生まれ変わるための苦痛
171.待たせる側と待たされる側
シャルに頼まれて冒険者ギルドの講師陣を迎えに行ってから約二週間が経ちました。
その間はいつも通りニーベちゃんとエリナちゃんのふたりに錬金術や付与術を教えたり、錬金術師ギルドでギルドマスターのお仕事をこなして過ごしています。
ときどき冒険者ギルドの様子も気になって見に行きましたが、ティショウさんも含め冒険者全員がシュミット公国の講師陣に揉まれている状況でしたね。
平然としているのは今回の講師役に適切な教官がいなかったためデスクワークに集中しているミストさんだけでしょうか。
そして今日もまた午前中は弟子たちに錬金術を教え、午後に錬金術師ギルドにきてデスクワークです。
それにしても……。
「ミライさん。乗馬の訓練ははかどっていますか?」
「それなりにです。並足でならなんとかなるようになってきました」
「それは良かったです。それにしても、平和ですねぇ」
「……錬金術の講習会開催の要望が殺到している以外は平和ですね」
そう。
錬金術の講習会ですが先日二回目を開きました。
ですが、二回目は前回よりも早く席が埋まってしまい大変申し訳ない有様です。
そのため錬金術師ギルドには三回目の講習会開催の要望が殺到しているわけですが……。
「講師の都合と場所の都合。両方がつきません。特に場所の都合は致命的です」
「ですよねぇ。大講堂も毎週使えるわけではないですし……」
僕の都合は弟子たちに謝り倒してでも一日ぐらいはなんとかしましょう。
ですが講習会の場所、平たく言えば大講堂がなかなか使えないのです。
「……そういえばギルドマスター。拠点に帰らなくてもよろしいのですか?」
「今回も長期滞在させていただくことになりました。弟子たちの指導に熱が入っているのも理由のひとつですが、僕が街を離れる前にいろいろと決めておきたいことがあるんですよ」
「ああ、冒険者ギルドマスターと一緒に領都へ行ってきたと言う」
「はい。なんでもシュベルトマン侯爵はまだ王都から戻られていないとかで取り次いでいただけませんでした。単純に追い払われただけならそれはそれで結構だったのですが、対応にあたってくれた家人の様子からして本当にお戻りではない様子でして」
ひとつ検討したい議題があったため、コンソールの錬金術師ギルドマスターとしてこの地方の領都を訪れました。
ですが、目的の人であったシュベルトマン侯爵とは会えず仕舞い。
これでは話を進められません。
「あとは……いまだにギルド評議会のお呼びがかからないことが気がかりです」
「そういえば、毎日のように評議会自体は開催されているらしいですよ? この二週間あまりで答えが出ていないのですから、進展はないのでしょうが」
「ミライさんも言うようになってきましたね」
「誰のせいだと考えていますか?」
僕のせいですよね。
申し訳ない。
「ですが、シュミット公国との友好関係を結ぶにしろ拒否するにしろそろそろ答えを出していただきたいものです」
「……商業ギルド、行きづらいですものね」
「はい。商業ギルドを通して錬金術師ギルド支部の建設予定地と費用、工期の見積もりを要請したいのですが……この混乱を招いた張本人がホイホイ混乱しているギルドに顔を出していいかと考えると」
「ですよね」
この二週間あまり、錬金術師ギルドの改革は停滞しています。
正確には停滞せざるをえない状況に追い込まれているのですよ。
精鋭たちの望み通り最高品質の魔力水、ポーション系統の作り方を記した書物は作成して資料室に増やしておきました。
さすがの精鋭たちでも最高品質となると苦戦するらしく、今はもがいている最中です。
一般錬金術師の方はもう知りません。
「現状で進められそうな改革ってなにがありますか?」
「なににせよ場所がないと始まりません。入門希望者を募るにしても錬金術講習会を開くにしてもギルド支部を建てるにしても場所がないです。今の私たちができることって一般事務が滞らないようにひたすら書類仕事をこなすだけです」
「……書類仕事、残ってます?」
「事務所に行って聞いてきますか?」
「やめておきましょう」
はい、滞っていた僕の確認待ち書類も綺麗さっぱり無くなっています。
そして、今日上がってきていた書類もすべて処理が終わっているわけでして……。
ミライさんとふたり、無駄話をしている状況ですよ。
「評議会、早く開催されませんかねぇ」
「ギルドマスターのお気持ちがよくわかります」
進化か停滞か。
そのどちらかを選ぶしかないのにいつまでかかっているのでしょう。
半端に関わるのも嫌なのでしっかりと見極めますけども。
「冒険者ギルドの様子でも確認に行きましょうかね」
「では、私はサブマスタールームで今後の方針を確認しておきます」
「よろしくお願いします」
念のため事務所にも顔を出し問題ないことを確認します。
何事もないそうなので、僕は冒険者ギルドまで出かけることにしました。
冒険者ギルドは暇つぶしに来る場所じゃないと怒られそうですが。
********************
「まだまだ! 反応遅いよ!」
「もっと体重移動に気を遣え! 一瞬の隙が命取りになるぞ!」
冒険者ギルドの受付で確認を済ませ、訓練場へとやってきました。
シュミット公国からやってきた講師が今日も指導をしていますが、まだまだついていけていないですね。
二週間程度で追いつけるようほどやわな国ではありません。
「おう、スヴェイン。一応ギルドマスタールームに顔を出せや」
「用事もないのにティショウさんやミストさんの手を煩わせるのもどうかと思いまして」
「それを言い出したら用事もないのに余所のギルドにきてんじゃねぇ」
「仕方がないじゃないですか。錬金術師ギルドでできることはすべてやり遂げてしまい、これ以上先に進むには場所を確保しなければいけないのですから」
「……商業ギルドか」
「商業ギルドです」
この二週間あまり、お互いギルド評議会から閉め出されている為に言いたいことはなんとなくわかってしまいます。
実際冒険者ギルドでも問題は発生しており……。
「うちもなあ。訓練用の装備がなかなか入荷しねえんだわ。鍛冶ギルドの爺が嫌がらせをしているわけじゃないだろうが」
「上が混乱しているせいで現場も影響が出ているのでしょう。個人経営の店ならともかく、ギルド本部には多大なご迷惑をかけていると考えています」
「あの程度が迷惑だって言うなら最初からスヴェインにギルドマスターの椅子を与えるなってんだよ」
「新しい風を取り込むとはこう言うことなのでしょう。混乱もまた必要なのかと」
「現場に影響を与えるトップなんて役に立たないことこの上ないがな」
お互い頭が痛いです。
まさかこれほどまでに決断が遅いとは。
ティショウさんは現場でバリバリ働く実践派ですから決断も早かったのでしょう。
ですが、そう考えると……。
「ここにいたのか」
新たに僕たちへと声をかけてきたのはご老人。
「お久しぶりです、ジェラルドさん」
「おう、ジェラルドの爺さん」
「まったく、久しぶりになってしまった。ここまで長引かせるつもりなどなかったのだが」
ジェラルドさんは医療ギルドのギルドマスター。
そしてギルド評議会の議長でもあります。
議長がわざわざここを訪ねてきたと言うことは評議会の結論が出たのでしょうか?
「爺さん自らお出迎えにきたのか?」
「いや、私は医療ギルドのギルドマスターとしてスヴェイン殿にお願いをしにきた」
「シャルに連絡を取ればいいのですね?」
「頼まれてくれるか?」
「喜んで。ですが、医療ギルドとして動くと言うことは」
「ああ。まだ評議会の結論は出ておらぬよ。私も悩みに悩んでようやく結論が出た」
「ようこそ、待たされる側へ」
「待たせる方も待たされる方も嫌な気分だな」
「同感です。シャルにはいつお会いになりますか?」
「可能な限り早くが望ましい」
「では医療ギルドでお待ちを。僕はシャルを呼んでから医療ギルドに参ります」
「公太女たるものがそんなに軽いフットワークで良いのかね?」
「さて? 建国してまだ半年すら経っていません。可能な限り早く、友好的な地方を増やしたいのですよ。良質な縁でね」
「わかった。医療ギルドにて待たせていただこう」
面談の約束は取り付けましたし早速シャルを呼び出しましょう。
彼女もまたなにもできず暇を持て余している人物ですからね。
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