315.『一般錬金術師』の風

 結局、私は『第二位錬金術師』の皆さんに促されるまま、二十回以上ミドルポーションの実演をしました。


 返ってきた『第二位錬金術師』からの声は『悔しい』です。


 なにが『悔しい』のかを尋ねれば、『自分たちじゃ技を盗みきれなかったし、多分盗んだはずの技も活かせないこと』らしいとのこと。


 どうしよう、私の修業時代ってここまで貪欲じゃなかった気が……。


「あれ?」


 そのとき気がついたのは壁に立てかけてあるクリスタル製の瓶。


 中に詰められているのは青色の液体。


 これって……。


「ああ、それですか」


「はい。これって、ですよね?」


「ええ。ギルドマスターがお手本用にって全部のアトリエに置いてるんです。なかなかその色が再現できなくて……」


 この色、間違いない。


 ポーション作りのだ。


 スヴェイン様なら作れるだろうけど、全部のアトリエに置いてる?


 なんで?


 この色はウエルナさんでもなかなか再現できないのに。


「あの、馬鹿にするわけじゃないですけど……」


「ああ、俺たちじゃその色って無理なんですよね?」


「ユキエさん、でしたっけ。あなたも違いましたもんね」


「はい。この色はポーションなどを作る時の最適色と言って、品質のブレがもっとも出にくいとされている色です。これを見本にするなんて……」


「多分、ギルドマスターにも不可能だってわかってますよ?」


「弟子の『カーバンクル』様方だって近い色を再現するのがやっとですから」


「でも、俺たちにはわかりやすい目標なんです」


「『これが作れればどんなポーションも作れるぞ』って」


「ギルドマスターが俺たちにわかりやすく残している道しるべなんですよ、それだけは」


 こんな遠い遠い果てしなく先のものを『道しるべ』と呼べるだなんて……。


 本当に悔しい……。


「ああ、そうだ。ユキエさん、一般錬金術師のアトリエも確認してきてやってもらえますか?」


「俺たちも指導に入ってますが、新しい指導者が入ることであいつらももっとやる気を出すでしょうから」


「あ、はい」


 このをもっと浴びていたかったな……。


錬金術師』じゃこうはいかないよね。


「アトリエは隣です。元は俺たちの先輩が使ってた部屋ですからここより広いですよ?」


「まあ、人数も多いから一概に広いっていえないけどな」


「え? 後輩に広いアトリエを譲ってるんですか?」


「おかしいと感じるでしょうが、俺たちって元はギルドマスターが拾ってくれた旧錬金術師ギルドの見習いだったんです」


「ギルドマスターにがっつり十日間……いや、実質八日間鍛えてもらって最精鋭になっちまったんですけど、その頃はまだやる気のない先輩たちが隣のアトリエを占有してて」


「最終的にはギルド評議会が乗り込んできちまったから、そいつらも追い出されたんですけど俺たちこの部屋が気に入ってて動く気がなかったんですよ」


「そうそう。それに広いアトリエの方が新人をたくさん入れられたしな」


「でも、あのときのギルドマスターは酷かった……」


「本人たちのやる気がすごいからって予定よりも早く進めてんだもんな……」


「おかげで俺たち一日かけて初期研修の見直しだったよ、ほんと」


「ギルドマスターって優秀だけど、どこか抜けてるよな」


「あ、あの、スヴェイン様にそのようなこと……」


 この子たち、命知らず!?


 スヴェイン様はギルドマスターなのにそんなことを言ったらクビに!


「ああ、この程度はいつものことです」


「ギルドマスターも笑って許すか、落ち込んで反省するかのどっちかなんで」


「礼節をわきまえないと本気で怒るけど、そうじゃなければ多少の軽口は気にしなくて楽だよな」


 スヴェイン様……。


「まあ、とりあえず一般錬金術師の指導をしてあげてください」


「あいつらはさすがにまだ指導が必要なんで」


「ああ、でも、そろそろあいつらも第二位だよな」


「その前にミドルポーションを完成させて第三位に上がらないと先輩の威厳に関わるか」


「よし、休憩終わりだ! 続き、始めるぞ!」


「「「おう!」」」


 この子たち、本気の本気でミドルポーションを自力完成させる気なんだ。


 私も若かったら、ううん、コンソールの錬金術師だったらこの中に混ざれたのかな……。


 また熱を帯び始めた『第二位錬金術師』のアトリエを去り、となりにある『一般錬金術師』のアトリエへ。


 あまり期待していなかったんだけど、こちらはこちらですごい熱気だった。


「お前! 蒸留水は計画的に作っておけって言ってるだろう!?」


「そこ! 魔力水の色が濁り始めてる! 気合いを抜くな!」


「ああ、最高品質の魔草が足りない!?」


「薬草類の管理は基本だ! さっさと申請してサブマスターんところに……って、どなた様ですか?」


「あ、邪魔をしてごめんなさい。私、今日付で出向になったシュミット講師のユキエです」


 私の言葉にアトリエ中がざわめき始めた。


 お邪魔だったよね……。


「あの、私……」


「シュミットの講師ってことは最高品質のマジックポーションくらい余裕ですよね?」


「あ、はい。もちろん」


「聞いたなお前ら! この機会を逃すな! ギルドマスターたちに昇級試験を望む前に指導をいただけるチャンスだ! 緊張なんかしてへまをするなよ!」


「「「はい!!」」」


「え? え?」


「えーと、ユキエさん。お手数をおかけしますがこいつらひとりひとりに個人指導をお願いできますか?」


「え? 私でいいんですか?」


「むしろ、お願いしたいです。最近は俺たちの指導ばっかりでたるんで……はいないんですけど、外部の目が入らなくて」


「『カーバンクル』様方も忙しいし、一般錬金術師の指導まで頻繁にお願いするのは訓練の邪魔になるからなあ」


「ギルドマスターにお願いすると確実なんですけど、昇級試験と変わらなくなっちゃいますから」


「私でよろしければ全員見させてもらいます。指導もしたほうがいいんでしょうか?」


「できればお願いします。こいつらはまだまだ半人前ですから」


「『コンソールブランド』を支えてる主力とはいえ、本部基準じゃまだ足りないんで」


「……高品質のマジックポーションは安定してるんですよね?」


「ほぼ、いや全員が最高品質マジックポーションを安定し終わっています」


「あとは外部から見ておかしなところがないかと、心構え。それから緊張せずに作れるかだけです」


 うそ、見ればものすごく若い子も混じっているのに最高品質マジックポーションまで安定?


「あの、安定ってどの程度の基準で?」


「ああ、多分シュミット基準です」


「十割成功が基本、最低でも九割です」


 ちょ!?


 修行段階だとシュミットよりきついよ!?


 修行段階だとで安定なのに!?


「おまえら、順番にユキエさんに蒸留水作りから最高品質マジックポーション完成まで披露しろ、ひとり五回だ」


「俺は最高品質魔草の使用申請をサブマスターに出してくる。いいか、シュミットの講師相手だからって緊張するなよ」


「「「はい!」」」


 そのあと私は本当に一般錬金術師全員の指導をすることになった。


 成功率は本当に全員が十割で問題なし。


 ただ、変な癖がついていたり魔力水の作り方に問題があるときに少し指摘しただけ。


 それなのに指摘された子たちは指摘された場所を直そうと必死でもがき始めた。


 本部ってこれで『錬金術師』なの!?

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