439.ホリーの修行日記 前編
スヴェイン様とコウ様の話のあった翌日から私、ホリーへの魔法指導が始まりました。
師匠はコウ様の娘様のニーベ師匠とその友人エリナ師匠です。
場所は裏庭の中でも人目につかないよう完全に区切られた一画、ここが魔法訓練場とのことでした。
「うーん。最初って何を教わりましたかね? エリナちゃん」
「とりあえず、魔法の威力確認だった気がする。思い出しながらなぞってみようか」
「と言うわけでホリー。最初は魔法の威力確認です。真ん中にある的に向かって『アクアバレット』を撃つのですよ」
え、『アクアバレット』……。
「申し訳ありません、ニーベ師匠。私、火属性しか使えません」
私の申告におふたりは落胆……はしなかったものの困惑している様子です。
「あの、本当に『賢者』を目指すつもりだったんですよね?」
「は、はい。この国を訪れるまでは分不相応ながら……」
「賢者になる条件を私は聞いているのです。詳しくは話せませんがすべての属性魔法を覚える必要があるのです」
「え?」
私はこの言葉を聞いただけで血の気が引くのを感じました。
すべての属性?
それってつまり、上位属性の光や闇、聖も?
「勘違いしているかも知れないので付け足すのです。すべての属性魔法の中には回復魔法も含まれるのですよ」
そんな!!
魔術師系が苦手な回復魔法までなんて!?
「……うん。今日の授業はここまでかな」
「え?」
「ですね。私たちが『賢者』の話をしただけで心が折れたのです」
「ま、待ってください! 私はまだ……」
「先生との約束なのです。泣いたり心が折れる兆候があったら修行を止めて帰れと言う」
「だから今日はここまで。明日、修行をつけてほしかったら気持ちを整理してきてね」
「ま、待って……」
私の呼びかけも空しくおふたりは振り返らずに立ち去って行きました。
そんな、一日目は魔法の一回すら使わせていただけないだなんて……。
でも、捨てたはずの『賢者』の夢。
その話を聞いた途端に未練が出て、条件を聞いて絶望してしまったのも事実。
悔しい。
でも、昨日の約束通り私が心折れたからいけなかったんだ。
お仕事に戻ろう。
そして、お仕事が終わったらすぐにでもこの悔しさと挫折感を日記に書き記さなくちゃ。
そうすれば明日は大丈夫。
翌日、師匠ふたりは予定を変えて『ファイアバレット』で威力を測ってくれました。
結果は……論外。
真ん中の的を狙うように指示されていたのに的を大きく逸れて魔法は飛んでいき、的の裏にある土嚢を直撃。
その土嚢すらまったく崩れませんでした。
「これは……想像以上に難題なのです」
「まずは魔力コントロールでまっすぐ魔法を飛ばせるようになるところからかな?」
私はまたくじけそうになりましたが、この程度で修行を中断されたくなかった。
悔しくて、恥ずかしくて逃げ出したい気持ちをぎゅっと堪えておふたりが次の指導内容を決めてくださるのを待ちます。
「待たせたのです」
「ボクがゆっくり『ファイアバレット』を使ってみせるから、その流れをよく見てね」
え?
流れを見る?
一体なんのこと?
私が理解できないままエリナ師匠の『ファイアバレット』は発動、私が狙った一番近くの的ではなく一番遠くの的、その中心にあたりました。
「今のが『ファイアバレット』の流れだよ。わかった?」
「え、あの。流れって?」
「ああ、ダメなのです。【魔力操作】スキルはマスターしたのですが、その先にあったページは読んでいないし練習していないのです」
「そこからか……育成って難しいね」
「あ、あの」
「とりあえず、この本を読むのです」
ニーベ師匠が取り出したのは私がつい先日まで使っていた【魔力操作】の教本。
これがどうしたのか……。
「この教本で【魔力操作】について書いてあるのはこのページまでなのです」
「あ……」
指定されたのは本の三分の二ほどの厚さしかありません。
私はそこまで読んでマスターすればいいとばかり……。
「本当に大切なのはここから先なのです。そこには他人の魔力の流れを読み取る『魔力視』のやり方とか、【魔力操作】で実際に魔法をコントロールする際の注意点が載っているのです」
「特に『魔力視』は大切だよ。これを極めれば相手がどんな魔法を使おうとしているのかも丸わかり。モンスターの気配だって木の陰からだってわかるから」
「そんな……」
「今日は終了です」
「ここまでだね」
「え?」
「あなた、泣いてます」
「泣いても修行終了だよ」
「その本もあげます。一時間は休みがもらえているのです。自己学習、頑張るのです」
「じゃあ、また明日」
今日は魔法を見ていただけた。
でもそれだけ。
お手本を見せていただけても何も学べなかった。
本当に悔しい。
何が『賢者』だ。
スタートラインどころか、入り口にすら立てていないじゃない。
メモリンダムにいた私は本当に、本当に世間知らずな王女だったんだ。
ともかく、いただいているお休み時間はひたすら本を読み込もう。
お仕事が終わったあともまた読み込むんだ。
私にはまだ何もないんだから。
修行三日目、『魔力視』はまったくできないけれど、魔力コントロールは少しだけできるようになった。
その証拠に一番手前の的だけは当たるようになってきたから。
……中央部分を狙って端に当たるくらいだけど。
「ふむ。成長はしているのです」
「まだまだ足りていないし、『魔力視』ができないことには本格的なトレーニングができないけれど……コンソールの風になれ過ぎちゃってるかな、ボクたちも」
「ですね。あとはこのまま反復練習です?」
「うーん、『変質』はまだ早いだろうし……」
「あの、『変質』ってなんですか?」
「えーとですね……」
「見せてもいいけど……真似しちゃダメだよ?」
真似しちゃダメ。
つまり明らかな練度不足。
それなのに私は食いついてしまった。
「魔法にはそれぞれ適切な特性を持たせることができるのです。これを『変質』と呼びます」
「バレット系魔法だと『硬化』、つまり硬くして威力を高めるのと、『鋭化』、貫通力を高める二種類があるんだ」
「適切な『変質』以外を加えようとすると魔法が弱くなったり、最悪暴発するのです」
「先生が悪い見本を見せてくれたけど、あれは怖かった……」
「えっと……」
「ともかく、バレットの『変質』を見せるのです。エリナちゃん的の用意を」
「うん。五枚でいい?」
「念のため六枚です」
五枚?
六枚?
何が?
「じゃあ始めるよ。『クリエイト・ロックウォール』」
「え? え!?」
エリナ師匠が何の気負いもなしに発動させた魔法。
中級魔法に分類される岩の防壁を作り出す魔法です。
それが魔法訓練場の中央部に綺麗に並べられて……横から見ると本当に六枚並んでいました。
この魔法、一枚作りあげるだけでもメモリンダムの最上位魔術師が魔力を使い果たすのに、六枚も同時に作り出してエリナ師匠は平然としているだなんて……。
「……足りる、よね?」
「……多分足りる、はずです。間違って訓練場の壁まで壊したらお父様に謝るのです」
「最近の的ってカイザーばかりだから自分たちの正確な実力がわからないよね」
「カイザーなら笑って全部受け止めるのです。的になってくれるのは嬉しいのですが威力がよくわかりません」
カイザー?
カイザーって何?
「ともかく始めるのです。一回しかやらないのでよく見ているのですよ?」
「は、はい!」
ニーベ師匠はバレット……それも土には相性の悪いとされる『ウィンドバレット』を準備しました。
魔法使いの間でも常識として『目立たないから不意打ちには便利だけどそれだけ』と言われるほどの魔法です。
なのにニーベ師匠の『ウィンドバレット』は目視できるほど色が濃く、先端も尖っていました。
「これが『変質』済みの『ウィンドバレット』なのです。変質前の『ウィンドバレット』はあとから見せます」
「はい!」
「では行くのです! 『ウィンドバレット』!」
「!?」
ニーベ師匠の放った『ウィンドバレット』は文字通り疾風となって岩の壁に当たり……丸い穴を空けていました。
それも一枚だけではなく五枚も。
六枚目も大きくへこみ、あと一歩で貫通していたことがわかります。
「……危なかったのです。手加減って難しいですね」
「ボクは全力で壁を作ったけど、壊す側は気をつけないといけないから」
「もう一枚多めに作ってもらうべきでした」
「次からはそうしよう……明日以降だけど」
「ですね。約束は果たすのです。これが私の普通の『ウィンドバレット』なのです」
ニーベ師匠は今度は普通の『ウィンドバレット』を見せてくださいました。
私の『ファイアバレット』と同じような丸い球体。
でも、恐ろしく密度の濃い風の塊です。
「さて、今日の授業はここまでなのです」
「帰ろうか」
「待ってください! まだ二十分も……」
「あなた、心が折れているのです」
「自分がへたり込んでいることも気が付いていないの?」
「え? あ……」
いわれて初めて気が付きました。
地面に力なく座り込んでいることに。
「ともかく今日の授業はここまでです」
「また明日、元気になっていてね?」
今日もまた師匠たちは振り返らずに帰っていきました。
これで三日連続。
指導時間は延びているけれど、指導されている内容は大差なし。
私、一体なんのために……。
「うわぁぁっ!!」
悔しくて悔しくて、情けなくて情けなくて。
たまらず叫び声を上げながら泣いてしまいました。
恥ずかしいけれど、これも日記帳に刻み込んで忘れないようにしないと……。
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