92.挿話6-錬金術師ギルドへの沙汰とふたりの正体

 外に出て、シュベルトマン侯爵の沙汰を今か今かと待ちわびていた錬金術師ギルドマスターが近寄ってくる。


「おお、シュベルトマン侯爵。この数日間で一般品質のポーションを量産できるなどでまかせでしたでしたでしょう?」


「なにを言っている? 冒険者ギルドでは確かに一般品質のポーションを量産していたぞ? むしろ、薬草が足りないと嘆いていたほどだ」


「な、そんな馬鹿な……」


「くどい! 実際に私の目で確かめてきたのだ、文句は言わせぬ!」


「そんな! それでは私どものギルドが立ちゆかなくなってしまいます」


「今まで低級品や下級品ばかり納めていたことが問題だった。実際、お前たちに薬草を卸しても低級品にしかならぬのなら、無駄なことだからな」


「そんな事はありません! 我らは古来より伝わりし製法でしっかりと……」


「その製法が間違っていると言っているのだ。これ以上この件を蒸し返すのであれば、自力で薬草を集め、高品質以上のポーションを安定して作れることを証明してみせよ」


「ぐっ……それは……」


「それが出来ぬのなら、錬金術師ギルドの看板を下ろすがよい。お前たちに錬金術師ギルドを名乗る資格はもはやない」


「シュベルトマン侯爵といえど、それはあまりにも言葉が過ぎますぞ!」


「冒険者ギルドの冒険者錬金術師にさえ劣るのだ。恥を知っているのであれば、錬金術師ギルドなどとは名乗れまい」


「うぬぅ……」


「この場での沙汰は終いだ。お前たちの処遇について、王都の錬金術師ギルドとも話し合い、追って沙汰を下す。よいな?」


「ははっ」


 ここで領主に逆らうような真似なんてできないものね。


 錬金術師ギルドの連中も引き上げて行ったし、今回はこれで終わりかねぇ。


「ふぅ、さすがに疲れたぞ。マルグリット、茶ぐらいは出せ」


「かしこまりました」


 要するにギルドマスタルームで内緒の話がしたいってことだね。


 ストレートに言えないあたり、めんどくさいものだねぇ。



**********



「さて、マルグリット。今回の件、本当に三日で一般品質のポーションが安定したのか?」


 ギルドマスタールームに入りソファーに座るとすぐその質問を投げかけてくる。


 まだ信じてないんだね。


 いや、私も目の前でやってようやく信じられたほどだけど。


「ああ。嘘みたいな話だが本当さ。もっとも、やり方も半端じゃなかったけどね」


「半端じゃないというと?」


「まずは魔力水をひたすら作らせる。それで魔力切れを起こし始めた連中には、マジックポーションを飲ませて強制的に練習を続けさせる。それを朝から夕暮れ時まで繰り返すのさ」


「私は錬金術のことはよくわからないが、魔力水というのはそんなに大切なものなのか?」


「そんときの講師いわく、ポーションを初めとする下位ポーションすべてに使う基本素材だそうだ。そして、薬草などの品質を上げるのは難しいが、魔力水は錬金で作れるので簡単に品質が上がる。だから、高品質なポーションなんかを作るのには必須素材、だそうだよ」


「ふうむ。そう説明されるとその通りだな。採取してきた薬草の品質はまばらになってしまう。だが、錬金アイテムの方ならば均一にかつ高品質に出来る。それならば、基礎素材として鍛えるのは理にかなうな」


「そういうことさ。ちなみに、三日間いたのは二十人ほどで、残りは二日目からの参加者だからね」


「な……それでは実質二日で一般品質のポーションを教え込んだということに……」


「そこんところが化け物なんだよなぁ、あのふたりは」


 ここで軽口を叩きながらこの部屋に入ってくる人物がひとりいたよ。


 まあ、タイガなんだけどね。


「タイガ、その講師はふたりだったのか?」


「ああ。と言っても教えていたのは実質ひとりだ。もうひとりはサポート役だぜ」


「そうか……それほどの人材がこの領地にいたのか」


「領地にいたっていうのはあまり正しくないぜ、


 タイガの奴は現シュベルトマン侯爵の実弟なんだよね。


 普段はこのギルドで緊急事態に備えた待機要員をしているが、情報収集も兼ねているのさ。


 ただ、あのふたりの素性を明かすのはいろいろと問題が……。


「領地にいたというのが正しくないというのはどういう意味だ?」


「あのふたりは旅の錬金術師と魔術師ということで活動している。実際、冒険者登録もDランクだが特殊採取者認定。普通の錬金術師じゃ難しいディスヴェノムなんかも最高品質でホイホイ作ってきちまう化け物だ」


「旅の錬金術師……ほかの領地から流れてきたのか?」


「いんや、ほかの領地どころかおそらくほかの国だ。話しても構わないよな、マルグリットさん?」


「ここまで話してしまえば、話さないわけにもいかないだろう?」


「じゃあ遠慮なく。まず錬金術師の方、名前はスヴェイン。おそらくはグッドリッジ王国から離脱したっていう、スヴェイン = シュミット辺境伯子息だ」


「な……あの、『大賢者』セティ様の教えを受けた『隠者』スヴェインか?」


「そうなると連れの魔術師の正体も見えてくる。名前はアリア。同じくグッドリッジ王国から離脱した、アリア = アーロニー伯爵令嬢だな」


「同じくセティ様から教えを受けている『エレメンタルマスター』アリアか……そんな大物がなぜこの国に?」


「さあな? 素性を隠すなら派手な真似はしないだろうが、今回は大々的に自分の技術を広めたんだ。なにがやりたいのかさっぱりわからん」


「マルグリット、お前の意見は?」


「アタシもよくわからないというのが実感だね。この街の歌姫を癒やすための霊薬を作ったかと思えば、今回のポーション講義。さらには薬草をしまっておくためのマジックバッグを作って置いていく始末だ。なにがやりたいのか、本当に読めないよ」


「うむ……少なくとも、この国に悪影響を与えるようなことではないようだが。一度会って確かめなければ」


「会うっていっても簡単じゃないぜ? 今どこにいるかとかまったくわからねぇからな」


「今回の依頼だって、たまたまギルドに顔を出してくれたからこそお願いできた話だからねぇ」


「……居場所を知っていそうな人物は?」


「おそらくある程度知っていそうなのは師匠だよ」


「マルグリットの師匠……エルドゥアンか」


「俺、あの爺さん苦手なんだよなぁ」


「私もだ。すんなり話してもらえるとも思えん」


「……そういえば、弟子の様子を見るためにコンソールに行くとは言ってたね」


「弟子か。それが誰かは聞いているか?」


「確かひとりはエルドゥアン師匠の孫娘エリナちゃんだ。ただ、エリナちゃんがコンソールのどこで修行をしているかまでは聞いてないよ」


「……やはり、エルドゥアンに聞くべきか」


「頑張れ、兄貴」


「お前は付いてこないのか!?」


「俺、関係ないもん」


「アタシは説明で付いていかなくちゃだねぇ……」


「そうと決まれば善は急げだ。すぐにエルドゥアンの宿屋に向かうぞ」


 こうして師匠の宿屋に押しかけることになったのだが……やっぱり師匠は老獪に言葉を濁すね。


 アタシらはふたりがコンソールに行ったことまで知っていることを聞き出すとそれは認めたよ。


 だが、その先はちっとも教えてもらえない。


 結局、教えてもらえたのは、スヴェインもアリアも人を立場ではなく人物として見ることらしい。


 つまり、貴族として高圧的な態度で接しようとすれば、話はうまくいかないってことだね。


 下手に出ることはせず、対等な立場で、自分たちの目的をはっきり伝えれば誠実な対応を取ってもらえるらしい。


 そこまでの話を聞くと、シュベルトマン侯爵は少数の供を連れてコンソールに向かったよ。


 コンソールは独立都市であり、侯爵といえど権力が通じないからね。


 残った部隊は、私から何冊か例の錬金術教本を受け取ってシュベルトマン侯爵の領都に戻っていくらしい。


 そこで、新人錬金術師に教えてどの程度の効果が出るかを確認するそうだ。


 まあ、頑張って欲しいところだね。


 そして、シュベルトマン侯爵もスヴェインたちに会えるといいんだけど……こればっかりは運だよねぇ。

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