447.スヴェインの錬金台改良

「ふむ……」


 僕はマジックポーション入り錬金台を分解して内部構造を見直していました。


 今回の改良版では『高品質ポーション』を作れるようにする予定。


 ですが、これがなかなか難しい。


 内部の安全装置や魔力回路、果ては錬金炉まですべてを見直しているのですが……。


「錬金炉は変えられませんね。『聖獣樹の葉』以上に安全で効率のいい錬金炉は作れません」


 そうなると属性配置も自然と固定。


 となると安全装置、安定装置、魔力回路などの内部機構を見直す必要があるのですが……。


「困りました。まったくいい案が思い浮かびません」


 実際に試作品はいくつも作ってみました。


 ですがどれも失敗作。


 安全装置がうまく働かず魔力を多めに吸い取ってしまったり、安定装置が働かず不均等な魔力の流れが発生したり、リミッターをいじった際には魔力水が吹き出す始末、どれも安全にはほど遠いです。


 これならすべての装置を一から組み直した方が早いのではないか、そんな気すらしてきました。


「スヴェイン、なにをしているの?」


 僕のアトリエには適さないはずのかわいらしい声がひとつ聞こえてきました。


 振り返ればそこにいたのは、僕の妻のひとり。


「ユイ、なぜあなたがここに?」


「ああ、いや。その……受付で通してもらえたから」


「つまり用事もないのに夫の職場に遊びに来たと」


「……ごめんなさい」


「今日はユイの当番ですね」


「う、うん。その?」


「ええ、いつもよりも、容赦なしに」


「それ、私でもきつい……」


「そう言いつつ反省しないでしょう、あなたは」


「ええっと……」


「それで、どうやってこのアトリエに?」


「ギルドマスタールームには鍵がかかってたからこっちかなって。こっちの鍵は開いていたし」


 しまった、鍵を閉め忘れていたみたいです。


 ……過ぎたことは忘れましょう。


「ユイせっかく来たのです。あなたの知恵も貸しなさい」


「いいけど……私、錬金術や魔導具の知識なんてないよ?」


「それでも職人でしょう? 何かひらめきがあったら話してください」


「うん、いいよ。その代わり、少し優しくしてほしいな」


「考えましょう。まず、僕が作っているものですが……」


 ユイなら口は硬いですし一から十まで僕の構想を聞いてもらいました。


 その上でなにか意見があればよし、なくてもそれはそれで仕方がありません。


「ええと、よくわからないけれど。その錬金炉? って装置がメインなんだよね?」


「はい。メイン装置で核です。さすがにこれを変えることはできません」


「じゃあ、それを動かすことは? 糸巻きでも絡まないように上下に動かしたりするし」


「錬金炉を動かす……」


 普通、錬金炉に施す処理はです。


 錬金炉のなんて発想は誰もしなかった。


「えっと……やっぱり変なことを言った?」


「変なことですね。少なくとも聞いたことがない」


「だよね。ごめん、役に立てなくて」


「いえ。誰もやったことがないからこそ試してみる価値がある」


「え?」


「ユイ、あなただってわかるでしょう? 誰も試してないことを試すことの価値が」


「それは……確かに」


「ついでです。僕の研究を見てしまったのですから、被験者にもなってから帰りなさい。そうしたら優しくしてあげます」


「……痛い思いはしない?」


「子供向けのものを作るのです。痛いことは……起こらない……はず?」


「信用できない」


「もう、この部屋はカーバンクルの結界で隔離しました。逃がしませんよ」


「この夫、本当に独占欲が強いなあ。そんなところも大好きだけど」


「ではいろいろ試してみますのでしばらく待っていてください」


「はーい」


 ユイが言い出したこの突拍子もない案。


 試してみたら実際に効果が出始めました


 さすがに高品質が作れるほどの結果はその日のうちには出ませんでしたが……これはいけますよ!


 ユイにはそれはそれとしてお仕置きしましたけど。



********************



「すごーい! ができた!」


「色も今までとは全然違う!」


「綺麗でしょ! 皆!」


「「「うん!」」」


「スヴェインのお兄ちゃんはポーションも作らせてあげたかったみたいなんだけど……まだまだ改良が必要なんだって。だからそれまで我慢してね?」


「我慢する!」


「これだけでも綺麗!」


「うん、澄んだ色!」


「じゃあ、もう少しだけ練習しようか。普段よりも気持ち悪くなりやすいから気をつけてね」


「「「はーい!」」」


 子供たちは新型のマジックポーション入り錬金台で楽しく遊んで帰っていきました。


 全員教室を出て行きましたし、もう姿を現してもいいでしょう。


「お疲れ様でした、エレオノーラさん」


「ギルドマスター。今回はありがとうございました」


「いえ。本来ならポーションまで高品質なものを作らせてあげたかったのですが……どうあがいても魔力水しか高品質化できず」


「それだけでもすごいですよ。安全装置とかはそのままなんですよね?」


「もちろんです。それをなくしては子供たちが危ないですからね」


「それにしてもよく考えつきましたね。だなんて」


「いえ、ユイのアイディアなんですよ。彼女が僕の職場に遊びにやってきたとき出してくれたヒントを元に改良しました」


「ユイ……また遊びに行ってたんですか?」


「アイディアをくれたのはありがたかったんですが、それとは別に夫に職場に用もなく遊びに来たことはお仕置きしました」


「お仕置きの内容は聞きませんが……これ、またシャルが欲しがってましたよ?」


「『聖獣樹の葉』のストックがないのでもう無理です。あれ、冬の季節にもらったものじゃないとうまく作用しないんですよ」


「と言うことは次の改良版も冬待ちですね」


「申し訳ありませんがそうなります。それまでは子供たちをなんとか遊ばせてあげてください」


「構いませんが……これ、子供たちの申し込みが更に増えませんか?」


「事務ももう諦めています。人数比率と受講回数だけ管理して、あとは完全にランダムだと」


「なんだか申し訳ないです」


「本当に。子供たちもほかに目を向けてもらいたいですね」


 本当に、子供たちよ。


 錬金術ばかり、ウサギのお姉ちゃんばかりに集まらないように。

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