172.医療ギルドへ御用聞き
「はい。ご依頼いただいた講師と人数では次の金額となります」
弟子たちに混じってアリアの指導を受けていたシャルを捕まえ、医療ギルドへやってきました。
そこでジェラルドさんとサブマスターさんから出された要望に従い必要な講師陣を構成、現在はその雇用金額を提示しているところです。
「……公太女様。本当にこの価格でよろしいのですか?」
「いささか安すぎる気がいたしますが」
「これでも冒険者ギルドで派遣した講師陣のときより値上げしていますよ? その上でその価格です」
シャルは強気の値段設定にしたようですが、それでもまだこの街の水準では安いようです。
一体この街のギルドではどのくらいの値段を覚悟しているのでしょうか。
「この金額で値上げした? 冒険者ギルドは何人をいくらで雇われたのでしょう」
「うーん、話してもいいのでしょうか」
「僕に許可を求めないでください。僕も知ってはいますが、それを答える権利はありませんから」
「答えていいものでしょうか……申し訳ありませんがお答えいたしかねます。よろしければ冒険者ギルドマスターから直接お尋ねください」
「わかりました。それで、いつ頃講師陣を派遣していただけますでしょうか? 何カ月ほど先を見通せば?」
「それについてはお兄様のサンダーバードを借りて本国と連絡を取ります。講師陣の都合がつき次第、お兄様に迎えに行っていただきますのでそれほどかからないかと」
「……本当かな。錬金術師ギルドマスター」
「この場ではただのスヴェインとして立ち会っています。そしてシャルが言っていることは本当です。医療ギルドとなると専門性が高くなるので人員調整に時間をいただくかも知れませんが、調整がつき次第僕がシュミット公国まで迎えに行ってきます。当日中には戻ってきますのでよろしくお願いします」
「う、うむ。ちなみにサンダーバード? での連絡というのはどれくらい時間がかかるものなのだ?」
「行って帰ってくるだけでしたら三時間ほどでしょうか? 中型なので人を運ぶと数人しか乗れませんし遅くなりますが、誰もいなければ高速で飛べます。ただ、シュミット公国でシャルの手紙を確認して講師を確保、返事を書く必要がありますので戻りがどれくらいになるかまでは」
「い、いや。今の話だけで十分に理解した。高速で本国と連絡を取る手段があるというのはまことに便利なものだ」
「いえいえ。通信、人員の輸送。どちらもお兄様頼みでどうにもなりません。これらを解決しないことには、ビジネスとして成り立ちませんよ」
「……シャル、それについてなのですが黙っていたことがあります」
「あまりいい予感がしません。この場では聞きませんのであとで聞かせてください」
「わかりました。帰ってからゆっくり話しましょう」
黙っていたことを話したらシャルはどういう行動を起こすでしょう。
僕なら決まった行動しか起こしませんが。
「それでは今日の会談はこれで終わりにして構わないでしょうか?」
「公太女様、もうひとつだけお話が」
「はい。なんでしょう」
「実はスヴェイン殿からポーションの合成薬である配合薬のレシピを教えていただいております。ですが……」
「お兄様のことです。レシピは渡しましたが原材料となるポーションを供給していないのでしょう?」
「は、はい。さすがにそこまでスヴェイン殿に頼るのはいかがと感じまして」
「その決断、英断だと考えます。お兄様はなんでも他人に頼る方は嫌いですから。ですが、錬金術師ギルドマスターとなった今でもポーションを卸さないのは問題では?」
さすがは僕の妹、痛いところを突いてくれます。
ですがこちらにもいい分はありますがね。
「では、錬金術師ギルドマスターとして。医療ギルドの求めているポーションはすべて高品質以上のものです。ただのポーションだけなら販売できますが、状態異常系ポーションの高品質品は作製できていません」
「ほう。それはなぜでしょう?」
「単純に精鋭たちの練度不足と素材の不足です。ポーションについては市中の需要もありますので錬金術師ギルドマスターとして特別に素材をギルドに供給しています。ですが、状態異常系ポーションについては冒険者、それも中位以上の冒険者以外からはほぼ必要とされないもの。悪事へと転用できる危険物ともなれば扱いは慎重にならざるを得ません」
「さすがお兄様。お見事な理論武装です」
「いえ。ですが、現実問題として素材が入手できないのですよ。冒険者ギルドに発注はかけているのですが、パラライズポーションの素材である『痺れガエルの毒壺』さえ満足に入荷できない有様。現在の錬金術師ギルドを支えている精鋭たちも、僕が鍛え上げたとは言えど年期が浅いことは事実です。ちょっと今の錬金術師ギルドで取り扱うのは難しいですね」
「それではどうしようもないでしょう。お話はわかりました。我が国との間でポーションの取り引きも行いたいのですね?」
「はい。いかがでしょう?」
「構いません。構わないのですが……今はまだ輸送手段を模索中でして」
「それについても一回目の輸送は講師陣の輸送と一緒に僕が引き受けましょう。二回目以降はシャルの出番です」
「ますます嫌な予感がして参りました」
「はは……ともかく、ポーションも取り引き可能なのですね?」
「お兄様がこう言っている以上、なにか手段を隠し持っているのでしょう。ひとまず一回目の輸送はお兄様が引き受けるそうですし問題ありません。二回目以降はお兄様の隠し球次第で時期が変わりますがよろしいですか?」
「はい。構いません」
「わかりました。ご用件はほかにありますでしょうか」
「いえ、今日のところはこれですべてです」
「承知いたしました。それでは戻り次第、本国へ連絡を入れさせていただきます。……お兄様も一緒に帰ってきてください」
「わかっていますよ。油を売ったりはしません」
「それでは今日はこれで」
「失礼します、ジェラルドさん」
「ああ。またよろしく頼む」
医療ギルドのご注文も聞き終わりましたのでシャルの仮住まいであるコウさんのお屋敷へと戻ります。
シュミット公国の大使館についても宙に浮いてしまっているんですよね。
これはいかがしたものか。
「それでお兄様。先ほど話しかけていた『黙っていたこと』とはなんですか?」
「それですか。実はシャルと契約したがっていた聖獣ですが複数おりまして」
「なるほど。それで?」
「その中にはロック鳥やピクシーバードなどもいました。輸送や連絡用にはもってこいでは?」
ロック鳥は大型船以上の体躯を持つ巨鳥。
対してピクシーバードは小型ですが非常に高速で移動できる鳥形の聖獣です。
「お兄様、なぜそのような大切なことを今まで黙っていたのですか?」
「申し訳ない。忘れていました」
はい、伝え忘れていました。
初日にこれを教えてしまうとマジックポーションで魔力回復をしてでも契約を結ぶはずなのでやめていたのです。
そして見事に伝え忘れていたと。
「次に講師陣を迎えに行くときには私も一緒に行きます。そしてそれらの聖獣様と契約してきます」
「でしょうね。念のため、シュミット公国に一日滞在しましょう」
「そうしていただけると助かります。ああ、でも。ロック鳥をこの街のそばに近づけることは難しいですよね?」
「仕方がありませんので錬金術師ギルドマスターの権力を使います。ロック鳥には以前カイザーが使っていたシュミット辺境伯家の家紋が入った領旗を持たせてください。衛兵たちや冒険者ギルドにはその紋章を持ったロック鳥には攻撃しないようにお願いをして参ります」
「そもそも普通のロック鳥はあのような大きさの旗をぶら下げたりしませんけどね」
「わかりやすくていいじゃありませんか。遠くからでも判別できる上、馬車ごとコンソールに来ることができて便利ですよ?」
「ポーションの輸送はマジックバッグを使いますから馬車の出番はほぼないです」
「それもそうですね」
このあとシャルにシュミット公国にいるお父様へと連絡を取ってもらい、医療ギルドに派遣する講師陣を迎えに行くのは一週間後と決まりました。
この間、僕は関係各所を飛び回り話を通して回ります。
シュミット公国へは講師陣の態勢が整う一日前に出発し、シャルも無事にロック鳥やピクシーバードと契約を済ませました。
こうして、記念すべきコンソール行きロック鳥の初飛行は実行に移されましたよ。
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