ディーンとオルドのコンソール訪問記

442.挿話-31 ディーンとオルド、コンソールへ

「ディーン様、オルド様。ようこそおいでくださいました。今回、おふたりの服を担当させていただきますユイです」


「硬いなあ。もっと気楽に行こうぜ、


「そうだな。私ももっと気楽にしていただけると助かる」


「そんな!? ディーン様から見れば私はスヴェイン様とアリア様の間に割って入ってしまった存在。オルド様もソーディアン家の御方です。気安くなど」


 シャルの招かれてやってきた竜宝国家コンソール。


 手始めにってことで俺たちの普段着と鎧下を発注するためスヴェイン兄上の家を訪れたんだが……最初から苦戦しそうだぜ。


「割って入ったって言っても結婚したときの話はシュミットでも噂になってるぜ? 兄上たちから結婚式の場でいきなりプロポーズされたんだろう?」


「ああ、それに結婚の時はアリア様も一枚噛んでいて、スヴェイン殿だけではなくアリア様の推薦でもあったと聞く。堂々とすればいい」


「は、はい。スヴェイン様の弟様とその相棒様に言われてしまうと……」


「普段は兄上のことを『スヴェイン』って呼んでるって聞いたぜ?」


「アリア様も『アリア』と呼ばせているらしいが?」


「あうう……私の情報、筒抜け……」


「シャルが面白がって話してくれたんだよ、全部」


「スヴェイン殿がアリア様とほぼ同格に扱う女性、仕事抜きでも一度お目にかかりたかった」


「そこまで私ことを評価していただけているだなんて」


「まあ、そういうわけだ。仲良くしようぜ、義姉さん」


「わかりました。ディーン様」


「それもなんとかしてもらいたいが……シャルのことも『シャル様』止まりらしいし、慣れてもらうしかないか」


「ああ。それで服と鎧下だがどれくらいかかりそうだ?」


「ええと、おふたり分の普段着十日分と鎧下十着ずつで十日ほどいただければ完成いたします」


「ずいぶん早いが……睡眠時間とかは大丈夫なのかよ?」


「大丈夫です。夜更かしが過ぎればスヴェインやリリス先生から指導が入りますし、その……織機や糸車も没収されてしまうので」


「ああ、なるほど。服飾師にとってはつらい仕打ちだな」


 兄上も容赦がない。


 いや、それだけ大事に思っているってことだろうな。


「早速で悪いのですが採寸しても構わないでしょうか?」


「ああ、構わないぜ」


「よろしく頼む」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 早速、と言うわけでユイ義姉さんは俺たちの採寸に入ってくれた。


 このときは本当に職人の目、まったく迷いがない。


 元がついちまったが、さすが講師資格を最年少で取っただけはあるな。


「……ありがとうございました。採寸完了です。あとは服の完成をお待ちください」


「わかった。二週間はこの街にいるからできたら大使館まで届けてくれ」


「手数をかけてすまない。よろしく頼む」


「いえ。それでは私はホーリーアラクネシルクを織らせていただきます」


「ホーリーアラクネシルクか……神話にしか存在していないと考えていたんだがなあ」


「公王様の服やシャルロット様のドレスを見てしまうと信じるよりほかない」


「申し訳ありません。私も知らぬ間にホーリーアラクネシルクを扱えるようになっていて……」


「それも服飾師連中の噂になっていた。『ユイは可愛い妹分だが神話素材を扱える技術だけはうらやましい』ってな」


「私たち武人にはよく理解できないが……それほどまでなのだろう」


「あはは……」


 まあ、経緯も大体シャルから聞いてる。


 兄上が施していた治療の副産物だってことは。


 俺たちじゃ本当に想像できないけど、うらやましいんだろうな。


「あとは布を織って服を仕立てるだけですが、おふたりはどうなさいますか?」


「ああ、俺たち今日はこの家に泊まってくんだ」


「一日だけという約束で厄介になることになった。それで、もし邪魔でなければ布を織るところも見学したい」


「構いませんが……布を織っている最中は絶対に織機に触らないでください。おふたりでも魔力の受け流しができず、指一本は最低でも失います」


「わかった。俺たちも職人の邪魔をするような無粋はしない」


「ああ。少し見学したら静かに立ち去らせていただく」


「わかりました。では、始めます」


 ユイ義姉さんが布を織り始めると織機も含め全体から恐ろしいまでに濃密な魔力があふれ出した。


 確かにこんなのに触ったら指一本、いや、腕一本持っていかれるな。


「すげえな」


「これが神話素材を作れる職人と織機か。まったく次元が違う」


 俺たちでさえ戦慄しているのにユイ義姉さんはまったく気にせず淡々と作業を進めている。


 ここまで集中していると邪魔しちゃまずいな。


「工房を出るか」


「そうしよう。万が一でも邪魔をしてはいけない」


 俺とオルドはなるべく音を立てずに服飾工房をあとにした。


 さすがは兄上が見初めた女性、そんじょそこらの職人なんて目じゃないぜ。


「ディーン様、オルド様。ユイの工房はいかがでしたか?」


「リリスか。圧巻だった」


「それ以外に言葉がない」


「スヴェイン様の目、くるいはなかったでしょう?」


「ああ、あれは兄上でも一目惚れするわ」


「まったくだ。スヴェイン殿の妻を名乗るのにふさわしい」


「もうひとり妻がいますが……あちらはまだまだ修行不足なので、あまり会わせたくありません」


「……リリス」


「そこまでか?」


「スヴェイン様の勤め先、錬金術師ギルドではサブマスターとして大活躍のようです。ですが、家庭では……」


 まあ、あの俺たち以外には厳しいリリスが追い出していないんだ、見込みはあるんだろう。


 そんな風にリリスと廊下で話し込んでいたとき、玄関からウサギ獣人の少女が入ってきた。


 確かシャルから聞いていた名前は……。


「エレオノーラか?」


「あ、はい。エレオノーラです。リリスさん。お客様ですか?」


「はい。スヴェイン様の弟君ディーン様とその相棒オルド様です」


「へ、ああ! 大変ご無礼を!!」


「気にすんな。国ではそれなりの役職があるが、ここじゃただの観光客だ」


「一晩厄介になるがあまり気にしないでもらいたい」


「でも……」


「まあ、兄上の内弟子をやっているんだろう? なら細かいことは気にするな。それにシャルも世話になってるみたいだしな」


「そんな。シャルには私こそお世話になってばかりで」


「シャル、か。あのシャルロット様が〝親友〟とまで呼ぶ相手は初めてだ。仲良くしてやってほしい」


「そうだったんですか!?」


「まあな。貴族の関係とかいろいろあったが〝友人〟はいても〝親友〟はいなかったんだよ」


「そういう意味でも新しい〝義姉〟にはもっと仲良くしてほしいと嘆いていたがな」


「そうだったんですね……私、知らなかった」


「ああ、俺たちが教えたことは内緒な?」


「教えたことがばれると本気の魔法が飛んでくる」


「あはは……シャル、お兄さん相手でも容赦がないんですね」


「むしろ大怪我をしないことがわかっているからこそ容赦しない」


「実力を認めてくれているのは嬉しいのだが……複雑だ」


「ええと……」


「エレオノーラ、ひとり暮らしの準備は大丈夫ですか?」


「ああ、そうだった! ディーン様、オルド様、また後ほど!」


 エレオノーラは階段を駆け上がって行っちまったが……ひとり暮らし?


「リリス、エレオノーラってここを出ていくのか?」


「はい。ひとり暮らしを始めるための練習も兼ねた内弟子です。夏になればここを去ると言っています。……もう少し甘えてもいいのに」


「相変わらず、本気で頑張ってるやつは甘やかしたいんだな」


「ええ、まあ。努力することは大切ですが、同時に休むことも大切ですので」


「我々は走り続けてきたからな」


「まったくだぜ……ん、また誰か帰ってきたようだな?」


「この時間ですとアリア様との訓練を終えたニーベちゃんとエリナちゃんでしょう」


「ニーベとエリナ。兄上と義姉上の弟子か」


「はい。興味がありますよね?」


「もちろん。どんな連中なんだ?」


「会えばわかります」


 玄関からこちらにやってきたのは……十歳くらいの少女と十五歳くらいの少女。


 それにアリア義姉さん。


 ってことはこのふたりがニーベとエリナか。


「あら、ディーンにオルド。もう来ていたのですね」


「お客様、なのです?」


「初めまして」


「おう。初めましてだな。俺はスヴェイン兄上の弟でシャルの兄のディーンだ」


「私はディーンの相棒オルド。今日一日こちらの家でご厄介になる。よろしく頼む」


「わ、わ! 先生の弟さんです。初めまして。ニーベです!」


「名乗りが遅れました。エリナです」


「話は聞いてるぜ。十一歳から志願して兄上たちに弟子入り、十二歳の時には街一番の錬金術師になっていたそうじゃないか」


「街一番は先生なのです」


「ボクたちはまだその背中を追い続けているだけの弟子ですから」


「……実に素晴らしい。スヴェイン殿にふさわしい弟子だ」


「アリア義姉さん。自慢だろう?」


「まあ、自慢ですが……最近は本当に自重がなくなっていて、どうやって修行の歯止めをかけるか悩んでいます」


「……あー」


「……スヴェイン殿の弟子だな」


 兄上もアリア義姉さんも修行は壮絶だったしそれを笑って乗り越えていたからな。


 そこまで弟子が引き継いだか。


「でもお客様と言うことは今日の練習はお休みですね」


「そうしようか」


「うん? 俺たちがいるとまずいことがあるのか?」


「えっと……」


「その……」


「このふたりになら言っても構いませんよ。ふたりが今修行しているのはマジックバッグの作成です。それも『時間停止』付きの」


「『時間停止』付き!?」


「スヴェイン殿でも九歳になってから始めた技術だぞ!?」


「ふたりがあまりにも調子が良くすいすい物ごとを覚えるものですから、『タイムアクセス』と『完全なマジックバッグ』を教えたようです。もちろん、まだまだ一度も成功していませんし、『タイムアクセス』だけでもあまり効果は出ていません」


「いや、さすがに驚いたぞ? まだ修行を始めて三年経ってないんだろう? マジックバッグだなんて」


「ああ。『ノービス』以上の職業補正はあるのだろうが、まだまだ早すぎる」


「でも習ったからには作りたいのです」


「少しでも先に進みたいんです」


「ほらね? こういう子たちなんですよ」


「シャルから聞いていた以上に向上心の塊だな」


「まったくだ。私たちまで触発されてしまう」


「あなた方は休暇でしょう? 勘が鈍らない程度の稽古にしなさいな」


「わかってる。わかってるが……」


「自分の中にある魂に火が灯ってしまい……」


「本当にしょうがない義弟たちです。明日はエリシャにでも稽古をつけてもらいなさい」


「それはいい!」


「ああ、全力で臨めそうだ!」


「……冒険者ギルドは壊さないでくださいね?」


 そのあと帰ってきた兄上達とも話をして夕食までの時間はニーベとエリナの修行風景を確認させてもらった。


 俺たちには時空属性の素養なんてないから詳しいことはさっぱりだが、ものすごい複雑な手順を素早く正確にやっているのはわかる。


 ああ、兄上たちがうらやましいぜ!

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