138.シュミット辺境伯領へ

「ふむ、独立国にですか……」


 また、思い切った話が出てきました。


 シュミット辺境伯領一派はそれ自体が国として機能できるだけの領民、食料自給率、産業、商業、冒険者数すべてが揃っています。


 とはいえ、いきなり独立国にというのはいささか暴論なのでは?


「シャル。それはあなたの考えですか? それとも……」


「もちろん、お父様のお考えです。今のシュミット辺境伯領でしたら独立しても何ら問題ありません。デメリットは、グッドリッジ王国から離れることで『貿易』の概念が生まれてしまうことと、国としての形をなすために様々な施策が必要なことです」


「なるほど。グッドリッジ王国に残る場合は?」


「お父様に言わせれば、なんの得もないそうです。あえて言うなら、仲のいい貴族との付き合いが切れないことくらいだ、とおっしゃっていました」


「……それはもう答えが出てしまっているのでは?」


「ですが、お父様ひとりの考えだけでは決めかねます。ここはお兄様にもお戻りいただき、どうするか検討いただかねば」


「うーん、僕が戻る必要、ありますか?」


「私が聞いていたところないように感じます」


「現状のシュミット辺境伯領としては大いに必要があるのです。一時的にでも構いません。お戻りいただけませんか?」


 さて、困りました。


 グッドリッジ王国、それもシュミット辺境伯領への帰還ですか。


 そんな事態、今まで予想だにしていませんでしたよ。


 アリアも困惑しているようですし、本当にどうしたものでしょう。


「うむ。部外者が口を挟むことになるがよろしいか?」


 ここで声をかけてきたのは、今まで黙って話を聞いていたコウさんです。


 なにか考えがあるのでしょうか。


「はい、構いません」


「それでは。まず、最初にスヴェイン殿は一度シュミット辺境伯領に戻るべきだ」


「そうなりますか……」


「それはそうだろう。やむにやまれぬ事情があったとは言え、状況は変わっている。なぜスヴェイン殿の決断が必要なのかは私にもわからない。だが、妹君がこうまで説得しておられるのだ。戻らねばならない理由があるのだろう」


「そうですか……そうですよね。はあ、気が重い」


「私はスヴェイン様についていくだけですが……シャル、なぜ帰らなければならないの?」


「この場では絶対に話せません。実際に見てもらえばすぐにわかります」


 シャルもこの件ではかたくなですね。


 ですが、こうなった以上は帰らざるを得ませんか。


「わかりました。一度帰りましょう。ですが、一度帰るだけです。そのままシュミット辺境伯領に居続けるわけではありませんよ」


「一度戻ってもらえるだけでも助かります。あの方々は私どもでは説得できないので……」


「あの方々?」


「会えばわかります」


 本当にシャルはなにが理由か語りたくはないようです。


 こうなると絶対に言わないでしょうし、無理に聞き出すことは止めましょう。


「それで、お兄様。いつ戻っていただけますか?」


「そうですね。この街を長期間離れるとなると、いろいろと説明したりしなければならない場所がたくさんあります。それに弟子たちに残す課題も考えねばなりません。一週間ほど待っていただけますか?」


「一週間後ですね。わかりました。それでは、私は先に戻ってお父様に……」


「いえ、シャルも一週間この街に留まってください」


「ええと、なぜでしょう?」


「ギルド評議会に説明する際、一緒に来ていただければ助かります。それから僕たちよりあとに着きますよ?」


「お兄様の聖獣が速いのは知っていますが……そこまでですか?」


「はい、そこまでです。ところで、あの馬は必要な馬でしょうか?」


「ああ、いえ。お父様から借り受けた辺境伯家の馬ですが……それがなにか?」


「帰るときの荷物になりますのでどうしたものかと。必要でないのでしたらコウさんにお譲りしたいのですが」


「……そうですね。聖獣に乗って帰るのでしたら、馬は聖獣に捕まれて宙ぶらりんな旅になるでしょう。コウ様、あの馬を引き取っていただけますか?」


「いや、当家としてはあのような駿馬を引き取らせていただくのは大変ありがたい話なのだが……構わないのか?」


「シュミット辺境伯家としては特別優れた馬というわけでもありません。帰ったときにお父様にも事情を説明いたしますので大丈夫です」


「そうか。それではあの馬は大切に預かろう」


「……別に普段使いしてくださっても構いませんよ?」


「……本当にスヴェイン殿の妹君なのだな」


「はい?」


「いや、こちらの話だ。それで、スヴェイン殿。まずはどこから回るつもりだ?」


「そうですね。まずは錬金術師ギルドから。ミライさんにいくらか伝言をすれば、あとは放っておいても半年は機能するでしょう」


「そ、そうか。そのほかには?」


「それが終わったら冒険者ギルドに。またしばらく来られなくなることと、次週のポーション納品数について相談させていただきます」


「うむ。ギルド評議会はそのあとか?」


「はい。開催させていただきますが、いきなり明日明後日に集まっていただくのは申し訳ありません。四日後を目処に開催をしていただきます」


「わかった。私の方からも商業ギルドマスターに錬金術師ギルドマスターからギルド評議会での説明があると話をしておこう」


「助かります。あとは……ナギウルヌさんにも顔を出しておきましょう」


「スラムの元締めか。なにを話す?」


「しばらくこの街から離れることと、ギルド評議会とは仲良くやってもらいたいというお願いですね」


「承知した。娘たちへの課題はその間に考えてもらえるのだろう?」


「もちろんです。一年戻ることができなくても大丈夫な量の課題を残していきます」


「そうですわね。私の方からも同程度の課題を置いていきましょう。好き嫌いせずに励んでくださいね、ふたりとも?」


「わ、わかりましたのです」


「は、はい」


「アリアお姉様。大分怖がられていますよ?」


「うーん、少し厳しく指導しすぎましたかね?」


 あの様子だと『少し』ではなさそうです。


 ですが、それも含めてふたりのためですから頑張ってもらいたいですね。



********************



「ふむ。 = として故郷に戻るか」


「申し訳ありません、皆様。状況が変わっている模様でして」


 予定通り開催されたギルド評議会。


 僕はただひたすらに謝ることしかできませんね。


「いや、それ自体は構わぬ。錬金術師ギルドも機能するように手配済みなのだろう?」


「はい。半年は僕抜きで回るように手配しました」


「半年か……その根拠は?」


「サブマスターのミライさんに預けてある高品質薬草類、それが半年もあれば尽きかけると考えています。ですので半年ですね」


「高品質な薬草か……どうにかならないか、冒険者ギルドマスター」


「無理を言うな、商業ギルドマスター。俺たちだって今の錬金術師ギルドのためならどうにかしてやりてぇが、高品質な薬草なんかになると一年でも十束手に入るかどうかだぞ? こいつの生産能力がおかしいんだよ」


「ふむ。スヴェイン殿。その生産能力について秘密を話していただくことは?」


「僕がスヴェイン = シュミットであることがばれている以上、遅かれ早かれわかることです。僕は薬草を種から育てる知識と技術を持っています。また、その知識と技術は弟子たちにも継承済みです。だからこそ、カーバンクル印は高品質品や最高品質品を大量生産できているのです」


「そうか。そうなると、その弟子たちに頼んで薬草を栽培してもらうことは?」


「お断りします。僕の弟子は十一歳の少女ふたりです。彼女たちでは自分たちが使う分の薬草を育てるだけで手一杯。他人が使う、それも大量生産する分を用意するなど夢物語にすらなりません」


「では、弟子たちが錬金術師ギルドの錬金術師たちを指導するのは?」


「それをこの場で許可するなら、もうすでに実行していますよ? それに、ミライさんへと危険を承知で大量の薬草を預けたりはしません」


「ぬ、ぬぅ……」


「やめとけ、商業ギルドマスター。スヴェイン、半年分用意していないってことは半年後には戻ってくるつもりなんだろう?」


「よほどのことがない限りは一時的にでも戻ってくる予定です。僕と契約している聖獣に力を貸してもらえば、シュミット辺境伯領まで二日かかりません」


「……そんなら毎月でも戻ってきてほしいもんだが、野暮ってものだろうな」


「はい。弟子たちが独り立ちする準備のためにも、そこまで頻繁に戻るつもりはありません」


「承知した。錬金術師ギルドマスター、スヴェインよ。貴殿の申し入れ、確かにギルド評議会で受け付ける」


「本当に申し訳ありません。僕が不在の間に適任者が名乗りを上げてくだされば、その方に錬金術師ギルドマスターの地位を譲っていただいても構いませんので」


「……スヴェインの後釜?」


「現在の錬金術師ギルドマスター以上の適任者?」


「そのような人物が現れるのか?」


「……まあ、その話も一応預かろう。錬金術師ギルドのことは我々も気にかけておく。スヴェイン殿は後顧の憂いなく故郷に戻るといい」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


 こうしてギルド評議会からの承認も得られました。


 あとは、出発前に冒険者ギルドに卸す分のユニコーン印とペガサス印を作り、弟子たちに課題を出して終わりですね。



********************



 そして、帰郷の日の朝、ユニコーン印とペガサス印のポーションを引き渡すときがきました。


「スヴェイン様、各ポーション確かにお預かりいたしました」


「すみません、ミストさん。僕たちがいない間はそれでやりくりしてください」


「おそらく大丈夫だと考えますが、できるだけ早く戻っていただけると当ギルドとしても助かります」


「ええ、わかりました」


「本当です! 先生たち、早く戻ってきてください!」


「そうしてもらえるとボクたちも助かります。課題は山のようにいただきましたが……」


「課題の優先順位はアリアとも話し合いつけてあります。その順序通りにやるのですよ? あなた方の好きにやらせていては、錬金術ばかりやりそうです」


 ふと目をそらす弟子ふたり。


 やはり、優先順位をつけておいて正解でしたか……。


「それでは出発しますか」


「そうですね。しっかりと勉強しておくのですよ、ふたりとも?」


「はい! 先生たちもお気をつけて!」


「また、教えに来てください!」


 こうして僕たちはシャルを伴いコンソールの街をあとにします。


 今回の滞在は長引いたこともありますが、本当に内容が濃かったですね。


「すみません、お兄様。ふたりにもご予定があったはずでしょうに」


「ありましたが、このあとの予定はそれぞれの研究でした。多少後回しにしても問題ないでしょう」


「そうですね。先に厄介ごとを片付けましょう」


「はい。……それで、どこから聖獣に?」


「もうすぐそこにいますよ。ウィング」


「ユニ、姿を見せても大丈夫ですよ」


『待ちくたびれたよ』


『本当に。今回は特に長かったわね』


「いろいろありまして。今回はシャルも一緒に一度ラベンダーハウスに帰還します。そのまま、カイザーに乗り換えてシュミット辺境伯領へと向かいます。あなた方も来ますか?」


『もちろん。四神の皆はあの場所の守護に忙しいから出向かないだろうけど、僕やユニ、あとほかの聖獣たちも一緒に行くと思うよ』


『そうね。たまには皆でお出かけも悪くないかも』


「気軽に言ってくれます。ともかく、ラベンダーハウスに戻りましょう」


 これから向かうのは僕たちの拠点ラベンダーハウス。


 そしてそこからカイザーに乗り換え懐かしのシュミット辺境伯領。


 皆さん元気にしているでしょうか?

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