461.魔法布の特性とエンチャント容量

 服まで完成したものは持ち帰ってもいいというセシリオさんの許しが出たため、一足遅く帰ってきたサリナさんも完成したブラウスを持ち帰ってきました。


 そして、それを持ってユイに質問をします。


「ユイ師匠、昼間できなかった質問の続きです。ユイ師匠ならあのとき作った服に三重以上のエンチャントができましたよね?」


「はい、できました。だけですよ?」


「どうしてそんな意地悪を?」


「魔法布の特製を知らしめるためです。あなたが持ち帰ったブラウス、エンチャントは何重ですか?」


「ええと、二着は三重、一着は四重です」


「わかりました。四重になった中身は?」


「はい。【擦過傷耐性】、【防汚】、【柔軟】、【強靱】です。残り二着は【強靱】がかかっていません」


「仮弟子。あなた、まだ【擦過傷耐性】にこだわっていたのですね?」


「ごめんなさい! でも、子供たちが公園で遊んでいるとき、擦り傷とかを作っているのをみたらどうしても外せず……」


「まあ、いいでしょう。サリナ、なぜ今まで【擦過傷耐性】が失敗してきたと考えていますか?」


「え? 私の腕が未熟だったから……じゃないんですか?」


「それもあります。ですが、それはあなたに教えていない技術があるためどうしようもないことです。問題になるのは布にかけられる『エンチャント容量』の問題です」


「『エンチャント容量』? 初めて聞きましたが……」


「はい、初めて教えました。『エンチャント容量』とはその……まあ、服飾師なら服などにかけられるエンチャントの最大量を指します」


「はい。わかりました」


「あなたが作っているのは『子供服』です。自然と布面積も少なくなります。わかりますね?」


「もちろん、わかります」


「布面積が少ないと言うことは『エンチャント容量』の最大量も少ないと言うことです。あなたが【擦過傷耐性】をかけられなかった最大の理由、それは布面積が少ないために最大エンチャント容量も少ない、したがって【擦過傷耐性】のようなエンチャント容量を多く消費するエンチャントは絶対に失敗するのです」


「そんな……」


「あなたが冬にアーヴィン君とミリアちゃんに贈り物をしたとき。マフラーに【防汚】をかけられたときは『まずまず』と評価しましたが、手袋と帽子にエンチャントができなかったときは特に責めませんでしたよね? あれもエンチャント容量不足がわかりきっていたからです」


「師匠、そういうことはもっと早く教えてくれても……」


「あなたはでした。それが


「それは……」


「先にエンチャント容量の話をしてしまえば、あなたは無理をしなくなる。つまりは限界への挑戦をやめてしまう。そうでしたよね?」


「否定できません……」


 ユイも本当に厳しい。


 いえ、サリナさんには必要なことだったのでしょうが。


「なので、今日までエンチャント容量の話はしてきませんでした。ちなみに服飾ギルドでもエンチャント容量の話はされていないですよね?」


「そういえば……されていません」


「つまり、服飾ギルドであってもそれを知ってしまうとと言うこと。この話、絶対に漏らしてはいけませんよ」


「はい!」


「いい返事です。次に、マジカルコットン……いえ、魔法布の特性です。魔法布は取り扱いが難しいですがそれを上回る利点がある。それは、です」


「え?」


「ちなみに、そのブラウス。そのサイズでしたらその上に【防水】と【快適温度保存】程度でしたらかけられました」


「【快適温度保存】ってかなり上位のエンチャントじゃ?」


「はい。あなたが普段扱う『服飾学入門編』のエンチャントではなく『服飾学初級編』のエンチャントです」


「魔法布ってそんなにエンチャント容量が多いんですか?」


「もちろんエンチャントをかける側の腕前も必要になります。ですが、魔法布のエンチャント容量は子供服の段階でも。私たちの着ているホーリーアラクネシルクの服にかかっているエンチャント数なんて、あなたが想像できないくらいですよ?」


「……そんなに」


「はい。そんなにです。あと、今日の実習では見せませんでしたが、糸紡ぎや布を織る段階でもエンチャントが可能です。マジカルコットンでは糸紡ぎの時点でエンチャントは不可能ですが、機織りの時点で【擦過傷耐性】くらいはかけられます」


「それにどのような効果があるのでしょう?」


。糸紡ぎや機織りの段階でエンチャントをすると、布になった時点でエンチャント容量を消費しています。ですが、普通に布へとエンチャントを施したときに比べると消耗量は二分の一から四分の一まで減ります」


「すごい」


「そういった部分も含めてどれだけのエンチャントができるのかを考えるのも服飾師の仕事です。……私が完全にできるようになったのもコンソールに渡ってから。もっと言えばスヴェインに治療を施してもらって難しいエンチャントをこなせるようになってからですけどね。エンチャントに失敗すれば糸は切れますから」


「ユイ師匠! エンチャント容量とエンチャントごとの消耗量ってどうやって見分ければ!?」


「そこは慣れと勘です。ただ、あなたに渡した服飾学の本。あれの中級編にはヒントが載っています。ただし、入門編と初級編を完全に理解して初めて中級編の内容が理解できることも忘れずに」


「はい!」


「あと、マジカルコットンですが素材が今日の時点であまり気味……と言うか既に余っているそうです。セシリオ様に言って定期的に買い付けてきますので、機織りの練習と服作り、それからエンチャント限界を自分の手と頭、感覚に覚えさせなさい」


「ありがとうございます! 早速ですが、服飾学を読み直してきます!」


 サリナさん、階段を駆け上がって行きました。


 自分で作ったブラウスを忘れて。


 それをユイは検品していますね。


「ユイ、あなたの目から見てその服の出来映えは?」


「まだまだ甘い。子供が乱暴に着ても大丈夫だけど……できれば【自動サイズ調整】もかけられるようになってほしいところ」


「指輪では必須なので宝飾師では必須扱いになりますが……あれってそれなりに難しいエンチャントですよ?」


「でも、成長の早い子供服だもの。【自動サイズ調整】にも限界があるとは言え、それがついていればこのサイズなら二年は同じ服が着られるはず」


「本当に鬼ですね、職人としてのあなたは」


「もちろん。手は抜かないよ?」


 ちなみにユイはこのあとニーベちゃんとエリナちゃんに質問攻めにされていました。


 我が弟子たちは服飾にも興味を持ったのでしょうか……。

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