448.冒険者ギルドの『三人目』

 今日はティショウさんに呼び出されて冒険者ギルドを訪れました。


 受付をすませギルドマスタールームに向かいましたが……何用でしょうか?


「失礼します、ティショウさん」


「は、はい! どうぞ!」


「うん?」


 帰ってきたのはティショウさんでもミストさんでもない女性の声。


 どういうことでしょう?


 いぶかしげに感じながらも入室の許可は出たので入ってみると。


 ギルドマスターであるティショウさんの机にサブマスターのミストさんの机、そしてミストさんの隣にも机が置いてありそこにひとりのエルフ……耳の形からしてハーフエルフでしょうか、その女性が。


 さっきの声の主は彼女でしょうかね?


「悪いなスヴェイン、わざわざ呼び出して」


「いえ。今はわりとギルド業務も落ち着いて暇になってきましたから」


「……いつも思うんだがそれで大丈夫なのか? 錬金術師ギルド」


「僕がいなくても素材と事務方がいれば回る体制を整えましたから。最終決裁は必要ですが」


「それならいいか。冒険者ギルドも大差ないし」


「そうですわね。それで今日お呼びした用件なのですが、この子を紹介しようかと」


「この子、ですか」


 ミストさんの隣の席に座っていた……はずのハーフエルフの女性。


 いつの間にか立ち上がって直立不動の姿勢を取っています。


「その女性は?」


「はい! 私はフラビア、115歳、独身、男性経験あり、職業『魔導師』です!」


「いや、年齢とか男性経験とか教えられても……」


「……まあ、気にしないでくださいませ。これでもBランク上位の魔術師ですわ」


「ああ。今は緊張で固まっちまってるが、バリバリの実戦派。戦場じゃ『可憐な抹殺者』なんて呼び名を持ってる」


「それはそれは、物騒な名前で」


「実際、物騒ですわよ? 魔力を通したワンドでモンスターを殴り倒すこともできます」


「ほう。それってかなり高等技術では?」


「新しく呼んだ魔法技能教官ともテストさせた。最初こそ癖がつかめず押し負けていたが、回数を重ねるごとに腕を上げていって魔法教官の本気を引き出すことができたぜ?」


「まったくです。私はデスクワークで忙しく、あまり訓練ができないとは言え本気を引き出せたのは最近。この子はそれを数日で成し遂げました」


「それはかなり強いですね。ですが、強いだけでこの部屋に席を設けはしないでしょう?」


「はい。この子が私の後継者候補、冒険者ギルドの『三番目』ですわ」


「ああ。俺の後釜はまだ決まっていないがミストの後継者候補は決まった。腕っ節も強いから一発殴って冒険者どもを従えさせることもできる。場合によっては俺の後釜だ」


「そんな! ティショウ様のあとだなんて恐れ多い!」


「仕方がねえだろ。俺のあとを任せられそうなやつは誰も首を縦に振らないんだから」


「しかし……」


「まあ、そんなことはついでだし、スヴェインを呼びつけた本題に移らなくちゃな」


 そうでした。


 いきなり男性経験とか教えられてしまって気圧されていましたよ。


「スヴェイン。そいつに稽古をつけてやってくれ。それだけが最後の心残りだそうだ」


「僕が……ですか? 魔法ならアリアの方が得意ですが」


「アリア様の方が魔法が得意だとは伺いました! でも、守りを中心とした戦闘技術ならスヴェイン様だとも教えられました!」


「ちなみに誰からです?」


「エリシャ様からです!」


「エリシャ……」


 彼女、何を教えているんでしょうか。


 確かにその通りではありますが、僕は一応生産職なんですよ?


「そいつも『普通の冒険者でいることに疲れたし、怯えられることに嫌になった』そうなんだ。ただ、全力で相手をしても届かない高みって言うのを最後に体感してみたいそうでな」


「それ、余計に未練が出ませんか?」


「未練なんて出ません! 今の私は鍛えられる限界付近まで成長しているんです! 今後も訓練はかかしません。それでも届かない高み、体感してみたいんです!」


「スヴェイン様、どうかこの子の我が儘、叶えてはいただけませんか?」


「ああ。俺たちの後釜候補、冒険者として最後の心残り、届かない背中を見せるのは得意だろう?」


 やれやれ、僕は生産職で錬金術師ギルドのギルドマスターなのに。


 どうして魔術師なんてしなくちゃいけないんでしょうね?


 ただ、彼女の目には決意の色が浮かんでいますし、断るわけにもいかないでしょう。


「わかりました。今日これからでも構わないんですか?」


「引き受けてくれるか!」


「はい。ただ、僕が本気で魔法を使うと訓練場どころか冒険者ギルドを半壊以上させます。街壁外での指導です」


「よし! 俺たちも見に行かせてもらう!」


「そうですわね。念のため、危険がないかは確認しないと」


「危険があっても即死しなければ回復魔法で癒やせますよ」


「ありがとうございます!」


「それでは移動しましょう。まだ昼前ですが、帰りが遅くなるのもまずいでしょう?」


「ああ。行くか」


 僕たちは聖獣なり馬なりを使って第三街壁の外までやってきました。


 少々どころか非常に派手な魔法戦になることが予想されるため、馬はウィングがしっかり面倒をみていることに。


「さて。街道からもかなり外れました。ここなら派手にやっても支障はないでしょう」


「はい! よろしくお願いします!」


「まずは先手を譲ってあげます。なんでもいいから得意な魔法を好きなだけ打ち込んできなさい」


「はい! 『ヴォルケーノブレイク』! 『タイタンズクエイク』! 『水神の嵐爪』! 『タービュランスジャベリン』! 『雷神の牙』!」


 ふむ、基本属性だけとは言え、本当に極めています。


 ただ、


「よっと」


「な!?」


「え!?」


「うそ!?」


 どの魔法も僕に届くことなく霧散しました。


 この現象はつまり。


「対抗魔法か!?」


「どれもレベル40以上ですわよ!?」


「私の魔法、届きすらしない!?」


「対抗魔法は属性さえあっていればどんな魔法にだって有効です。上位の魔法を消せない理由は、上位の魔法ほど大量の魔力が込められており打ち消すことが困難なため。言ってしまえばロウソクの火を消すのは簡単でも山火事は難しいのと一緒です」


「つまり、お前は山火事でも消せるってことか!?」


「彼女の魔法、密度がまだ甘かったんですよ。そこをついて内部から消せば消滅させることができました。本当に密度も高かったら受け止めるしかないので『サンクチュアリ』ですね」


「いえ、『サンクチュアリ』で受け止められるんですの!?」


「コツがあるんですよ。さて、次は僕の番ですね。一番得意なのは時空魔法、ついで聖魔法、光魔法、闇魔法となりますが、どれもあなたを殺してしまう。水魔法の初歩の初歩、『アクアバレット』を打ち込みます。どんな方法でもいいので防いでみせてください」


「『アクアバレット』を、ですか?」


「はい。当然ですが『変質』はかけます。油断すると腕の一本は失うのでお気をつけて」


「はい!」


「では、行きます。『アクアバレット』」


「!? 『ホーリーウォール』! 『ダークウォール』! 『ライトウォール』! まだダメ! 『サンクチュアリ』七重発動!」


 僕の放った『アクアバレット』は彼女の張った防御魔法をまるで紙でも貫くかのごとく突き抜け、彼女の腕の肉をえぐって飛び去りました。


「つぅ……」


「『エンジェルライト』」


「あ、痛みが」


「あれだけの多層防壁を一瞬で作れたことは認めます。でも、まだまだ甘い」


「いや、お前、本当に『アクアバレット』か?」


「初歩魔法が『サンクチュアリ』貫通、それも七枚もだなんて……」


「本当にただの『アクアバレット』ですよ? アリアのそれよりはまだ弱いですが」


「いや、アリアはどんだけバケモンなんだよ」


「想像すらできません」


「……すごい」


「フラビアさん?」


「すごい! すごい、すごい!! 魔法を『』ってこう言うことだったんだ!!」


「まだまだ研鑽の途中ですよ。カイザー相手では鱗を砕いて多少の怪我を負わせるのが精一杯ですから」


「それって古代竜エンシェントドラゴンにも効くってことですよね!? ああ、私があと50歳若かったら無理矢理でも弟子入りを志願したのに……」


「フラビア? まさか『三人目』を止めないよな?」


「もちろん止めません! こんな遠い背中を見ることができただけで大満足です!! 私の魔法をただの対抗魔法で打ち消す技術! 私の防御壁を軽々貫通する初歩魔法! ああ、なんて素晴らしい!!」


 ふむ、向上心までありますか。


 この先ティショウさんかミストさんの次代を担うわけですし、少しばかりお節介もしましょう。


「フラビアさん。魔法障壁の類いは枚数を多く張ればいいものじゃありませんよ」


「え?」


「例えば『サンクチュアリ』。これひとつだけでも枚数を増やすより魔力密度を上げて薄く張った方が魔力効率もよく頑丈になります」


「本当ですか! 試させてください!」


「いいですよ。実践できますか?」


「ちょっとだけ待ってください。……こうじゃない……こうだ!」


「まあ、まだ密度が足りませんが。さっきと同じ『アクアバレット』行きます」


「はい!」


 僕の放った『アクアバレット』は少しだけ、ほんの少しだけ彼女の『サンクチュアリ』で動きを止めて飛んでいきました。


「本当だ……使い方ひとつでこんなに差が出るだなんて……」


「魔法のほとんどは規模を大きくするよりも魔力密度を濃くする方が効果が高い。もちろん魔力も多く消費しますが、効果は絶大です」


「これが。私が見たかったもの」


「少しは心残りがなくなりましたか?」


「はい! すべてなくなりました! 研鑽の途中で立ち止まるのは悔しいけれど……私は満足しています!!」


「よろしい。ところで、あなた白金貨五百枚、用意できますか?」


「え? はい。貯蓄のほとんどを使い果たしますが用意できます」


「ならば僕の都合がつく日にミストさんと同じレベルの武器を作ってあげましょう。冒険者ギルドの『三番目』、威厳も必要なはずです」


「ティショウ様、ミスト様?」


「そいつがいいって言ったんだ。お前は認められたんだよ」


「ただし、白金貨五百枚で五千枚相当の武器を渡されますわ。御覚悟を」


「スヴェイン様、よろしくお願いします!」


 その後、フラビアさんにミストさんと同じレベルの武器とローブを用意してあげました。


 彼女はそれを手にして腰を抜かしていましたが……とりあえずその日は我が家のゲストルームに泊まっていただき、翌日には何度もお礼を言いながら立ち去っていったのです。


 ユイには『心臓に悪いからあまり驚かせないように』と注意されましたが……『三番目』だけ威厳がないのもね?

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