271.武具錬成指導 本番編
「スヴェイン様、なにをなさっているのですか?」
弟子たちが魔力回復を行っている間、僕は書き物をしていました。
そこへやってきたのはミライさんです。
だが、しかし……。
「弟子に伝えるための秘伝書作りです。それにしても、ミライさん。名前呼びということはプライベートモードですか?」
「あー、はい。私が書類整理をする合間合間に指輪を眺めているのを職員に見とがめられて……そんなに愛しいんだったら三十分だけでいいから甘えてきて仕事に集中してください、と」
「ミライさん……」
ダメだ、この人、色恋沙汰に弱い……。
普段僕のこと散々言っているくせに、この体たらくとは……。
「……怒ってます?」
「少しばかり」
「ですよねぇ。仕事に厳しいスヴェイン様が、仕事を疎かにしている相手に下す評価ですから……」
「反省しているならよろしい」
「はい。それで、お願いが」
「なんでしょうか?」
「三十分だけでいいのでそばにいさせてください!」
ダメだ、この人、甘えたがり過ぎる……。
「ミライさん、そんな人でしたっけ?」
「……すみません、私、幼い頃から甘えられる相手がいなかったせいなのか加減がわからないんです」
「……なるほど」
僕の場合、なんだかんだ言ってもお母様がいましたからね。
あと三十分は弟子たちも起きてこないでしょうし、甘えさせてあげましょう。
「ソファーに移動します。隣へどうぞ」
「……いいんですか?」
「あなたが頼んで来たことです。あと、この件はアリアに報告します。ひょっとしたら乗り込んでくるかもしれませんが御覚悟を」
「はい!」
僕がソファーに移動すると横にぴったりくっついてくるミライさん。
本当に甘えたがりです。
「はあ、こんなに支えになってくれる人がいるだけで幸せだなんて……」
「僕はまだ子供なんですけどね」
「私はいつもあなたのすぐ後ろを歩いてきたんです。大人たち相手に威風堂々としてきたあなたを子供だなんて今更思えません」
「そうですか」
「はい」
威風堂々、ですか。
僕としては腑抜けどもを一喝してきただけなのですが。
「ミライさん、そんなに僕って怖かったですかね?」
「……」
「ミライさん?」
「すぅ……すぅ……」
寝てしまいましたか。
寄りかかっているだけというのも危ないですし、膝枕でもしてあげましょう。
弟子たちへの秘伝書は……少し遅れてもほかの座学があるので問題ありませんね。
********************
「あー! ミライさんが膝枕されてます!」
「意外です。ミライさんがそこまで無防備だなんて」
「はっ!?」
ミライさん、今の声で目を覚ましたらしくいきなり起き上がりました。
顎をぶつけるだなんて真似はしませんよ?
「ひざ……まくら?」
「あなたが僕に寄りかかり始めてすぐに眠ってしまったものですから」
「あ、あの、今の大声、ほかの階や部屋に……」
「遮音結界を張ってあります。届いてません」
「どうしてすぐに……」
「ミライさん、甘えたいのもあったのでしょうがかなり疲れていたでしょう? 指輪の効果でも回復が追いつかないのであれば相当です。さすがに精神的疲労はどうにもなりませんから」
「あぅぅ」
「あと、三十分どころか一時間経ってます。護衛の方が心配して様子を見に来ましたが、事情を説明して戻っていただきました。早く通常業務に戻ってください」
「はい……」
「あ、あと。その前に顔は洗ってください。よだれのあとが残ってます」
「……私、そんなに無防備でした?」
「シュミットに引き取られた直後のアリア以上に無防備でした」
「……お顔洗ったら大急ぎで通常業務に戻ります」
「はい。よろしくお願いします」
肩を落としとぼとぼと部屋を出て行くミライさん。
さすがに三十分で起こすのは忍びなかったんですよね……。
「ミライさん、そんなに疲れていたんです?」
「先生、負担をかけすぎでは?」
「ミライさんには早めに補佐を見つけてもらいたいところです。……さて、切り替えましょう。あなた方、魔力は回復しましたね?」
「バッチリです!」
「お待たせしました」
「いえ、大丈夫ですよ。場合によっては、今日中に次の作業に移れない可能性も考慮していましたから」
「次の作業……『武具錬成』の本番ですね!」
「楽しみです!」
「では、アトリエへ戻ります。行きましょうか」
「はいです!」
「はい!」
楽しみにしているところ悪いのですが……果たして、今日中に課題がクリアできるかどうか。
アトリエに着くと先ほどと変わらず、武具錬成用の錬金台は稼働し続けています。
それでは授業再開ですね。
「さて、『武具錬成』がどういうものかはふたりも知っていると思います」
「はい。あの光の中から武器を取り出すのです」
「確かしっかりイメージができていないと形が定まらない、ですよね」
「結構。それで、今回作っていただくお題ははこちらです」
僕が取り出したのは何の変哲もない指輪。
それも装飾もなく、ただ一本だけ丸くなっている指輪です。
「先生……」
「さすがにそれくらいなら……」
「そう感じるのなら始めてください? 意外と難しいですよ?」
「一回で成功するのです!」
「うん!」
気勢よく光の中に腕を伸ばし、中からものを取り出すふたり。
ですが……。
「……あれ?」
「え?」
出てきたのは指輪どころか穴の空いていない鈍い色の塊。
僕が渡した銀の輝きすら失われています。
「ね、難しいでしょう?」
「……冒険者の皆さんはすごいのです」
「……一回目から『武器』が出てきたからね」
「普段から命を預けているものということもありますがあなた方の錬金台が初心者向けというのもあります」
「そうなのですか?」
「はい。よほどしっかりとしたイメージが固まっていないと目的のものは出てきません」
「先生、意地悪ですよ?」
「失敗から学ぶことも重要でしょう? さて、失敗した場合は……」
「光の中に戻すのです」
「そうすれば素材の再利用ができるんですよね?」
「はい。僕はギルドマスタールームに戻って『武具錬成』の座学に使う秘伝書を執筆してきます。あなた方は気の済むまで試してみなさい。扉には結界を張っておくので邪魔はされません。終業時間になったら声をかけに来ますね」
「はいです!」
「それまでには必ず!」
「期待しないで待ってますよ」
これの習得……武器ができるようになるまでには僕も半年かかりましたからね。
さすがに弟子たちに抜かれては立つ瀬がないんです。
……ああでも、座学用の書物なんてなかったですから早くなっても仕方がない?
********************
「失礼します。ギルドマスター」
「おや、第二位錬金術師が僕に用事とは珍しい。講義でもしますか?」
「ああ、いえ。『カーバンクル』様方に実演をお願いしたかったのですが、アトリエをノックしても呼びかけても応答がなく……」
「僕が結界を張っているためです。……そういえばあの子たちが閉じこもり始めて三日ですか」
「なにをなさっているのですか? 『カーバンクル』様方がそこまで時間をかけるだなんて」
「僕の秘伝を少しだけ伝え始めることにしました。ですが、あまりそればかりに集中させすぎてもよくないですね。僕の方からあなた方のアトリエへ向かうように指示をしてきます」
「いえいえ! 『カーバンクル』様方のお手を煩わせる訳には……」
「あの子たちも急ぐ必要はないのです。他人に教えることで復習する事もまた大切な勉強。そういうわけで、あの子たちの勉強を引き受けてもらえませんか?」
「そういうことでしたら喜んで」
「では先に下りて待っていてください。すぐに向かわせますので」
「はい」
あの子たちも新しい技術、それも秘伝とあって楽しくて仕方がないのでしょうね。
あまりこればかりに集中させるわけにもいかないですし、ほかの技術も教えていきましょう。
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