』では一般職のスキル補正など誤差にすらなりません。ティショウさん、あなたの『職業』と『職業スキル』のレベルを教えていただいても大丈夫ですか?」


「あ、ああ。俺の職業は『爪聖』、爪術スキルレベルは……そういえば43しかねえな」


「『聖』であってもそのレベルなんですよ。普通の職業に就いている人にとってはほとんど上がらないのと一緒。よほど修行に明け暮れない限り一生涯かけても50まで届かない。これが以前この街、いや、旧国ではびこっていた職業優位論を馬鹿にしていた理由です」


「つまり、普通の人々にとってしまえばスキルレベル30以上はほぼ誤差でしかないと」


「そうなります。ギルドマスターの皆さんだって各スキルのレベルが40に届いている方はいないでしょう?」


「……うむ。気にしたことがなかったが私の【医療術】スキルも40に届いていない。なるほど、職業優位論などあってないようなものか」


「今、錬金術師ギルドで講師に来ていただいている方で最上位のまとめ役、ウエルナさんは【錬金術】スキルが42もあります。それだってものすごいことなんですよね」


 本当にウエルナさんはエルフですがすごい研鑽を重ねています。


 さすがはまとめ役ですね。


「話を続けます。スキルレベル51以上、これを『第三水準』と命名しています。ここまで来ると超級職であっても一般的な方法ではスキルレベルが上がっていきません。シャル、差し支えなければあなたのスキルでもっとも高いスキルレベルを教えてください」


「……51です」


「鍛錬をかかさないシャルですらそこまでしか届いていないのです。『賢者』のシャルですらまともな方法で上がってはいかない水準、それが『第三水準』です」


「……確かに、今の話はつじつまが合っちまう」


「それ故に、職業優位論などあってないに等しいですな」


「まったくだ。ちなみに、錬金術師ギルドマスターはどの程度まで鍛えているのだ?」


「魔法スキルはすべて『第三水準』になっています。あと、錬金術スキルも『第三水準』ですね。ほかは……ぼちぼちです」


「お前、今年で十六だろう? よく『第三水準』になってるな?」


「ワイズ……ワイズマンズ・フォレストに言わせて、『聖獣が保護なり介護なりしなければ幾度となく死んでいた』と言われるほどの生活でしたから。錬金術の行使で死にかけた試しなどそれこそ指折り数える数ではありませんよ?」


 この話を聞いて会場は一様に静まりかえりました。


 シャルでさえ血の気が引いてますね。


「そういや、お前。昔、研究するのにアリアの嬢ちゃんがいないと危ないって言っていたが……」


「はい。死にかけた際に実行している作業を強制中断し、最上位回復魔法や適切な霊薬を飲ませる役割をお互いに担っています。なので、今の研究は二人が揃っていないと中断するタイミングがわからず、中断させる方法もわからず、中断後の治療方法もわからない。そんな危険な研究ばかりです」


「おま、そんな危険なことをしていたのか……」


「していましたよ? 最近は弟子の育成が忙しくて楽しいために自分たちの研究は完全に止めていますが」


「錬金術師ギルドマスターが死にかける、いや、半歩間違えれば死ぬ研究か。内容を知りたくないな」


「まったくです。お兄様、本当に自制と自重を覚えてください」


「まあ、弟子を放り出すわけにもいきませんし、家庭も持ってしまったので控えます。話が逸れてしまいましたが、職業優位論について僕の研究上では『存在はしても意味を成さないもの』と言うのが結論ですね」


「いや、ためになる話であった。あったが……命を粗末にするな。先達からの忠告だ」


「はい。大切にします」


 このあとは各種確認事項を行ってからギルド評議会は終了。


 終わってからシャルには『研究内容を教えてください』とねだられたので『相応の対価を』と言い返したら、『お父様と検討します』との答えが。


 あと、家に帰ったあとミライ経由で僕とアリアが何度も死にかけたと言う話を知ったユイ、ニーベちゃん、エリナちゃん、エレオノーラさんにはアリアともども散々怒られる始末。


 リリスは『そんな気がしていました』と笑って流していましたが……目が笑っていませんでした。


 アリアともども、今後は自重しようと決めた瞬間です。

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