春の終わり

441.春の終わりに

「ふむ、魔草栽培もようやく軌道に乗ったか」


「お待たせしました、ジェラルドさん。畑まで用意していただいたのに」


「いや。さすがにギルド評議会で最初から『失敗します』と言われたときは総員焦ったがな」


 今日は錬金術師ギルドのギルドマスタールームに何人かのギルドマスターが集まっての会合……と言う名前の世間話。


 話す内容もお仕事のことがメインですが軽いものです。


「それで、ミライサブマスター。魔草の栽培はどの程度の進み具合かね?」


「そうですね……薬草に比べるとかなり遅いです。スヴェイン様からそもそも生育が遅いと聞いてはいましたが、初期の失敗続きが痛かったです。今でも低品質や生育不良の株が出るなど問題を抱えているようですね」


「……ミライさん。その報告、僕は受けていませんよ?」


「スヴェイン様に話すとどこかで『カーバンクル』様方に漏れるかもしれないからって第二位錬金術師がこっそりと教えてくれました。ついこの間も抜き打ちで『カーバンクル』様方の指導が入り、第一位錬金術師たちが被害を受けたそうです」


 被害……。


 物騒な響きなんですが……。


「ミライの嬢ちゃん。被害って具体的にはなんだったんだ?」


「はい、ティショウ冒険者ギルドマスター。今回は激しい言葉での指導だけですんだそうです。次は白い炎であぶると脅されたそうですが」


「……あの子たち」


 魔法もダメだと言ったはずなのに……。


 忘れてはいないでしょうから、口だけですよね?


 本当に『セイクリッドブレイズ』であぶりませんよね?


「厳しいところは誰に似たんだか」


「スヴェイン様もアリア様も甘えるものには厳しいですよ? ニーベちゃんとエリナちゃんは甘えることなく、ひたすら走り続けているのでどうやって止めるか頭を悩ませているようですが」


「そうだったのか?」


「ええ、まあ。彼女たちに厳しくするつもりもありませんでしたし、厳しくする必要もなかった。むしろ自分たちから厳しい環境を望むような弟子です。ブレーキをかけさせるのが難しい」


「うらやましいな、おい」


「優秀すぎる弟子も考え物ですよ? ユイみたいに不出来な弟子を持つのも苦労しますが」


「不出来な弟子か。医療ギルドもようやく『三人目』が決まったところだ。そのものに椅子を渡せるのは何年後か」


「うらやましいですね。商業ギルドはようやくサブマスター候補の選定が終わったところ。これから更に絞り込み、『三人目』とするつもりですが……夏の間にその作業が終わるかどうか」


「商業のも大変だな。いや、うちはもっと大変なんだが」


「ティショウさんのところはまだまだですか?」


「ミストが次の候補を絞り込んで声をかけているんだが……やっぱり冒険者は冒険者だ。ギルドマスターやサブマスターに就くのは引退と一緒だからな。まだまだ現役でいたいってやつらがほとんどだぞ」


「そうですか……あれ?」


 ミストさんって意外とお歳を召している?


 エルフなので見た目では判断できないのですが。


「ああ、ミストの歳か。百五十は超えているそうだ。冒険者ギルドの記録を見れば正確な年齢もわかるそうだが、百二十を超えたあたりから数えるのも馬鹿らしくなったんだとよ」


「そうだったんですか。と言うか女性の年齢を軽々しく言いふらしていいのですか?」


「冒険者ギルドじゃ有名な話だ。評議会の経験こそお前やミライの嬢ちゃんの次に若かったが、実際の年齢はかなりの年齢だよ。サブマスターになったのだって『いい加減、普通の冒険者も飽きた』からだからな」


「後進を育ててこなかった私が言うのもなんだが……それでいいのか、冒険者ギルドは?」


「まあ、冒険者ギルドのギルドマスターなんて荒くれ者をガツンとやることと、いざというときのまとめ役が主な仕事だ。最終決裁こそ回ってくるが難しいことはよくわからんから『塩漬け』以外の問題は事務方頼みだ」


「なるほど。そういえば、僕が解決したのも『塩漬け』でしたがほかに『塩漬け』ってどれくらい残っているんですか?」


「まだまだある。まあ、聖獣の森ができたのと竜が棲み着いたのとで自然解決した問題も多数あるが」


「例えば?」


「冒険者ギルドに持ってくるのが筋違いなんだが、希少鉱石の入手だ。お前ならホイホイ出てくるだろうが、早々頼れねえだろう?」


 あー、希少鉱石。


 その問題ですか。


「その問題。秋までお待ちを。そうすれば自然解決します」


「……嫌な予感しかしないぞ?」


「私は商売の予感がします。詳しく聞いても?」


「はい。聖獣たちが近くの山肌にを作り始め……と言うか既に二本くらいできている気がします。今はまだ鉄鉱石や銀鉱石、銅鉱石くらいしか産出できていないでしょうが、秋にはミスリルやガルヴォルン。来年の……夏くらいには少量ですがオリハルコンクラスの鉱石が採掘され始めるでしょう」


「ほほう。それは分けていただけるのですかな?」


「掘り出している鉱脈まで取りに行けばいくらでも分けてくれます。聖獣鉱脈を作る目的は聖獣や精霊の力が凝縮した結果の宝石を採掘しておやつにすることです。それ以外の鉱石はすべてハズレで不要品。運び出すのに苦労するでしょうが一言断って持って行く分には気にされませんしゴミが減ったと喜ばれますよ」


「……聖獣ってわからん」


「物作りの聖獣が何を考えているかなんて考えるだけ無駄です」


「しかし、今でも鉄鉱石が入手可能ですか。場所はわかりますか?」


「手が空いたときに調べてきます。おそらく街の近くに作っているはずですから」


「よろしくお願いします。これで街の資源不足も少しは解消します」


「……少しですめばいいのですが」


「スヴェイン殿?」


「聖獣鉱脈で取れる金属、特に鉄鉱石のようなものだと純度が極めて高いんですよ。鍛冶職人の腕さえ伴えばすぐに鋼にできる程度には」


「やっぱり危険物だな、聖獣ってのは」


「重ねて言います。物作りの聖獣の考えは理解不能です」


 本当にあれらの考えだけはいまだにわかりません。


 ワイズマンズにすら『理解不能』と言われるのですから僕には理解できないでしょうが。


「そうか。そういえば『カーバンクル』はどうしておられるのかな? 最近、街でもあまり見かけなくなったと聞くが」


「春になってからあまりにも調子が良かったみたいなので今年一年分くらいの課題をまとめて出しました。彼女たちなりに順序づけていろいろやってますよ」


「それは大丈夫なのですかな? 彼女たちがはりきりすぎないかという意味で」


「……ちょっとはりきりすぎています」


「まあ、『カーバンクル』は元気にぴょんぴょん跳ねている位がちょうどいい」


「ですな。それから、特級品ポーションの納品も増量していただきありがとうございます」


「そちらは第二位錬金術師たちの頑張りです。彼らもようやくヒントを聞いてくれたので答えにたどり着いてくれました。ミドルポーションはもうしばらくあがくでしょうが」


「そちらは気長に待ちますよ。それでホリー王女の件は?」


「それは私も気になっている。ギルド評議会、竜宝国家コンソールとしてメモリンダムに彼女を預かっていると書状は送っているが」


「彼女でしたらコウさん……ネイジー商会の会頭の家で下働き見習いをしてもらっています」


「王女様を下働き見習いだ!?」


「彼女が自分から王女の名前と衣を脱ぎて飛び込んできたんです。それ相応の覚悟と働きはしてもらわねば」


「それで、教育は?」


「ニーベちゃんとエリナちゃんのふたりを一日最長一時間という約束で師匠にしています。もっとも、いまだに三十分耐えられた試しがないのですが」


「『カーバンクル』の修行か……きっついだろうな」


「弟子ふたりには厳しくしている自覚がありません。それ以上にまだまだホリーに甘えが残っているのでそれが災いしています」


「甘え、ねえ。まだ七歳なんだろう? 甘えてもいいんじゃないのか?」


「僕もそう思います。ただ彼女は甘えること、逃げ出すことをよしとせずコンソールに身ひとつで飛び出しました。ならば甘えも捨てさせねば」


「厳しいな。スヴェインは」


「普通にメモリンダムへと帰れば何事もなかったのです。あるいは、王女の衣を捨てずに七歳の子供として謝り教えを請えば、一般的な教育方法程度なら教えました。それをしなかった彼女への罰でもあります。彼女は聖獣にも監視させていますので逃げ出したらメモリンダムの大使館とやらに強制送還しますよ」


「本当に手厳しい、スヴェイン殿は」


 まあ、自分でも厳しいとは考えていますが……それを望んで飛び込んできた以上仕方がありません。


 本当につらくなったら帰国を促すようにコウさんにもお願いしてありますし、あとは弟子たちの教育を見守りましょう。


「で、お前の『野望』いつになったら動くんだ?」


「そうですな。それは早めに知っておきたい」


「うむ。コンソールとしても準備が必要だ」


「期待いただき申し訳ないのですが年単位で先です。今のコンソール新市街の状況を考えると、更に新しい街を作ることは不可能でしょう?」


「そいつはまあ……」


「確かに無理ですな」


「あの話を聞いたときとかなり状況が変わってしまったからな」


「と言うわけですので、先にコンソール新市街の建設を急いでください。そちらが落ち着いたあとから構想を練り直します」


「わかった。その際にはまた声をかけてほしい」


「ええ。よろしくお願いします」


「じゃあ、今日はこれくらいか」


「そういたしましょう。私も次の商談に取りかからねば」


「私も患者の様子を見なければな。おいしいお茶ごちそうになった」


「本当においしいお茶だったぜ。どこのお茶なんだ?」


「シュミットから取り寄せてもらいました。少し前にシャルと一緒に飲んだのですが懐かしくなって」


「そっか。そっち方面の文化交流も考えるべきかもな」


「シャルもまた最近は退屈……していていいんでしょうかね?」


「シュミット兄妹は退屈していろ。嵐を巻き起こすから」


 酷い言われようです。


 ですが、僕が派手に動き回るとまた嵐になる可能性があるので否定できませんね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る