170.『シュミット流』の冒険者訓練
三人で訓練場まで移動するとそこではすでに厳しい指導が始まっていました。
正確には講師陣四人による一方的な蹂躙ですがね。
「どうした! それくらいでへばっているのか!?」
「生温いぞ! モンスターは容赦などしてくれない!」
「見た目で判断しているの? 冒険者なら見た目ではなく本能で相手の強さを感じ取りなさい!」
「この程度では明日にでも死にかねんぞ! まったくもって情けない!」
厳しいですねぇ、相変わらず。
僕にとっては当たり前の光景ですが。
僕たち三人が観客席から様子を見守っているとき、同じく観客席にやってきた冒険者パーティがいました。
僕の知り合い、【ブレイブオーダー】の皆さんですね。
「よう、スヴェイン。あの教官ら。お前のつながりか?」
「僕のつながりというわけではありませんが、シュミット公国の冒険者講師ですね」
「なるほど。強いわけだ」
「と言うことは、もう挑まれたのですか?」
「ああ。見事に全員返り討ちだよ。まったく我ながら情けない」
そうですか、【ブレイブオーダー】の皆さんでも歯が立ちませんか。
横でティショウさんも驚いた顔をしていますし、予想を大きく上回っていたのでしょう。
「どれ、僕もたまには冒険者風の稽古をつけてもらってきましょう」
「大丈夫ですか、お兄様?」
「それ、僕が大丈夫か、相手が大丈夫か。どちらの意味です?」
「両方です。特にエリシャは血がたぎると止まりません」
「それはいいですね。エリシャさんにお願いしてきましょう」
僕は観客席から訓練場に飛び降り、用意されてある訓練用装備の中からもっとも質のよいものを選びます。
そして、冒険者たちの間をすいすいすり抜けてエリシャさんの元までやってきました。
「!? スヴェイン様!?」
「おや、気付かれましたか。本気ではないと言えどもそれなりに気配を隠してきましたのに」
「……いえ、この距離になるまでまったく気がつきませんでした。この間合いになって初めて奇妙な気配のなさを感じ、こちらを振り向いただけです」
「いえ、それができるだけでも素晴らしいと思いますよ? 大半の冒険者は気配のなさを奇妙とは感じないのですから」
「お褒めにあずかり光栄です。……ところで、剣をお持ちであるということは稽古をご所望で?」
「はい。久しぶりに剣術の稽古をしたくなりました。この国の腑抜けどもに本当の剣術というのを見せつけてやりましょう」
「それは面白そうです。ですが、私が相手でよろしいのでしょうか。自分で言うのもなんですが、熱くなると途中で手が止まらなくなるタイプでして」
「それはシャルからも聞いています。それを承知した上で稽古をつけていただきたいのです」
「どちらが稽古をつける側なのかはこの際無視いたします。シュミット家長子の剣、折らせていただきます!」
「こちらこそ。いきなりケチをつけるようで悪いですが、一本もらいますよ!」
********************
「……なあ、あいつらなにやってるんだ?」
お兄様のお知り合いらしい冒険者の方が目を見張りながらポツンとつぶやきました。
無意識に出た言葉でしょうが返答いたしましょう。
「ただの剣術の稽古ですよ。やり方がシュミット流、それも上位者同士のものですが」
「いや、それはわかるんだ。わかるんだが……なんであのふたりはお互いの体を狙っていない?」
「それが稽古だからです。お互いの剣だけを狙い先に相手の剣を折る。ただそれだけのありふれた稽古ですよ」
「……なあ、お嬢ちゃん。それって超高等技術だからな。それもお互いに」
「もちろん承知の上です。そして、今戦っているお兄様とエリシャも。お互いの実力が想定以上ではないと危険すぎてやってられませんよ?」
「お兄様ってことはスヴェインの妹なのか……」
「はい。シャルロットといいます」
「じゃあ、シャルロット。お互いに剣がぶつかるときに光るのはなぜだ?」
「剣がぶつかり合うときだけ【鋭化】【硬化】【斬撃強化】の簡易エンチャントをかけているからです。それ以外の簡易エンチャントは禁じ手です」
「待て。スヴェインがエンチャントを使えるのはわかる。あの、エリシャっていう講師も使えるのか?」
「今回お連れした講師は全員使えますよ? と言いますか、お兄様も含め全員が自己強化系の魔法を自身にかけながら戦っています」
「……なあ、これって普通の冒険者講師なんだよな?」
「至って普通ですよ? 戦闘中に自己強化魔法くらい全力ででかけられない冒険者など死にますから」
「……」
あらあら、黙ってしまいました。
この国には少々刺激が強すぎるのでしょうか?
********************
「ッ!?」
「ここまで、ですね」
エリシャさんとの激しい打ち合いの末、出た結果は引き分けでした。
僕とエリシャさんの力に剣が耐えきれなかったのでしょう。
「お見事です、スヴェイン様。剣の腕前もお変わりないようで安心いたしました」
「こちらこそ。シュミットの流儀で稽古をしたのは四年ぶりくらいです。とても気持ちがいい時間でした」
「そう言っていただけると光栄です。……しかし、この国の冒険者は腑抜けですね」
「うーん。今のを見ても奮い立ちませんか」
「むしろ腰がひけています。大丈夫なのでしょうか、この国は」
「シュミットが厳しい環境なのは承知していましたが、ここまで差があるとは考えてもいませんでした。いや、冒険者とじゃれ合いをしたことはあったのですが」
「じゃれ合いですか」
「サンクチュアリで防いでセイクリッドブレイズで焼くだけのことを試合と呼ぶのはおこがましい気分になりました。やはり、試合というのはこれくらいしないと」
「お気持ちお察しいたします。失礼ながら、スヴェイン様。我々はなにから指導を始めるべきでしょうか?」
「あなた方でも困る始末ですか……」
「正直、ここまで酷いとは」
「とりあえずもう少し揉んであげてはいかがでしょう? 冒険者が生き残りたいのであれば必死に食らいつくしかないのですからね」
「我々の心が折れないか心配です」
「今度、おいしいご飯でも提供いたしましょう。途中で寄った拠点にある家精霊の作ったご飯です。とてもおいしいですよ?」
「では、それを期待して鍛えさせていただきます」
「大変でしょうがよろしくお願いします」
エリシャさんと会話が終わったあと、また気配を消し呆けている冒険者たちやほかの講師陣に揉まれている冒険者たちの間を通り抜け観客席へと飛び上がります。
シャルのいる席まで戻ってみれば、【ブレイブオーダー】の皆さんはおろかティショウさんまで呆けていますね。
自分たちが雇った講師陣の能力が今になってわかったのでしょうか?
「なあ、スヴェイン。お前たちがやったのはシュミット流の剣術なんだよな?」
「はい。上級者同士のという但し書きはつきますが」
「剣に簡易エンチャントをかけるのも普通なのか?」
「上級者のみですよ。簡易エンチャントは繊細なものです。込める力が弱ければ意味をなしませんし、強すぎれば武器を痛めますから」
「それを普段から鍛えてやがるのかよ……」
「はい。普段から鍛えておかないといざというときに使えませんから」
「公太女様が説明してくれたが自己強化系魔法を使い続けていたってのも本当か?」
「エリシャさんがどうかはわかりかねますが僕は使い続けていました。小柄ですし筋力も劣りますので身体強化が途切れると一瞬で力負けいたします」
「シュミット公国はそんな冒険者ばかりか?」
「……そこはどうですか、シャル?」
「うーん。上位冒険者に限れば自己強化系魔法と簡易エンチャントは必須でしょうか。下位冒険者ですとこの街でもあまり変わりません」
そうですよね。
下位冒険者はそこまで変わらないと感じていました。
熱量が圧倒的に足りていないだけで。
「グッドリッジ王国ってのはそんな化け物ばかりが揃っていたのか?」
「まさか。こんな戦い方ができるのはシュミット公国を拠点にしていた冒険者だけですよ。ほかの地方ではこの国とさほど変わらないように感じます」
「『シュミット流』ってのが化け物なのか……」
「否定できません。私は幼い頃から魔法が主体で剣術は遅れてスタートだったため苦労しました。今ならお兄様程ではないにせよシュミット流の戦いができますが」
「なあ、公太女様よぉ? これで一般技能講師がひとり白金貨二百枚ってのは安すぎじゃねぇか?」
「今回はお父様にも確認を取り了承をいただいております。なので適正価格です」
「マジかよ。これは俺も稽古をつけてもらわなくちゃいけないレベルだぞ?」
「ティショウ様も混じってこられてはどうでしょう? 訓練中は一切手加減していただけませんが」
「……考えるよりも行動する方が俺には性に合うな。ちょっくら行ってくる」
「お気をつけてください。万が一怪我をしてもエンジェルライトまでは使えますのでご安心を」
「それ、全然安心できねぇからな!? っていうか公太女様もエンジェルライトを使えるんだな、こんちくしょう!」
ティショウさんも観客席から飛び降り、訓練用装備の中から爪を取りだしてエリシャさんの元へ向かいました。
そのあとギルドマスターの名に恥じない素晴らしい戦いを披露したのですが、スタミナ切れで負けてしまいましたね。
僕たちと話していたので自己強化系魔法を使うところまでは良かったです。
ですが、慣れない戦い方のために余計な魔力があふれ出していましたし、自己強化の密度もムラがありました。
戻ってきたときにそれを指摘すると、あらためて化け物扱いされてしまいましたけどね。
ティショウさんが戻ってきたあと、【ブレイブオーダー】の皆さんも戻っていきましたし冒険者ギルドは今後に期待しましょう。
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