272.『魔法研磨』

 武具錬成指導を始めて一週間ほど経った頃、僕は新たな指導を始めることにします。


 それに当たり、前段階の知識も必要となるためそのための講師をシュミットから雇いました。


「今日からあなた方の宝石加工講師を務めさせていただくサンディです。よろしくね?」


「よろしくです。サンディ先生」


「よろしくお願いいたします。サンディ先生」


「はい。よろしくお願いします」


「ありがとうございました、サンディさん。急な呼びかけに応じてもらい」


 本当に急な呼びかけでした。


 シャルにお願いしたのが三日前。


 それなのにもう来ていただけるとは。


「いえいえ、滅相もない! スヴェイン様のお弟子様、その教育担当ができるなんて光栄を逃せるはずがありません!」


 ……このパターン、ひょっとして。


「またお父様が乗り込んでないでしょうね?」


「いえ、そんな事はしていません!」


「殴り合いや取っ組み合いは?」


「私たちはジュエリストです! 手指の大事さは誰もが承知しています! 最初からくじ引きでした!」


 またこのパターンですか。


 シュミットは本当に僕をなんだと……。


「ちなみにサンディさん。あなたを雇おうとすると本来の適正価格は?」


「教えません。シャルロット公太女様からは教えるなと厳命されています。もし教えたら国元へ強制送還だとも」


「はあ、つまり僕が提示した金額ではとてもじゃない程お高いんですね?」


「ノーコメントで」


「……先生。私たちのためにいくら支払ったんです?」


「聞くのが恐いですが弟子として聞かなければいけない気がします」


「……白金貨百五十枚です。それ以上はシャルから受け取りを拒否されました」


「百!?」


「五十!?」


「あなた方に僕が直接指導できないことを考えればです。高いと感じるのでしたら彼女の技を覚え、教えられる技以上のものを盗み出し、僕を満足させてみなさい」


「当然です!」


「期待に応えられなければ弟子じゃありません!」


「……本当に技を盗まれそうで怖い。これでも私、シュミットから来ているジュエリストでは一番なのに」


「今の発言、おおよその金額がばれるんですよ?」


「はっ!? 聞かなかったことにしてください!! これでもくじ引きで当選するだけで至難の業だったんです!!」


「……まあ、弟子たちがあなたの技をならいいとしましょう。その代わり、教材は僕が用意しますからね?」


「……教材、たくさん持ってきたのに」


「だろうと考えていました。ところで宿はどこに?」


「ああ、それは彼女たちの指導が終わってから決めます。見つからなかった場合、数日なら大使館を利用してもいいと許可が出ていますから」


「でしたらサンディ先生、私の家に泊まってください!」


「え、でも……」


「お父様の許可をもらってきます!」


 ニーベちゃんは走ってネイジー商会へと突撃していきました。


 エリナちゃんもついていきましたしこれは本当に許可を取り付けてくるやつです。


 コウさんのことですし娘の教師ひとりが増えたところで気にしないでしょうね。


「スヴェイン様、私、どうしたら……」


「お言葉に甘えなさい。僕とアリアなんて昨年の秋にこの街を訪れて以降、この街にいる間はこのお屋敷以外の宿を取ることを


「私、そこまでご厚意に甘えていいのでしょうか……」


「そう思うなら〝シュミットの流儀〟でふたりに指導を。ついでに僕もあなたの指導を見させてもらいます」


「それ、私の技を盗むって宣言ですよね?」


「弟子とは言え後進に道を譲る気はありません」


「どうしよう。一年契約なのに一年以内に指導が終わりそう……」


「多分、指導が終わっても彼女たちはしばらくあなたを離しませんよ? 少なくとも『神霊の儀式』が終わり、僕が彼女たちに魔物素材など調達方法を教えるため外部に出るまでは」


「……それ、私の技のすべてを盗まれて呆れられてしまうやつです」


「それが嫌ならあなたも自己研鑽を。あなたの教本はすべて僕がシャルに頼み、僕のお金で取り寄せてもらいます。そして、僕もまたあなたの前で研磨をする機会が多いでしょう。。そして、ことです」


「……私、国元に帰る頃には国一番のジュエリストになっているかも」


「むしろ、それくらいを目指しては? くじ引きに挑んだんです。生半可な覚悟ではなかったのでしょう?」


「もちろんです! 『努力の鬼才』に焚きつけられるとやる気が出てきました!」


「それくらいでないと張り合いがない。……弟子ふたりがコウさんを連れて戻ってきました。失礼のないようにごあいさつを」


「はい!」


 コウさんの取り計らいというかお願いにより、サンディさんはお屋敷に住むことになりました。


 ただし、住む以上は居住費を支払うことをサンディさんが断固として譲らずそこはコウさんに折れていただくことに。


 コウさんには『シュミットの方々は本当に義理堅く頑固だ』と漏らされてしまいましたよ。


「さて、早速ですが宝石研磨……もとい、『魔法研磨』の授業を始めたいと思います。ニーベちゃん、エリナちゃん、あなた方のアトリエへ案内してください」


「はいです!」


「はい!」


「サンディさん、あとを頼みます。僕は錬金術師ギルドに行ってギルドマスターの仕事をしてきますので」


「ちょ、スヴェイン様!? 一日目から私ひとりですか!?」


「教材はすでにふたりのアトリエにあるマジックバッグに入れてあります。そこからお使いください」


「ああ……本当に私ひとりで教え始めるんですね……」


「サンディ先生?」


「どうかなさいましたか?」


「いえ、大丈夫ですよ。あらためて、アトリエに案内してください」


「「はい!」」



********************



「ここがあなた方のアトリエ……」


「はい。なにかおかしいですか?」


「元はニーベちゃんひとりのアトリエでしたが……ボクがあとから来たせいで手狭でしょうか?」


「い、いえ。さすがスヴェイン様のお弟子さんだと驚いただけです」


 本当に驚きました。


 錬金術メインのスペースしかありませんが、見学したことがある錬金術師たちのアトリエよりも綺麗で機能的です。


 設計はスヴェイン様でしょうが、本当にうらやましい!


「サンディ先生?」


「本当にどうかなさいましたか?」


「はっ!? い、いえ。それで、スヴェイン様の言っていた教材は?」


「そこのテーブルにあるマジックバッグの中です」


「先生役が来るまでボクたちにも中を見るなと」


「そ、そうですか」


 スヴェイン様、信じていいんですよね?


 めちゃくちゃ高度な石ばかり詰まってるとかじゃないですよね!?


「では、開けましょう」


「はいです!」


「新しい技術……わくわくします!」


 本当にスヴェイン様のお弟子様だ……。


 これから本当に未知の技術を習うと言うのに好奇心しかない。


「それでは、とりあえず中のものをすべて出します」


「「はい!」」


「では、えい! ……え?」


「うわぁ。宝石の原石がいっぱいです!」


「でも、ボクたちでもわかるくらいに難しそうなのもたくさんあるよ。あれ、封筒も入ってる。『先生役へ』ってなってます」


「では、私宛ですね。読ませていただきます」


 なになに、『弟子の担当になった方へ。最初に研磨する宝石はあなたが研磨できるぎりぎりのものを選んで見せてあげてください。そのあと、弟子たちには研磨をさせてください。一度研磨する宝石を選び、研磨を始めたらその宝石の研磨が終わるまでは手も口も出さず、ほかの原石も選ばせないようお願いします』……って!?


 なにが〝シュミットの流儀〟ですか!?


 これじゃ〝シュミットの流儀〟ですよ!?


 とりあえず、最初の指示です。


 スヴェイン様の意向に従いましょう。


「まずは私がお手本を見せますね。ええと、原石は……これにしましょうか」


 私が選んだのはサファイヤの原石。


 これをクラウンカットにしましょうか。


「お手本ですからゆっくりやって見せますね」


「はいです」


「よろしくお願いします」


「では」


 まずは余計な部分を土魔法で剥ぎ取ります。


 そのあとは風魔法で大まかな形を整え、最後に純粋魔力で細かいカット処理を施し作業終了。


 ゆっくり、と言うことで三十分ほどかけましたが……これでも早かったでしょうか?


「すみません。早かったでしょうか?」


「いえ、大丈夫なのです」


「先に質問が。?」


 はい!?


「ええと、ダメです。土魔法で形を整えようとすると宝石内部に影響が出ることがあるのです」


「わかりました」


「はい! 私からも質問です! ?」


 なんで!?


「あ、あの。それもダメです。火魔法を使う場合は『加熱処理』と言って宝石の性質を変えてしまいます。もちろん加熱処理が必要な場合もありますが、最初は普通の研磨を覚えてください」


「わかったのです。では、続けて質問なのです。使?」


「ああと。風魔法だと細かい制御が難しいんです。あと、削ったときにできた塵が宝石を傷つける可能性もあります。私よりも上位のジュエリストならもっと高度な技もできるのですが……」


「ありがとうございます。私からは以上なのです」


「ボクの聞きたいこともニーベちゃんが聞いてくれました。次はどうすればいいでしょう?」


 この子たちなんなの?


 本国でもこれほどの才能を持った子供は……。


「スヴェイン様からの課題です。自分たちで好きな原石を選び研磨するようにと。ただし、研磨を始めたら交換禁止らしいので慎重に……」


「先生なら普通のお題です」


「もっと厳しめのお題だと考えていました」


 うわーん!?


 ふたりはあーでもないこーでもないと宝石の原石に魔力を通して周り、二時間ほどかけてニーベちゃんはラピスラズリをエリナちゃんはソーダライトを選び出しました。


 ……固すぎず柔らかすぎず、実に初心者向けの石です。


 なんなのよ……この子たち。



********************



「失礼します……」


 僕が錬金術師ギルドから戻り、自室に戻るとサンディさんがやってきました。


 それもかなりぐったりした表情で。


「お疲れ様です、サンディさん。あの子たちはご迷惑をかけませんでしたか?」


「いえ。私の実演を見て質問をし、自分の目と手で原石を選んだあと、それぞれの原石を手に悪戦苦闘していました。いい時間になったので作業を終了させましたが……放っておけば一晩中、いえ、明日の朝になっても続けていたかと」


「それはそれは。弟子がご迷惑を」


「いえ、あれほどの知識と熱意を持った生徒は本国にもいません。それで早速で申し訳ないのですが、教本の取り寄せをお願いいたします」


「はい。どの程度の教本でしょう?」


。私も一から学び直さないとあの子たちに指導する自信がなくなりました。たった一日で」


「くじ引きに参加したこと、後悔していません?」


「いまは精神的に参ってますが後悔はしていません。むしろ、自分の甘さを思い知り恥じている次第です」


「では、明日にでもシャルにお願いしてきます」


「よろしくお願いします。それまであの子たちの指導はきっちりといたしますので」


「はい。よろしくお願いします」


「失礼します」


 そうですか、あのふたりはシュミット講師の心すら折りますか。


 ちょっとばかり育ちすぎてますね。

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