440.ホリーの修行日記 後編

 ニーベ師匠とエリナ師匠が修行をつけてくださるようになってから今日で十日目です。


 私も七日目でようやく水属性を習得し、今はそちらでの訓練に切り替わりました。


 理由は『火属性だと火の粉が散って炎上する危険性があるから』です。


 私はそんなことも知らずに火属性ばかり練習してきただなんて。


 火属性を練習していた理由を聞かれたときに『一番威力が高いから』と答えたら『下級魔法で一番威力が出るのは雷魔法』と返されてそれもショックでした。


 その理由も教えていただき、『感電することで動きが鈍り追撃しやすい。水に濡れていれば更に威力が増す』と。


 本当にメモリンダムは遅れています。


 そして私の知識も。


 この話を伺ったときはそれだけで涙が出てしまい、即刻修行終了が言い渡されたほどでした。


 今日の修行もまた同じように。


「今日はここまで」


「私、まだ!」


「悔し泣きしているのです。泣いたら終了。忘れてないですよね?」


「それは……」


「あと、ボクたちがいないところで魔法は絶対に使ったらダメだからね。先生から厳命されているけれど、それが発覚したら二度と修行はつけない。いいね?」


「……はい」


 今日もまた三十分もちません。


 最初の日にスヴェイン様がとおっしゃっていた意味がようやく痛感しました。


 今の私では一時間どころか三十分の修行さえ耐えきれない。


 下働きのお仕事も楽じゃないけれど、それ以上にすら耐えられない自分が情けない。


 きっと最初に渡された日記帳もこのためでしょう。


 毎日の苦しさ、悔しさ、情けなさを忘れないため。


 少しでもそれを糧に前へと進めてくれようとする優しさ。


 それに気が付いたのだってほんの少し前。


 私の中には甘えがまだまだ消えていなかった。


 もっともっと魔法の練習がしたい。


 でも勝手にやれば絶対にばれる仕掛けがなにかある。


 それがわかっているから我慢するしかない。


 もどかしいけれど、それしか私に道は残されていないんだから。


 そして、また数日の間毎日二十分あまりの修行が続いたある日、ニーベ師匠から提案を受けました。


「そろそろでしょうか?」


「うーん、どうだろう? アリア先生からは『精霊はいたずら好きで甘えたものには容赦しない』って聞いているけど」


「じゃあ、ダメですかね。まだホリーには甘えがあるのです」


「そうだね。もうしばらく鍛えてからにしよう」


「あの、精霊の力を借りるとは?」


「そういえばホリーの前ではしていたっけ」


「私たちの使を見せてあげるのです。『アクアバレット』」


 ニーベ師匠をがおもむろに的に向かって手を差し出し、いきなり魔法名を唱えました。


 魔力を溜める動作もなし、属性付与のためのキーワードすらありません。


 なのに……魔法が発動して的を直撃、的は粉々になりました。


「……やってしまったのです」


「手加減、しようね?」


「今日の授業が終わったらお父様に謝って新しい的を用意してもらうのです」


「でも懐かしいね、ここの的を破壊するのも」


「あれからまだ二年も経っていないのです……お父様には加減を覚えろと何度も叱られました」


「うん、ボクも一緒だったからよく覚えてる」


「大慌てで土魔法を鍛え始めたのもあの頃です」


「壊しても怒られない、それでいて頑丈な的がほしかったからね」


 おふたりは懐かしそうに話をされていますが私はパニックです!


 なんで!?


 魔力を溜めて属性を付与しないと魔法は発動しないのに!?


 それをどれだけ早く、短くできるかが魔術師の腕の見せどころなのに!?


「ホリー、完全に混乱しているのです」


「刺激、強すぎたね」


「私たちは自然に受け入れたのですが……そっちがおかしかったのでしょうか?」


「どうもそうらしいよ?」


 いけない!


 また泣いてしまう!!


 泣く前に少しでもお話を伺わないと!!


「あの、いまの現象は一体!?」


「私たちはのです」


「精霊に認められるとんだよ」


「え? え?」


 精霊に認められる?


 溜め動作なしに発動できる?


 そんなすごいことがあるはずが……。


「そういえばこの技術ってどのくらい持ち込まれているんでしょうね?」


「シュミットでは一般まで普及しているらしいけれど……コンソールだとどれくらいかわからないかな? 最近、冒険者ギルドに魔法教官の人が来たって聞いたし、これからは普通の技術になるんだろうけど」


 シュミット?


 シュミットってどこ?


「あの、シュミットってどこでしょう?」


「スヴェイン先生やアリア先生の母国なのです」


「コンソールよりも魔法技術や錬金術がとっても栄えていて、様々な分野で指導をしていただいています」


「『コンソールブランド』はシュミットの人たちが教えてくれた技術を使ってコンソールで作っているのですよ」


「錬金術は……スヴェイン先生だったけれどスヴェイン先生も元はシュミット出身だから」


 そんな国、あるだなんてしらな……あれ?


 ちょっと待って?


「あの、その国の王様って聖獣様に乗って移動してますか?」


「はいです。普段はスレイプニルに乗っているはずです」


「あと、国を回るときはシャルさんのロック鳥と……黄龍様も付いて回っているってぼやいてたっけ」


「でも、黄龍様程度で恐怖するような国と取り引きするつもりはないってアンドレイ様も言ってましたよ?」


「ハードル、高すぎるよね……」


「黄龍様って巨大な蛇のような……」


「はい。蛇に似た金色の龍様です」


「カイザーよりも遙かに大きいから驚くよね」


 シュミット、知っている……。


 私たちの国にも来ていた。


 でも話をすることもなく追い返していた気がする。

 

 そうか、コンソールはを受け入れたんだ。


「さて、このあとの指導はどうしましょう?」


「心が折れている、と言うか放心しちゃっているから続けるのは危ないし……でも今回ばかりはボクたちの責任だしね」


 はっ、そうだ!?


 今はほかのことに気を取られている場合じゃなかった!


「あ、復活したのです」


「これならまだ続けても大丈夫かな」


「あ、あの! 私も精霊に力を認めていただく事はできないでしょうか!?」


「精霊にですか……」


「うーん……無理だと思うけど……」


「お願いします! 一度だけでも試させてください!」


「どうするのです?」


「話しちゃったのはボクたちの責任だし……あ、先生から返事が。自分たちの責任は自分たちで取るように。だって」


「先生はやっぱり厳しいのです……」


「あ、あの。返事って?」


「ホリーが知るのはまだ早いです」


っていうことは資格がないって意味だよ」


「は、はい」


 どういう意味だろう?


 私の知らない魔法があるんだろうか?


「うーん、一回だけ、一回だけ試させてあげるのです。水の精霊で」


「水の精霊はだからね。火の精霊なんて怒らせたら腕が吹き飛んじゃう」


「え……」


 私、火の精霊で試したかったのに……。


「じゃあ、やり方を教えるのです。まずは普通に魔法を使うときと同じ要領で魔力を集めるのです」


「は、はい。こうでしょうか?」


「そうです。そしてキーワードをこう変えるのです。『水の精よ。我に集え』」


 ニーベ師匠がキーワードを唱えた瞬間、魔力の玉が深い深い青色に染まりました。


 これって一体……?


「精霊のいたずらなのです……」


「本当にいたずら好きだよね」


「とりあえずこのまま維持するのも危険なのです。『アクアバレット』」


 ニーベ師匠が撃ち出したアクアバレットはものすごいブレながら的に当たる前に霧散しました。


 あれにはどれくらいの魔力が?


「とまあ、こんな感じなのです。精霊のいたずらに耐えられれば成功。耐えられずに魔力の玉をはじけさせれば失敗です」


「無理そうなら諦めてね? 本当にまだまだ早いんだから」


「わかりました。『水の精よ。我に集え』」


 キーワードを唱えた瞬間から私の魔力の玉も青色に染まり始め……段々玉の形ではなく不定形になり、最後は刃のように鋭くなって私の手を切りつけて消え去りました!


「痛い! 痛い、痛い!?」


「ああ、ポーションなのです!」


「先生がポーションを持ち歩けって言っていたのはこのため!?」


 師匠たちはすぐにポーションを振りかけてくれて……私の手のひらには大きな傷跡が残りました。


「おかしいのです。あの程度の傷ならすぐにポーションをかければ傷跡なんて残らないはずなのに」


「先生からまた伝言が。精霊を怒らせた罰だって。精霊のつけた傷にはポーションの効果が薄いみたい」


「そんな……」


 私の手のひらを真っ二つに横切った大きな傷跡。


 それ以外にも細かい傷跡がたくさん残ってしまった。


 私、どうすれば……。


「ごめんなさいです。うかつに危険なことを教えてしまって」


「申し訳ありません。まさか、ここまで危険だったとは考えもしませんでした」


「い、いえ。私の未熟が招いた結果です。師匠たちはお気になさらずに……」


 本当は大声で泣き出したい。


 でも、今は堪えなくちゃ。


「お父様には私から話して今日はお休みにしてもらうのです。このあとは自室でゆっくりするのです」


「うん。気持ちの切り替えは……すぐにできないかも知れないけれど、一応明日も待ってるから」


「はい……申し訳ありません」


 私はエリナ師匠に付き添われて自室まで戻りました。


 そして自分のベッドで枕に顔を埋め、大声で泣いてしまいます。


 私、ここまでの覚悟、できてなかった……。


 そして、そのまま泣きつかれたのか眠っていたみたいで気が付いたら真夜中。


 同室の人たちも寝静まっていて……私はいても立ってもいられずに部屋をこっそり抜け出しました。


 向かったのは魔法訓練場。


 無理だとわかっていても、危険だと教え込まれてもどうしても試したいことがあったから。


「魔力の玉、極小にすれば大丈夫だよね。『火の精よ。我に集え』」


 そう、私はどうしても火魔法を覚えたかった……ううん、認めてほしかった。


 これだけが自慢、心のよりどころだったから。


 極小の魔力の玉なら失敗しても大丈夫、そう考えていた、そう考えてしまった。


 それが大きな過ちだった。


「あ、あれ。私、魔力なんて注いでいない!?」


 魔力の玉は赤く、でも暗い色を帯びながら膨張を始め、やがてはじけ飛びました。


 私の両腕を巻き込みながら。


「いだい! いだい! いだい!!」


 私は無様にのたうち回るしかできませんでした。


 そして、自分の腕で顔を覆おうとして初めて状況に気が付きます。


「私の右手、ない。左手の指も足りない。残っている指も曲がってる」


 右手は手首から先がなくなっており、左手も指が三本も焼け落ちていました。


 残っている指も焼け焦げて、曲がってはいけない方向へ曲がっています。


 これが精霊を……精霊様を怒らせた罰?


 軽はずみな気持ちで力試しをした結果なの?


「ひどい、こんなのあんまりだ……」


 傷口から血は出ていません。


 きっと血が出ないほど焼け焦げているのでしょう。


 私は顔を覆う手すらも失い、地面に倒れ込んでただ真っ暗な空を見つめあげます。


「これが罰なんだ。軽はずみなことをした、師匠の言いつけを守らなかった私への」


「はい。わかったくれたのならよろしい」


「え?」


 私の独り言に少年の声が応えてくれて、私の手を優しい光が包み込みました。


 すると、肉と骨が盛り上がっていき手が再生したのです。


 手首にはちぎれたあとがくっきり残っていますし、両手ともやけどの跡がたくさんついていますが私の手でした。


「一体なにが……」


「いい加減起き上がりなさい。子供だろうとみっともない」


「は、はい。スヴェイン様?」


「はい、スヴェインです。あなたには念のため監視をつけておきましたが、正解でしたね。精霊の勘気に触れるとは」


「あ、あの」


「もう少し遅ければ僕でも手の再生ができなくなるところだった。そこは反省なさい」


「……はい。申し訳ありません」


「あなたは魔力の量が少なければ被害が少ないと考えて行ったのでしょう。ですが、それが更に精霊を怒らせた。自分たちを呼びつけるのにそんな極小の魔力しか用意しないのか、と」


「……」


「あなたの問題行動はふたつ。ひとつ目、師匠の言いつけを守らず自分勝手に行動したこと。あなたにはまだまだその権利はありません。せめて師匠から一時間目一杯修行をつけてもらえるようになってから頼みなさい」


「はい」


「ふたつ目、精霊を軽んじたこと。精霊は普段陽気でいたずら好きですが軽視すれば怒り、本来の牙を剥きます。魔法はその牙の一部を借り受ける行為。あなたも魔法使いを志すなら魔法の怖さはわかっているでしょう? それなのに、その力の源流である精霊を甘く見た、甘く見すぎてしまった。それが水の精霊、そして火の精霊を怒らせた原因です。謙虚さを忘れたものに精霊は容赦などしません。相手が大人だろうと子供だろうと」


「……身をもって実感しました」


「これ以上の説教は弟子に、あなたの師匠に任せます。それからあなたの腕についた傷。アリアの生命の精霊なら癒やせるかもしれませんが、上位精霊である彼女は下位精霊よりも遙かに気難しい。一生残る傷だと考えておくように」


「はい」


「では、部屋に戻って休みなさい。子供が部屋から抜け出していることがばれれば、また大騒ぎです。これ以上、大人に迷惑をかけないように」


「申し訳ありませんでした。治療ありがとうございます。それでは失礼いたします」


 甘すぎる考えだった。


 魔力が少なければ安全なんて思い込み持っちゃいけなかったんだ。


 スヴェイン様が監視をつけていてくれたからこそ手が元に戻ったけれど、そうじゃなかったら手がなくなっていた。


 きっともう治してはもらえない。


 初めてだから許してもらえたんだ。


 この事も全部日記に、日記に記さないと。


 そして全部の内容を書き終えたら朝になっていた。


 眠い目をこすりながら仕事を行っていると旦那様……コウ様に呼び出されて執務室に向かう。


 そこで待っていたのはものすごく怒った師匠たちだった。


「ホリー。私たちが怒っている理由、わかっていますよね?」


「心配をかけるだけならまだ許せる。でも、勝手な真似をして死にかけることは許さない」


「今日は一時間なんていわないのです。私たちの気が済むまでお説教です」


「朝、先生から詳細を聞かされたときは本当に青ざめたよ? 数時間程度のお説教じゃすまさないからね?」


 ああ、私、師匠たちからこんなに思われていたんだ。


 泣いたらダメなのに泣きそう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る