263.ギルド員もまた弟子
「皆さん、こっちですよ」
「すみません。ミライサブマスター」
「夜にギルドを開けてもらうなんて」
「いえいえ、私も気持ちはわからないでもないので」
私、錬金術師ギルドサブマスターことミライは、錬金術師全員に対するスヴェイン様の実演講義が行われた夜にこっそりとギルドの裏門を開けました。
理由はギルド員の皆さんを招き入れるため。
泥棒とか夜逃げとかじゃありませんよ?
錬金術師皆さんからたっての希望を受けて特別に招き入れているだけです。
……もっとも、私含め事務員も全員集合しているんですけどね。
あとは、いまは支部勤めになってしまったイーダ支部長とロルフ支部長補佐も。
それ以外のギルド支部員は招き入れてません。
悪いですがギルド本部だけの集会です。
……さて、皆さんが集まり終えましたし裏門の鍵を閉めて私も講堂へ向かわなくちゃ。
ああ、でも、私、スヴェイン様の聖獣に守られているんだよなぁ……。
今日の一件は報告しないでいてもらえると嬉しいんだけど。
講堂までたどり着くとすでに皆さんスタンバイ済みでした。
私待ちですね、申し訳ありません。
「……さて、お集まりいただいた諸君。なぜか代表して話をすることになった第二位錬金術師のヤニックだ、よろしく頼む」
ああ、代表はヤニックさんですか。
どうやって決めたんでしょう?
私は事務職なので辞退したんですけど。
「本来ならこの場に立つのにふさわしいのはサブマスターのミライさんだ。だけど、ミライさんは事務職だからって断られた」
はい、お断りしましたね。
「次点ではアトモさんなんだが……アトモさんにも断固として拒否された。この街のギルドでは新参者だからって理由でだ」
アトモさんが立っていない理由はそういうことですか。
階級的にアトモさんが立たないとおかしいんじゃないかなーって考えてたんですよ。
「で、残ったのは俺たち第二位錬金術師なんだが……誰もやりたがらないのでくじ引きをした結果、当たりなんだかハズレなんだかわからない理由で俺が代表になってしまった。よろしく頼む」
……噂にきくシュミット講師陣のような殴り合いじゃなく最初からくじ引きでよかったですよ、本当に。
最近は、誰かさんのおかげで『シュミットの流儀』がギルド本部にも蔓延し始めましたから。
「今日集まった理由はほかでもない。昼間スヴェイン錬金術師ギルドマスターに実演していただいた『最高品質ミドルポーション』の件だ」
あれ、事務職員の皆は見る権利がなかったんですけど、内心相当悔しがってるのを私は知っちゃってるんですよねぇ。
だって、私は昨日今日と全部立ち会ってますし、おかげでスヴェイン様に知られないところで詰め寄られましたし。
スヴェイン様じゃないけど、サブマスターをなんだと感じているんでしょう、この錬金術師ギルド。
「あのとき見せていただいた魔物素材、こっそり冒険者ギルドのギルドマスターたちに聞きにいったが頑なに教えてくれなかった」
スヴェイン様も言ってましたけど、そこまでですか。
私、事務職員ですからすごいもの程度にしかわかりませんでしたが……相当な代物なんですね。
「冒険者ギルドマスターから教えられたこと、俺たちでは一生かかっても作製不可能それだけだ」
つまり、どれだけ努力しても無駄。
必要素材がない以上、作れないという意味なんでしょうね。
「スヴェイン錬金術師ギルドマスターは聖獣様を使って採取に行くと言っていた。つまり、歩いて行けるような場所に生息していないモンスターだってヒントだ。それは一同理解してるよな」
これにはあの場にいた錬金術師全員が頷きます。
ああ、ああ頭がいたい。
聖獣様、それも飛行能力特化のペガサス様に乗って三日かかる場所ってどんな秘境ですか!?
「ここまでのヒントだけでも、俺たちにはどうにもならんことを否応なしに痛感させられる」
でしょうね。
この街でも聖獣契約に成功した事例ってシュミットと『カーバンクル』様方を除けば私ひとりらしいですからね!?
本当に、ほんっとうに、聖獣たちってなにを考えているのか……。
「その上であの一瞬の錬金術行使だ。スヴェイン錬金術師ギルドマスターは俺たちに錬金触媒の種類を調べさせないためだろう、山のように多種多様な魔石を積んで錬金術を一瞬で行った。魔石の山も消えた。つまりは、錬金術の使用と同時にいらない魔石は『ストレージ』でしまわれたと言うことだ」
あれ、事務職の私でも否応なしに理解できちゃいますからね。
超高等技術、なんてレベルじゃないですよ?
「『カーバンクル』様方は無邪気に喜んでいるふりをしていたが、俺たちにはわかっちまう。将来的にスヴェイン錬金術師ギルドマスターの許可が下りれば自分たちでも作るんだって熱意がな!」
まったく、末恐ろしい子供たちですよ。
泣きじゃくって疲れ果てて眠りこけたと思ったら、次の日には見るだけという理由で将来の自分たちを見せてもらうんですから。
スヴェイン様も本音では気付いていたはずですが……それは無視したんでしょうね。
本当はふたりだけの予定だったとかおっしゃってましたし。
「お前ら、悔しいよなあ! 俺たちでは絶対にたどりつけない高みを見せられたんだ!! そして、弟子のおふたりはそれに届くんだからよ!!」
ああ、技術職の皆さんの本音はそこですか。
私でも悔しいですもんね。
絶対に手が届かない相手。
それをまざまざと見せつけられるんですから。
「……さて、ここからが本題だ。弟子のおふたり、『カーバンクル』様方は遂に高品質ミドルマジックポーションに手が届いた。それもスヴェイン錬金術師ギルドマスターから許可をいただいている素材の範囲内だけで」
そうなんですよねぇ。
あれには私も悪い夢を見せられてるんじゃないかと感じましたよ、はい。
「逆に考えよう。スヴェイン錬金術師ギルドマスターがいらっしゃる間で手に入る素材を使えば俺たちでも高品質ミドルマジックポーションに手が届くんだ。どんなに果てしない道程でもな!」
ものは言い様ですが、そうなります。
私は作り方のすべてを知ってしまいましたが、墓の中まで持っていく覚悟ですよ?
「スヴェイン錬金術師ギルドマスターがいつまで俺たちの面倒を見てくださるのかはわからん。だが、基本素材の見当はつく。高品質の上魔草と高品質の霊力水だ。……霊力水なんて第二位錬金術師でもまぐれで作れる程度でしかないけどな」
おや、まぐれ当たりでも作れるようになっていたんですね。
スヴェイン様ではありませんが、私もときどきは皆さんの進捗状況をチェックしないとです。
「だが、その先の錬金触媒。これの見当がさっぱりだ。なにせいまだに特級品のポーションやマジックポーションさえ作れていないからな」
その製法も聞いちゃったんですよね……。
あとは気づきだけだと言う話なんですが、錬金触媒をそこまでじっくり鑑定するかどうか……。
「俺たちも特級品ができたら製法は秘匿する。これはギルドマスターからの課題だ。その程度は自分たちで考えろって言うな」
ときどき意地悪ですからね。
ああ、いえ。
今回ばかりは意地悪ではないのかな?
「その上で宣言しよう。高品質ミドルマジックポーションまでの製法は必ず解明するってな!」
おお、大きく出ましたね!
「何年かかってでもやり遂げる。スヴェイン錬金術師ギルドマスターがいなくなっても、幸いシュミットから上魔草の高品質品を輸入できるから研究は続けられる。とりあえずのコンソール錬金術師ギルドにおける目標地点はここだ」
ん?
とりあえず?
「だが『コンソールブランド』を名乗るならそこで立ち止まれない。立ち止まっちゃいけない。最終的に目指すのはハイポーションの作製手順解明だ!」
これはまた……。
少なくとも、今の『カーバンクル』様方は超えてみせるって挑戦状ですよ?
「事務方には経費その他で迷惑をかけるだろう。だが、その分の見返りは必ず出してみせる。作れる範囲のポーションも作り続けてギルド本部だけでも黒字を出し続ける。すまないがそれで勘弁してほしい」
そこで巻き起こるのは事務方からの歓声と万雷の拍手。
ああ、あの熱量にあてられていたのは私だけじゃありませんか。
「……今ので事務方の了解も得られた。いいな、お前ら。今日の熱気を忘れるな! アトモ一門は閑職に追いやられていた頃の自分たちとの決別を! 第二位錬金術師はまともな指導を受けられず腐っていた日々を糧に邁進する努力を! 一般錬金術師の連中はスヴェイン錬金術師ギルドマスターが見せてくれた夢と希望、情熱を一生胸に抱き続けろ! そうすれば俺たちは絶対に高みにたどりつける! いいな!!」
その言葉には全員異口同音で応じる言葉が帰ってきます。
ああ、ここまで変わりましたか、コンソール錬金術師ギルドは!
「最後にひとつだけ。スヴェイン錬金術師ギルドマスターだがシュミットでは『シュミットの鬼才』と呼ばれているそうだ。もっと正確に言えば、『努力の鬼才』だ。いいか、努力を忘れるな! あの方の背中は追いかけるほど遠ざかる! それでも、もがき続けろ! 地をはってでも突き進め!! 俺からは以上だ」
努力の鬼才。
なんて、尊い言葉ですかねぇ。
「最後に、ミライサブマスター。締めてくれ」
は!?
この状況で私ですか!?
なにを語れと!?
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