450.ホリーの指導内容

 本日はギルド評議会のあった日……なのですが、それをパスしてホリーの様子を確認しに行くこととなりました。


 時間はあらかじめ弟子に伝えてあったので問題なかったし、全員が【隠密】と【気配遮断】のローブで身を隠して行ったわけですが、その修行内容に絶句していましたね。


 外部から見ると、かなり厳しい訓練なのでしょうか?


 ニーベちゃんもエリナちゃんもして教えているのですが。


 最後は二十分ほどでホリーが泣き出してしまいその日の修行は終了、弟子たちは引き上げ……ずに影から様子を見ていたこちらへ寄ってきました。


「先生。ホリーの指導には手出ししないはずです」


「はい。ボクたちに任せると言ったのは先生ですよね?」


「まあ。僕は手出しも口出しもしません。ただ、ほかの皆さんが修行の様子を見たいというので」


「そうだったのですか。とりあえず、ここだといずれホリーに気づかれるので移動です」


「あ、ああ。わかった」


 とりあえずホリーに気が付かれない場所、と言うことで庭園へ。


 ここならば、ホリーが通ることもなければ目にすることもないそうなので、ローブを脱いでも大丈夫と言う判断です。


「しかし、あれほど修行を毎日つけているのかね?」


「ええっと、医療ギルドマスターさんですよね? ですよ?」


「はい。はずです」


「おいおい、あれでのか?」


ですよ、ティショウさん。私たちの時はもっと指導が入っていたのです」


「ボクたちが魔法に慣れていなくて苦手意識を持っていたせいとはいえ、アリア先生は厳しかったからね」


「ちなみにホリーおう……ああ、いえ。ホリーはなぜ泣いていたのですかな?」


 商業ギルドマスターがホリー王女と言おうとした瞬間に弟子ふたりの鋭い眼光と威圧が入ったために、慌てて言い直しましたね。


 あまり威圧をしないようにも言い聞かせるべきでしょうか。


「今日泣いている理由は『ロックバレット』が使えなかったためです」


「ようやく三つ目の属性【土魔法】を取得したんだけど、『ロックバレット』を使っても拳サイズの石ころひとつ。手で投げたのと同じ距離しか飛ばなかったからね……」


「私たちよりかなり酷いのです」


「ボクたちそれでも新しい属性はすいすい覚えたし、バレット系もなんとか的に当たる程度までは飛ばせたから……」


 その内容に一同絶句。


 さすがにそれで『賢者』を目指していたことに驚いているのか、それとも弟子の修行に驚いているのは知りません。


「ま、待て。属性魔法とはそんな簡単に増えるものか?」


「魔力視ができれば増えますよ?」


「他人の魔力の流れと属性の流れ、精霊の流れを真似すれば覚えるだけならどんどん覚えられます。同じようになぞり続ければいいんですから」


 魔術師ギルドマスターも唖然としていますね。


 この辺の技術ってまだシュミットから習っていなかったのでしょうか?


「先生、さっきはあんな口を叩いてしまったのですがヒントがほしいのです」


「どうやったら、ホリーを奮い立たせるでしょう? ボクたちの技術を見せても心が折れるし、実習させても泣き出すしで……」


「結論から。無理です。根気強く、二十分ずつで構わないので毎日鍛え続けなさい」


「やっぱりです……」


「甘え癖、まだ抜けきってないんですね……あれだけ痛い思いをしたのに」


「できない自分が悔しくてたまらないのでしょう。そういえばホリーの得意属性ってなんでしたか?」


「【火魔法】です。それだってレベル6でした」


「試しに全力の『ファイアランス』を的に撃たせましたが、魔力チャージも遅いし、精霊も集まらない。その上、魔力収束もできていないし、魔力密度も薄く、まっすぐ飛ばない。一番近くの的を狙わせてぎりぎり端のほうをだけでした」


「その日はその結果を見ただけで心が折れて泣き出したので修行終了だったのです」


「ふむ……」


 重症ですね。


 七歳でそれとは逆の意味で恐れ入ります。


 あれ、でも……。


「ふたりとも、そんな子供の前で『精霊の試し』を話したんですね?」


「はい……」


「うかつでした……」


「よろしい。今日帰ってからは修行時間目一杯使ってのお説教からです」


「申し訳ありません」


「反省しています」


「おいおい、スヴェインよお。弟子の指導はともかく、『精霊の試し』ってなんだ?」


「前回の評議会でさらっと話した、魔法の短縮発動方法です。今日は……もう時間がなさそうなので、また今度実演しましょう」


「ああ、わかった。それで、口を挟みたくはないのだがあのままで、ホリーは大丈夫なのかね?」


「まったく大丈夫じゃないのです」


「この分だと基本属性を覚えるだけで半年以上。上位属性と回復魔法を覚えるとなると更に一年かかってしまいます」


 それを聞いた皆さんは……また絶句していますね。


 魔術師ギルドマスターやサブマスター、同じ魔術師系統のミストさんやフラビアさんまで絶句しているのはなぜでしょうか


「回復魔法も教えるのか?」


「むしろそれがないと危険なのです。魔法が暴発したり、至近距離で発動したときに備えてある程度の回復魔法は必須なのです」


「ポーションでもいいんだけど……マジックバッグでも持ち込んでいないと、そういう状況だと瓶が割れていることが多いですから」


「なるほど、理にかなっている。では、属性をすべて教えるのは?」


「どんな状況でも対応するためなのです」


「基本属性は自然環境や相手の属性によって有利不利がでやすいです。聖魔法は悪霊系の浄化に効果的ですし、光魔法は闇属性を持つモンスターや目くらましに、闇魔法は光属性を持つモンスターや足止めに有効です」


「……驚きました。今年十四歳になるばかりの少女が、そこまで魔法の知識を蓄えていようとは」


「でも、困ったのです。これでは本格指導に入るのに一年半かかるのです」


「うん。そうなるとホリーの修行期間だって残り一年あまり。ほとんど教えられないよ」


「と言うわけで、先生。何か知恵はありませんか?」


「はい。なんでもいいのでヒントを」


 ヒント、ヒントですか。


 難しいですね……。


「そもそもなぜ、ホリーの心が折れたり泣き出したりするのか考えましょう」


「それは……自分の不甲斐なさを感じてなのです」


「ですが、それを無視して火属性から伸ばそうにも先ほど話した通りです。そこをどうすればいいのか……」


「孫弟子の教育に口を挟みたくはなかったのですが……とりあえず、今は座学を徹底させなさい。その上で最低限として魔力チャージ、魔力収束、命中精度だけ上げさせるのです。そうすれば多少の自信を取り戻してくれるでしょう」


「やっぱりそれしかないですか……」


「ボクたちふたりでもその結論には達していたのですが……」


「不出来な弟子に選択権はありません。あなた方だって魔法が苦手だった頃はアリアから集中指導を受けていたでしょう?」


「それもそうなのです」


「諦めたり投げ出したり、それ以上に泣いたことなんてないからすっかり忘れていました」


「それがわかったらあなた方は家に帰って修行計画を見直してきなさい。僕が帰ったらお説教開始です」


「お説教は変わらないのです……」


「ボクたちがうかつだったんだし、諦めよう……」


 うなだれてそれぞれの騎獣に乗り飛び去る弟子ふたりを見送り……僕らはどうしましょうか?


「さて、ホリーの指導はあんな感じです。見たとおり今のところほぼ成果が出ていません」


「いや、『賢者』なると言って乗り込んできたのに……ですか?」


のようです。ちなみに『賢者』の転職条件、一部を教えてしまいますが『【時空魔法】の習得』も含まれます。なので、個人の資質も大きく関わる。資質がなければどんなにあがいても間に合わないのが『賢者』です」


「【時空魔法】か。お前といるとホイホイとストレージを使うから忘れてたが、取得できるかは運頼みって言われるくらい難しい魔法だったな」


「はい。いま、シャルに鍛えてもらっている『賢者』のテオさんだって『三年かけてぎりぎり間に合った』と言わしめる魔法です。それだって僕に言わせれば才能があった方。才能がなければエルフが一生涯かけても覚えられません」


「そこまで厳しいか『賢者』は」


「はい。だからこそ『『賢者』になりたい』という話を聞いた時点で蹴り出したかった、そういうわけです」


「そういえばカーバンクルのおっきい方。アイツ火属性って言ってなかったか?」


「はい。子供に魔法を教える際に一番理想的な順序は『水、土、風、雷、火』の順です」


「その根拠は?」


「まず、水属性。これは暴発しても濡れるだけですみます。土は石ころが当たるだけですね。同じように風は浅い切り傷で済むので、すぐにポーションで治せます」


「実に合理的だ。残りふたつは?」


「雷は……感電します。よほどの魔力を込めなければ最悪でも気絶で済みますので、監督者がいれば大事には至りません。問題は火。これは当たった瞬間に火の粉をまき散らします。下手に当たれば大やけど。最悪火事を巻き起こします」


「なるほど……しかし、一番威力の高い火属性が最後というのも……」


「基本属性、それも初級の間に限れば一番威力がでるのは雷属性ですよ。相手を感電させることで動きを鈍らせ、追撃できます。ついでに濡れていれば更に効果が高まりますね」


「……実に合理的だ。この事、魔術師ギルドで検証しても?」


「どうぞ。隠し立てするほど重要な内容でもありませんので」


 本当に隠すほどでもないんですよね。


 普通に教えてもらえることですし。


「あー、それでシュミットから呼んだ魔法講師。雷属性魔法ばっかで牽制するのか。合点がいったわ」


「火魔法ならかすっても多少熱い程度ですが、雷魔法ならかすっただけでも感電して動きが鈍りますからね」


「説明してくれりゃいいのによ……」


「おそらく説明するまででもないと考えているのか、その程度盗めと考えているのでしょう。優しくないですよ、冒険者講師は」


「よく知ってるよ」


 ともかく、今日はこれで解散。


 弟子たちは翌日から座学中心に切り替えたそうですが……ここでも『こんなことすら知らなかった』と泣き出す始末だったらしいですよ?

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