86.『一般品』ポーション作製実習 その2

「まず皆さんに覚えていただきたいのは、魔力水の作り方です」


 僕の言葉が意外だったのか、何名かの冒険者が目を見張りますね。


 教本の最初にもそう書いてありますのに。


「あの、俺が習ったときは魔力水なんてどうでもいいと習ったんですが」


「逆です。ポーションの品質を高めたければ、魔力水の品質を高めるのが一番楽な選択肢です。薬草の品質はどうしてもまばらになるでしょうが、魔力水は錬金術で作るものです。こちらは高品質を作ることだって可能ですよ」


「なるほど……確かにそうですね」


「わかっていただけましたか? ほかに質問のある方はいますでしょうか?」


 質問を募ってみますが誰も手を挙げません。


 おそらくは、最初の彼と同じような内容だったのでしょう。


 それでは講義を続けましょうか。


「魔力水の作り方ですが、水の純度と作る時の魔力を込める方法によって品質が決まります。水の純度ですが……」


「あの、それってものすごく大事なことでは!?」


 僕の説明を遮るように冒険者のひとりが声をかけてきました。


 うーん、どうなんでしょうね?


「大事かどうかは知りません。とりあえず、これを覚えてもらわないことには先に進まないのでお教えするだけです。弟子にも教えていることですし、隠し立てするような内容ではありませんよ?」


「いえ、ですが、この内容がわかれば誰でも一般品質のポーションが作れてしまうことに……」


 この言葉に反応したのはマルグリットさんでした。


「元々の狙いはそこさ。一般品以上のポーションを大量に生産し、冒険者たちの生存率を上げる。それが目的だからね」


「あ、すみません。話の腰を折ってしまい……」


「構いませんよ。さて、講義の続きといきましょう。水の純度は井戸水や川や湧き水などが一番低く、次に湯冷まし、その次が湯冷ましを布で濾したもの、最も適したものが蒸留水となります」


「蒸留水ですか? それを大量に用意するのは大変では?」


「蒸留水も錬金術で作れます。ただ、蒸留の仕方を理解して、実際に蒸留水を作れるようになるには三日では足りないでしょう。そのため、今回の講義からは外しました」


「つまり、本当に高品質な魔力水を作りたかったら蒸留水なんですね?」


「はい、そうなります。一番簡単な判別方法は、水に多少の塩を溶かし、それを分離することが出来たら蒸留水の完成です」


「わかりました。講義が終わったあとに挑戦してみます」


 おお、意外とやる気ですね。


 やはり、冒険者という命がけの仕事において、安定した収入が得られるというのはメリットなのでしょうか。


「それでは講義内容に戻ります。今日はマルグリットさんに頼んで湯冷ましを用意していただきました。これを濾す作業から開始してみましょう」


「すみません、具体的にというのはどのような作業になりますか?」


「湯冷ましの中に入っているゴミなどを布を使って取り除く作業になります。使う布は綺麗で目の細かい布であればなんでも構いません」


「それで綺麗な布も一緒にあるのですね。わかりました一度にどれくらいの量を行えばよいのでしょう?」


「あまり一気に注がないでください。量が多くてもゆっくりと丁寧に濾過するように心がけることが重要です」


「わかりました」


 僕の指示を受け、冒険者の方々が湯冷ましの水を慎重に布で濾過していきます。


 最初はおっかなびっくりだった作業も、次第にコツをつかんだのかペースが上がってきました。


 そして、全部の冒険者の方々が湯冷ましの濾過を終えたみたいですね。


「おい、濾しに使った布、結構汚れてないか?」


「湯冷ましなら大丈夫と思っていたけど、かなりゴミって入ってたんだな……」


「湯冷ましなら消毒は済んでますし、大きなゴミは取り除かれていますから飲む分には大丈夫です。ただ、錬金素材としてはまだ不十分と言うことですね」


「よくわかりました。次はどうすればいいのでしょう?」


「次は実際に魔力水を作ってみましょう。お手本……にはならないでしょうが、一度作ってみせますね」


 僕がやってしまうと、一連の作業が早すぎてなにをやっているのかわからない、と言われてしまうんですよ。


 なので、ゆっくりやるように心がけてはいるんですが……それでも早いんでしょう。


「まず、魔力水にするための水を錬金台の上にセットします。このときの水は多すぎてはいけません。魔力水にするときに必要な魔力が十分に浸透しないからです」


 僕の説明を聞き逃すまいと集中して耳を傾ける冒険者の方々。


 想像以上に集中していますね。


「それから魔力を浸透させれば魔力水の完成になるわけです。ただし、ここでもコツがあります。まず、無理矢理力尽くで魔力を押し込もうとしても水の反発にあい魔力が浸透しません」


 この話を聞いたとき、何人かの方が苦い顔をしました。


 実際に経験があるのでしょう。


「それから、魔力水を作る時の魔力はゆっくり注ぎ込んではいけません。数秒間の間に一気に流し込む必要があります」


 ここでひとりの冒険者から質問が出ました。


「あの、それは先ほどの説明と矛盾するのでは? 一度に押し込むと反発されてしまうのに、数秒間で十分な魔力を流し込むというのはおかしいと思います」


「はい、そこがコツなのです。魔力水の錬金には数秒の猶予しか与えられません。それなのに、力尽くで魔力を注ぎ込んでも反発されてしまう。その答えですが、水をかき混ぜるイメージをしながら魔力を注ぎ込むのですよ」


「水をかき混ぜるイメージをしながら?」


「はい。水や飲み物、スープなどに塩や砂糖を溶かすイメージでやって見てください。それでかなりうまくいくはずです。では、お手本をお見せいたします」


 僕は冒険者が用意した湯冷ましを使い、魔力水を作ります。


 やはり、普段使いしている蒸留水に比べると反発が大きいですが……なんとかなりましたね。


「どうでしょう。個人的には、ゆっくりとやった方なのですが」


「すげぇ……本当に俺たちが作った水から最高品質の魔力水が出来ちまったよ」


「かき混ぜるようにイメージするというのも本当だな。水がグルグル渦を巻きながら色づいていった。これだけでも十分に参考になる」


「これなら私たちでも出来るかも!」


 ふむ、ゆっくりやるとそういう反応が起こるのですか。


 弟子たちが躓いているようでしたら、実際に見せてあげるのも手ですね。


「さて、お手本はここまでです。各自、自分の席に戻り実習開始ですよ」


 その言葉を合図として皆さん飛び出すように自分の席に戻ります。


 今見たイメージを忘れないうちに試してみたいのでしょう。


 そして、実際に作って見た結果はと言うと……。


「うっそだろ!? こんな簡単に低級品の魔力水が出来たぞ!?」


「こっちは一般品だぞ! 魔力水ってこんな簡単なものだったか!?」


「私も一般品ができた! 魔力水すら満足に作れなくて錬金術師の道を諦めていたのに……」


「俺は低級品だ。でも、これでこの実習はマジモンだって証明されたぞ!」


 うん、皆さん喜んでくれているようで結構です。


 さて、次は本番のポーション作り。


 しっかりと覚えてもらいましょう。

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