173.ジェラルドの提案

「やはりここにいたのか」


 いつものように冒険者ギルドへとやってきた日、ジェラルドさんが訪ねてきました。


「ジェラルドさん。こんにちは」


「よう、ジェラルドの爺さん」


「ジェラルド様、ごきげんよう」


「今日は公太女様もご一緒でしたか」


 はい、今日は気が向いたらしいシャルも冒険者ギルドに来ています。


 シャルはシャルで目的があるようですが。


「ええ。普段はお兄様の弟子とともにアリアお姉様の魔法指導を受けている時間ですが、たまには剣の稽古もしないと腕が鈍りますから」


「剣術の稽古ですか。どの程度の腕前なのでしょう?」


「嗜む程度ですよ」


「爺さん、この兄妹の『嗜む』は俺らの知っているものとは次元が違うからな?」


「ほう。それは見学させていただきたく」


「だから、油を注ぐなよ」


「そうですね。ちょうどリンジーの手が空いたようですので稽古をつけていただきましょう。それでは失礼いたします」


 ぺこりとお辞儀をして観客席から訓練場へと飛び降りるシャル。


 訓練用装備を持ち出してリンジーさんと稽古を開始いたしました。


 うん、普通の『シュミット流』ですね。


 ジェラルドさんは甘く見ていたようですが。


 稽古の方はシャルが一本折られて負け。


 シャルの得意分野ではないですし仕方がないでしょう。


「ただいま戻りました。さすがに講師に選ばれるだけあって強いです」


「お帰り、シャル。ジェラルドさんをあまり驚かせないでくださいね」


「驚かせる要素がありましたか?」


「だから言っただろう、爺さん。次元が違うって」


「ああ、理解した。遠く及ばないな」


 ジェラルドさんも気を取り直したようです。


 さて、医療ギルドで忙しいはずのジェラルドさんが一体何用でしょう?


「ジェラルド様、講師陣はいかがですか?」


「公太女様、私を含め医療ギルドの全員が様々なことを学ばせていただいております。スヴェイン殿の知識も深かったですが、専門の講師となると更に深くなりますな」


「お兄様や私が学んだ医療技術は応急手当や一時しのぎがメインですから。私もさすがに医療分野までは手を出しておりません」


「スヴェイン殿もか?」


「はい。僕は錬金術とそれに関わる分野の勉強で手一杯でしたから」


「スヴェイン殿の手一杯。幅が広そうだ」


「こいつの知識と技術は半端じゃないからな。鍛冶の技術まで持ってるぜ?」


「さすがに本職には勝てませんよ。せいぜいメンテナンスと研磨ができる程度です」


「程度、か」


「程度、だ」


 おふたりとも信じていませんね。


 さすがに鍛造できるのは鋼製品が限界なのですが……。


「それで、爺さん。俺たちに用事があって来たんじゃないのか?」


「ああ、いや。公太女様にお礼を言おうとしたのだが、こちらにいらしていると聞いてな」


「お相手は公太女様か」


「お礼なんてかまいませんのに。講師陣の働きを称えていただけるだけで十分です」


「ありがとうございます。それで、公太女様も含め三人に話があるのだが」


 ジェラルドさんがもったいぶるとは珍しい。


 どんなご用件でしょうか?


「はい。なんでしょう」


「済まぬがここでは話しにくい。ティショウ殿、ギルドマスタールームをお借りできるか?」


「いいぜ。ミストはどうする?」


「そうだな。できれば参加してもらいたい」


「ミライさんも呼んで参りますか?」


「いや、今日の段階ではそこまでしていただかなくともよい。今いるメンバーだけで十分だ」


「じゃあ、行こうぜ」


 四人全員がギルドマスタールームへと場所を移します。


 そこでジェラルドさんから相談されたのは突拍子もない内容でした。


「俺たちでシュミット公国から講師を呼んで勝手に講義を行う!?」


「ああ。今日の午前中もギルド評議会が開催されたがいまだに白黒はっきりつけたがらない。どこも二の足を踏んでいるようだ」


「ですがジェラルド様、ほかのギルドマスターの意向を無視するのは……」


「スヴェイン殿がシュミット公国から戻ってから四週間以上が経つ。それなのに我ら以外のギルドはどこも有意義な議論すらしない。このままでは本当にコンソールが腐り落ちてしまう」


「……ジェラルドさん。各ギルドマスターの動向を教えていただく事は可能でしょうか?」


「スヴェイン殿、私の主観で構わないのであれば」


「お願いします」


「そうだな、まず前向きなのは商業ギルド、家政ギルド、魔術師ギルドだ。どれも実力主義寄りのギルドだ」


「商業ギルドも前向きか。意外だな」


「最初に話を持ち込まれたのが商業ギルドであったからだろう。また、商人は目ざとくなければ生き残れまい。そう考えると新たな風は望むべき道なのかもしれぬ」


「前向きなギルドはわかりました。反対の立場は?」


「はい、公太女様。鍛冶ギルド、服飾ギルド、宝飾ギルド、建築ギルドです。いずれも職人系のギルドであり、職業観の強いギルドとなります」


「前向きなギルドと後ろ向きなギルド。互いの立場がくっきり分かれましたわね……」


「前錬金術師ギルドマスターがいれば間違いなく錬金術師ギルドも反対していただろうな」


「職業優勢主義のトップだった錬金術師ギルドが最初に改革を起こしちまって、それが成功しつつあるんじゃ職人系ギルドは堪らねぇだろうな」


「実際に問題も起きている。鍛冶ギルドや服飾ギルドでは下働き扱いだった下位職の者たちがギルドに抗議して仕事を放棄しつつあるようだ。宝飾ギルドや建築ギルドはまだ表立った影響が見えてはいないが、裏ではどうなっているか」


「ああ、なるほど。鍛冶ギルドに発注していた訓練用装備がいつまで経っても納品されねえのはそのせいか」


「それに服飾ギルドというのも不味いですね。このままでは衣料品に影響が出始めます」


「古着以外は貴重品とはいえ、古着を売りに出すにも手直しは必要だ。その職人すらままならないのであれば影響が大きいな」


 さて、困りましたよ。


 僕の始めた改革がここまでの大旋風となるとは想像していませんでした。


 僕の目的はだけでまで望んでいたわけではありません。


 ですが、現実問題として混乱の火種もくすぶっているわけですからままなりませんね。


「それで、爺さんはなんでまた勝手にシュミット公国の講師を呼ぼうなんて考えに至ったわけだ?」


「現時点で問題が顕在化し始めているのは職人系ギルドだ。そして、その中心地であるはず錬金術師ギルドから革命が起こされた。ここまではよいか?」


「はい。問題ありません」


「次に革命が起きたのは冒険者ギルド。まあ、まだまだ革命と呼ぶには至っていない様子であるが」


「ほっとけ」


「すまないな。そして、三番目が私が管理している医療ギルドだ。ギルド評議会の議長である私のギルドが個別にシュミット公国と手を組んだというのはかなり大きな衝撃だったようだがな」


「それは仕方がありません。決断できない方々が悪いのです」


「本当に公太女様はスヴェイン殿とそっくりだ。私としてはこれ以上問題が長期化するのは好ましくない。それどころか人間至上主義との戦争と同じように街を割る争いにも発展しかねん」


「職人系ギルド上位職とそれ以外、の構図ですわね」


「こう言ってはなんだが職人系ギルドにとって今回の話は『既得権益を捨てろ』と言うに等しい。ギルドマスターが賛成しても上位構成員がついてくるかどうかが問題だ」


「そうだろうな。今までと同じ給金がもらえなくなる恐れがあるんじゃ反対するしかない」


「その通りだ。スヴェイン殿は圧倒的な知識と技術力を持ってすべてのギルド構成員を従えたわけだが、ほかのギルドで同じことができようはずもない」


「前錬金術師ギルドマスターと同じようながいるとは考えたくもありませんが、ギルドマスターだからといって最高の技術力を持っているとも限りませんからね」


「そうなる。上位構成員が抜ければ屋台骨が折れかねず、現状維持では足元から炎上する。それがいまの職人系ギルドだ」


「想像以上の爆弾を抱えてしまいましたね」


「はい。それで出したのが私の案です」


「なるほどなあ。勝手に講師を呼んで鍛えてしまえば足元の火事は消え去り、新しい屋台骨ができると」


「そうなる。いかがだろうか」


 ジェラルドさんの暴論にも似た発案に全員が考え込みます。


 さて、どうしたものか。


 答えは出ているのですがジェラルドさんは納得していただけますかね。


「俺はありだと思うぜ。もうこうなっちまったら悪いものは全部取っ払うしかないだろう。それがギルドマスターであってもだ」


「私もジェラルド様の意見に賛成ですわ。街全体に今の火種が燃え広がる前に消してしまわねば」


「冒険者ギルドマスターとサブマスターは賛成か。スヴェイン殿と公太女様は?」


「僕はです」


「私もお兄様と同意見です。です」


「む……その意義は?」


「まず錬金術師ギルドマスターとして。これ以上街の混乱が顕在化するのはよくありません。例えギルドマスターの椅子がいくつか空席になろうとも断固として改革するべきです」


「おう、それでスヴェインとしては?」


「個人としてはこうなります。鍛冶や服飾、宝飾、建築と言った職人には地方独自の文化や風習があります。それを無視して改革を進めてしまえば完全な文化侵略になってしまうのですよ。錬金術だけは地方文化などがほぼないので最新技術を導入するためにも遠慮せずに乗っ取らせていただきました」


「地方独自の文化や風習か。そこまで考えが及ばなかった」


「スヴェインがこういう理由ってことは公太女様も同じような理由か?」


「そうなります。シュミット公国としては軍事侵略も文化侵略も望みません。単純な知識と技術の提供だけが望みです」


「困りましたわね。スヴェイン様や公太女様の発言は無視できません。しかし……」


「足元まで火が迫っている状況だ。決断までの猶予はあまり残されていない」


「参ったな。どうすりゃいいんだ、これ……」


 本当にどうすればいいんでしょうね?


 あのジェラルドさんが焦りを感じてこのような提案をしてきたのですから本当に猶予はないのでしょう。


 根本的な問題は下位職に対する抑圧と差別。


 これを解消するには下位職にも技術を与える必要がある。


 でも、自分たちの席は譲りたくない。


 出口が見えませんね。

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