206.拠点への帰還

「それではミライさん。確かに薬草類は預けましたよ」


「はい。、確かに預かりました」


 シュベルトマン侯爵が領都へとお戻りになり、僕たちも急ピッチで帰り支度を始めています。


 ギルド評議会にあいさつは済ませましたので僕個人としての作業のみを残すのみなのですが……これがまた多いこと。


「ですが、今回の帰還は一カ月から一カ月半なんですよね? 半年分も薬草が必要なんですか?」


「一般錬金術師たちや見習いたちのペースを見て、三カ月分程度で安心できますか?」


「……出過ぎた口をききました」


「わかってもらえれば結構。見習いたちにも週一日程度は強制的に休みを取らせないといけませんかね」


「ああ、それでしたら私がすでにギルド命令として出してあります」


「なら結構。厳選したとは言え、やり過ぎですよね」


「見習いたちでも一月目のお給金、とんでもない額になりますよ?」


「歩合給なので仕方がありません。それで、僕は閉め出されているので進捗がわからないのですが、どの程度まで進んでいますか?」


「ギルドマスターを閉め出すんですから一般錬金術師も大概ですよね。もうすでに全員が高品質ポーションの作製に入っています。成功率はまだ低いようですが」


「まあ、仕方がないでしょう。僕が直接コツを教えているわけではありませんし」


「なので、一般錬金術師にもさらに熱が加わっています。どうすればギルドマスター並みの講義ができるのか、って」


「そんなこと気にせず昔みたいなとろとろとしたペースでなければじっくり教えてくれて構わないのに」


「今の一般錬金術師はギルドマスターの背中を直接見てしまいましたからね。そうも言ってられないのでしょう」


「そうなると、今後も新人研修には何日間か僕が直接指導したいところですね」


「『カーバンクル』様方をきちんと説得してください」


「……あの子たち、最近は師匠への反抗期が始まっているんですよ」



********************



「ふむ、ティショウから話は聞いていましたが拠点に帰られますか」


「はい、ミストさんにはご迷惑をおかけいたします」


「いえ。ユニコーンとペガサスは大量に在庫があるので気にしておりません。問題は……」


「『カーバンクル』が自重しなくなってきたこと、ですか?」


「はい。ポーションの高品質と最高品質、特級品もきちんと一定数卸してくれます。ですが、最近はミドルポーションが多くって……」


「師匠として言い聞かせますが、本人たちも新しい錬金台が嬉しいのと自分たちの腕前が上がっているのを実感できるのとで歯止めが効いていません」


「ミドルポーションの相場が安定してきたのは助かります。……助かりますが、やはり高値。特級品ポーションより高額でもミドルポーションの方を欲しがる方が多いですわ」


ミドルポーションも含まれますからね」


「はい。それらを求めてほかの街からも冒険者があふれ混んでくる始末、なんとかいまの状況を保っていますが……」


「ふうむ。困りました。弟子たちも魔法の訓練が本格化しているいま、ポーション生産能力には限界があります。ポーションを限界まで作れば、深刻な魔力枯渇で魔法の訓練ができず、適切な生産数ではポーション不足。いやはや、あちらを立てればこちらが立たず。ここまでの状況になるとは」


「マジックポーションなどで魔力回復をして増産はお願いできませんか?」


「弟子たちの最大魔力がまだまだ足りません。やはり十一歳まで魔力訓練をしてこなかった分が響いています」


「そうですの……本当に、あちらを立てればこちらが立たず、ですわね」


「この件についてはアリアとも相談いたしますが……今回の帰還の間は無理でしょう。彼女としても魔法訓練を急がせたいでしょうから」


「そこまで魔法訓練を急がせたい理由はなんですの?」


「『サンクチュアリ』の習得です。これを常時展開できるようになれば、大抵の危害から身を守れるようになります。聖獣も守りについていますが……守りについているのは普段穏やかとは言えやはり聖獣。主の危機となれば非常に獰猛で残虐になります」


「それは困りますね」


「はい、とても困ります。なので、聖獣よりも魔力効率の良い『サンクチュアリ』なのです」


「大変良くわかりました。冒険者たちにはよく言い聞かせます」


「言い聞かせる程度で納得しますか?」


「ダメでしたら〝冒険者の流儀〟ですわ」


「なるほど。それでは、お任せいたします」


「任されましたわ。それでは、また」



**********



「はあ、お兄様。拠点にお戻りですか」


「すみません、シャル。やはり僕もいい加減研究を進めたいのです」


「ちなみに研究とは?」


「今の課題はハイポーションの最高品質化とミドルポーションの特級品化ですね。どちらもまぐれ当たりはできますが、安定にはほど遠い」


「……まずは錬金台の見直しをしてくださいね」


「当然です。今の錬金台は上位竜素材がメインですが、次は聖獣たちから分けてもらった素材をメインに作ります。何回かは失敗するでしょうが、今の腕前なら作れるはずですから」


「まったくもって安心できる要素がありません」


「あはは。実験時にはアリアも常にそばにいてもらいます。危険になったら彼女が助けてくれますのでご安心を」


「……更に心配です」


「そうですか? ところで師匠は?」


「今日も公園にメンを連れて遊びに行っています。最近はほかの聖獣たちも顔を出すようになって大騒ぎですよ」


「なるほど。この街も聖獣たちに染まりつつありますね」


「良いことなのか、悪いことなのか……」


「ここに暮らす人々が善良であるならば良いことですよ」


「だといいのですが」


「それで、シャルはいつまでこの街に?」


「あと一年以上は滞在することになると考えています。シュベルトマン侯爵の領地との玄関口もここから行いますし、もしほかの領地から呼ばれてもニクスなら一時間かかりませんから」


「ほかの国々との親善は大丈夫なんですか?」


「お父様にお任せしていますが、まともに話を聞いてもらえないそうです」


「……でしょうね。当然です」


「私もそう感じています」


「シュベルトマン侯爵との本格的な交渉はお父様がこの国で門前払いされてからですか?」


「はい。それも遠くないうちに」


「では、その準備を忘れずに」


「もちろん。


「その意気です」


「お兄様ほどの大嵐は起こしたくないものですがね」


「その責任はシュベルトマン侯爵に引き受けていただきましょう」



********************



「えー!? 先生方、もう帰っちゃうんですか!」


「ニーベちゃん抑えて。夏の間はずっといてくれたんだし、我慢しようよ」


「うぅ……」


「申し訳ありません。そろそろ帰らねば僕たちの研究が進みません」


「それに私たちの拠点にいる聖獣や精霊たちがこぞってこの街へと来てしまいますわ。いまでも空の聖獣たちは頻繁に様子をうかがいに来ていますし」


「それならば仕方があるまい。ニーベとエリナも堪えるのだ」


「うー」


「ボクは平気です。そんなに長くは開けなんですよね?」


「はい。一カ月後か一カ月半後には戻ってくるつもりです」


「ふたりには半年分の宿題を出しておきましたが……どこまで進めるか心配ですもの」


「じゃあ、半年分の宿題を全部終わらせて待っています!」


「そうだね。そうしようか」


「……そうなると、本格的に教えることが少なくなってくるのですが」


「スヴェイン先生の課題はどこまでですの?」


「ミドルポーションの高品質安定とミドルマジックポーションの作製です。アリア先生は?」


「『サンクチュアリ』を使えるようになるところまでです。そこまで進めば聖属性魔法はクリアですわ」


「そうですか。僕の方もミドルマジックポーションの高品質化がある程度安定すれば錬金術レベルの課題はクリアとなります。【鑑定】はふたりとも【神眼】になっていますし、【付与術】も【付与魔術】に変わっています。あとは、属性魔法の課題をクリアできれば『魔導錬金術師』に手が届くんですよね……」


「そこまで予定が進んでいたのか……」


「はい。あとは時空属性の取得でつまずかなければクリアなのですが、こちらもワイズに調べてもらった限りでは才能あり。一カ月もあれば覚えられるでしょう」


「そうなのですか?」


「ボクたち、もっとつらいものだと考えていました」


「あなたたちが早すぎるのですよ。ですが、困りましたね。そうなってくると、どこまで鍛えるべきなのか」


「はい! ハイポーションが作りたいのです!」


「こら、ニーベちゃん!」


「先生みたいに最高品質や高品質は目指しません! 普通のハイポーションでいいのです! ダメですか!?」


「ふうむ。考えておきましょう。ただし、すべての課題が完了してからです」


「やりました!」


「本当にいいんですか、先生?」


「はい。すべての課題が完了すれば自衛もできるでしょう。ハイポーション素材は霊薬草と聖霊水以外に秘境へ採取に行かなくてはならない素材が……いえ、聖獣の森が完成していれば分けてもらえますかね?」


「どちらにしても魔法をすべて覚えるには半年以上、来年の夏くらいまではかかりますわ。それまでにふたりは可能な限り魔力をあげること。そうすれば空を飛べる聖獣と契約することも可能でしょう」


「わ、わ! また【聖獣契約】です!?」


「そんな恐れ多い!」


「遅かれ速かれ、この街に聖獣たちが棲み着く……いえ、シュミットに大量の聖獣がいる時点でいずれはあなたたちを連れて行く予定でした。そこで移動に飛行系聖獣と契約を結んでもらう予定でしたからね」


「必要、ですか?」


「なぜ必要なんでしょう?」


「いずれは僕の研究の一部、霊薬や神薬の作り方を伝授する予定です。実力が十分と判断すれば僕の拠点を使わせることも視野に入れます。そうすれば、様々な研究がはかどりますよ?」


「それって、お姉ちゃんを治した……」


「『マーメイドの歌声』だって作れるようになります。あれは設備が面倒なだけで霊薬としては初歩的な分類。このペースで学んでいければ二十歳前には僕の拠点へ出入りを認めてあげられるでしょう」


「やりましたね、エリナちゃん」


「うん……ボク、とっても嬉しい」


「と言うわけで、僕たちのいない間は最大魔力の増幅にも務めてください。あなた方ならもう少し頑張れば紹介できる聖獣もいるでしょう」


「はい! 頑張ります!」


「はい!」


「よろしい。コウさん、ふたりが無茶をしないようにだけ注意を払ってあげてください」


「わかっているとも」



********************



「……ユニは本当に残るんですか?」


『ええ。あなたたちがいない間、『カーバンクル』の保護者兼移動する足がいないと不安でしょう?』


「まあ、その通りなのですが……」


『私のことなら気にしなくていいわ。早く行きなさい』


「ですね。それでは、皆さん、またいずれ」


「失礼いたします」


「またですよ! 先生方!」


「今度は早く帰ってきてください!」


 さて、帰り支度はすべて整いました。


 帰ったらまずは、錬金台の見直しからですね。


 弟子の教育も楽しいですが、いい加減停滞している自分の研究を進めねば!

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