新しい技術
424.魔草、試験栽培開始
第三回目の栽培結果報告を終えて少し後、ティショウさんが錬金術師ギルドを訪ねてきました。
用件は僕が始めから『失敗する』とギルド評議会で一言注意書きを添えた魔草の栽培状況確認です。
「で、実際のところ生育状況はどうなんだ、スヴェイン。第一回目の報告こそ薬草栽培で躓きはあったが二回目と三回目じゃなかったんだろう?」
「はい。問題ありませんでした。薬草だけを栽培していれば予定通り農地を薬草園にする事もできたでしょうね」
「爺さんどももそこんところが引っかかってるんだよ。あんだけ自信をもって栽培しているお前が最初から失敗するって言い出すなんてよ」
「そうは言われても……実際、既に失敗の兆候が出始めていますからね」
「ああん? どういう意味だ?」
「まあ、実際に見てもらった方が早いでしょう。移動方法は?」
「ブレードリオンに乗り歩いている。アイツ、俺が馬に乗ろうとすると馬を威嚇して乗らせないんだよ」
「騎乗可能な聖獣はそういうものです。契約主がほかの生物に乗るのを嫌います。いざというとき契約主を守れないのもあるんでしょうが、嫉妬深い側面もありますね。うちなんて馬車を普通の馬に引かせるのだって苦労したんですから」
「そういや、前にビンセントを馬車で案内していたときの馬はペガサスとユニコーンだったな」
「昔は馬車を引けるほど大きくもなかったですし、僕とアリアも普通に背中に乗っていたから気にしなかったのですが……意外と遠慮がありませんでした」
「大変だな。だが、お前ってほかにも騎乗できる聖獣とたくさん契約しているよな? そこんとこはどうなんだよ」
「僕は昔からウィングとユニ、その双方と契約しています。なので僕とアリアがウィングとユニに乗る分には問題がありません。あと、カイザーに乗る場合も威嚇目的であったり高速移動のためだったりと別扱いなので無視されます。ロック鳥のような超巨大型聖獣も運搬目的でなら気にされませんが、それ以外の聖獣たちだとケンカになることがありますね」
「聖獣のケンカか」
「聖獣のケンカです。周辺に被害は出ませんが派手ですよ?」
「スケールが違うな」
「そんなものです……さて、そろそろ行きましょう」
「そうすっか」
僕はウィング、ティショウさんはブレードリオンに乗って移動です。
試験栽培用の農地はそれなりに距離があるので移動手段がないとしんどいんですよ。
そんなわけで農地にやってきたのですがそこには先客がいました。
「あん? 第二位錬金術師どもか」
「あ、ティショウ冒険者ギルドマスター。それにスヴェインギルドマスターも」
「皆さんも生育状況の確認に?」
「ええ。まあ、予想通りダメだったわけですが」
「魔草って……あの小っこい株か?」
「はい、あの小っこい生育状態の悪いのがそうです」
「魔草ってもっと葉も大きいよな?」
「そうっすね。俺たちが試験栽培したときの魔草も見てみますか? こっちは最高品質の種をもらって育てたんで一概には言えないんですけど」
「おう……うん、こっちが俺の知ってる魔草の葉だ」
「お願いしたとおり、一回目はあまり口出ししてないんですよね?」
「はい。収穫に時間がかかるのと一株から取れる葉の量が少ないことしか伝えてません。それがあの結果です」
「スヴェイン。説明」
「ええ。魔草は薬草に比べて生育期間が長く採取できる葉の枚数も少ないです。今回はわざとその情報しか伝えてもらってません。第二位錬金術師の皆さんにもウエルナさんにも」
我ながらいやらしいとは思うんですが、一回くらい失敗して記憶してもらわないと困るんですよ。
「魔草は薬草よりも多くの魔力を必要とします。本来であればもっと株と株の間を広めたり、土に込める魔力量を上げる必要がありますね。どうしても間隔を狭めて大量に生産したい場合、地中の魔力量を多くした上で魔力水の魔力濃度も濃くする必要があります」
「魔力水の魔力濃度?」
「普段ポーション作りでは一定の色を目標としてもらっています。実は魔力水の色は個人の魔力波長でも変わりますが、それ以上に込める魔力量でも変わります。色が極端に濃くなるのが魔力濃度が濃い魔力水ですね。あまり濃くすると吹き出しますが」
「あー、それで俺たちの試験栽培でも結果が違ったのか。納得した」
「あれ、この話って第二位錬金術師の皆さんにもしてませんでしたっけ?」
「されてないです」
「実際に栽培していたときに気が付きました」
「それは素晴らしい。濃度ムラがないようにしながら魔力濃度を上げるってなかなか大変なんですよ?」
「俺らもいい加減、魔力水作りには慣れてますから」
「一定濃度を保つくらいなんとかなりますよ」
「ずいぶん頼もしくなったもんだな。あのときのひよっこどもが」
「今では一番の在籍年長者ですからね。そういえば特級品ポーションのヒントの話ってどうなってますか?」
「あー、今はこっちの指導が忙しくって難しいです」
「もう少しで手が空くんでそのときにあらためて」
「わかりました。とりあえず魔草栽培はあんな感じで一回目は失敗です」
「よくわかった。ところで、『カーバンクル』は失敗しなかったのか?」
「どうなんでしょう? 薬草栽培に失敗していないそうですから、魔草も大丈夫だったのではないでしょうか」
「それでいいのか、師匠」
「最初期の栽培については僕も口出ししていないんですよ。むしろ栽培方法に気が付くかどうかテストするくらい意地悪をして」
「……それでいいのか、師匠?」
「最初の秋に別れて冬に戻ってきたときには青々とした薬草畑ができていたしいいんじゃないでしょうか」
「そうか。そうか?」
いや、あのときは自分でも意地悪をしたかなと反省しています。
でも、戻ってきたときには魔草も含めた薬草畑ができていて安心と成長を感じましたよ。
「あの、スヴェインギルドマスター。栽培方法って?」
「ああ、あなた方には正しい栽培方法しか説明していませんでしたね。実は薬草の一般品なら人工の魔力溜まりと魔法で作った水、つまり水魔法の水だけでも育つんですよ」
「へー」
「今更試さなくても結構ですよ。そんなこともできるんだな、程度にとどめておいてください。忘れちゃって大丈夫ですから」
「わかりました。しかし、『カーバンクル』のおふたりがこの畑を見たらどうなるか……」
「先手を打って自衛以外の魔法も禁止しましたが……体罰と魔法以外でもなにか罰を与えそうで怖いです」
「スヴェイン、その『カーバンクル』は薬草も失敗したことないのかよ?」
「本人たちに言わせると枯らす程の大失敗はなかったそうです。なんだかんだ言ってもあの子たちはふたりで狭い畑を管理していましたし、薬草も最初は少なかったですから」
「なるほどなあ。とりあえず、魔草生育第一回目は失敗か」
「失敗ですね。次回からはウエルナさんや第二位錬金術師の皆さんにも口出し手出ししていただきますが」
「わかりました。でも、地中の魔力量が足りるかどうか」
「そこについてもご心配なく。宝飾ギルドから【土属性強化】のエンチャントが施されたブレスレットが届きました。ウエルナさんにはもう渡してあります。最初の補助具としては役立つでしょう」
「それは助かります。二度目もこの有様じゃスヴェインギルドマスターの顔に泥を塗ることになりますからね」
「僕の顔に泥を塗る程度で知識が深まるなら気にしなくても結構です。そんな些細なことを気にするよりも問題点の洗い出しを」
「「「はい」」」
「っと、そろそろ僕はギルドに戻ってお仕事の時間です。ティショウさんは?」
「もう少しこいつらから畑の説明を受けてから帰る。構わねえよな?」
「自分たちで説明できる範囲なら」
「ってわけだ。気にせずお前は帰れ」
「申し訳ありません。では、お先に」
僕はウィングにまたがり錬金術師ギルドに戻ります。
季節が変わっていろいろやることが増えてしまい大変なんですよ。
********************
「さて、アイツは甘っちょろいことを言っていたが言いたいことはわかるよな?」
「もちろんです、ティショウ冒険者ギルドマスター。問題点の洗い出しは多くても三回目までにはすませます」
「おう、そうしろ。アイツに任せると次の段階になかなか進まないだろうしな」
「次の段階……上薬草ですか」
「ああ。お前らでも無理なんだろ?」
「残念ながら。霊力水の濃度が安定していません」
「じゃあ、次の段階に進めるように努力しろ。いつまでも『カーバンクル』に甘えるな。あいつらなら今年中にでもハイポーションを持ち込み出すぞ?」
「そうですよね。悔しいけど、自分たちも届く道だと考えるとたまらなく嬉しい」
「ほんと、変わったな『新生コンソール錬金術師ギルド』」
「ええ、昔のような醜態は二度とみせないと誓い合いましたから」
「その意気だ。さて、薬草畑てのは部外者が入って大丈夫か? もう少し詳しい説明を受けたい」
「大丈夫です。ただ、薬草の葉や茎に傷をつけないようにだけ注意してください」
「わかった。しかし、この分で行くと魔草栽培用の実験場も別に用意してやんなきゃな……」
「そうしていただけると助かります。この畑、なんだかんだで薬草だけでも埋まりそうな勢いですから」
「あとでお前らの都合のつく日時を教えろ。ほかの評議会の爺どもにもこの畑の状況と進捗を説明してやりてえ」
「わかりました。自分たちの都合はいつでもつきます。日時だけ指定してください」
「都合がついたら連絡する。しっかし、薬草園が夢じゃなく現実になるとはな……」
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