その後のヴィンドとふたりの素性

91.挿話5-錬金術師ギルドの悪あがき

「静かになったもんだね、ネル」


「ですねぇ。ポーションの供給問題さえなければですが」


 ああ、そこがあったか。


 でもそこはアタシとしてもどうしようもないと言うか……。


「前にスヴェインたちが調べた地図は売れているんだろう?」


「売れていますね。ただ、売れすぎていて群生地でも薬草の絶対数が不足気味だとか」


「そいつは頭が痛いね……」


「スヴェインさんたちがいる間に、もう一度周辺調査をしてもらうべきでしたでしょうか?」


「いや、今回は依頼しても断られただろうよ」


「それはなぜです?」


「元々はイナの様子を見るためだけにこの街へと寄ったらしいんだ。それがギルドのゴタゴタで一週間足止めしちまったし、これ以上は断られるだろうよ」


「なるほど。確かに無理そうです」


「……そういや、タイガに頼んでいた件も今日だったね」


「はい、そのはずです。あとは、連中……錬金術師ギルドがどうでるかですが」


 錬金術師ギルドか。


 錬金術師ギルドにはあれから薬草を一枚も卸していない。


 アタシらが自分たちで使う分さえ足りていないのに、粗悪品しか作れない連中になんて渡せないからね。


 そんなことを考えていると、部屋にタイガがやってきた。


 こいつがやってきたってことは面倒ごとだね。


「よう、マスター。錬金術師ギルドのマスターどもがケンカを売りに来たぞ?」


「ふぅん。錬金術師ギルドの連中だけかい?」


「いいや。この辺を治めている地方領主のブーフ男爵も連れてだ」


「ブーフね。あの成金が来たってことは、金を渡してるね」


「そのようだな。どうする?」


「まあ、適当に相手をするさ。もうすぐあの方もこちらにおいでになるんだろう?」


「ああ。連中が知ってるかどうかはわからんが、早馬がすでに来ているぞ」


「なら構わないよ。さて、ケンカを買いに行こうかね」


 ギルドを出ると得意満面な顔をした錬金術師ギルドマスターとブーフ男爵がいた。


 さて、このあとの話はどうでるのかね?


「来たな、マルグリット!」


「叫ばなくても聞こえるよ、ハンス。で、今日の用件はなんだい?」


「聞かなくともわかるだろう! なぜ我ら錬金術師ギルドに薬草を卸さぬのだ!」


「ああ、その件かい。悪いけど薬草は自分たちのところで全部消費しちまってるんだよ。だから、あんたらみたいな粗悪品しか作れない連中には卸せないだけさ」


「粗悪品だと! 我らの作るものが粗悪品だというのか!」


「実際そうだろう? 今までは低級品しか売りつけず、今度は下級品まで買い取れと言ってきたんだ。そんな粗悪品を買い取るつもりはないね」


「おのれ……馬鹿にしおって! ブーフ様、お沙汰を!」


 今度はブーフが相手か。


 肥えたオーク面をした奴相手なんてめんどくさくて仕方がないが、これでも一応貴族なんだよね。


「うむ。冒険者ギルドは薬草を自分たちで消費し尽くしていると言うが、なにに使っているのだ?」


「もちろんポーション作りでございます。私どもは自力で一般品質のポーションを量産できる体制を整えておりますので」


「一般品のポーションを作る体制をこの数日間で整えるだと!? 馬鹿なことを言うな!」


「黙っておれ、ハンス。一般品質のポーションを量産できると言うが、実際にはどれくらいの量を作れるのだ?」


「薬草を入手できれば入手しただけ製造可能です。時折、低級品になることもありますが九割以上は一般品ですね」


「うぬぬ……そんな嘘を……」


「それでは証拠を見せてもらおうか。マルグリット」


「はい。……こちらに用意してあります」


 こう言うことになるだろうことを見越して、事前にポーションを十本ほど用意しておいた。


 さて、このあとはどうする?


「ふむ……これは確かに一般品質のポーションだな」


「そういうことでございます。私どもは冒険者ギルド内ですべての工程をこなすことができるようになりました」


「……しかし、これがヴィンドの冒険者ギルドで生産されたものであるとは限るまい?」


 オーク男爵め、やはりそう来たか。


 ……まあ、もう時間切れなんだけどね。


「道を空けろ! 侯爵様が到着である!」


「な、シュベルトマン侯爵がなぜヴィンドに!?」


「さっさと道を空けたらどうだい、ハンス? さすがに侯爵様の道を塞いでいるのは無礼打ちされても仕方がないよ?」


「くっ……」


 先陣の騎士が道を空けさせると、紋章付きの馬車が冒険者ギルド前に停車する。


 その中から現れたのは、威風堂々とした虎族の男性、シュベルトマン侯爵だよ。


 その場にいた全員が膝をつき頭を下げる。


 まあ、シュベルトマン侯爵はそういう細かいことはめんどくさがるタイプなんだがね。


「うむ。皆のもの、楽にせよ」


「はっ」


「シュベルトマン侯爵、今日はなぜヴィンドに?」


「そなたは確か……ヴィンドの錬金術師ギルドマスターであったか。ヴィンドの冒険者ギルドで冒険者になった錬金術師たちが、一般品質のポーションを量産していると報せを受けたのでな。その視察だ」


「な……そのようなこと、シュベルトマン侯爵自らが行わなくとも……」


「黙れ! この街のポーション事情を私が知らないと思うてか! 今までは低級品しか冒険者ギルドに渡さず、最近では下級品まで買い取れと言い出しているのは承知しているのだぞ!」


「……いえ、そのようなことは」


「ブーフもここにいたか。ちょうどよかった。お前の家に査察を入れさせているところだ」


「な、なぜです!」


「お前の治めている地域では貧しい街が多いからな。それに対して、お前の家は華美に過ぎる。私に報告している内容が正しいかどうかを確認させているだけだよ」


「わ、私が裏切っているとでも?」


「それを調べるのが今回の査察だ。私を裏切るような真似をしていたら、そのときは覚悟しておけ」


「わ、わかりました……」


 あーあ、オーク男爵も終わりかねぇ。


 さて、ここからはアタシの仕事だね。


「お待ちしておりました、シュベルトマン侯爵」


「うむ。それで、冒険者でありながら一般品質のポーションを量産していると言うのは本当だろうな?」


「はい。実際に作業しているところをご覧になりますか?」


「そうしたいところだが……この服では冒険者にいらぬプレッシャーを与えかねん。着替えて参るので少し待て」


「承知いたしました」


 シュベルトマン侯爵が着替えに馬車に戻ると、ブーフの奴が逃げ出そうとしやがった。


 もっとも、それを許すようなシュベルトマン侯爵の配下じゃないけどね。


 あっさり抑えられて地面に這いつくばっているよ。


「待たせたな。……ブーフはしっかりと見張っておけ」


「はっ!」


 着替えの終わったシュベルトマン侯爵を連れて、冒険者たちの作業場と化した会議室へと向かう。


 向かう途中でも、出来上がったポーションをギルドに売りに行く子や新しく届いた薬草を持ち込む子がいるぐらいだけどね。


「……廊下を歩くだけでもこの賑わいか」


「ええ。ポーション作りをしている子たちにとっちゃ毎日が戦場ですからね。ギルドから卸される薬草は公平に分け合っていますが、完成したポーションは出来高払い。失敗しちゃいけないんですよ」


「承知した。少し確認したら戻るとしよう」


 少し話をしている間に会議室に到着したよ。


 元々、そんなに離れているわけでもないからね。


 私が会議室内に入ると、一瞬だけ視線がこちらの方を向いた。


「ギルドマスター、どうしたんですか?」


「その方は? なんだか覇気がものすごいんですが」


「この人は遠方にあるギルドのマスターだよ。うちのギルドで錬金術師がポーション作りをしていると聞いて視察にこられたんだ」


「うむ。邪魔はしないので少しだけ見学させてもらいたい」


 シュベルトマン侯爵が一言あいさつをしたら、会議室内は元の熱気を取り戻したよ。


 本当に熱気がものすごいね。


「そういうことでしたら。おーい、次、始めるぞ!」


「わかってる! ああ、薬草が足りない!」


「仕方がねぇだろ! 薬草が足りない分、俺たちが質でカバーしなくちゃいけないんだ!」


「わかってますよ。……はい、ポーション出来ました! 瓶詰めします!」


「よっしゃ! こっちもポーション完成だ! ……でも、この忙しさじゃ高品質ポーションの研究なんてしてらんねぇな」


「そもそも蒸留水を作ることがかなわないんだ。今のうちは諦めとけ」


「ああ、くそ。教本には高品質ポーションの作り方まで書いてるのに……もどかしいぜ」


 高品質ポーションと聞いて、シュベルトマン侯爵が反応したね。


 高品質ポーションを量産なんて嘘みたいな話だから仕方がないか。


「……すまない、少しいいか?」


「ああ。今は休んでるところだし構わないですよ」


「言葉も砕けたままで構わない。君たちの使っている教本には高品質ポーションの作り方まで載っているのか?」


「おう、載ってるぜ。ただ、日々のポーション作りで忙しくってなぁ。そっちの研究なんてやってられねぇよ」


「その教本を見せていただくことは可能か?」


「俺のメモ書きとかも追加されちまってるが、それでよければ」


「ああ、構わない。是非見せてくれ」


 そう言って、錬金術師のひとりからシュベルトマン侯爵は教本を受け取った。


 一般品質のポーションを作る、と聞いてかなり厚い本だと考えていたようだがかなり薄いんだよねぇ。


 その薄さにまず驚き、そこに書いてある内容の濃さにまた驚いている様子だよ。


「……参考になった。ちなみに、この教本を使いどれくらいの間で一般品質のポーションを安定させることが出来たのだ?」


「それか。だいたいの連中は講習のあった三日間でものにしたよ。講習期間でなんとかならなかった連中もそれから数日で安定したしな」


「三日!? たった三日しかかからなかったのか!?」


「おうよ。だましてるわけじゃないぞ。信じられないだろうが三日で覚えることが出来た。講師が優れていたのもあるが、人生で一番濃密な時間を過ごさせてもらったぜ」


「……わかった。参考になったよ、ありがとう」


「ああ。教本はギルドマスターも何冊か持ってるはずだが、あの講師なしじゃ三日は難しいだろうな。一カ月か二カ月くらいを目処にやればなんとかなるんじゃねぇかな」


「やはり何事にも優秀な講師は必要か。世話になった」


 そう言って戻ってくるシュベルトマン侯爵は、どこか疲れている様子だね。


 まあ、一般品質のポーションを三日で作れるようになりました、とかどこの夢物語だと言われても仕方がないんだが。


「ここまで見せられては疑いようもないな。一度戻って錬金術師ギルドの連中にも沙汰を下すぞ」


「承知しました」


 さて、錬金術師ギルドの連中はどんな反応を示すかねぇ?

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