436.ホリーの決意

 コンソールに帰り着いた次の日の朝、いえ、深夜からずっと。


 私はスヴェインの自宅前で座り込んでいた。


 服も『コンソールブランド』の豪華なドレスなどではなく、街の古着屋で買ってきた一般的な子供服。


 こんなところで座り込んでいること自体がご迷惑をかけるだろうけど……私の覚悟をみせるにはこれしか考えつかなかった。


 やがて夜が明け、空が白み始め、日が昇った頃、玄関のドアが開けられる。


「ホリーさん、でしたか。あなた、昨夜の遅くからずっとその体勢で座り込んでいましたよね? それはそれで家の迷惑だとは考えなかったのですか」


「わかっていました。それでも私に考えられる謝罪の方法がこれしか思いつかなかったんです。アリアも呼んでいただけますか?」


「もう来ています。なんですか、深夜から物騒な。この家は姿を隠した聖獣たちで守られています。あなたが妙な真似をすれば、聖獣たちに意識を刈り取られ、邪魔にならないところに捨てられていましたよ?」


「……スヴェイン様、アリア様。先日は大変ご無礼な真似をして申し訳ありませんでした!」


 私は石畳に座った体勢のまま、勢いよく頭を下げる。


 石畳に頭が激しくぶつかり、血がにじみ出すのがわかったけどそんな些細なことは気にしていられない。


「ふむ、そのままの体勢で構いません、話を聞きましょう」


 このままの体勢でいい、つまり頭を上げることはまだ許されていないということ。


 勘違いして頭を上げたら本当にそれまでなんだ。


「はい。私はあなた様方に激しく叱責された翌日、コンソールから逃げ出しました。コンソールのすべてが理解できず、ただただ恐ろしくなり、もう用は済んだ、と言う名の下に逃げ出したのです」


「よろしい。逃げ出した自覚があるのは認めましょう。それで、あなたはどうしたのでしょうか?」


「……逃げ帰る途中、おそらく他国の兵と思われる者たちに襲撃を受けました。私の護衛兵は次々と矢で射貫かれ、恐怖に怯えて立ちすくむ中、一緒に進んでいただけの隊商の護衛を務めていた冒険者たちが駆けつけてくださって敵兵をなぎ倒していきました」


「コンソールの冒険者も手加減しなくなりましたね」


「中位以上の方々は『コンソールブランド』に手が届くようになりましたから。上位の方々でしたら全身が『コンソールブランド』に。エリシャさんの特殊講習も幾度となく受け、森の中での生き残り方も学んでいるそうです。続きをどうぞ」


「冒険者たちが敵兵の……半分? それくらいをなぎ払った時、空から白いドラゴンが、聖竜様方が現れました。そして残っていた敵兵のみを焼き払い、不要と言われつつも気持ちだけと言うことで酒樽ひとつ受け取って帰っていったのです」


「ああ、聖竜が揉めていたのはそれでですか」


「彼らも人間くさいですからね」


「その後、『カーバンクル』特製という高品質ミドルポーションをお恵みいただき我が兵士にも損害が出ずに済みました」


「あの子たち、こっそり冒険者に何かを渡しているのは知っていましたがそんなものを」


「でも、役に立ったようでなによりですわ」


「そして、この国のことを聞きました。この国は国家コンソール。国が竜の宝ではなく、国に暮らす民たちすべてがなのだと」


「その通りです。この街が竜宝国家などという大それた名前を名乗ったのにはわけがあります」


「文字通り、この国の民は竜の宝。聖竜たちも常に気にかけ、なにかあれば駆けつける体制を整えております。ほとんどは空振りで、出番がほしいなどと言い出す始末ですが」


「私は思い知りました。思い上がっていたことを。この国であれば『賢者』にたどり着く程度わけもないとしか考えておりませんでした。でも、それは違った。国の民すべてが竜の宝にふさわしくあるように自分たちを磨き上げ、誇りに感じるからこそ竜宝の名を名乗るのだと」


「はい。そして竜たちはこうも言い残しています。この街が竜が守るにふさわしくなくなればすべてを焼き払い去るとも」


「この街を存続させるには常に竜の宝になるしか道は残されていません。物見遊山で訪れる者たちはともかく、この街、いえ、この国に暮らすものは常に竜と隣り合わせなのです」


「それも思い知りました。まるで友人のように竜と話す冒険者。酒樽ひとつしか受け取ってくれないと困った顔をする商人。本当にこの国家では竜は隣人。善き仲間であり、友なのだと」


「ええ、竜たちは普段姿を隠していますがこのコンソールの上を十匹以上飛び回っています。なにかあったときの備えとして。そして、自分たちの宝を見つめるための優しい瞳で」


「聖竜族は竜族の中でも特に力の強い種族。まともに戦えば勝ち目などありません。それと手を取り合ったのがコンソールです」


「ここからは私の我が儘です。お耳汚しになりますが聞いていただけるでしょうか?」


「構いませんよ。ここまで聞いてしまったのです。多少の時間は使いましょう」


「ただし、くだらない話であればそれまで。金輪際顔を見せぬよう」


「厚かましい願いを聞きとどけてくださり感謝いたします。私はもう『賢者』などという分不相応なものは望みません。このまま『魔術士』でも、いえ、『魔法使い』になっても結構です。どうか、どうか、一日数分でもいい。修行をつけてはいただけませんでしょうか?」


「それは僕たちに弟子がいることを知っての願いですよね?」


「はい。存じ上げております。大変失礼ながらおふたりのことは調べさせていただきました」


「それならば、あなたに割ける時間などないのは承知済みでしょう? その上で数分とは言え時間を割けという。厚かましいにも程があります」


「それも承知しています。ですが、私にはもう道が残されておりません。国へは『星霊の儀式』が終わるまで帰らない、一切の援助も受けないと書き置きを残しました。もう着る服もこれのみです。多少の路銀はありますがそれとて三日と持たずになくなります。私もそれだけの覚悟はして参りました。どうかお許しを」


 ここまで一気に話した。


 いえ、話させていただいた。


 あとはお二方の判断待ち。


 本当にダメだったら道の片隅で命を落とすしかない。


 それだけの覚悟と意思は固めてきた。


 おふたりはどう判断してくれるだろう。


「あなたの間違っている点を指摘します。ひとつ目、国の援助を断るべきではなかった。あなたはまだ七歳。ひとりでは生きていけないのに自活しようなど他人に甘えるという宣言以外なにものでもない」


「ふたつ目。死ぬ覚悟を決めたものを教えるつもりはございません。そのようなものは修行中に命を落とすか、修行を終えたあとに命を落とすかどちらかです。教えを請いたいのなら自分の命を投げ出すという甘えも捨てなさい」


「それでは!?」


 ああ、顔を上げてしまった。


 まだ答えを聞いていないのに。


「僕たちには教えている時間がありません。僕のことを調べたのなら錬金術師ギルドのギルドマスターであることも知っているはずです」


「私もあなたに時間を割くなどまっぴらごめんです。そんなことをするなら弟子への秘伝書を一文字でも多き書きたい」


「そ、そうですか……」


 やはり、やはりダメだった……。


 初対面の対応が悪すぎた。


 このあと、私はどのような顔で国元に帰れば……。


「ですがチャンスくらいはあげましょう。コウさんにはまた迷惑をおかけしますが……」


「元よりコウ様が持ちかけてきた話です。その程度の迷惑は買っていただかねば」


「え?」


「とりあえず今は家に入りなさい。朝食は一緒に取らせて上げます」


「ただし、我が家の敷居をまたげるのはあなたの態度と努力次第ではこれが最初で最後です。御覚悟を」


「あの……」


「入らないのでしたら閉め出しますよ?」


「入らせて……いただきます」


「ではどうぞ。その前に傷薬です。しみないとは思いますがその額の怪我は治してください」


 渡された傷薬の効果は絶大だった。


 額から流れ出ていた血はすぐに止まったし、痛みも指が触れた時だけ。


 メモリンダムで使った傷薬はあんなにしみて塗ったあともじんじんしたのに……なんで?

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