131.錬金術師ギルドマスター就任

 精霊風を倒してから三週間ほど、その間は特に何事もなく過ぎていきました。


 特別な出来事があったとすれば、エリナちゃんが最高品質マジックポーションを作れるようになったくらいでしょうか。


 アリアによる魔法指導も始まっている中、最高品質マジックポーションまで手が届くとは恐れ入りました。


 ニーベちゃんももうすぐみたいですし、本当に将来が楽しみな弟子たちです。


 あとはマオさんにお願いされていた人事選考に少し助言をしに行ったくらいですかね。


 よこしまな考えで来ている方々がほとんどで、純粋な気持ちで来ている方は三名しか残りませんでしたがマオさんは喜んでいたので大丈夫でしょう。


 さて、そんな日々が続いていたある日、冒険者ギルドからミストさんがやってきてあるお願いをされました。


「僕たちにギルド評議会へと参加してほしい?」


「はい。医療ギルドマスターから直々のお願いですわ」


「ふむ、ジェラルドさんからですか。一体何用でしょう」


「それについて私は聞いておりません。ティショウはなにか知っているようでしたが」


「なるほど。あまりいい予感はしませんがジェラルドさんの頼みですし構わないでしょう。それで、ギルド評議会はいつになりますか?」


「明日ですわ」


「……ずいぶんいきなりですね」


「はい。私も聞かされたときは驚きました」


「まあ、都合はつきますし問題ないでしょう。ただ、アリアは参加できません。彼女には弟子たちに魔法の指導をしてもらわないと」


「魔法の指導も始められたのですね。調子はどうです?」


「うーん、今のところは平凡ですかね。ふたりとも魔法に苦手意識を持ってしまっています。なので、アリアはまずそれを取り除こうと頑張っていますよ」


「大変ですわね。錬金術だけでも大変なのに魔法まで修練を積み重ねるとは」


「弟子たちが自分で選んだ道です。成し遂げてもらわねば困ります」


「おやおや、厳しいですこと。それでは明日、お迎えに参りますのでよろしくお願いいたします」


「こちらこそよろしくお願いします」


 そういうわけで、ギルド評議会に向かうことになりましたが……本当にいい予感はしません。


 一体何用でしょうか。



********************



「よく来てくれた、スヴェイン殿」


「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」


 ギルド評議会の会議室へと入り少々格式張ったあいさつをすませます。


 はて、ギルド評議会の椅子がひとつ空席ですが、どこかのギルドが欠席したのでしょうか?


「……やはり、その空いた椅子が気になるか」


「ええ。今日はそれ以外の椅子は皆様集まっているのに、その椅子だけ空席というのがなんとも」


「その椅子だが、錬金術師ギルドマスターの椅子になる」


「錬金術師ギルドマスターですか」


 そういえば、前に錬金術師ギルドマスターがどうのという話が出ていましたね。


 どんな話だったかあまり覚えていませんが。


「錬金術師ギルドマスターは欠席ですか?」


「欠席ではないだ」


「空席?」


「ああ。前錬金術師ギルドマスターはギルドマスターとしての能力が無いと判断され更迭、ついでに街からも追い払ってやったよ」


 街からも出て行かせたのですか。


 それはそれは。


「さて、今日スヴェイン殿を招いたのはほかでもない。その空いた椅子、錬金術師ギルドマスターに就任していただきたいのだ」


「錬金術師ギルドマスターに?」


「ああ。申し訳ないが、君が来る前にほかのギルドマスターからは承認を得ている。あとは、君の承諾が得られればその椅子は君のものだ」


 うーむ、君のものだと言われましても……。


「申し訳ありません。僕は旅の錬金術師です。ひとつの街に長居するつもりはありませんし、権力を持つつもりもありません。どうか辞退させていただきたく」


「はっはっは! だから言っただろう! スヴェインのやつが普通にその椅子へと座るはずがないとな!」


「そうは言うが、冒険者ギルドマスター。錬金術師ギルドマスターにふさわしい人材がこの街にはいないのだ。彼にすがるしかあるまい」


「商業ギルドマスター、そうは言うがよ。こいつは街の外に拠点を持つ錬金術師だ。無理に引き留めるわけにはいかねぇよ」


「うむ。私も重々それは承知だ」


「医療ギルドマスター、それを承知で採決を?」


「その通りだ。そして、彼が辞退を望むことも織り込み済みだ」


「医療ギルドマスター、それでは今日のギルド評議会自体が開催意義を失ってしまいます」


「そんなことは知っているとも。スヴェイン殿、無理は言わない。とりあえず十日間だけ仮のギルドマスターとしてその椅子に座ってもらえないだろうか?」


「ジェラルドさん?」


「スヴェイン殿にお願いしたいのは、腐った錬金術師ギルドの根性をたたき直してもらうことだ。それ以上のことは望まないよ」


「ふむ……そうですね、交換条件があります。それを聞いていただけるのでしたら」


「内容によるな。まずはその交換条件とやらを聞こう」


「スラム街の皆さんに生活支援と住居などの新築をお願いします。費用は僕が出しますので」


「……スラム街か」


 僕の提案を聞いたギルドマスターの皆さんは一様に顔を曇らせます。


 やはり、ギルド評議会とスラム街は折り合いがよくないのでしょう。


「スラムの元締め、ナギウルヌさんとは顔なじみです。僕の方からこのような提案をしてきたと伝えます。そして、スラム街の同意を得られたら支援をしていただくという形で構いません。どうですか?」


「スラム街の支援と一口に言うが、その資金は大丈夫なのかね? 白金貨一枚二枚ですむ問題じゃないぞ?」


「白金貨千枚あれば足りますか?」


「なっ……千枚?」


「はい。なんだったら、ここで取り出して証明しますが」


「ふははは! これは豪気な! 白金貨百枚だけギルド評議会で預かろう。あとの経費はギルド評議会から持ち出しだ!」


「恐れ入ります。それでは、先にナギウルヌさんに話を通して参ります。また明日、お集まりいただくことは可能でしょうか?」


「私は構わぬ。皆はどうだ?」


 この提案に反対するものは誰もいませんでした。


 今日、ナギウルヌさんと話し合った結果は明日報告することになります。


 結果がどうあれ、僕が十日間だけの錬金術師ギルドマスターに就任することは変わりありませんがね。



********************



「……と言うわけです、ナギウルヌさん、バニージュさん。この話、受け入れてはもらえませんか?」


「いきなりスラム街を訪ねてきたかと思えば、スラム街の連中を支援しようだなんて変わってるな、お前」


「よく言われます。それで、どうでしょう?」


「……一晩待ってくれ。各街区のまとめ役とも話し合ってみる。恩人の顔は立てたいが、ことはスラム街全体だ。全体の意見を聞きたい」


「わかりました。それでは、明日の朝、また訪れますのでそのときに結果を聞かせていただけますか?」


「もちろんだ。すまないな、俺たちのことまで気にかけてもらって」


「気にしないでください。これもなにかの縁です」



********************



 そして、翌日のギルド評議会。


 会議場には僕のほかにもうひとり参加者がいました。


「ナギウルヌ、お前がここに来るとは考えてもみなかったぞ」


「うるせえ。俺だって同じだ。だが、俺たちの恩人がわざわざ頼んでくれたこと、その結果を直接伝えに来るくらいのことはする」


「そうか。それで、スラム街としての答えは?」


「俺たちを追い出したりしないのなら受け入れる。労働力が必要ならスラム街の連中も協力する」


「そうか。すまないな、ナギウルヌ」


「お前のためじゃない。スラム街の恩人の頼みだからだ。そこをはき違えるな」


「わかった。それで、スヴェイン殿。錬金術師ギルドマスターの件、引き受けてもらえますな」


「はい。十日間だけでよければ引き受けましょう。僕にどれだけのことができるかわかりませんが、できる範囲で結果を出して見せます」


「スヴェイン殿のは幅広いですからな。どれだけ錬金術師ギルドが変わるか、楽しみにしています」


「期待に応えられるか不安ですが、やれるだけやらせていただきます。具体的にいつから指導に入れば?」


「明日からお願いできますかな。私も同行して新しいギルドマスターであることを紹介いたします」


「承知しました。よろしくお願いします」


 僕がギルドマスターになるとはまったくの予想外です。


 コウさんたちは僕の滞在期間が延びることを喜んでくれましたが……どうなるんでしょうね?

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