262.反省と実演

「ごめんなさいです! 先生!!」


「申し訳ありませんでした!!」


 弟子ふたりの大冒険があった日の翌朝、彼女たちが起きてきたのは朝食間際でした。


 そして、食堂に駆け込んでくるなり大声での謝罪、ついでに涙声です。


 昨日のいきさつを聞いている皆さんもさすがに驚いた様子ですね。


「はあ。頭を上げなさい、ふたりとも」


「先生?」


「怒ってませんか?」


「僕に対してしたことなら特には。あなたたちが反発することなど想定済みでしたから」


「でも……」


「先生がダメだというのに言うことを聞かず飛び出して……」


「その程度は弟子の我が儘と考え気にしませんよ。僕が気にしたことがあるとすれば、あなた方が無理難題を言って回った相手に対してです」


「うぅ……」


「それは……」


「今回の件で反省すべき点はふたつ。ひとつ目は周りに迷惑をかけたこと。もうひとつは……」


「もうひとつは?」


「なんですか、先生?」


「魔物素材だと聞いたのにどんな魔物なのかを聞きも調べもしなかったことです」


「あぅ……」


「はぃ……」


「今回はでしたから依頼を受け付けてもくれませんでしたし、誰もお願いを聞いてくれませんでした。ですが、だった場合はどうなっていたと思います?」


「それは……」


「ええと……」


「依頼が受理されてしまい、本来必要がないはずの被害が生まれていたでしょう。そうなったとき、あなた方はどう責任を取るつもりだったのですか?」


「ごめんなさい。無理です」


「考えてもいませんでした」


「あなた方はいままで僕からすべての素材を受け取ってきました。ですが、本来であれば薬草の葉一枚入手するためにも野山におもむき、時にはモンスターを相手にすることだってあります。高品質、希少な薬草類になればなるほど高いのは数が少ないのもありますが、こともあるためです」


「……」


「……」


「あなた方にはそれを知る手がかりも与えてあったはずですよ?」


「あ、薬草学集!」


「それに植物学に魔物学!!」


「正解です。すべてを与えてきたのは僕の責任です。ですが、あなた方はあまりにも。それでは、自分で採取活動を始めると足をすくわれて死んでしまいますよ?」


「……はい」


「……勉強し直します」


「よろしい。コウさんたちも待たせてしまっていますし、まずは朝食です。そのあとは……」


「昨日我が儘を言って迷惑をかけた方々に謝ってくるのです……」


「すみませんが、錬金術師ギルドに行くのはそのあとでいいですか?」


「構いませんよ。あなた方の気が済んだなら錬金術師ギルドに来なさい」


「「はい!」」


 ……慣れないお説教は苦手です。


 でも、ふたりのためですからきちんと指導せねば。


「さて、スヴェイン殿の説教も終わったことだ。ニーベ、エリナ。席に着きなさい」


「「はい」」


 コウさんに促されて席に着くニーベちゃんとエリナちゃん。


 これで食事の時間です。


 ですがふたりはマナーを守る範囲ぎりぎりで食べ終えるとすぐに席を立ち、食堂をあとにしてしまいました。


 困ったものですね。


「ふむ。昨夜、ふたりが聖獣様に担ぎ込まれたときはどうなることかと心配したが」


「あの様子だと大丈夫のようですわね」


「ご心配をおかけしました。コウさん、ハヅキさん、マオさん」


「気にすることはない。あの子たちもまだ十二歳なのだ。失敗から学ぶことも多いはず」


「そうですね。私があの子たちの頃は……思い出したくないですわ」


「私もです、お母様。あの子たちはあんなに早く成長してしまって……」


「まったくだな。それにしても、なかなか堂に入った説教だったぞ、スヴェイン殿」


「お恥ずかしい。まだまだお説教ができるほどえらくはないのですが……」


「ですが、それもまた師匠の役目ですよ? スヴェイン先生」


「……そういうアリア先生こそ、昨日もう少し強く引き留めてもよかったのでは?」


「あら、錬金術の指導は私の授業範囲外ですから」


「……白々しい」


 アリアにはかないませんね、まったく。


 いつもより賑やかだった朝食を終え、錬金術師ギルドへと出勤、お昼過ぎまで雑務をこなしていると弟子たちがようやく帰ってきました。


「ただいま戻ったのです!」


「皆さんのお許しをいただいてきました!」


 ふたりの元気も戻ったようで結構ですね。


「さて、ふたりはなにをして……」


!」


! 作業だけでいいので見せてください!!」


 やれやれ、要求は結局変わりませんか。


 ですが、焦りはなくなったようですし……見せるとしますか。


「わかりました。今のあなたたちなら大丈夫でしょう。ギルドマスター用のアトリエに……」


「やりました! !」


!」


 あー?


 ええと……?


 あの子たちはなにを?


 十分ほど経ったあと、ギルドマスター用のアトリエには第二位錬金術師以上の錬金術師が勢揃いしていました。


 あと、騒ぎを聞きつけたミライさんも。


「ギルドマスター? 一体なんの騒ぎですか?」


「さあ? 弟子たちが皆を集めたんですよね……」


「『カーバンクル』様方が? ニーベ様、エリナ様、本当ですか?」


「はいです!」


「せっかく先生に最高品質ミドルポーションの実演をしてもらうんです! ほかの錬金術師の皆さんにも見ていただかないと!」


 ニーベちゃんとエリナちゃんの言葉に騒然とし始める錬金術師一同。


 ああ、皆さんも内容までは聞かされていなかったのですね。


「えーっと、ギルドマスター。『カーバンクル』のおふたりが言っている内容は本当ですか?」


「ええ、まあ。元々の予定はふたりだけだったのですが……まあ、いいでしょう。基本素材と、ある魔物素材の説明しかしませんよ?」


「ああ、いや。それでも俺らは十分に嬉しいんですが……」


 了承も得られましたし始めましょうか。


「まず基本素材。さすがに理解していただけると思いますが、上薬草と霊力水の最高品質を使います」


「はい。さすがにそこまでは想像がついてます」


「では、追加する魔物素材はこれです」


 僕が取り出したバイコーンの生き血。


 魔力操作をマスターしている皆さんなら否応なしに理解できてしまうほど濃密な魔力がただよっています。


「ギ、ギルドマスター。その、魔物素材は?」


「はい。ある魔物の生き血です。さすがに生き血なのは見ればわかると考えていますが」


「は、はい。ですが、その恐ろしいまでの魔力は?」


「なんの魔物の生き血かは秘密です。冒険者ギルドのギルドマスターとサブマスターにはニーベとエリナ経由で伝わっています。それ故に絶対に採取依頼を受けてもらえない相手、とだけ認識してください」


「わ、わかりました」


 うーん、ついてこられていますかね?


「ええと、素材は以上です。ほかに使うのは錬金触媒のみ。触媒の内容は公開しません」


「つ、続けてください」


「では作製してしまいますね。……はい、できました。最高品質ミドルポーションです」


「「「!!」」」


 うん?


 なんでしょうか、この緊張感は?


「……ギルドマスター。一般錬金術師の連中も呼んでくるのでもう一回だけ実演していただいてもいいですか?」


「この程度でいいのでしたら」


「おい! 急いで残りの錬金術師を連れて来い!!」


「いま作業中だったとしても全部中断させろ!!」


「ああ、なんで今日休みの連中がいるんだよ!?」


「ん? 最高品質ミドルポーションの実演でしたら明日以降でも行いますよ? 素材集めはアリアと一緒ならウィングとユニを使って三日ほど、カイザーを使えば日帰りでできますし」


「本当ですね!?」


「よし!! 今日中に連絡を回して明日は全員集合だ!!」


「絶対に休ませるなよ!! いいな!!」


「ん?」


「ダメだ、このギルドマスター。自分のやっていることを理解していない……」


「やっぱり先生の実演はためになるのです!」


「自力作製にこだわらなくていいなら、ほかの皆にも見せてあげないとね!」


 はてな?


 講義ではなく実演、それも最上位錬金台が必要ない内容なら時間さえあればいつでも行ったのですが……。


 早くにやるべきだったのでしょうか?

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