446.エレオノーラのひとり暮らし

「リリスさん。今までお世話になりました」


 私、エレオノーラは遂にスヴェイン様の家を出て行く決心をしました。


 元から夏までの予定だったんだけどリリスさんから引き留められて……。


「本当に出ていくのですか? もう少しくらい留まっていても……」


「いえ、夏になったらすぐに出て行く予定が一週間も延びてしまったのでこれ以上は」


「本当はもっと甘やかしたかったのに」


「リリスさん?」


「いえ、なにも。家具や調度品は揃っていますね?」


「はい。あれってリリスさんが用意してくれたんですよね? 明らかに新品でしたし」


「せめてもの餞別です。あなたは黙って受け取りなさい」


「ありがとうございます。それでは」


 私はフェニに乗って……数分のところにあるひとり暮らし用のアパートへと向かう。


 冬からリリス先生が押さえていてくれていた物件と言うことは本当だったようで、掃除も行き届いていて軽く掃除するだけで住めるようになったし、ベッドを初めとした家具も全部新品。


 私、こんな厚遇受けちゃっていいのかな?


「ひとり暮らしの練習だったはずなのに……いきなりダメになりそう」


 室内にはフェニも連れ込んでいいみたいだし、そのフェニも邪魔にならない場所でゆっくりくつろいでいる。


 今月分からお家賃は私が支払うことになるけど……私の給料を考えるとかなり安いんだよね。


「リリスさんがここを抑えていてくれてって言うことは、治安とかもいいって言うことなんだろうけど……そう言ったところを探すのも練習したかったなあ」


 はい、この家、なんと錬金術師ギルドもすぐそば。


 朝食と夕食はなるべくスヴェイン様の家で食べるように指導されているからあまり意味はないんだけど、その気になればすぐに……フェニの足なら飛ばなくても数分でついちゃう。


 なんて贅沢なひとり暮らし環境なんだろう。


「でも、この家から数年は動いちゃダメだってリリスさんから指導されているし……お家賃だってお給料の十分の一をちょっと超える程度だし……どうしよう?」


 服はシャルが贈ってくれた服がある……と言うかものすごく肌触りがよくて、この服以外が着られなくなっちゃってる。


 あとは、いわゆる探しと魔法研磨用の原石購入しかお金を使っていないだけで……。


 私、どんどんお金持ちになっちゃう……。


 家に仕送りをしようにも断られているし、本当にお金の使い道がない。


 子供向けの教材を買おうにも、スヴェイン様やミライサブマスターからは『自費購入はダメです。こちらでも確認しなければなりません』と言われているからダメだし。


 この家の家具だって費用を払おうとしても頑として受け取ってもらえなかったし、私ダメなウサギのお姉ちゃんになりそう。


「私にできること……できること……そうだ! お料理教室の練習!」


 食材はさすがになかったのでフェニに乗って買い出しに。


 次は……お鍋とか調理器具一式も買いそろえられてたからそっちは諦める。


 あとはお料理の教本!


 リリスさんがいなくなった以上、これも必要だ!


 帰ってきたら早速、お料理教室で作る料理の練習。


 今日の料理はポトフ。


 これなら簡単だし、そんなに危険じゃないよね。


 危険じゃない?


「あれ? これ、スヴェイン様の作った火の出ない加熱器具!?」


 過保護なのはリリスさんだけじゃなくてスヴェイン様もだった……。


 私、本当にひとり立ちできるのかなあ。


 ポトフもいい感じに出来上がったから実食してみる。


「うーん、子供向けにはもう少し刺激の少ない味付けがいいかな」


 普段よりも少量だったとはいえ、ちょっと失敗したみたい。


 うーん、この教訓を活かすには……。


 そんなことを考えていると、フェニが服の裾を引っ張り始めた。


「フェニ、どうしたの? って、時間!?」


 いけない!


 もうすぐスヴェイン様の家でお夕食の時間だ!?


「フェニ、ありがとう! それから、急いでスヴェイン様のお家までお願いね!」


 私は急いで加熱器具から鍋をおろし、部屋の鍵をかけてフェニに飛び乗った。


 フェニも人をはねない程度のスピードで急いでくれて……多分、お夕食には間に合った……はず。


「エレオノーラさん、お帰りなさい。今日は来ないかと心配していました」


「スヴェイン様、すみません! お料理の練習をしていたら、時間を忘れていて……」


「いえいえ、気にしないでください。お腹はすいていますか?」


「ええと。少し食事を取ってきたので……」


「ではリリスに言って少なめに用意させますね。本格的にひとり暮らしを始めたら体調管理も自分で行わなければなりません。献立もしっかり考えるのですよ」


「はい……」


 多分全部見抜かれてる。


 栄養のこととか気にしないで子供向けのお料理を練習をしていたことに。


 そっか、ひとり暮らしってそういうことまで気にしないといけないんだ。


 今まで全部リリスさん任せだったけど、そう言うところも気をつけないとなあ。


 その日はお夕食をいただき、少しだけ修行を見てもらったあと、自宅に帰ってお料理の本を読み返してから寝ることに。


 そして、翌朝……。


「寝坊したー!?」


 いつもなら朝の訓練が始まる時間には起きていたのにもう終わる時間に近い。


 せめて、朝食の場にだけでも顔を出して元気なところをお目にかけないと!


「おはようございます。エレオノーラさん」


「う……リリスさん。おはようございます」


「とりあえず、寝癖を直してらっしゃいな。朝食まではもう少し時間がありますから」


 寝癖!?


 そんなものまでついているの!?


 慌てて洗面台に向かい、スヴェイン様が作ったピカピカの鏡に向かうと……本当に寝癖がついていた……。


 全然気が付かなかったよ……。


 大急ぎで寝癖を直して朝食をいただき、スヴェイン様から『今日、講習会ですよね?』と指摘されて私服で来ていたことにも気が付いた。


 大慌てで家に戻り、着替えて家を出ようとすると、今度はフェニが裾を引っ張る。


 何かと思うと、フェニは家のドア、その下を指し示していて。


 家の鍵をかけ忘れるところだった!?


 ごめんなさい、リリスさん。


 ひとり暮らし、舐めてました。


 そして、このアパートを抑えていてくれてありがとうございます。

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