443.挿話-32 ディーンとオルドのコンソール街歩き

 兄上の家に泊まった翌日、荷物を大使館に移動したらエリシャが勤めているコンソール冒険者ギルドに行って稽古をつけてもらってきた。


 結果はどちらも引き分けだったがエリシャも楽しんでいたようだし俺たちも満足できてよかったぜ。


 で、今日はコンソールを訪れて一週間目。


 折り返しの日、なんだが……。


「オルド。ホーリーアラクネシルクの服って恐ろしく着心地がいいな」


「ああ。試しに切りつけてもみたが傷ひとつ、ほつれひとつつかなかった。鎧よりも頑丈だぞ?」


「ユイ義姉さん、本当に寝てるんだろうな?」


「スヴェイン殿からもリリス様からも罰を受けているわけではなさそうだし、寝てはいるのだろう」


 昨日、ユイ義姉さんが普段着十着ずつを届けてくれた。


 デザインも凝ってるし、体にもぴったり馴染む。


 エンチャントもいろいろかけているそうだが、兄上から俺たちにさえ口外禁止とされているらしい。


 シャルの【神眼】ですら鑑定不能って言うのが怖いが……これ、俺たちもう鎧が必要ないんじゃないか?


「しかし、コンソールか。活気があっていい街だ」


「シュミットと一緒だな。聖獣たちが楽しく遊んで暮らしている。それに伴い、子供たちものびのび安全に過ごせる。世界中の街がこうなればいいのだが」


「それも無理ってもんだろう。そうなれば俺たちのような仕事はしなくてもいいんだからよ」


「それもそうだ。シュミットが独立してからは『大地の境界』のおかげで密入国者はほぼいない。だがグッドリッジからはいまだに間者が送り込まれ、火をおこそうとしている。実に嘆かわしい」


 聖獣たちが作ってくれたグッドリッジとシュミットを隔てる底の見えない谷、通称『大地の境界』。


 あれのおかげでそこを繋ぐ橋、『大地のつなぎ目』だけを警戒していれば密入国者はほぼいなくなった。


 だが、一般市民や商人を装った間者の類いは散発的に送り込まれ、様々な手段で火種を起こそうとしやがる。


 領都シュミット近辺は聖獣たちの縄張りだからそんな真似をすれば一発であの世行き、だが外れだとそうもいかない。


 だからこそ人のことは人でやらなくちゃなんないんだ。


 モンスターもいやがるしな。


「それにしても、本当に活気のある街だ。竜の宝にふさわしい」


「だなあ。それも聖竜族だろう? オルド、戦って勝てるか?」


「無理を言うな。お前と一緒に戦っても上位竜相手でなんとか追い払えて上出来、普通はあの世行きだ」


「だよなあ。そんなのが空の上にはうじゃうじゃいるんだぜ? 街道沿いには兄上が契約している聖獣の竜が眠っているらしいし、シュミット以上の魔境だぞ?」


「まったくだ。それを受け入れたこの街の指導者。その胆力には恐れ入る」


 兄上が大嵐を二度も巻き起こしても耐えきったって言う指導者たち。


 そのひとり、冒険者ギルドのギルドマスターに会う機会はあったが……普通の冒険者ギルドマスターだったんだよな。


 よくわからないぜ。


「それにしても、俺たちの馬でさえ子供たちが群がるのはどうなんだろうな?」


「この街では珍しい聖獣なので興味があるのだろう。フェルクやコトスの方が子供たちの勢いに押されているがな」


「まったくだ。戦場ではまったく物怖じしないのに子供たちには慌てている。珍しいこともあるもんだ」


 子供たちの様子からしてフラッシュファイアやアイシクルランダーはこの街にいないか滅多にいないかのどちらかなんだろう。


 あとはスレイプニルも珍しいらしい。


 馬形の聖獣たちは騎乗者を求めて歩き続けるらしいから、街中にいるのは珍しいらしいのかもな。


「それに『コンソールブランド』。あれも頑張ってるよな」


「ああ。シュミットでは金さえ用意できれば手に入れるのは容易だが、この国でもそうなりつつあるのは驚きだ。シャルロット様が技術者たちを連れてきてまだ二年程度なんだろう?」


「兄上が古い風潮を吹き飛ばそうとしてくれていたおかげらしい。ええと……職業……」


「職業優位論。グッドリッジでも貴族の間では根強かったし、私も悩まされたひとりだ。今思えばシュミットに預けられて幸運だった、と言えるのだが」


「俺もお前が相棒になってくれて嬉しいよ。で、本気で国を移るのか?」


「ああ。父上にはもう書状を送った。グッドリッジで宰相を務めていて忙しい父上と縁を切るのは心苦しいが……」


「それもあっちから催促してきていたんだろ? ならいいじゃねえか」


「……心残りはあるが今のシュミットを離れるのはな」


「それに家名も『アーロニー』を与えられるそうじゃないか。アリア義姉さんと一緒だぞ?」


「それも含めて光栄極まりない。私でその名前を背負いきれるのか」


「……ついでにシャルにもさっさと求婚しろよ」


「……それとこれとは話が別だ」


 そう、オルドのやつ、いつの間にかシャルに惚れていたらしい。


 本人でも気付いていないうちに惚れていたそうだが……シャルもそう言うことには相当鈍いからな。


 オルドから申し出なければいつまでも先に進まないぞ?


「せめて、今回コンソールにいる間に交際だけでも申し込め。シャルだっていつまで独り身かわからねえ」


「……シャルロット様が結婚する姿が思い浮かばない」


「奇遇だな。言い出した俺も思い浮かばない」


 シャルのやつ、公太女なんだから本気で結婚しないと問題なんだぞ?


 アイツは『スヴェインお兄様の子供をひとりシュミットの後継者としてもらい受けたい』なんて言っていたが、兄上の子供だぞ?


 そんな面倒なお役目、引き受けるはずないだろうが。


「ともかく、お前はシャルに交際を申し込め。宝飾ギルドに行くぞ」


「……今日でなければダメか?」


「お前に任せていたら帰国する日、いや、帰国しても申し込まないからな。さあ、さっさと行くぞ」


「……わかった。子供たち、すまないが私たちはもう行かねばならない。馬を解放してやってくれ」


「悪いな。帰国する前にはまた遊びに来るから」


 子供たちは元気な声で送り出してくれた。


 フェルクたちもなんだかんだで機嫌がいいようだし、シュミットに帰ってからも……子供が怯えなかったらこういう場を設けるか。


 で、宝飾ギルドに来たわけだが予想外、いや、予定外の人物に会っちまった。


「ん? ディーンにオルド? どうしたのですか、あなた方が宝飾ギルドとは」


「ああ、その……」


「オルド、兄上にもさっさと事情を話せ」


「うん? 内緒話でしたらプレーリーで結界を張りますよ?」


「そうしていただけると助かります」


 オルドは結局兄上にも事情を話したんだが……兄上は怒るでも笑うでもなく真面目に返してきただけだった。


「いいのではないでしょうか? オルドは今まで必死に鍛錬を積み重ねてきたのでしょう? あとは父上次第ですが父上も反対しないでしょうし、よい縁だと思います」


「……本当に構わないのでしょうか?」


「はい。僕はかまいません。問題は……シャルですね」


「兄上もそう考えるか?」


「ええ。シャルはまだまだ結婚など考えていないでしょう。エレオノーラさんと別れるつもりもなさそうですし、僕の計画にも加担するつもりです。そうなると、あなたがコンソールに留まることになりますよ?」


「それは……」


「俺の事は気にするな。ひとりでも古代竜エンシェントドラゴンがまたでない限りはどうにでもなる」


「……シュミットに古代竜エンシェントドラゴンがやってきていたのですか」


「若い上に深手を負った個体だったけどな。それで、兄上はなんでまた宝飾ギルドに?」


「ギルドマスター同士の話し合いです。具体的には話せません。あとは、宝飾師に催促されていたオリハルコンを渡してきました」


「オリハルコンか……兄上なら純オリハルコンの指輪とかも作れるだろう?」


「楽勝です。でも、それでいいんですか?」


「それは……確かに困っちまうな」


「宝飾ギルドに戻りましょう。今ならシュミットの宝飾師たちも腕を上げてミスリルとオリハルコンの配合比率五分五分の指輪が作れます。宝石も僕が持っている秘蔵のものを使わせましょう。エンチャントは……シャルにはばれるでしょうけれど、僕が付与します」


「ご厚意、感謝します。スヴェイン殿」


「いえいえ。オルドにもシュミットを任せてしまった負い目がありますから。では宝飾ギルドに入りましょう」


 宝飾ギルドに戻り、兄上はギルドマスターに事情を話してシュミット講師陣だけの指輪製作の許可を取り付けてくれた。


 宝石も兄上が研磨したアレキサンドライトキャッツアイ、それもとびきり高品質なもの。


 それを見た宝飾師たちは宝石活かすためのデザインに頭を悩ませて、指輪ひとつに四時間もかけてくれた。


 完成した指輪には兄上が限界ぎりぎりまで防御系エンチャントを施す、まさに最高品質の逸品。


 これ、結婚指輪はどうするんだ?


 そんなとんでもない代物をしまい込み俺たち、と兄上は大使館へ。


 シャルは訓練場にいるらしいのでそちらに向かった。


 そこでシャルのやつは剣技と魔法の両教官を同時に相手取って稽古をしてやがる。


 アイツ、公太女だよな?


「ふう、いい汗をかきました。それで、スヴェインお兄様までやってくるとはどうしたのですか?」


「そ、それは……」


「さっさとしろ、オルド」


「早くなさい」


「シャ、シャルロット様、私と結婚を前提にお付き合いを!」


 指輪を差し出しながら交際の申し込みをするオルド。


 その言葉を受けてシャルは……あれ?


 特に意外そうでもなく、普通な顔をしてやがる。


「ようやくですか、オルド様」


「え?」


「オルド様が私に恋心を抱いているなどとうの昔に承知済みです。私の勘が鈍くともわかります」


「あ、あの?」


「とりあえずあなたから交際を申し込んだことは認めます」


「は、はい」


「その上で答えます。その申し出、承ります。ただし、結婚はまだまだ先だと覚悟してください」


「そ、それはもちろんです」


「お兄様たちのように悪魔の言葉で惑わされるほど弱くはないのでご容赦を。それで、いつからコンソールに来られますか?」


「は、あの?」


「私に交際を申し込んだのです。せめて私の補佐、専属護衛を務めなさい。あらためて聞きます、いつからコンソールに来られますか?」


「ええと、部隊の引き継ぎなどがありますので早くても秋になるかと」


「では、秋に迎えに行きますのでそれまでに引き継ぎを終わらせなさい。終えてなければ指輪はお返しします」


「わ、わかりました」


「よろしい。それで、スヴェインお兄様はどこから噛んでいるのです?」


「宝飾ギルドの前で偶然会いました。そのあとは指輪作りに関わってます」


「でしょうね。スヴェインお兄様らしい、過保護な指輪です。でも、気持ちは受け取りました。ありがとうございます」


「いえいえ。それでは、僕は帰ります。オルド、しっかりお父様の許可も取り付けるのですよ?」


「も、もちろんです!」


 その後、オルドはシャルと甘い時間……を過ごさせてももらえずに帰国。


 父上の許可を取りに行った際には『ようやくか』と呆れられ、部隊の引き継ぎを始める際にも『ようやくですか』と言われる始末。


 部隊の連中もオルドの引き継ぎはすぐにでも始められるようにしていたようだし……全員にバレバレだったようだな。

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