435.『竜宝』国家
「ホリー様。所詮は国家を名乗ろうとも元を正せば、たかだかひとつの交易都市。あまり気を落とさぬよう」
「わかっている。爺」
私、ホリーは謁見の間で醜態をさらした翌日、帰国の途に……いや、言葉を取り繕うのは止めだ、逃げ帰るために竜宝国家コンソールをあとにした。
護衛はすぐに動けるもののみ、あとは前方にいる竜宝国家から我が城塞国家メモリンダムへと交易に向かうと言う馬車隊とその護衛たちだ。
商業ギルドの長たちからはあのスヴェインという魔導師たちよりきつく厳命されているらしく、今回の損害賠償は一切行わないと正式な通知があった。
それも当日、帰ってすぐにしたためられたであろう時間に。
商業ギルドの長たるものにさえあれだけの発言力を持っていた、あのスヴェインとアリアという魔導師はいったい何者なのか。
事前に人を使って調べさせたが、スヴェインという少年は錬金術師ギルドの長をしておりペガサスを馬代わりに乗り回していると聞いた。
アリアという少女はユニコーンを乗り回し、弟子……ネイジー商会の娘、ニーベと、その友人、エリナを連れて竜宝国家を出ていくところまで確認されている。
錬金術師ギルドの立ち位置はギルド評議会の中でも末席に近く、独立機関の商業ギルドよりも下位だと聞いた。
それなのに、あれだけ気を遣われているとはいったい……。
「ホリー様。休憩時間にございます」
「あ、ああ。そうか。気が付かなかった。本当にこの馬車の乗り心地はよいな」
今使っている馬車もまた『コンソールブランド』の馬車。
我が国家でも数代購入し、そのうち一台は分解してその再現ができないかといろいろ模索したと聞いたが……それ以降の話を聞いていないと言うことはダメだったのであろう。
かくいう私のドレスも『コンソールブランド』のドレス。
『コンソールブランド』のドレスとしては安物らしいがそれでも金貨が数十枚飛んだと聞く。
それほどまでに今のコンソールには勢いがあり技術もまた成熟していると言うことだ。
このドレスなどエンチャントかかっているらしいが、私には効果が不明。
そのときの商人が言うには【防汚】と【柔軟】、【自動サイズ調整】がかかっているらしい。
確かに、買ったときから私の体にぴったりとフィットしているのだが……。
「ホリー様。気を紛らわせるためにも商業ギルドから送りつけられた本でもお読みになっては? 意味があるとは到底考えられませんぬが」
「ああ、そうだな……」
通知と一緒にせめてもの詫びとして届けられた一冊の本。
それはコンソールであればどこでも手に入るまで普及したとまで言う一冊の教本だった。
著者は『ゼファー』、まったく知らぬ名である。
その内容もまったく知らぬ内容、書いてあることは理解できるがそれが重要視されている意味がちっとも理解できぬ。
ただ、一緒に添えられていた手紙には『コンソールで生き抜くためには、この本の内容をマスターして初めて入り口に立てる』とも書いてあった。
仕方がないので読んでみるが、最初の数ページは私ですらマスターしている内容。
つまりは【魔力操作】スキルの説明書である。
読み進めていくと魔力操作の効率的な鍛え方やその応用などが書いてあるが……必要性などさっぱりだ。
私は立派な『賢者』になるためにコンソールを訪れた。
なのに、それを教えられるだろうと言う人間には冷たくあしらわれ、大使館の屋根、それも謁見の間の屋根を粉みじんに吹き飛ばされ、兵や騎士のほとんどは魔力枯渇でいまだ意識を失っている始末。
私はなんのためにコンソールまでやってきたのだ?
教えを請い、兄上や姉上を支えるため『賢者』になるためではなかったのか?
本のページをめくりながらもそのような考えばかりが頭の中をグルグルと回り続ける。
私は何を間違えた?
私は元は一公爵家の末娘とは言え今は一国家の王女、軽々しく頭を下げるなどできぬ。
そんな真似をすれば国の恥、お父様の顔に泥を塗ることになってしまう。
しかし、私が頭を下げれば少しは教えてもらえたのか?
だが、ふたりが入ってきた時点で、もう既に昔見たモンスターなど生温いような殺気が立ちこめていた。
出迎えが悪かった?
コンソールの大使館には上級使用人と呼べるほどのものがいなかったので、使用人の中でも選りすぐりのものを迎えに向かわせたのだが……。
「あ……」
気が付かぬうちに本のすべてのページはめくり終わり、背表紙まで閉じていた。
今はもう春から夏に向かう季節、なのに私の体は寒気で震え続けている。
このまま帰ってもよいのだろうか?
何ひとつとして知識も技術も身につけられぬままコンソールから逃げ出してしまい……。
そう考えていた途端、馬車に火矢が突き刺さった!
その矢は幾本と突き刺さり、護衛の兵士たちもバタバタと倒れていく!?
「敵襲! 敵襲だ!!」
「急ぎ陣形を固めよ!」
「ホリー様! すぐに馬車から降りませんと燃え広がり……まったく燃えていない?」
「うそ? これが『コンソールブランド』?」
私たちの馬車にはそれこそ十本以上の火矢が突き刺さっている。
それなのに、刺さった場所から燃え広がることはなく……外の様子を見ないとわからないけど、多分少し焦げた程度だと思う。
森の中からは揃いの鎧を着けた兵士たちが四十名以上出てきた。
中には魔術師のワンドを持っているものまで十名以上いる!
いくらこの馬車が頑丈でも!?
「グガァ!?」
「なんだ!? 冒険者ども!?」
「悪いな、俺たちは隊商の護衛だが後ろにいる王女様たちを見捨てるのも目覚めが悪いんでね」
「そうそう。私たちがいるときに襲いかかってきたこと、不幸だと思って死になさい」
私の護衛たちは怯んで何もできていないのに、前方の隊商にいたはずの冒険者たちが飛び出してきて敵兵を次々となぎ倒していった。
相手には魔術師もいるのに、魔法を使う隙すら与えず、投げナイフなどで牽制して一気に近づいてとどめをさす。
本当にこれが冒険者なの!?
『ふむ、どうやら今回は間に合ったようだ』
『いい加減、私たちの出番もほしかったからな』
突然大きな声が響いてきたかと思えば真っ白い鱗に覆われた竜が舞い降りてきた!
あれは私たちの領地でも散々暴れ回った白いドラゴン!
『冒険者たちよ。退け』
『あとは私たちの出番だ』
「ああ、いや。こいつらくらい俺たちでも」
『たまには出番をくれ』
『そうだ。宝を守るのが我らの務めであり喜びなのだ』
「ええと……じゃあ、任せます」
『うむ、いくぞ!』
『聖竜の炎とくと味わえ!』
白いドラゴンが放ったブレスは冒険者たちを巻き込み敵兵を一気に焼き払った。
後に残されていたのは……まったく無傷の冒険者たちのみ。
どうなっているの!?
「聖竜様方。無傷だろうなとは感じても心臓に悪いっす」
『む、すまぬ』
『次からは気をつける』
「お願いします。それより、前の方にある荷馬車。あれには酒がたっぷりと積んであるんですよ。元々、なにかあったときの聖竜様方への貢ぎ物です。聖竜様方ではあまりにも少ないでしょうが飲んでいってください!」
『その気持ちだけで我らの腹は十分に満たされる』
『だが、それだけではお前たちの気持ちが満たされないのであろう? 一樽ずつ分けていただこう』
『そうしよう。我らがすべて飲んだと知れればほかの聖竜が嫉妬するからな!』
『我らに出番があっただけでも嫉妬されそうなのに不要な貢ぎ物まで受け取ったとあれば嫉妬の的だ!』
なに、なんなの!?
冒険者たちは普通にドラゴンと会話している!?
それこそ、同じ冒険者仲間と会話するくらい気さくに!?
『それよりもそこに倒れている人間。治療しなくてもよいのか?』
『あの優しい至宝たちのことだ帝にすら黙って渡しているものがあるだろう?』
「ああ、いっけねえ。聖竜様方、俺たちはこれで」
『うむ。申し訳ないが貢ぎ物は受け取ろう』
『次からはそのようなものを用意せずともよい。お前たちがお前たちであればいくらでも守る。それが役目であり誇りだ』
それでけ告げると白いドラゴンは前の方にある隊商の馬車に行き、本当に酒樽をひとつだけ受け取って飲み干し飛び去ってしまった。
一体なにが……。
「さて……傷が深い連中が多いが全員息はあるな」
「まったく情けない。護衛なら不利でも戦う姿勢くらいみせなさいよね」
「俺たちもこの数年前は同じだったけどな」
「今は違うわよ。さあ、『カーバンクル』様方からの施し受け取りなさい」
冒険者たちは護衛兵に刺さった矢を乱暴に引き抜くと、そこにポーションをかけていった。
普通のポーションに比べるとすごく澄んだ色で透明感もあって……なんだろう?
「さあ、体力も回復したはずよ。さっさと起きる!」
「『カーバンクル』特製、高品質ミドルポーションだ! いつまでもへばってなんかいさせないぞ!」
ミドルポーション!?
それも高品質!?
それをそれを惜しげもなく使うだなんて……一体なにが!?
私はいても立ってもいられずに馬車を飛び出だしてしまった。
怪我を負った兵士は……本当に治って自分の体が不思議そうに怪我をしていた部分を何度もさすっている。
これは……。
「おや? 第二王女様、こんなところに出てきてもいいのか?」
「聖竜様方のブレスで森の中まで念入りに焼いたけど、完全に安全とは言えないわよ」
「あの、ええと、あの白いドラゴンは?」
「ああ、聖竜様たちか。あれはコンソールの守り神様だ」
「そうね。ただ、モンスターや賊に襲われても私たちで何とかしちゃうから、出番がほしかったみたいだけど」
「変なところで人間くさいよな」
「きっと聖竜様方も一緒なのよ。持っている力が強大すぎるだけで」
その会話に私……だけではなく周りの兵士や私を追って出てきた爺も目を白黒させるしかない。
竜が守り神?
あんなに恐ろしい存在が?
「いやはや、聖竜様たちも律儀ですな。本当に酒樽ひとつしか受け取ってくださらぬとは」
「大将、すまないな。護衛を外れちまって」
「いえいえ。直接関係ないとは言え、私たちの後ろにいる王女様方を見捨てるのは竜の宝として恥以外の何ものでもない。皆様の判断が正解ですよ」
「そう言っていただけると助かります。私たちも竜の宝、その誇りは捨てられませんから」
竜の宝!?
一体なにが!?
「あ、あの!」
「なんでございましょう、ホリー第二王女殿下」
「竜の宝とは一体なんのことですか?」
「ああ、それでしたら。私たち自身でございますよ」
「え?」
「俺たちコンソールの住人が竜の宝らしい」
「本当に光栄よね。私たちが竜の宝、それも聖竜族の宝だなんて」
「聖竜族……」
おとぎ話で聞いたことがある。
聖竜族にとっての宝はなにより気高きもの。
誇り高きものを守ることこそ至上の喜びだって。
「で、でも、竜が一市民まで守るなど……」
「おや、王女様は先ほどまで滞在していた国をお忘れで?」
「え?」
「私どもがいた国はコンソール、正式名称は竜宝国家コンソールですぞ?」
ああ、そうだった。
私、甘すぎた。
あの国は竜に守られているだけの国じゃなかったんだ。
自らを竜の宝と称え、誇りに思い、輝き続ける国なんだ……。
「王女様には刺激が強すぎる話でしたかな?」
「さあな。どちらにしても聖竜様方が出張ってきたんだ。話すしかないだろ」
「そうね。さて、それじゃあ……」
「お待ちください。私にもう一度だけチャンスをお恵みください」
「王女様?」
「お手数ですが一度コンソールまで一緒に引き返し……いえ、護衛をお願いいたします。私には竜の宝になる資格などありません。ですが、せめて路傍の石程度には認識されたいと存じます」
「ふむ。覚悟はできたようですな」
「まあ、いいんじゃないか?」
「そうね。その上で追い返されるかどうかは知ったことではないけれど」
覚悟は決まった。
王女なんてちっぽけすぎた。
竜の宝の前ではそんなの石ころにすらならない。
せめて……せめて許されるなら、竜に認識される石ころになりたい。
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