厳しい夏

445.ユキエの処分と補講専任講師

 第一支部の状況や本部の経理状況、魔草栽培状況などを聞いているとギルドマスタールームのドアを軽くノックする音が聞こえました。


 どうやら彼女が戻ってきたようですね。


「ほかに説明事項は?」


「俺からは」


「第一支部もありません」


「本部事務方も」


「よろしい。お入りなさい」


「はい。!? 会議中でしたか」


 入ってきたのはユキエさん。


 シャルに相当脅されてきたのか、完全に萎縮しています。


「今終わったところです。これ以上、あなたに時間を割くのも惜しい。この場であなたの次の役職を発表します」


「はい」


「あなたはギルド支部に戻り補講専任講師となりなさい。そうすれば成果も上げやすいでしょう」


「補講専任講師……」


「嫌ならシャルに頼んで強制送還です。また、定期的にウエルナさんに頼んで報告をあげてもらいます。その結果も悪ければ同様に強制送還です」


「あ、あの」


「口答えは認めません。これはギルドマスターによる最終決定です。ウエルナさんたちが戻るとき一緒に支部へ向かい、今日の補講の準備を行いなさい。補講用の教材や最初期資料はウエルナさんたちシュミット講師が管理していたものを使わせます。今後、必要となる教材や資料は自分でとりまとめて揃えること。いいですね?」


「は、はい」


「一年前にも言いましたが『毒』はいらない。あなたのアトリエにあるものは、あなたの空いている時間に自分で処理をするなり持ち出すなりする事いいですね?」


「はい」


「以上です。錬金術師ギルドのローブはそのままの色で結構。ただし、それ自体は何の特殊効果も備わっていないただの布きれだということをお忘れなく。自分でエンチャントをかけるのも禁止……と言いますか、僕の【エンチャント妨害】を破れるならエンチャントしても結構です。失敗すれば布がズタズタになりますが」


「わかりました」


「では、イーダ支部長、ロルフ支部長補佐、ウエルナさん。お手数ですが、彼女を支部まで。ああ、彼女の部屋はほかのシュミット講師とは分けてください」


「了解です。本当に手厳しい」


 支部の面々に連れられてユキエさんもとぼとぼと力ない足取りでギルドマスタールームをあとにしました。


 残されたのは、僕にミライさん、アシャリさんの三名だけですね。


「スヴェイン様。やり過ぎでは?」


「僕としては温情がある方ですよ? 結果を出しやすい補講専任講師に任命したのですから」


「ですが……私も短い間ですが支部にいました。補講生は……」


「そこも含めて彼女の責任です。まったく、なんのためにエレオノーラさんを同じ階に配置したのかまったく気が付いていなかった。彼女はシュミット講師。先ほども言いましたが情報共有する道はあったんです。それをしなかったのは彼女の怠慢。繰り返すようで悪いですが、今の『新生コンソール錬金術師ギルド』にまだ『毒』はいらない。それを理解しきれなかった彼女の責任です」


「……仕方がないんですね」


「はい。前回は僕からの温情でしたが今回はシャルからの温情です。『役立たずとは言え、講師がひとり、いきなりいなくなるのは困るだろう』と」


「優しいのか厳しいのか……」


「どちらにせよ彼女は既に恥さらし以外の何ものでもありません。ここで踏み留まらなければ落ちるところまで落ちる以外、道は残されていないのです。シュミットの市民権を剥奪される、と言うことはシュミットから出ることすらかなわないのですから」


「やっぱり厳しい。シュミット怖い。シュミット怖い……」


「その覚悟がないなら講師になるべきではないのです。あるいは、役立たずになった時点で国へ帰ればよかった。そのどちらも選ばなかった彼女にはウエルナさんも相当怒りを溜めています」


 本当、支部に彼女の席は用意されるのでしょうか?


 補講教室の席が彼女の居場所だとしても彼女自身の身から出た錆なので諦めてもらいますが。



********************



「ほらよ、ここが今日からお前の部屋だ」


「……個室を割り当てていただきありがとうございます、ウエルナ様」


「スヴェイン様から頼まれたからな。最下位講師の部屋だが異論はないな?」


「……はい」


「シャキッとしろシャキッと!」


「は、はい」


「その分だと一カ月で強制送還だぞ? わかっているのか? 血判状まで押して処分を受けるなんて前代未聞、恥さらしなんてレベルじゃないんだぞ?」


「も、もちろんでございます」


「ったく……補講生の資料とテキストはスヴェイン様からのだ。はき違えるなよ?」


「はい。かなうならばもう一度お礼に……」


「お前が次にスヴェイン様に会える機会はない。せいぜい、残りの四年間も任期を全うできたときくらいだろう。そこもはき違えるな」


「はい……」


「あと三時間で補講時間だ。それまでに資料全部に目を通して受講生の進捗はすべて覚えろ。それくらい、十四位ならできて当然だ」


「わかりました」


「俺はすぐに資料を持ってくる。お前は……部屋の掃除でもしていろ」


 私に与えられた最下位講師の部屋。


 掃除は一見行き届いているが、錬金術師から見ればまだまだ甘い。


 そこを掃除しろという命令だろう。


 私の立ち位置もこの部屋と同じく最下位講師。


 あまりの無様さに泣きたくなるが、そんなことをすれば間違いなく転落人生真っ逆さま。


 私と同時期に同じような講師専門職に就いたエレオノーラさんに対する嫉妬をしっかりと見抜かれていた。


 それだけでも無様なのにシャルロット様からも情けをかけられるという有様。


 せめて、このお役目だけはしっかりこなさないと。


「おう、掃除も行き届いたようでなによりだ。これが補講生の資料。こっちはテキストだ。これ以上、必要だったら自分でまとめるなりテキストを自費で購入するなりしろって命令だ」


「あ、あの。補講生ってこんなに少ない?」


「ああ。夏の大掃除。不適格者の除名処分が終わったばかりだからな。次の除名処分を恐れた連中しか来ていない。しっかり成果を出せ。俺から言えることは以上だ」


 それだけ言うとウエルナ様は部屋の扉を閉めて出ていってしまわれた。


 この三倍はいると覚悟していたのにたったこれだけ……。


 でも、また熱量を失ったりやけを起こせば待っているのは強制送還からの転落人生。


 勤め上げるしかない。


 初日、新しい講師である私が来たことで興味をひけたが授業内容はあまり進まず終わった。


 二日目、昨日来ていなかった補講生も来ていたが内容はさほど変わらず。


 三日目、この日もまたいくら教えても進まない。


 私、どうしたら……。


 変化の兆しが見え始めたのは二週間後。


 資料になかった補講生が参加するようになってきた。


 補講生たちは一様にして若く……ディスポイズンまでは安定しているもののマジックポーションはまったくダメ。


 と言うか、素人の手つきに似ているこの子たちは一体?


「あなた方。ローブの色からして見習いですよね? どうして補講に?」


「あ、はい。自分たちは今年入ったばかりの新人なんです」


「で、どうしてもマジックポーション作りがうまくいかず……講師の皆さんからは『今の時点でできないのは当然だ』と言われているんですけど、一日でも早く作りたくて」


「マジックポーション……」


「あ、あの。お邪魔でしたら来ないようにします」


「すみません、今日一日だけでも」


「いいえ、何日でも構いません。無理をしない範囲で何日でもおいでなさい」


「本当ですか!?」


「やったあ!」


「あと、同じような思いを抱いているお仲間がいるならその方々も連れてきて構いません。さすがに、この教室からあふれ出すと先着順になってしまいますが……」


「はい! 仲間にも声をかけます!」


「同じように苦労して頑張っている仲間はたくさんいるんです!」


「ええ、気にせずいらっしゃい……さて、現在補講を受けている諸君。席を新人錬金術師に奪われたくなかったらあがいて見せなさい!」


 こうして補講教室は毎日ほぼ満員状態に。


 元から補講を受けていた補講生たちもお尻に火が付いたせいで熱心に取り組むようになった。


 ……ああ、これでなくちゃ!

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