196.買い物あれこれ 前編
弟子ふたりの設備更新を行うと決めた翌日、その日は丸一日を使い街中を見て歩くことにしました。
なぜかというと、錬金術師ギルドでおすすめのお店がないかと聞いた結果があまりにもあれだったためです。
いわく『僕が作る方が絶対に安くて性能がいい』と。
その通りなんですが。
その通りなんですが!
ミライさんに聞いても一般錬金術師に聞いても同じ答えしか返ってこなかったため、社会教育も兼ねての設備探しになりました。
とはいえ、あてもなく探し始めるわけにもいきません。
手始めとしてコウさんのお店にやってきたわけなのですが……。
「うーん、これじゃあ今使っている錬金台と大差ないです」
「そうだよね。むしろ感覚が違うから失敗するかも」
と言うわけでして、コウさんのお店に置いてある品にはご満足できなかった様子。
コウさんも店員さんも身内で腕前を知っているために苦笑いするしかないと言う有様でした。
それでは、と言うことでコウさんにお勧めされたのが商業ギルドでの相談です。
商業ギルドまではそれなりの距離があるため、ウィングに乗ってやってきました。
「錬金術師ギルドマスター、本日はどうなさいましたかな? お弟子さんまでご一緒とは」
「商業ギルドマスター。いえ、ギルドマスターに出てきていただくほどの案件ではなかったのですが……」
話を聞くと窓からペガサスが見えたので降りてきたらしいのです。
せっかくなので相談に乗っていただくと、錬金術道具に詳しい担当者を紹介してくださいました。
本当にギルドマスター直々にお出迎えさせてしまい申し訳ない。
「それで、ご相談内容はどういった内容でしょうか。噂の錬金術師ギルドマスターにそのお弟子様が見えられるとは」
「その……お恥ずかしい限りなのですが、弟子の錬金術道具が初心者向けのもののままだったのです」
「は? ……いや、失礼。今、なんと」
うん、その反応。
実に正しいと感じます。
「耳を疑いますよね。申し訳ありません、初心者向けの錬金台でミドルポーションを作れるまで育て上げてしまいました……」
「初心者向けの錬金台とはそこまでできるものでしたか?」
「その……僕も自分がいない間に買い換えているものだとばかり思い込んでいて……」
「ええと……ご用件は承りました。さすがに噂のカーバンクル様に見合う錬金術道具となると取り扱う店も限られてしまいます。ご予算はいかほどになりますか?」
「……金貨で三百枚ずつは持っています」
「……子供の持ち歩く額じゃないですよ。錬金術師ギルドマスター」
「申し訳ありません」
子供のお小遣いではないのは重々承知です。
でも、この子たちは『カーバンクル』なのですよ。
普通の家庭の年収を半月か一カ月でホイホイ稼ぐ子供たちなんです。
「失礼いたしました。その予算でしたらどのお店に行っても対応できます。むしろその金額を出してどうにもならない場合、錬金術師に特注するしかありません」
「それ、遠回しに僕が作った方が早いとおっしゃってますよね?」
「ストレートに言わせていただきます。錬金術師ギルドマスターなのですからその程度は造作もないですよね?」
困りました、本当に造作もないことなのです。
そして必要な材料を買う必要すらありません。
これではこの子たちのためにならないはずですよ。
「弟子ふたりの社会教育も兼ねています。どうにか曲げていただけませんか?」
「……承知いたしました。街の中にある錬金術道具店をすべてピックアップした地図を用意させていただきます。それでダメでしたら、諦めて錬金術師に発注を」
「……申し訳ない」
担当者の方にかなり無理を言ってしまいましたが、なんとか錬金術道具店のリストは手に入りました。
あとはお店を回って歩くだけ、そう考えていたわけですが……。
「ダメです。このお店にあるどの錬金台も扱いにくいです」
「ボクもちょっと。魔力の流れが不自然になります」
「ここもダメです。もっと魔力がぶわぁっと流れるものがほしいのです」
「うーん、ボクはもっと軽い感じで流れる方が好みです」
弟子ふたりのオーダーが細かいこと細かいこと……。
リストの半分以上を回ってもお眼鏡にかなう錬金術道具はひとつも見つかりませんでした。
店主たちも錬金術道具を扱っている店ならば錬金術師ギルドマスターである僕の顔は承知済み。
そして、弟子のローブに描かれているのはカーバンクル。
文句を言いたくても言えない状況です。
本当に申し訳ない。
お昼近くになったので近くにあった調理ギルド直営店でお昼にする事となりました。
「ん! このお料理、食べたことがありませんでしたがおいしいです!」
「ボクのもおいしいです。でも、どうしてこんな変わった料理が?」
「ああ、それは……」
「それはシュミット公国から来ている講師さんのおかげだよ」
僕が説明しようとしたところ、店の奥から恰幅のよいおばさまがやってきて説明してくれます。
「シュミット公国の講師ですか?」
「ああ。ここは調理ギルドの直営店だからね。新しい料理を一番速く教わる事ができたのさ」
「なるほど。だから、見たことがないのにおいしいお料理があるんですね」
「そういうことだよ。たくさん食べていっておくれ」
それだけ言い残しておばさまは去って行きました。
僕のことは気がついていなかったようですし、シュミットの人間ではないのでしょう。
「先生の故郷のお料理ですか?」
「そうなります。ですが、昔食べたときと少し味が変わっていますね。この地方の味付けも加えているようです」
「なるほど。シュミットから来ている講師の方々もお勉強されているのですね」
「むしろ講師の方が勉強を止めてはなりません。歩みを止めることが許されるのは後進に道を譲るものだけです。先へ導く使命を持つ者は進み続けねばならないのです」
「さすがです。お変わりないようで安心いたしました、スヴェイン様」
僕の言葉に背後から返答がありました。
振り返ればそこにはひとりの調理師がいます。
この方は……。
「シュミットの講師ですか?」
「はい。仲間のところにはスヴェイン様がいらっしゃったと自慢され悔しい思いをしていました」
「それは失礼を。あなたがここのお店を担当に?」
「はい。先日からここのお店の担当をしております」
「そうでしたか。この地方の文化も取り入れたおいしいお料理です」
「本当においしいです!」
「いろいろと考えてくださいましてありがとうございます」
「スヴェイン様とそのお弟子様に褒められるとは光栄です。では、ごゆっくりご堪能ください」
思いがけないところにもシュミットの講師が来ていました。
本当にこの街は変わりつつありますね。
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