132.錬金術師ギルドマスターの初仕事

 ギルド評議会が開催された翌日、僕はジェラルドさんとともに錬金術師ギルドへと向かいます。


 しかし、本当に錬金術師ギルドマスターですか。


 実感がわきませんね。


「スヴェイン殿、緊張しているのかね?」


「緊張はしていませんね。ただ、実感がわかないだけで」


「そうだろうそうだろう。十三歳のギルドマスターなど前代未聞だ」


「でしょうね。あそこですか、錬金術師ギルドというのは」


「あれだな。さて、今日はどれだけの人間が集まっているのやら……」


「そうなんですか?」


「前ギルドマスターがいなくなってからというもの、錬金術師ギルドも乱れていてな。自分のアトリエも持たないのくせにギルドへと来ない者も多いと聞く」


「さすがにそこまでは手が回せませんね」


「そこまで面倒を見てもらう必要はない。錬金術師ギルドにいる人間だけでも火を灯してくれれば十分だ」


「わかりました。どの程度の効果があるかわかりませんがやってみせましょう」


 さて、錬金術師ギルドまで到着しました。


 受付でジェラルドさんは手続きを行い、所属している錬金術師たちおよび職員たちをすべて大講堂へと集めます。


 そして、ジェラルドさんは大講堂の演壇から僕のことを紹介してくださりました。


「……以上の理由により、ギルド評議会は全会一致でスヴェイン殿の錬金術師ギルドマスター就任を決定した。誰か、異論のあるものはいるか?」


 その言葉に帰ってきたのは失笑です。


 まあ、僕みたいな子供がギルドマスターなんて信じられないでしょうね。


「ジェラルド殿、ついに頭がおかしくなったか? そのような子供を威厳ある錬金術師ギルドのギルドマスターに就任させるなど」


 その中で近づいてきたのは初老の男性、恰幅がよい……というよりもだらしなく太っている方ですね。


「お主は……錬金術師ギルドのサブマスターであったか。私は正気だぞ?」


「そのような子供になにができる? せいぜい下級品のポーションが作れるかどうかであろう?」


「ふむ。ジェラルドさん、この場は僕に任せていただいても?」


「ああ、構わぬよ。スヴェイン殿」


「では。サブマスターさん、それでは勝負と行きましょう。内容はしてあげます。どちらが先にを二十本作れるかと参りましょう」


「な!? 特級品ポーションだと!? ふざけるな、そんなものを大量に作れるわけがなかろう!」


「では威厳もなにもないですね。始めてもよろしいですか?」


「ま、まて。相応の準備をだな」


「錬金台や素材くらい持ち歩きましょう? サブマスターならマジックバッグのひとつやふたつ買えるでしょう?」


「そういうお前はどうなのだ!」


「マジックバッグにも入っていますしストレージにもしまってあります。では、始めますよ。スタート」


「な、まて! おい、誰か! 至急私の部屋から錬金台と加工済みの薬草を……」


「その必要はありません。もう特級品ポーション二十本、完成しましたから」


「は……?」


「瓶詰めも終わりましたし、装飾も終わりました。疑うのでしたら鑑定をどうぞ」


「そんな事があるはず……な、本当に特級品ポーションだと!?」


「はい。こんなで嘘はつきませんよ」


「ばかな……国内で年に数本完成すればいいという特級品ポーションがこんな一瞬で……」


「だからさっきから言っているでしょう、だと。この程度もできずに『威厳のある』などとよくもまあ吠えることができたものです」


「ばかな……ばかな! ばかな!! 私は認めないぞ!」


「あなたが認めるかどうかは知りません。そして、錬金術師ギルドのギルドマスターとして最初の仕事ができました」


「は……?」


「ギルドマスターとして、サブマスターあなたを罷免します。一ギルド員からやり直すもよし、荷物をまとめてこの街から出て行くもよし。お好きになさってください」


「な、なんの戯言を言うか……」


「錬金術師ギルドサブマスターよ。スヴェイン殿は錬金術師ギルドのギルドマスターだ。その彼が決めたこと、お主の罷免は免れぬ。スヴェイン殿の言うとおり、やり直すか街から出て行くか考えたまえ」


「ジェラルド殿、私がいなくなればこの街のポーション研究は……」


「スヴェイン殿が十日間で十年分進めてくれる。お主などいらぬ」


「……わかりました。私がいなくなったことを後悔しないように!」


 そう言い残してサブマスターは講堂を出て行きました。


 ああ言っていたのですから街から出て行くのでしょうね。


「さて、ほかの皆さんも僕のギルドマスター就任に反対でしたらお相手いたしましょう。彼はサブマスターと言うことで少しハードルを上げさせていただきましたが、一般ギルド員相手にそのような真似はいたしません。特級品ポーション五本で勝負いたしますよ?」


 それを聞いた錬金術師たちは一斉に僕から目を背けました。


 やはり、この程度なんですね。


「……呆れたものです。僕はまだ十三歳。それなのに、その倍以上の方でも特級品ポーションを作ろうともしないとは」


「スヴェイン殿、ここの錬金術師は特級品どころか高品質すら安定せぬよ」


「ますます嘆かわしい。僕の弟子より劣るなんて」


「スヴェイン殿の弟子もまた天才の部類に入るのではないかな?」


「そうではありませんよ。ちょっとした環境と指導、本人のやる気でいくらでもなんとかなるものです」


「そうか。……それで、スヴェイン殿の錬金術師ギルドマスター就任に反対するものは誰もいないのだな?」


 ジェラルドさんの問いかけに対し、答えは沈黙で返ってきました。


 まったく、本当に嘆かわしい。


「このような有様なのだよ、今の錬金術師ギルドは」


「やれやれ。これでは本当に改革できるか、わかったものではありませんね」


「すまぬな。無理を押しつけてしまい」


「まったくです。このあとはどうしましょう?」


「ギルドマスタールームまでは案内しよう。そこから先は職員を案内につけるのでよろしく頼む」


「わかりました。では、参りましょう」


 こうしてギルドマスタールームに向かったのですが……なんですか、この部屋は!?


「……ここがギルドマスタールーム?」


「うむ。前ギルドマスターの使っていた当時のままだがな」


「頭が痛い。こんな目が痛くなるような部屋になんの意味があるのか」


「私も同意見だな。それで、この部屋はどうする?」


「いらないものはすべて売り払いたいので商業ギルドに取り次いでいただけますか? 部屋のものがごっそり無くなりますが」


「構わぬよ。だが、最低限の設備として客をもてなすためのソファーセットだけは残してほしい」


「仕方がありません。これももっと質素なものにしたかったのですが、もてなすための経費と考えれば渋るものでもないでしょう」


「すまぬな。では、職員も呼んでおいた。これで私は失礼する」


「はい。ありがとうございます、ジェラルドさん」


 ジェラルドさんが階段から降りていくのと入れ替わりにひとり女性の方がやってきました。


 受付で見た制服と一緒ですし、彼女が案内役でしょう。


「初めまして、スヴェイン様。案内を務めさせていただきます、ミライです」


「よろしくお願いします、ミライさん。とりあえず、このギルドマスタールームはどうでもいいです。ほかの場所を案内してください」


「わかりました。まず、どこから案内しますか?」


「そうですね。サブマスタールームを。綺麗に片付けていってくれていればいいのですが」


「……さて、どうでしょう。とりあえず案内いたします」


 ミライさんに案内された部屋、そこがサブマスタールームのようです。


 中は……綺麗さっぱり無くなってますね。


「……ギルド備品まで持ち出されていますね。いかがなさいますか?」


「ギルド備品というのが気にかかりますが、追うのも面倒です。放っておきましょう」


「いいのですか?」


「それでギルド運営に支障が出ないのでしたら」


「そこまでの問題にはなりません。次はどこに向かわれますか?」


「次は資料室を見てみましょう。役に立つ資料があるといいのですが」


「かしこまりました。こちらです」


 案内されてきた資料室ですが……あまり整頓されておらず、しかも埃が舞っていますね。


 これはダメです。


「ふむ。これでは見る価値もないでしょう」


「そうなんですか?」


「はい。次は……錬金術師たちが研究をしている部屋などはありますか?」


「上級錬金術師などは個室ですが、そのような場所はどうしましょう?」


「放置でいいです。できれば若い方が集まっている場所がいいですね」


「そうなると……見習いの研修部屋になりますが、構いませんか?」


「むしろ都合がいいくらいです。案内してください」


 そういうわけでして、見習い錬金術師の研修部屋へとやってきました。


 ですが、いきなりのギルドマスター訪問に驚いているようですね。


 ……当然ですか。


「先ほどぶりですかね、皆さん。さすがに顔は覚えていませんが」


「は、はい。ギルドマスターがこのような場所にどのようなご用で……」


「聞きますが、指導を務める錬金術師の方は?」


「最近、ギルドに出てきていません。おかげで私たちも放置されている状態でして……」


 ふむ、それはむしろ好都合。


 このまま見習いたちを鍛えてしまいましょう。


 その前に……。


「研修部屋はいつもなのですか?」


「あの、こう、とは?」


「失礼。散らかっている、という意味です」


「え、でも先輩からはなにも指導されていませんでした」


「では、今日一日かけてこの部屋を徹底的に掃除してください。下級ポーション系ならあまり影響を受けませんが、それよりも上位のポーション類になってくると埃ひとかけらが致命的な失敗要因になりかねません。研究部屋やアトリエは清潔に保つよう心がけるように」


「は、はあ……」


「明日、清潔になっていたら僕が講義を行います。一般品質……まで行くかどうかわかりませんが、低級品のポーションぐらいまでは作れるように仕込みましょう」


「え? でも、私たちはまだ錬金術師ギルドに入門して二年未満の……」


「僕はヴィンドの冒険者ギルドにおいて三日間で一般品質のポーションを作れるように仕込んできました。とりあえず、だまされたと思って講義を受けなさい。どうせ、指導役の錬金術師が来なくてはなにをすればいいのかもわからないのでしょう?」


「それは……そうです」


「では、決定です。この部屋を清掃してください。では、また明日」


 見習いたちの乗っ取りを決めたあともいくつかの場所を案内していただきました。


 錬金術師たちの場所だけではなく事務所などにも顔を出しましたが、ギルドマスターである僕が直接視察に来るとは考えてもみなかったようで驚いていましたね。


 さて、とりあえず明日の予定は埋まりました。


 明後日にはディスポイズンが作れるように仕込みたいですねぇ。

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