137.グッドリッジ王国の現状
「ふぅ。申し訳ありません。突然押しかけた上、湯浴みまでさせていただくとは」
コウさんのお屋敷に着いたあと、事情を説明するとコウさん自らが出迎えてくれてシャルは先に湯浴みをすることとなりました。
浄化の魔法で大分清潔にしていたようですが、汚れが目立っていましたからね。
「いやいや、構わぬ。それで……」
「はい。私はグッドリッジ王国、シュミット辺境伯第三子にして長女、シャルロット = シュミットです」
「スヴェイン先生の妹さんですか?」
「ええ、そうです。それにしても、お兄様が先生ですか。よく弟子を取る気になったものです」
「いろいろとあったんですよ。それよりも、シャル。グッドリッジ王国にいなければいけないはずのあなたがなぜここに?」
「それをお兄様が言いますか? お兄様はシュミット辺境伯領の嫡男なんですわよ? 弟子を取るのが悪いとは言いませんが、シュミット辺境伯領に戻る算段もつけてください」
「シャル。僕はグッドリッジ王国を出奔した身です。今更、シュミット辺境伯家に戻るわけにはいきません。シュミット辺境伯領は弟のディーンが継ぐのが筋でしょう?」
「ディーンお兄様にその気はありません! おととしの星霊の儀式で『剣聖』の職業を賜って以降、辺境伯領の軍隊と訓練に明け暮れております! 本人はシュミット辺境伯領の将軍にしかなる気はありません!」
「はぁ、僕が抜けたのにディーンは相変わらずですか。では、シャルが継ぐしかないのでは?」
「お兄様がいるのにそのような真似はできません! 領民たちにもお兄様とアリアお姉様が出奔した経緯は知れ渡っております。皆、一日も早い帰還を待ちわびています」
「待ちわびています、といわれましても……」
「そうですわね。私としてもグッドリッジ王国に戻るつもりはありません」
「アリアお姉様まで……セティ様も心配……して……いなかったですね」
「師匠はそれほど心配しないでしょう。聖獣たちの力もよくご存じでしょうし」
あの師匠が僕たちのことを心配するなどあまり考えられません。
心配するとしたら、移動先で現地の方々と揉めないかかどうかでしょうね。
「ともかく! お兄様、一度グッドリッジ王国のシュミット辺境伯領までお戻りください! そうしないと我が領がどう動くかを決められません!」
「シュミット辺境伯領がどう動く……グッドリッジ王国で政変でも起きていますか?」
「それは……その……」
「私は商人だが、ここで見聞きしたことはほかに広めないと約束しよう。広めたとしてもここからグッドリッジ王国はあまりにも遠い。誰もこの情報に価値を見いだせないだろう」
「では、失礼して。スヴェインお兄様、アリアお姉様。おふたりがグッドリッジ王国を脱出したあと、王国でどのようなことがあったかご存じですか?」
「いいえ。グッドリッジ王国から脱出したあと三年間は人里に一度も降りていませんでした。そのあとはこの国にしか降りていませんので、グッドリッジ王国の状況を耳にする機会は一切ありません」
「ではお話しいたします。まず、お兄様を襲った首謀者、第二王妃とシェヴァリエ男爵ですが斬首刑となりました。罪状は偽の王命書を作り翠玉騎士団へと命令を出したことです」
「そうですか。翠玉騎士団は結局どうなりましたか?」
「翠玉騎士団は一度解体しております。お兄様の聖獣たちが荒れ狂ったせいで五体満足な方が誰ひとりとしていませんでした。そのため、新たな翡翠騎士団を作り直す予定でした」
「ふむ。過去形なのが気になりますが、続けてください」
「はい。第三王子は病死と発表されていますが実際には毒杯を飲まされての死亡となります。死体はシュミット辺境伯家で確認したあと、火葬しましたので間違いありません」
「なるほど。あの小煩いハエもいなくなったのですね。よかったですわ」
「アリアお姉様も言うようになりましたね。そして最後に、ギゥナ王ですがこの混乱を巻き起こした責任をとり、五年後に王の座を譲ると宣言いたしました」
「五年後ですか。あと二年ほどですね」
「はい。これがお兄様たちが国を脱出した際の顛末です」
「なるほど、よくわかりました」
「なかなか大変な騒ぎになっていたんですね」
「王国最強とうたわれていた翠玉騎士団が一夜にして壊滅ですよ? 国内情勢にも大きな混乱を招きます」
「それは申し訳ないことをしてしまいましたね」
「……お兄様。心にもないことをおっしゃるのはやめてください」
「おや、見抜かれましたか。襲ってきた以上反撃される程度の覚悟はなくてはいけません」
「まあ、過ぎ去ったことはどうでもいいでしょう。問題はこの混乱が思いのほか長期化したことと、ギゥナ王の後任争いが勃発したことです」
「ギゥナ王の後任争い……ですか?」
「確か第一王子が立太子されておられたはずですわ」
「ええ、その通りです。ですが、それに異議を唱えるものが現れました」
「異議、ですか」
「はい。ギゥナ王の王弟です」
「王弟ですか? なにを根拠にそのようなことをなさったのですか?」
「はい、アリアお姉様。『ギゥナ王の教育が悪かったため今回の騒動が起きた、同じ教育を受けた第一王子に次の王たる資格はない』とのお題目です」
頭が痛い……いえ、王弟殿下の頭が悪い、でしょうか。
ギゥナ王の教育が悪かったのでしたら、兄弟である王弟殿下の教育も大差ないと感じるのですが違うと述べたいのですかね。
「とりあえず、グッドリッジ王国の王弟殿下は頭が悪いことがわかりました。それで、なぜ後任争いが勃発したのです?」
「それが王弟を後押しする貴族派閥が出てきたのです。平たく言えば貴族主義に染まった連中ですね」
貴族主義者どもですか。
本当に頭の痛い連中ですね。
余計な事しかしない。
「対する王太子側は王権派が支持しております。それで互いにいがみ合うこと二年と少し、遂に武力衝突まで発展いたしました」
「……本当に頭が悪い連中ですね」
「どちらが先に手を出したんですの?」
「アリアお姉様、どちらが先かはわかりません。ですが、これを皮切りに国内の至る所で王太子派と王弟派による武力衝突が頻発。グッドリッジ王国はかなり衰退しております」
「本当に頭の悪い連中です。国を衰退させてまで貴族同士の争いをするなど、言語道断です」
「そのとおりですわ。なにを考えてらっしゃるのでしょうか」
「私に聞かれても困ります」
「……そういえば、シュミット辺境伯領がどう動くかを決められないと言っていましたね。それはどちらの派閥に協力するか、という意味ですか?」
「そんなくだらない派閥争いにシュミット辺境伯一派が参加する覚えはありません。実際、兵を向けられたことが幾たびかありましたが、すべてディーンお兄様とオルド様が追い返しています」
「オルド? オルドがまだシュミット辺境伯領に残っているのですか?」
「はい。ソーディアン公爵様からもこの争いが終結するまではシュミット辺境伯領の手伝いをするように命じられたそうです。……ああ、オルド様も無事『魔法剣士』に就くことができました」
「それは喜ばしいことです。それにしても、兵を向けてまでシュミット辺境伯領を取り込むつもりですか。なにが望みでしょう?」
「……それはお兄様方がご自分の目で確かめた方が早いです。そして、シュミット辺境伯領がどう動くかというのはですね」
「はい、どういう意味でしょう」
「グッドリッジ王国に残るか、独立国になるかを決めることです」
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