449.ホリーについての説明

「定刻となった。これよりギルド評議会を開催する」


 いつも通り評議会議長、医療ギルドマスター、ジェラルドさんの声から始まったギルド評議会。


 いわゆる『三人目』の中でも何回か臨席しているメンバーは段々なれてきているようですが、フラビアさんのような初参加のメンバーはオロオロしていますね。


 まあ、無理もない。


「今回最初の議題……と言うか確認なのだが、ホリー王女はどうなされている?」


 ああ、ホリーですか。


 商業ギルドマスターもあまり詳しくないでしょうし、僕が答えましょう。


「現在、はネイジー商会会頭コウさんの家で下働き見習いとして働いています。その合間に僕の弟子、ニーベとエリナが最長一時間という約束で修行をつけていますが……彼女たちの様子からすると、一時間もった試しはないでしょう」


 僕のその言葉に、以前話を聞いていた一部のギルドマスター以外は騒然となりますが……知ったことじゃありません。


「彼女はまだ七歳なのに王女の衣を脱ぎ捨て三日分すら足りない路銀のみ持ち出し、コンソールの街に飛び出した愚か者です。自活手段がないのにそのような行動を取ろうなどという甘え、まずはそこから徹底的に鍛え直さねば」


「いや、しかしだな、錬金術師ギルドマスター」


「これでも温情のある方ですよ? 深夜から僕の家の前に座り込み、僕が出てくるのを待ち構えるなどと言う行為をしたあとに働き口まで紹介したのですから。そんな風に事情など聞かず蹴り出されても仕方がない行動を彼女は起こしている。わざわざコウさんにお願いして衣食住を与え、貴重な弟子の時間を割いてまで修行をつけさせているのです。放置したなら、既にどこかの街角で死んでいる」


「だがよ、仮にも一国の姫さんだぜ。その待遇は……」


「以前も何人かのギルドマスターで集まったときに話してはいなかったのですが、彼女は精霊の勘気にも触れている。両手に深い傷跡もついているし、僕が間に合わなければ右手は根元から焼け落ち、左手も指三本欠落、残りの指も二度と動かなくなっていたでしょう」


 僕が話した内容にギルド評議会会場は完全にパニック状態に陥りました。


 まあ当然でしょうね、衣を脱ぎ捨てているとは言え、え-と……城塞国家のどことやらの王女だったのですから。


「錬金術師ギルドマスター。それで、彼女の治療は行ったのかね?」


「僕の可能な範囲で、と但し書きがつきますが行いました。精霊の怒りによってついた傷はポーションだろうと魔法だろうと治りが遅く治療不可能になる時間も早い。手が吹き飛んだときなど、あと一分遅ければ再生不能になっていましたね」


「そ、そうかそれでは王女は無事……」


「死んでいないだけです。彼女の両手にはやけどの痕や切り傷の痕、手のひらが吹き飛んだ痕などがすべて残っています。それは僕でも治療不能。肉をすべてえぐり取り、骨だけにして再生してみて消えるかどうか試してみる程度しか可能性はありません」


「……具体的に精霊の勘気に触れたってのはなんだよスヴェイン」


 今度はティショウさんですか。


 まあ、冒険者としても気になるでしょうね。


「普通、魔法を使うには三段階のステップが必要です。魔力を溜め、属性魔力を込め、魔法名を言って発動させる。この三段階なのは……まあ、ほとんどの人がご存じでしょう」


「まあ、そんなの常識だからねえ」


「実際には最初のふたつのステップは無視できます。それぞれの属性精霊が認めさえすれば、魔法名だけで意のままに魔法発動が可能です。シャルやセティ師匠なども偽装していますが、この方法で魔法を使っています。当然、僕やアリア、弟子たちも」


「す、少しお待ちくだされ! そんなことが知れれば一大革命ですぞ!?」


 魔術師ギルドらしい大慌てっぷりですね。


 まあ、無理もない。


「僕が五歳……いや六歳? まあそのくらいの時に復元した技術です。セティ師匠は当然知っていたでしょうし、使えていたと思いますがその頃はまだいませんでした。今では……おそらくシュミットの中位以上の魔術師なら常識かと」


 あたりがまた静まりかえりました。


 当然ですよね。


 また常識がひとつ覆されたのですから。


「その方法、教えていただく事は?」


「可能だと考えています。シャルと直接交渉してみてください。ただ、彼女の目で見て『まだ早い』と見られたら、とりあえずお諦めを。精霊の勘気とはそれほどまでに恐ろしい」


「……具体的にはどれほど恐ろしいのかね?」


「ホリーは右手と左手の一部で済みました。これはまだ『子供だから』という警告があったからです。本気で火の精霊を怒らせれば辺り一面を飲み込んだ大爆発が起こります。試した人間は当然死にますね」


「恐ろしいな精霊ってのはよ……」


「そうですか? 冒険者ギルドマスターは普段魔法を使わないから理解できないかも知れませんが、魔術師系職業なら理解していなければいけない一般常識なのですが……」


「それはどういう意味だね、錬金術師ギルドマスター」


「はい。魔法というのは精霊の力を借りて発動するもの。つまりそれは魔力と引き換えに、を一部借り受けて行使しているに過ぎません。精霊というものは普段は無邪気で陽気、そしていたずら好き。ですがその勘気に触れれば容赦なくその牙をむき出しにします」


 僕の一言で再度場内が静まりかえりました。


 そこまで深いことは考えたことがなかったんでしょうね。


「じゃ、じゃあ。魔力密度を上げるってどういう意味なんでしょう」


 今度は先日面倒を見たばかりのフラビアさん。


 彼女には魔法密度を上げたほうがいい、と教えたばかりですからね。


「魔力密度が濃くなると、精霊がたくさんの力を、魔力を込めていきます。そのために効果も桁違いに増大。僕やアリアの初級魔法は簡単な大型建造物は一撃で破壊できますし、一般的な城門でさえその気になれば壊せます」


「お前の魔法、桁違いに強いとは感じていたがそこまでかよ……」


「もちろん、そこまで威力を上げるには多少のチャージ時間は必要となりますが……商業ギルドマスターが見た、ええと……」


「メモリンダム大使館謁見の間だ」


「そうそう。そこの天井を粉砕し、建物の基盤を粉砕する程度でしたらチャージ時間は必要ありません。屋根ひとつで被害がすんだのは、僕が別の魔法をぶつけて被害範囲を狭めたからです」


「……とんだ化け物を怒らせていたのだな、ホリーは」


「実際、僕が止めていなければアリアは入る前に『聖獄の炎』で建物ごと中にいる人間を浄化していたでしょうから。本当に、なだめすかすのに苦労していたんですよ? ほかの家の人間からも猛反発されていましたし」


 そこまで聞くと、全員顔から血の気が……百戦錬磨のはずなティショウさんの顔をですら血の気が引いていました。


 そこまで酷いことを言っていましたかね?


「よし、今後のためにも確認だ。何がアリアの嬢ちゃんを、いやスヴェイン家をそんなに怒らせた?」


「そうですね……まず第一に権力を使って僕たちを呼びつけようとしたことでしょうか? それも分不相応な『賢者』になりたいなどと言う理由で」


「第一か。次の理由は?」


「次は、迎えに出ていた使用人の質。あれはどう見ても下級使用人。客の、それも国賓の前に出してはいけない相手。それほどの上客がいるならば、目に留まる場所にいること自体が失格です。アリアもまた元は貴族。そう言ったところには厳しい」


「ほかにも理由はおありでしょうな?」


「次は、その使用人が僕たちを侮ったこと。この時点でアリアは完全に遠慮をしなくなっていました。次に、エントランスで出迎えをしなかったこと。僕もアリアもそう言った事は苦手ですが、今回は国賓。形だけでも上級使用人を揃えてやらねばならなかった」


「それで、エントランスの調度品をすべて破壊。その次は?」


「執事だかなんだか知りませんが僕につかみかかろうとしたこと。あのときは僕が剣を出してが、半秒遅ければアリアの『マジックショック』でショック死……いえ黒焦げにされていたでしょう」


「……頭が痛くなってきましたな。ほかには」


「あとは……ホリーという少女。あれは教えを請おうといのに、頭のひとつ、願いのひとつも言わなかった。その上、僕たちにとは言え攻撃魔法を放ってきた。この時点で、僕もアリアも容赦しなくなった。人死にを出したくなかったので屋根の全損で止めましたが……アリアは建物を半壊以上させようとしていましたね」


「おい、スヴェイン夫婦。お前ら、歩く災害か?」


「普通に家にやってきて教えを請うなら、普通に『魔術師』くらいまで育つための教本とそれの使い方くらいは教えましたよ。でも、彼女はすべてが悪かった。いえ、悪すぎた。あくまでお世話になっていたコウさんと商業ギルドマスターの顔を立てるために出向いただけで、僕だって行くつもりはなかったんですから」


 場は……完全に凍りつきましたね。


 僕たちの出身がシュミットであることを忘れているんでしょうか?


「……では、重ねて問おう。次に同じような依頼があった場合、どうしたほうがいい?」


「国家としての名前で来た場合、竜宝国家としてすべてお引き取りを。個人名できているなら、どこか中立よりな場所で会いましょう。ただし、護衛の騎士はふたりまで。面談中は室内に入れないこと。分不相応に『賢者』だの『聖』だのを最初から要求してこないことが条件です」


「でも、シュミットならそれもかなうんだろう? だったら……」


「シュミットだからかなうんです。僕もアリアも笑って乗り越えましたが、リリスに言わせればもっと泣き言のひとつくらい言って甘えてほしかったそうです。ディーンやシャルの訓練を見に行ったこともありますが、大人相手に一歩も引けを取らない戦いをしていましたよ?」


「マジかよ……」


「実際、九歳の時にはオーガの巣を僕とアリア、ディーン、オルドの四名を中心にした部隊で討伐に行きましたからね?」


「シュミット家って化け物か?」


「僕たちにはその意識はありませんでした。特に、僕やアリアは職業的にかなり不利なところから、『隠者』や『賢者』を目指しましたからね。ああ、職業優位論のせいじゃありませんよ。僕は自分の限界を確かめるため、アリアは……まあ、いろいろあって結果を残すためです」


「お主らを見ていれば職業優位論など気にしていないことはよくわかる。故にこそ恐ろしい」


「話が大分逸れていますが、そういうわけなので今後そう言う話があってもすべてお断りを。今度は僕じゃなくリリスが乗り込みかねないので」


「リリス……あのメイドさんかよ」


「それは……」


「子供の心をへし折るだけではすみませぬな」


「ともかく、その件は竜宝国家コンソールとして引き受けよう。さすがに今日は疲れた。急ぎの議題がないなら今日のギルド評議会は終了したいがよろしいか?」


 これには誰も反対意見がなくギルド評議会は僕が一方的に説明をして終了。


 なお、ギルドに戻ったあと、涙目のミライさんに詰め寄られましたが……一蹴して終わりですね。

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