261.ニーベとエリナの冒険 後編

「す、すまん。もう一度聞かせてもらえるか?」


「え、ええ。聞き間違いだといけませんものね」


「はい。『』なのです」


「冒険者ギルドでお願いできませんか?」


 私たちの言葉を聞いたティショウさんは手を顔に当てて天井を見上げ、ミストさんは顔を青ざめました。


 なにかまずいことでもあったのでしょうか?


「確認する。スヴェインのやつが言ったことで間違いないんだよな?」


「はいです」


「冗談などではなく?」


「はい。真面目な顔でした」


 私たちの言葉を確認すると、ふたりは顔を見合わせて首を横に振りました。


 どうかしたのでしょうか?


「参ったな……そりゃ伝説にもなる」


「ええ。作り方が残っていないのも納得できるというものです」


「え、え?」


「ボクたち、なにかまずいことでも?」


「何から何までまずいわ、このちびっ子ども!」


「「ひっ」」


 ティショウさんがいきなり怒り出したのです!


 なにがあったのですか!?


「ティショウ様、おふたりの様子からしても知らないと考えます。順を追って説明しないと」


「あ、ああ。悪い、いきなり怒鳴っちまって」


「い、いえ」


「だ、大丈夫、です」


 さすがに怖かったのです……。


 さすがは冒険者ギルドマスター……。


「まずだな。バイコーンってモンスターの特徴だが基本的に群れをなす馬形モンスターだ。ここまではいいか?」


「はいです」


「わかりました」


「性質は悪辣で残虐。襲う獲物に幻覚を見せて行動を封じ、獲物を生きたまま食い荒らす。ついてこられているな?」


「ちょっと怖いのです」


「恐ろしい魔物だということは」


「で、ここからが問題だ。こいつはAだ」


「え?」


「は?」


「二匹から五匹になると特別級、それ以上の群れになると災害指定だ」


「え、え?」


「特別級? 災害指定?」


「特別級と災害指定の説明は必要か?」


「お願いします」


「ボクからもお願いします」


「わかった。特別級ってのは。災害指定はだ」


「うそ?」


「ほんとうですか?」


「上客で凄腕の錬金術師のお前らに嘘なんて言わねえ。ちなみに。災害指定のモンスターが通り抜けるだけで小国は滅び、大国も滅びるか壊滅的な被害が出るからな」


「じゃ、じゃあ、先生の従えている最上位竜は?」


「あと、聖獣たちは……」


「聖獣はクラスによるがペガサスでも特別級から災害指定。スヴェインが契約している最上位竜以上の竜なんぞ呼び方すらわからん。気まぐれひとつで国が滅ぶ」


「あ……」


「え……」


「……とまあ、ここまでがモンスターのクラス分け。こっから先がだ」


 素材集めの問題!?


 まだなにかあるのですか!?


「モンスターの素材でもいろいろな素材があるのはわかるよな? 倒せばアイテムになるんだから」


「はいです」


「生き血もそのひとつじゃ……」


「……災害指定を倒せる人間なんて滅多にいないが無視しよう。生き血っていうのはな、言葉通りの意味なんだわ」


「え?」


「それって?」


「つまり、


「……」


「……」


「もうひとつオマケの情報だ。モンスターの生き血を集めるには特殊な魔導具と保存瓶が必要になる。バイコーンほどのモンスターになるとどんな魔導具でどんな保存瓶を用意すればいいのか、想像もできやしねぇ」


「……」


「……」


「そして、バイコーンなんてモンスターが生息している場所。そんなの普通の人間は知らねぇ。迷い込んだが最後、餌にされるからな」


「……」


「……」


「以上が冒険者ギルドから提供できる情報のすべて。そして、依頼を受けられない理由だ。わかったか、ちびっ子ども」


「『カーバンクル』様の依頼、お応えしたいのはやまやまですがどうすればいいのかも見当がつきませんわ」


 甘かったのです……。


 魔物素材、モンスターのアイテムなら全部冒険者ギルドで揃うと思っていたのに……。


「で、スヴェインのことだ。断るだけじゃなかっただろう?」


「私たちが『神霊の儀式』をすませたら集め方を教えてくれるって言ってました……」


「それなのに、ボクたちは冒険者ギルドなら大丈夫だと考えて……」


「『しんれいのぎしき』とやらがなにかは知らん。だが、スヴェインが『待て』というなら待て。お前たちはいくら腕が立つと言っても十二歳の子供。スヴェインも意地悪で待たせるわけでもないだろう」


「そうですわ。あなた方がいくら強くとも勝てないものには勝てません。いまは待つべき時です」


「うぅ……でも……」


「早く作れるようになって先生に近づきたいんです……」


「はぁ、しゃあねぇか。シュミットから来ている冒険者講師どもに聞いてみろ。スヴェインが禁止している以上、望み薄だがあいつらなら採取できるかもしれねぇ」


 そうです!


 先生の故郷から来ている人たちなら!!


「ありがとうございます、ティショウさん!」


「ありがとうございました!!」



********************



「よかったんですの? 望みを持たせるような事を言って。断られますよね」


「仕方がねえだろ。あいつら、まだ止まる気がねえんだから」


「まあ、そうですが……」


「大人の都合、大人の我が儘で普段、いや、もう一年近く世話になっちまってるんだ。あのくらいの我が儘、聞きとどけてやんないと」


「そうですわね。それでは、次のお客様を待ちませんと」


「ああ、アイツなら来るだろうな。本当に義理堅い」


「いい師匠に恵まれて、本当に幸せですわ。あのふたり」



********************



「すまない。その依頼には応えられない」


「ごめんね? 私たちならバイコーンも倒せるんだけど……」


「悪いが生き血を採取するための道具がない」


「本当に悪い。ほかをあたってみてくれ」



********************



「え!? 最高品質ミドルポーションの素材ってバイコーンの生き血だったの!?」


「ああ、スヴェイン様!! なに弟子相手にそんな事漏らしてるんですか!?」


「俺たちだって知らなかったぞ!!」


「教えるわけないだろ!! シュミットでも貴重品だぞ!! 特務技能がないと採取できない代物だぞ!?」


「というか、シュミットにバイコーンなんて超がつくレベルの危険生物いたの?」


「特務技能の連中なら知ってるんじゃねぇ? 依頼すれば採ってきてくれるんだから。あとはシュミット家か」



********************



「申し訳ありません。お兄様が教えられないと判断した以上、教えるわけにはいきません」


「そうですわね。スヴェイン様がまだ早いと判断されている以上、まだ早いのですよ。私の目から見ても早すぎます」


「アリアお姉様から見てもですか?」


「当然です。本来ならあと二年後くらいに今のレベルまで鍛え上げるつもりでしたのに……」



********************



 ダメです。


 全滅です。


 シュミットの冒険者さんも錬金術師さんもシャルさんにアリア先生まで。


 私とエリナちゃんはとぼとぼと錬金術師ギルドまで戻ってきました。


 先生と顔をあわせにくいです……。


「……あら。ギルドマスターが予想していたより少し早いお戻りですね」


「ミライさん……」


「先生は……?」


「ギルドマスターならお出かけ中ですよ?」


 お出かけ中?


 先生もなにか用事があったのでしょうか?


「先生はどこに行ったのですか?」


「そうだね。早く謝って許してもらわないと……」


 そこまで話すとミライさんは溜息をひとつつき、教えてくれました。


。それから、ギルドマスターは怒っていませんでしたよ? むしろ心配していました。ああ、あとは自分も師匠に迷惑をかけていたのか思い返してもいましたっけ」


 そこまで聞いたら涙があふれ出してきました。


「う、うわぁぁぁぁん!!」


「うぇぇぇぇぇん!!」


「あらあら。たまには十二歳の子供らしいところもあるのですね。無理をしないで成長してくださいな」



********************



「ただいま戻りました、ミライさん」


「お帰りなさい、ギルドマスター」


「あの子たちは? ルビーとクリスタルが外で待っているということは、まだ錬金術師ギルドにいると思うのですが」


。アトリエのベッドに寝かせてあります」


「そうですか。ご迷惑をおかけしました」


「普段ギルドに貢献していただいていることに比べれば。それに、たまには十二歳の子供らしいところがあってもいいでしょう」


「そうですね。では、ルビーとクリスタルを連れてきます。あの二匹ならふたりを起こさずに屋敷のベッドまで運んでくれるでしょう」


「はい。……ところで、あの子たちはどこまで行っていたんですか?」


「商業ギルドに行ったあと、ティショウさんに説教をされてエリシャさんたち冒険者講師のところへ。そのあとは、ウエルナさんたち錬金術講師と話をしてからシュミット大使館でシャルとアリアがお相手したそうです」


「それはそれは。大冒険ですこと」


「少々早く成長しすぎていますからね。たまには冒険するのも悪くないでしょうね」

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