174.コウの意見

 はてさて本当に困りました。


 あちらを立てればこちらが立たず。


 こういうときどうすれば良いのでしょうね。


「……生! 先生!!」


「え、ああ、なんでしょう?」


「なんでしょう、じゃないのです! せっかく今日の成果を発表しているのに……」


「先生、戻ってきてからずっと難しい顔をしていらっしゃいますがなにかあったっんですか?」


 ええと……。


 今は夕食後のお茶の席。


 となると、ここで話すことはコウさんやマオさんにも筒抜けになるわけでして……。


「構わぬよ、スヴェイン殿。今日見聞きしたことは漏らさないと約束しよう」


「そうですわ。水くさい」


「では……」


 今日、冒険者ギルドでジェラルドさんから説明を受けたことをこの場にいる皆さんと共有します。


 共有と言ってもシャルは当然知っているわけですが。


「ふむ、難しい問題だな。下手に動けば錬金術師ギルドのように上位者の大量離反を招き、今のままでは下位職からの突き上げで街の機能が停止する」


「そういえば、私のお店でも各種インゴットの仕入れ値が上がり始めていましたわね……」


「うむ。我が商会でも様々な品物が値上がりしたり入荷しなくなったりしている。まさか、そこまでの大事になっていようとは……」


「はい。実際、鍛冶と服飾では影響が出ています。宝飾と建築も今のままでは時間の問題だと」


「困りましたね。僕でもいい知恵はありません。世俗のことはとんと疎いですし、なぜそこまで新しい技術を拒むのかが理解できません」


「師匠、話を聞いてましたか? 新しい技術を拒んでいるのではなく、自分たちの席を奪われるのを嫌っているのです」


「僕にいわせれば同じことですよ。そもそも君だって錬金術師ギルドを完全に乗っ取り上級錬金術師たちをまるごと街から追い出したと聞きますよ?」


「追い出したのはギルド評議会ですが大差ないでしょう。そういえば、コウさん。僕の街中での評判ってどうなっているんですか?」


「そうだな……。錬金術師ギルドの革命者、新たな風を吹き込むもの、嵐のような技術者、スラムにも手を差し伸べる変わり者。そんなところだ」


「おや、意外と悪評が立っていないのですね」


 これにはさすがに驚きですよ。


 現在の混乱を招いた張本人ですのに。


「悪評を立てようとするものもいる。だが、圧倒的な技術力を持って錬金術師ギルドを立て直し、ポーションを飲みやすい代物に変えたということ。今まで威張りチラしていた錬金術師どもを一掃したことで悪評が広まらないのだよ」


 なるほど、そこまで錬金術師ギルドの名は地に落ちていたと。


「そして、冒険者からも『命を繋ぐ錬金術師』と称えられ、つい先日はシュミット公国から来た講師と激しい打ち合いを見せたそうじゃないか。錬金術の腕前も素晴らしく剣士としてもシュミット公国の講師と引き分けるだけの技を持つ憧れの存在。それが君の評価だ」


「むぅ。もう少し悪評が立つと思っていたのですが」


「そうさな。悪評ではないが、もっと錬金術ギルド主催の講習会をやってほしい、と言う声はよく聞く」


「すみません、それは場所の都合がどうしてもつかないんです」


「この街で一番大きな建物が大講堂だからな。大講堂を数日間占有できればなんとかなるだろうが……」


「そうなると、ニーベちゃんやエリナちゃんの指導に響きますよ?」


「それは困ります!」


「そうですね。それは困ります」


「と言うわけでして、開催できても週一回が限度です。……それにしても、この街で『錬金士』以下の方々って多いんですねぇ」


「いや、最近は近隣の街からも噂を聞きつけてやってきているそうだ」


「は?」


「いわく『コンソールの錬金術師ギルドマスターなら錬金士以下の職業でもポーション作りを教えてくれる』とな」


「うーん、それは望ましいようなやり過ぎてしまっているような」


 本当なら、それぞれの街で火が付けばいいのでしょうが、難しいのでしょうね。


「で、錬金術師ギルドマスター。錬金術師ギルド支部の方は進んでいるのかね?」


「いいえ、まったく。商業ギルドマスターが態度を決めかねている以上、僕たち錬金術師ギルドの面々がホイホイ商業ギルドを訪ねるわけにもいかず、そのため改革が宙ぶらりんになっています」


「一般錬金術師の様子は?」


「知りません。いまだにマジックポーションすら危うい様子ですので諦めました」


「では精鋭たちの方は?」


「僕が手出ししようとしても止められます。『最高品質は自分たちの手で成し遂げるんだ』と」


「……錬金術師ギルドになにをしに行っているのかね?」


「事務処理をしてミライさんと今後の計画についてどの順序で進めるのが一番効率的かを議論して、冒険者ギルドの訓練場に顔を出しています。そして、三日に一回ほど手合わせをしていただいています」


「ヒマしているなら私たちの授業をしてください!」


「そうですよ!」


「ダメです。午後は私の魔法訓練ですわ」


「う、うう」


「そうですよね」


「と言うわけでして、戻ってくるわけにも行かず。妹ともども歯がゆい思いをしています」


「ふむ、私の意見になるがよろしいか?」


「はい、どうぞ。意見は少しでも多い方がいいので」



********************



「以上、僕がお世話になっている家の主人、コウさんの意見でした」


 コウさんの意見を聞いた次の日、ジェラルドさんとミライさんも冒険者ギルドに呼んで説明を行います。


 本当でしたら医療ギルドのサブマスターにも意見を伺いたかったのですが、さすがに双方が現場を離れるのはよろしくないようです。


「なるほどなぁ。確かに理にかなっているや」


「さすがは利にさとい商人殿か」


「で、でも、こんな真似をして大丈夫なんでしょうか? 下手を打てば……」


「下手を打ったとしてもそのときはそれまでの価値しかなかった、と言うことになりますわ」


「そもそもがこの体制がになっているのかも知れぬ」


「だなぁ。もっと新しい体制作りも視野に入れるべきだと思うぜ」


「問題はそれについての案がないことですけど」


「公太女様も厳しいですな。ですが、その通りです。下手を打った場合の次善策を考えねばなるまいが、今はその時間すらない」


「だな。遂に宝飾ギルドと建築ギルドにも火が付いたらしいぜ」


「なんだか申し訳ありませんね。最初に火種を撒いたものとしては」


「スヴェイン様が気に病むことではありませんわ。撒いた火種がに引火しただけのことです」


「では、この案を持って明日の評議会に乗り込む。覚悟はよろしいか」


「もちろん。覚悟などすでにできています」


「俺もだ。今更退けるかよ」


「私も公太女の責任から逃れるつもりはありません」


「では、決戦は明日だ。各自、抜かりのないように」


 さて、考えもしないところから解決案が示されました。


 ともかく決戦は明日、さて楽しみです。

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