425.マジックポーション入り錬金台

 今日のお仕事は国賓、つまりはお父様込みでの『商談』です。


 商談のためミライさんやアシャリさんも立ち会っていますが……お父様、覇気が漏れ出しています。


 ふたりがガクガク震えて真っ青なので少し抑えてください。


「それで、シャル。その。わざわざお父様が本国から出向いてまでほしいものなんですか? 更にセティ師匠まで立ち会いだなんて」


「はっきり言いましょう。喉から手が出るほどほしいです。それも千個単位で」


「内部機構にオリハルコンを使っていますし万に一つも壊れないとは考えていますが、エレオノーラさんに渡すスペアしか用意していないのでダメです」


「お兄様。少しは融通を利かせてください」


「見本として十個くらいならおみやげで渡します。それを分解して……」


「それがね、無理なんだよ、スヴェイン」


「セティ師匠?」


「君が作った超初心者向け錬金台と子供用超初心者向け錬金台は見させてもらった。あれもよくできた作品だ。ポーションまでしか作れないようになっているけど、代わりにどんなに魔力を流しても暴発しない安全機構。子供用はそれに加えてごく微量の魔力でも錬金術が発動する仕掛け。それでいて地面に叩きつけた程度ではびくともしない堅牢性。実によくできている」


 セティ師匠にそこまで褒められると怖いですね。


 後に続く言葉が。


「でもね、そこまでなら僕でも作ろうと思えば作れたはずなんだ。作る必要性がなかったから作らなかっただけで。シュミット本国では子供たちの錬金術体験で錬金術をやらせよう、なんて発想なかったから」


「そうなんですか?」


「ああ、そうだ。そういう意味でも、ウサギのお姉ちゃん……エレオノーラだったか。彼女は許されるなら本国に引き抜きたい人材だ」


「お父様の頼みでもダメです。彼女がいないと錬金術師ギルドがパンクします」


「わかっているから無理は言わん。それで話は戻るがこの錬金台、の発想と作り方はセティ殿ですらなかったそうだ」


「はい。まったくの想定外です。使用者のごく微量な魔力に反応して内部にあるマジックポーションを消費、それによって必要な魔力が生まれて錬金術が発動するなど想像もできなかった。どこでこんな仕組みを?」


「古代遺跡を調べているときに似たようなものを見つけていたんです。あれは普通のポーションで、負傷したら勝手に回復するというあまりにも非人道的な兵器でしたが。それを応用してマジックポーションを使い錬金台を作れないかなと試行錯誤した結果がそれです」


「いや、それですと簡単に言われてもだな……」


「スヴェイン。それ、僕でもいないと再現が難しいからね?」


「まったくです。お兄様、自重を覚えてください。そしてノーラに危険物を持ち歩かせないでください」


「完成したものは完成したんです。諦めてください」


 本当にできてしまったのですから仕方がないでしょう?


 今は夏に向けてその改良版も制作中ですし。


「それで、お父様が直接乗り込んできたということは設計図を買い取る意思があるんですよね?」


「ある。あるはあるんだが……セティ殿?」


「僕に振らないでください。はっきり言いますが、シュミット本国の魔導具技師でも再現までに五年はかかります。量産化となると更に十年です。それほどまでに複雑で精密な装置ですよ、これ」


「お兄様。腹を割って話し合いましょう。、完成品ですか?」


「いえ、です。子供たちには危ないのでエレオノーラさんには伏せておきますが、最終的には同じ機構で最高品質マジックポーションまで作れる錬金台を作るつもりです」


「……お前をオリハルコンの鎖で繋いででも手放すべきではなかったと後悔しているぞ」


「オリハルコン程度ではカイザーが紙同然に引きちぎりますよ?」


「比喩だ比喩! まったく、我が息子は知らない間に飛んだ才能を身につけていた……」


「まったくです。こんなものが市井に出回ればポーション作りの一大革命ですよ」


「そんなことはしませんよ、シャル。この装置の安全装置……といいますか今現在の安定装置には『一般品にしかならない』というものも含まれます。練習にはなりますが、経験は積めません」


「それでもです。お兄様にはリリスも取られるし、とんでもない錬金台も作られるし……」


「リリスは私の不甲斐なさもあるからおいておこう。それで、この錬金台、百台でもいい。売ってはもらえないか?」


「ずいぶん減りましたね、お父様」


「こんなものを見せられては買うなというのが酷というもの。設計図も買わせてもらう。それとは別に子供向けの英才教育で使いたい。頼めないだろうか?」


「まあ、百台くらいなら。十日もあれば仕上がりますし」


「つまりお兄様でも日産十台ですか」


「ほかの作業の片手間ということもありますが、仕上げは結構精密な錬金術行使になるので疲れます。なので十日ほどお待ちください」


「その程度でよければいくらでも待とう。それで、この錬金台、一台いくらだ?」


「うーん。ミライさんいくらで売ればいいと思います?」


「無茶振りしないでください! その錬金台に使われている素材や技術の想像もつかないのに値付けなんてできません!」


 これは困りましたね。


 こういうときのために事務方のミライさんにも同席していただいたのですが……。


「ちなみに、お兄様。それの素材はなにをお使いで?」


「外層はミスリル、内部構造の皮膜にはオリハルコンです。ミスリルやガルヴォルンも試したんですが、マジックポーションに反応して変色し始めたのでいずれは不良品になるかと考え」


「スヴェイン、錬金炉の素材はなにを使っているのです? 恐ろしく魔力の通りがいいのですが」


「ええと、聖獣の森で分けていただいた聖獣樹の木の葉を使っています。これなら基本属性は全属性対応ですし、魔力の流れも均質化、柔軟化されますので」


 そこまで説明するとお父様、シャル、セティ師匠が頭を抱えました。


 聖獣の森はシュミットにもあるそうですし、入手はそこまで難しくもないはず?


「よし、ミライサブマスター。交渉だ。私たちはこれ一台に最低でも白金貨五十枚を出す」


「ええと、私にはよくわかっていませんが、木の葉とは言え聖獣樹素材を使っているんですよね? しかもオリハルコンまで使っているとなると、研究費や制作費も相当高いはず。白金貨八十枚ほどでいかがでしょう?」


「お兄様の言う『聖獣樹の木の葉』。これはその辺に自然と抜け落ちたものではなく、聖獣が聖獣の手で自ら摘んでくれた魔力に満ちたもののはずです。そのようなものを手に入れるのはシュミットでも容易ではありません。白金貨九十枚で」


「いや、シャル。それでも甘いと思うよ? 多分、摘んでくれるときに魔力を多めに注ぎ込んでくれているはず。シュミットの職人で同じものを手に入れるには、かなり歳月がかかる。オリハルコンだって純度が高くなければ侵食されるだろうし、白金貨百枚が妥当じゃないかな?」


「スヴェイン、お前の意見……に任せると交渉になるから却下だな。ミライサブマスター。一台白金貨百枚で百台。発注してもよろしいか? 納期はそこのどんぶり勘定ができたときで構わない」


「ええと……もらいすぎな気がするんですが、わかりました。あと、設計図の方は?」


「すまない。まだ買い取れない。。適切な相場はこのあと大使館に帰ってから三人で話し合い、現品ができたら国に持ち帰り魔導具技師の意見も聞く。おそらくはまだまだ実物を買うしかないということになるだろうが」


「あ、はい、わかりました。もうなにがなんだか……」


「それでは、スヴェイン。ものが完成したらシャルかセティ殿に連絡を。これにて失礼する」


「ああ、お父様。正式な来訪なのです。見送りを」


「その時間があったら一台でもいいから見本を作ってもらいたい。ではな」


 お父様はシャルとセティ師匠を伴いギルドマスタールームから出ていってしまいました。


 取り残された僕たちは……どうすればいいのでしょう?


「スヴェイン様、これ、ものすごい利益になりません?」


「はい。ものすごい利益です。僕の手持ちのミスリルやオリハルコンを錬金術師ギルドに買い取ってもらったとしても、莫大な利益になります」


「スヴェイン様のボーナスにしませんか? すべてスヴェイン様の功績ですし」


「それを言ったらエレオノーラさんの功績ですよ? エレオノーラさんが頑張っていなければこれを作ろうだなんて考えもしなかったんですから」


「……彼女、お給金増やして受け取りますか?」


「受け取らないでしょうね」


「このお金、どうしましょう?」


「将来、新しいギルド支部だの人材育成だの研究費用だの、そう言ったことのために貯めておいては?」


「そんなお金、山ほどたまっているんですよ、このマセガキ!」


「あ、あの。ギルドマスターもサブマスターも落ち着いて……」


 とりあえず、仕方がないのでこの日は見本として納品数から除外した一台を作り、翌朝一番にお父様へと届けました。


 届けたのですが……小躍りして本国に戻っていくのはちょっと……。

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