316.『新生コンソール錬金術師ギルド』の風

 すごい、すごい、すごい!!


 こんなのずるいよ!!


 あんなにやる気に満ちあふれている子たちが本部じゃ『錬金術師』だなんて!


 それに詳しく話を聞いたら今は四人ほど足りないらしい。


 なんでもセティ様がやってきてその子たちを連れ出し、英才教育を施しているんだとか。


 冬に連れ出して夏には『ミドルマジックポーション』まで作れようにして返すって豪語していたらしい。


 セティ様の直接指導だけでもうらやましいのに、ほかの『一般錬金術師』の子たちの反応はもっとうらやましかった。


 自分たちより遙か先に進むことになる仲間を妬むのではなくむしろ称え、帰ってきたらその技術をんだって意気込んでいる。


 私だったら絶対に嫉妬してうらやんで選ばれなかったことを悔やむのに……。


 一階はもう事務所しかないそうなので、私は二階へと上がってきた。


 ただ、二階のアトリエはあまり使っていないらしい。


 スヴェイン様の大改革で追い出した上級錬金術師のアトリエが清掃だけされて残っているんだとか。


 一般錬金術師の指導にあたっていた第二位錬金術師の人たちも無駄なスペースをなんとかしたいらしいけど、自分たちには分不相応だと感じているらしく主はいないみたい。


 そんなことを考えていると、二階のアトリエの扉がひとつ開いて中からおじさんが出てきた。


「おや、お客様……ではないですな。それは錬金術師のローブ。そして、コンソール錬金術師ギルドのものではないと言うことは、シュミットの講師の方かな?」


「あ、はい。私は今日付で支部から本部へ出向となりましたユキエと言います」


「ほう! 出向ですか! と言うことは指導をお願いしても?」


「はい、構いませんが……あの、あなたは?」


「失礼。私はアトモという、ただの『凡人』。弟子たち一門を率いて意気揚々とコンソールに乗り込んできたはいいものの、その技術力に打ちのめされた腑抜けものにございます」


「はあ……」


 どうしよう、この人、今までの錬金術師の方々とは


 うちに秘めた熱意がまったく別物だ。


「それで、なにを指導すればよろしいでしょうか?」


「言葉遣いは気にしなくても結構。私など十二歳……いや、そろそろ十三歳の少女に負ける程度の腕前しかないのですからな!」


 嘘だ。


 内心はものすごく悔しがっている。


 それでいて、まだまだ高みを目指せる事実に感謝している人だ。


「さて、指導していただきたい内容ですが、まず私にはミドルマジックポーションのを。弟子たちには申し訳ありませんが、それぞれの実力に見合った指導をお願いできますかな?」


「ミドルマジックポーションはだけでいいんですね?」


「はい。もちろん、


 やっぱり。


 この人も第二位錬金術師の人たちと同じ熱を秘めている。


 自分なら必ず自力で高みに手を届かせるという熱を。


「申し訳ありませんが私のアトリエでご指導を」


「わかりました。何回ほど実演すれば?」


で十分です。何度もお手を煩わせるのは気がひける」


 つまり一度で私の技を盗むという宣言。


 いいでしょう、盗めるものなら盗んでみなさい!


「ミドルマジックポーションの素材ですが?」


「霊力水、上魔草は基本。それに、闇の触媒ですな」


「……正解です。第二位錬金術師は錬金触媒の間違いに気付かずもがいていました」


「それを指摘は?」


「必要ないと言われたので。錬金触媒も偽装し普通の触媒に見せるようにしました」


「あなたもお人が悪い……いや、彼らが登るべき道が険しいだけか。先に特級品に気付かねばなかなか安定せぬものを」


「あなたは錬金触媒まであっているので。では」


「ほほう、これは!」


「……終わりました。私の技、?」


「むう……一度だけ私の実演を見ていっていただけますかな?」


「いいでしょう」


「では」


 へえ、これはこれは。


「いかがでしょう? 。だが、ミドルマジックポーションにはまだ届かない」


「そうですね。まだ足りません。もう一度実演しますか?」


「いや、もう結構。あとは自ら精進を重ねます。優秀な指導者がいたとはいえ、二回りも年下の少女に負けた身。この程度の努力を惜しんでは先に進めぬし恩にも報いられない」


「……恩?」


「ええ。私はコンソールが以前所属していた国で、最高峰の錬金術師に与えられる『金翼紫』の称号をもらっていました。しかし、気付かぬうちにその称号に甘え研鑽を怠っていた始末。それに光を差してくださったのがスヴェイン様ですからな」


「なるほど」


「あの方は恩には感じていないでしょう。ですが、私と我が一門にとっては大恩のある御方。その恩を返さぬ訳には参りません」


「その覚悟受け取りました。もちろん、スヴェイン様には伝えません」


「何卒よろしくお願いいたします。それでは、我が一門の指導をお願いいたします」


「はい。私でお役に立てるのであれば」


 そのあと、アトモさんの一門の皆さんに指導をして回り、彼らのアトリエを出ました。


 すると、ちょうどそこに第二位錬金術師が三人だけ二階へと上がってきたところです。


「あの、あなた方なにを?」


「あ、やべぇ」


「いや、シュミットの講師だしいいんじゃないか?」


「むしろ俺たちの作業も指導してもらえるかも」


「作業? 指導?」


「ここじゃあまり話せないんで、俺たち用のアトリエに来てください……多分は入れるよな」


「入れなかったら諦めてもらうしか……」


「ギルドマスター、厳重なところは厳重だからな」


 彼らに案内されたのは二階にあるアトリエの一室でした。


 ただし、その扉にはかなり複雑な魔法錠がかけられています。


「扉を開けて……と。入れますか?」


「入れました。あなた方も出入りの際にはほかに人がいないか気をつけて」


「はい。……ここもギルドマスターに相談かな」


 やっぱりスヴェイン様の魔法錠ですか。


 さて、彼らの作業と指導とはなんでしょう?


「実は俺たち三人だけ特級品が作れるんですよ」


「へえ」


 意外です。


 スヴェイン様は六歳でたどり着き、シャルロット公太女様は復元に半年かけたのに。


「それで、『コンソールブランド』として販売はされているんですけど、『カーバンクル』様方ほど綺麗な色にはならなくて……」


「こればかりは指導をお願いできますか?」


「いいでしょう。とりあえず、あなた方のポーションを見せてください」


 彼らの作製手順を見たところ、魔力水の品質と錬金触媒を通すときの魔力にムラがありました。


 そこを指摘すると大急ぎで修正を始め、あらためて作ったポーションは先ほどよりも澄んだ色になっています。


 本当にこの熱意!


 彼らは毎週一定数を卸すと言うことなので邪魔をしても悪いですし、私は退室し行くあてもなく三階へと戻ってきました。


「お帰りなさい、ユキエさん。いい顔になりましたね」


 サブマスタールームから出てきてくれたのはミライ様でした。


「そうですか? ……そうですね。いい顔をしている気がします」


「少し二人でお話をしましょうか。場所は……主不在のギルドマスタールームがいいでしょう。今日は魔法錠もかけていないですし」


「はい。お願いします」


 私たちは本来スヴェイン様が使うギルドマスタールームに入りました。


 そして、ミライ様は肩に乗っているカーバンクルに命じて部屋に結界を張ります。


 ずいぶんと厳重な。


「いかがでしたか? 『新生コンソール錬金術師ギルド』の風は?」


「うらやましいです。この熱意が、この情熱が、この渇望が。私がほしかった環境がここにあります」


「そうですか。それで、?」


。彼らの熱意に触れていたい。すべての技を盗ませてあげたい。ここに私のすべてを刻み込んで行きたい」


「願いは聞きました……そうそう、ここの前庭にアーマードタイガーが棲み着いているのは知っていますか?」


「はい。ここに入ってくるときに見ました。面白くないものを見るような目で見られていた気がします」


「あのアーマードタイガーですが、『』と聖獣契約しています」


「え?」


「もう一度言います。あのアーマードタイガーは、しています」


「ギルドと……契約?」


「私たちが胸に秘めた誇りと覚悟、それを忘れない限りあのアーマードタイガーは『新生コンソール錬金術師ギルド』を守ってくれると約束してくれました」


「そのこと、スヴェイン様は?」


「教えていません。気がつかれているかもしれませんが」


「あの、なぜそのような大切な話を私に?」


です。スヴェイン様には私からあなたを正式な本部付きにできないかお願いしてみます」


「え、でも……」


「もしダメだったときは諦めてくださいね。事務方の人事権はすべて私が握っていますが、研究職の人事権はスヴェイン様が最終決定者なので」


「あ……」


「でも、スヴェイン様は身内に甘いのでなんとかしてくれる気がします。期待していてください」


「あ、ありがとうございます!」


「では、今日のところはお仕事も終わったでしょうしお帰りいただいて結構です。明日から忙しくなるかもしれませんが覚悟してください」


「はい!」


 明日は私からもスヴェイン様にお願いしよう。


 本当に本部付きになったら皆から恨まれそうだけど……あの熱意に触れられているなら構わない!!


『ふむ、いい顔になったな』


「アーマードタイガー様!?」


 帰ろうとギルドを出たところで私を待ち構えていたのは聖獣アーマードタイガー様。


 一体私になにが……?


『朝見た時はつまらぬ顔をしていたが今の顔はいい。お前も誇りと覚悟を持ったようだ』


「はい!」


『よろしい。……そうだ。マジックポーションを持っていないか? 味見をしてやろう』


 アーマードタイガー様は魔草を食すもの。


 ならばマジックポーションの味にもうるさいだろう。


『ふむ。スヴェインほどうまくはない。だが雑味もなく飲みやすい。精進を重ねた結果だな』


「ありがとうございます!」


『これからも精進を忘れるな。ではな』


 アーマードタイガー様はまた前庭にもどり丸くなってしまった。


 でもこれでアーマードタイガー様からも私はに認められたんだ!


 こんなところでのんびりしてなんていられない!


 早く戻ってポーション作りを一からやり直さないと!

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