370.コンソールへの帰還
翌朝、朝食を食べあとボクたち……いえ、ボクとニーベちゃんはまたいつでも遊びに来るように送り出され、サリナお姉ちゃんは一旗揚げるまで家の敷居はまたがせないとまで言われて放り出されました。
そして、ヴィンドを出発しルビーとクリスタルが空に飛び立ってからも。
「高い! 速い! ねえ、エリナ! 本当に落ちたりしないよね、これ!?」
「自分から飛び降りない限り落ちないって説明したでしょう?」
「こーんなことをしても大丈夫なのです!」
ニーベちゃんはルビーを宙返りさせて上下逆さまの状態で飛びます。
髪こそ下に垂れ下がっていますが、しがみついてる様子もなく体がずれ落ちる様子もありません。
「いやー! 心臓に悪い!?」
「お姉ちゃんの叫び声の方が心臓に悪いよ……」
「エリナちゃん、あんまりゆっくり飛んで長時間高いところにいるのも悪そうですし、最高速度でコンソールに帰るのです」
ニーベちゃんのもっともな提案に視界の端に移るお姉ちゃんの顔が青く染まっていくのが見えました。
……どうしてこんなに情けないお姉ちゃんになったんだろう?
「え? これでゆっくり? 最高速度ってなに?」
「最高速度ならコンソールまで三十分なのです」
「お姉ちゃんの心臓ももたなそうだしそうしようか。……お姉ちゃん、あまり叫ばないでね?」
「はい。おとなしくします」
そのあと、コンソールにつくまで本当にお姉ちゃんは静かになりました。
叫ぶのを堪えたのか、諦めたのか、気絶していたのかは知りません。
そして、コンソール到着後、お姉ちゃんもいるので正式な入国手続きです。
「『新生コンソール錬金術師ギルド』ギルドマスター直下錬金術師、ニーベ戻ったのです」
「同じく『新生コンソール錬金術師ギルド』ギルドマスター直下錬金術師、エリナ戻りました」
「あ、はい。ニーベ様、エリナ様。わざわざ手続きに、それも入国手続き並ばなくとも聖獣に乗ったまま入国いただき問題ないのですが」
「いえ、今回は連れがいますので」
「国外の民間人なのです。私たちでも勝手に連れ込むわけにはいきません」
「わかりました。……そちらの女性ですか?」
「はい。ボクの姉でサリナと言います。入国時の身元保証人はボクが引き受けます。こんなことに先生が与えてくれた名義を使いたくはないのですが、構わないでしょうか?」
「は、はい。問題ありません。ですが、入国時ですか? 出国時はどうするのでしょう?」
「え?」
お姉ちゃんはようやく気が付いたようです。
ここはコンソール、竜宝国家コンソールだということに。
「出国時は身元を保証しません。民間人として扱ってください」
「あ、あの。よろしいのですか? 民間人として入国となるとどこかの身分証がないと出国もできないことになるのですが……」
「構いません。いくよ、お姉ちゃん」
「待って! それって私、コンソールから出られないってこと!?」
「もう入国手続きはすんだのです。諦めるのですよ」
「え、ヴィンドに帰ることすらできないの?」
「帰りたかったらどこかのギルドに所属するか市民権を得て身分証を手に入れて。一番手に入れやすいのは冒険者ギルドだよ?」
「待って!? 冒険者ギルドに登録するにもお金がいるよね!? 私のお財布、お爺ちゃんにとられたんだけど!?」
「ボクが預かってるから心配しないで。入国税もそこから出しておいたから」
「いつの間に!? じゃなくて、私本当に帰れない!?」
「もう逃げ道はないのです。落ちるところまで落ちたくなければ必死でもがくのですよ」
「私、十三歳に負けてる!」
「はいはい。周りに迷惑だからあまり叫ばないでね」
ようやく諦めたのか静かになったお姉ちゃんを引き連れて先生たちの家へ。
聖獣たちから連絡が入っていたのか、家の前では少し怒り顔のスヴェイン先生とアリア先生、心配した様子のリリスさん、毅然とした……職人モードに入ってしまっているユイさんがいました。
お姉ちゃんの紹介の前にボクとニーベちゃんが怒られる番ですね。
「ただいま戻りました、先生」
「申し訳ありません、先生」
「僕が怒っている理由、わかっているんですね?」
「はい。ヴィンドの錬金術師ギルドで怒りにまかせて聖獣さんたちを動かしてしまったことなのです」
「再三注意されていた内容を破ってしまい申し訳ありませんでした」
「反省しているのなら結構。今回は大事にも至らなかったようですし」
「でも私も怒っているんですよ? 聖獣たちを怒りにまかせてけしかけるなどどんな事故を招くか」
「はい。今回は怒りを向けられた愚か者だけが罰を受けました。ですが、時には周りの無関係な方々を巻き込んだり、罰を与えすぎて殺めてしまう可能性だってあります。最悪の場合、聖獣が聖獣でいられなくなることもありますし、そのときはあなた方にも悪影響が起こりかねません」
「今回ばかりはふたりとも二度と同じことをしないと誓いなさい。自分だけが傷つくならまだしも周囲を巻き込むなど許せません」
「申し訳ありませんでした、先生」
「反省しています。二度と同じ過ちは犯しません」
「……よろしい。アルデさんからも事前に内容報告と嘆願書が届いています。あなた方も事故を起こした直後から反省していたようですし、今日はこれで終わりにします。くれぐれも同じ過ちは犯さぬよう」
「私もスヴェイン様も本当にふたりを心配しているんですよ? あなた方はいろいろ早く進みすぎです。もう少しゆっくり進んでも、いいえ、少しくらいなら立ち止まって休憩しても咎めません」
「いえ、それは私たちが私たちを許せないのです」
「先生たちの申しつけでも歩みを止めることだけはできません。どうか、お許しを」
「はあ、頑固で努力家過ぎるのも考え物です」
「悪いところまで私たちに似なくていいのに……」
「恐れながらスヴェイン様とアリア様にニーベ様とエリナ様をどうこう言う資格はありませんよ?」
「わかっていますよ、リリス。だからこそ、あまり注意しきれないのです」
「本当に。……さて、そろそろ話題を変えましょう。いつまでも蚊帳の外、とは参りませんし」
「はっ!? 妹のあまりにも立派な姿に感動して……」
お姉ちゃん……。
これから下宿先の大家さんとその奥様、師匠と使用人の前なんだからしっかりして……。
ボクの信用問題になるから……。
「ええと、エリナちゃんのお姉さんのサリナさん……で、あってます、よね?
「はい! サリナです! ……私の顔、変ですか?」
「いや、その……」
「口に出すのがはばかられると言いますか……」
「スヴェイン様、アリア様。はっきり言いましょう。エリナ様の姉にしてはあまりにも覚悟が足りないと」
「はう……」
「えーと……」
「お姉ちゃん。スヴェイン先生がフォローに困るとかあまりにも酷い状態なんだからシャキッとして」
「ごめんなさい、エリナ……」
「あなたがサリナさんですね?」
「は、はい!」
あ、ユイさんが、『鬼』が怒った。
「とりあえず言いたいことは山ほどありますが、最初にひとつ確認を。あなたが背負っているリュックサック、エリナちゃんが作ったマジックバッグですよね?」
「その……はい」
「エリナちゃんが必死になって作り続け、初めて成功した品だから私もよーく覚えています。それこそ二回目以降の練習素材をスヴェインから意地でも受け取らず、いつになるかわからない冒険者ギルドの入荷待ちをしていることもよーく知っています」
「あ、はい……エリナから聞きました……」
「ではあらためて聞きます。あなたが背負っているのはなんですか?」
「エリナが作ったマジックバッグです」
「よろしい。次の質問です。なぜ、そんな努力の結晶であるマジックバッグを姉であるあなたが軽々しく背負っているのですか?」
「それは……その……」
「言えないような理由ですか?」
「いえ、話せます! 昨晩、私がどうしても荷物をしまいきれずにいたのを見かねてエリナが貸してくれました!」
「わかりました。この時点で度しがたいのですが、次の質問です。エリナちゃんから送られてきた手紙によると、あなたは『お針子』でヴィンドでは服飾ギルドの下働き、でも自分の夢があってヴィンドを飛び出す覚悟を決めた。そうですね?」
「は、はい!」
「答えは短くためらわず正確かつ簡潔に!!」
「はい!!」
「もうこの時点であなたをひん剥いて蹴り出したい気持ちで山々です。そのバッグが必要なほどなにを詰め込もうとしたんですか?」
「はい! お針子道具と着替え、参考書にデザイン見本の服一式です!」
「……スヴェイン。もうこの娘、全裸にして野良犬の群れに与えてきていいですか?」
「かわいそうだからおやめなさい」
「……スヴェインがそう言うならもう少しだけ。あなた、妹がコンソールに来たときの話は聞いていないのですか?」
「聞いています! 道具こそコンソールで用意していただいたそうですが荷物は着替えと生活必需品のみだったと!」
「はい、私もそう聞きました。それで、あなたは仕事道具と着替え以外、なにを持って来ましたか?」
「はい! そ、の……参考書と……デザイン見本の服を少し……ああ、いえ、妹の言葉に甘えて複数パターンを数種類ずつ」
「没収」
「え?」
「エリナちゃん。申し訳ないのですが、そのカバン、私がしばらく預かっていいですか?」
「はい、ユイさんの気が済むまで預かってください」
「では没収です。家の敷居はまたがせてあげます。スヴェインがいいというならその辺で寝てもらっても結構。ただし、あなたの荷物はすべて私が没収します」
「そんな!? 私の着替えも……」
「問答無用です!! 全裸にひん剥かれて大通りに捨てられたくなかったら、すぐさまそのカバンを渡しなさい!!」
「ひぃ!? それだけは許してください!!」
すぐさま背負っていたカバンを下ろしてユイさんに差し出すお姉ちゃん。
職人モードのユイさんに逆らおうとするからだよ……。
と言うか、参考書は置いてこいと……。
「……そういえば、あなたの財布はどうなっていますか?」
「はい。お爺ちゃんに没収されて、今はエリナが管理してます……」
「エリナちゃん、そのお財布の管理も私がしていいですか?」
「はい。ボクだとお姉ちゃんが哀れすぎてお金を渡しそうです」
「確かに預かりました。エリナちゃん、自分のお金をこんなダメなお姉ちゃんに渡しちゃダメですよ? もっとダメになりますから」
「わかりました。どんなに懇願されても銅貨一枚渡しません」
「よろしくお願いします。サリナさん、あなたはその甘えたるみきった根性を鍛え直すところからスタートです。二週間以内に直らなかったら、本当に全裸にひん剥いて野良犬の群れにポイです!」
「そんな! 乙女の操は許してください! あと、着替え! せめて下着だけでも!」
「ダメです! 甘えが抜けるまであなたにはなにも与えません!!」
「ああ、待って! 待ってください!!」
完全に鬼モードで家の中に戻っていったユイさんを追いかけていくサリナお姉ちゃん。
あ、蹴り出された。
「リリス。あまりにも哀れなので、ユイに頼んで替えの下着と服一着くらいは渡すように言ってあげてください」
「……職人モードのユイは私でも怖いのですが?」
「怒りが抜けてからでいいです。多分、僕がお願いすると逆効果ですので」
「……主人の命令とあれば。今度私もスヴェイン様と添い寝していいですか、アリア様?」
「どうしましょう。今のユイにお願いに行かせるとなるとそれくらいのことは許せてしまいそうな……」
「本当にダメなお姉ちゃんを連れてきて申し訳ありません……」
……お姉ちゃん、本当に貞操の危機だからしっかりしようね?
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