第八部 奔走する隠者と春の陽気
283.お引っ越し
「ここが私たちの新しい家!」
ミライさん、すっかり感動しています。
春になり、アリアの建てていた新築の家も完成しました。
今日から入居可能ということなので早速お引っ越しです。
「じゃあな、スヴェイン。鍵はしっかり渡したぞ」
「すみません、アイノアさん。わざわざあなた方一門が建ててくださるなんて」
「いいっていいって。アタシらもシュミット様式の家を自分たちだけでどこまで建てられるか試したかったんだ」
「それはそれは。いい練習になりましたか?」
「ああ。……それにしても建材はすべてシュミットの連中が用意してくれたが、特別製か?」
そこまでしましたか。
シャルのお節介、いえ、講師陣からの差し入れかもしれません。
あるいはアイノア一門の腕試しか。
「おそらくは。ともかく、ありがとうございました」
「ああ。じゃあな」
これからギルドに戻るのでしょう。
アイノアさんを見送り、早速新居の中へ。
……本当にシュミット様式ですね。
「これがシュミットの家ですか?」
「家というより……」
「屋敷の工法をそのまま使い家サイズに変えた、と言うべきですね」
「お屋敷……」
これを教えたシュミットの講師はなにを考えているのでしょう?
確かに僕たちには住みやすいのですが。
「とりあえず各自の部屋に家具を出してきましょう。寝る場所もないのでは問題です」
「「はい」」
僕とアリアは家具を買い揃え……ようとしたらシュミット講師陣が勝手に一式揃え、ミライさんも元の家から家具を持ち込んでいます。
僕の貸したエンチャントリングがあればベッド程度の重さは軽く持ち上がるので、引っ越し作業も楽だったとか。
各自、三時間ほどかけて自分の部屋を準備、そのあとはアリアとミライさんにはリビングやキッチンを、僕はアトリエを整理します。
「スヴェイン様、こっちは終わりましたよ……ってアトリエはぎっしりですね」
「これでも素材類はマジックバッグの中です。使用する錬金台などを設置しただけですよ」
「そうなんですか。ところで、そちらのテーブルは?」
「ああ、これは……」
ミライさんに説明をしようとしたとき玄関の呼び鈴が鳴りました。
やはり来ましたか。
「あれ? お客様? この家のことはまだ誰も……」
「ふたりだけ知っていますよ」
「……ああ。ふたりだけ」
僕が行こうとするとアリアがすでに行っていたのか廊下から少し小走りな足音が聞こえ、アトリエのドアがノックされました。
「どうぞ。開いてますよ」
「失礼します!」
「失礼します。すみません、引っ越し当日に」
「あなた方が来るのは想定済みです。準備が間に合ってよかった」
「準備、ですか?」
「なんの準備でしょう?」
「あなた方の作業スペースです。どうせ錬金台や付与板、素材類も持ってきているのでしょう?」
「はい!」
「すみません。指導を急かしているみたいで」
「気にしません。ミライさんは片付けを続けてもらえますか?」
「はい。わかりました」
まったく、元気な弟子たちです。
それを見越して三人が作業できるスペースを確保している僕も僕でしょうが。
「……ん? アリア先生は外でなにをしているのです?」
しばらく指導を続けていると、窓の外でアリアがなにかをしている事にニーベちゃんが気付いたようです。
ああ、もうそんな時間。
「家の裏手に聖獣の泉……いえ、池? を作るのです。あなた方も見学しますか?」
「はい!」
「ご迷惑でなければ」
「すぐに終わってしまうんですけどね。では行きましょうか」
僕たちが裏庭に行こうとすると、それを目ざとく見つけたミライさんもやってくる事に。
結局五人揃って聖獣の泉を作りました。
あとは放っておいても僕の聖獣が……。
『ぷはっ』
「またあなたですか、マーメイドさん」
『新しい泉の気配があったから。……それにしても小さいね?』
「僕の契約聖獣やアリアの精霊たちの遊び場にするつもりでした。あなた方も来て構いませんが……」
『ケンカはしないって。じゃあ皆が来やすいようにしておくね』
「自由な方ですね」
「聖獣らしいです。さて、お茶にでもしましょう」
皆で休憩、と言うことでお茶にすることに。
アリアも呼び出していないはずなのにラベンダーがどこからともなく現れて、お茶菓子とお茶を煎れていきました。
「ラベンダーも自由になってきましたね」
「かなりの力を蓄えているはずです。そろそろ正式に名付けをしても大丈夫だとゲンブが」
「では今度名付けをしに帰りましょうか。……と言うか前に帰っていたときに名付けをしておいてもよかったですね」
「う」
ミライさん、休暇明けで帰ってきたときには書類の山ができていたそうです。
やはり補佐の腕前が上がっているとはいえ、ミライさん抜きで一週間というのは厳しいらしく……。
彼女もまた後進の育成には時間がかかりそうです。
「そういえば先生。確か、この家には家政婦の方も住み込みでって聞いていましたが……」
「今日はまだ来ていないのです?」
「ああ、いえ。いつからなのか、僕も聞いていないのですよ」
「え?」
「家政ギルドってそんなに大変なのですか……」
「いえ、家政ギルドに頼んでもパンクしている状態でして、話を聞きつけたシャルが本国から呼び寄せるとかなんとか」
「……大丈夫なのです?」
「シャルさんの紹介ってところに不安を感じます」
「僕もですよ……」
そのとき呼び鈴がまた鳴り響きました。
はて、この家を知っていそうなのはあとシャルくらいなのですが……。
「ちょっと出てきますね」
「あ、はい」
シャルだとしたら何用でしょうか?
不思議に思いながらも玄関を開けると……。
「スヴェイン様!」
「リリス!?」
「はい! リリスです! 一年ぶりでございます!」
「スヴェイン様、なんの騒ぎ……って誰ですかその女性!」
「あら、リリス」
「先生のお知り合いです?」
「先生が抱きつかれたままなんて珍しい」
皆が出てきたことで居住まいを直したリリスがあいさつを始めました。
「申し遅れました。元シュミット家スヴェイン様及びアリア様付きメイド、リリスです」
「リリス、あなたでしたの。シャルの紹介してくれる家政婦とは」
「はい! シャルロット様にも公王様にも前々から許可をいただいておりました! スヴェイン様が家庭を持ったら、その家政婦になることを許してくださいと!」
「リリス。あなた、シュミット家のメイドでしたが遠縁でもあるでしょう? よくお父様が許可を……」
「〝シュミットの流儀〟です。苦労いたしました」
「やり過ぎです……」
「スヴェイン様……その方、スヴェイン様のメイド様?」
「ええ。小さい頃から僕とアリアの面倒を見てくれていたメイドです」
「はい。それから、あなたがミライ様ですね?」
「は、はい! ミライです!」
「ふむ。品行方正な方のようですしスヴェイン様をだまし討ちの上押し切ったと聞きましたが……合格でしょう」
「あ、ありがとうございます?」
「そうでもなければ聖獣が懐きません。それで、スヴェイン様とのお子様はいつお生みになるご予定で?」
「子供!?」
「はい。私もエルフとはいえスヴェイン様のお子様は早く抱いて差し上げたいのです。それこそ一日でも早く」
「あう、すみません。私たち、まだ婚約段階で子供を作るとかそう言う状況では……」
「そうなのですか。スヴェイン様?」
「そうですよ、リリス。気が早い」
「残念です。ですが、一日でも早くと言うのは本心ですからね?」
「あの、私も仕事がありまして……」
「それは早く後進を育ててください」
「スヴェインさまぁ。この御方も怖いですぅ」
リリスってこういう人だったんですね。
僕も初めて知りましたよ?
「それとそちらのお子様ふたりは去年も聞いたスヴェイン様のお弟子様ですね?」
「はい! ニーベです!」
「エリナと言います」
「うんうん。スヴェイン様の教育を受けているだけはあります。なんでも、いまは高品質ミドルマジックポーションの安定と『武具錬成』、それから付与魔術の指導を受けられているとか」
「はい!」
「まだまだ半端物ですが」
「『努力の鬼才』スヴェイン様でさえ二年かけてマスターした道程です。スヴェイン様が直接ご指導なさっている以上それより早いかもしれません。ですが、慢心してはいけませんよ?」
「それは身にしみてわかっているのです」
「一度先生に多大なご迷惑をおかけしましたので……」
「わかっているなら結構です。スヴェイン様のご指導はきついでしょう? 甘えたくなったら私の元に来ても構いませんよ? スヴェイン様もアリア様もあれほど厳しい修行を泣き言ひとつ言わずにこなしてしまうのですから……」
「大丈夫です」
「いまから心を折られている余裕も暇もありません」
「……本当にスヴェイン様のお弟子様です。ですが、本当につらくなったら私のところへ。スヴェイン様たちも好物だったフルーツパイを作って差し上げます」
「本当ですか?」
「それは興味があります」
「本当はいまから作ってあげたいのですが、材料がないのでまた後日。それで、スヴェイン様、アリア様。雇っていただけますね?」
「ダメだといってもお父様にすら勝つのです。〝シュミットの流儀〟でかなうはずもない」
「私は勝てると思いますが……街を半壊させます」
「ではそのように。衣食住さえ用意していただければお給金もいりません。蓄えはたっぷりとございます」
「あなたほどの人だと月に白金貨一枚出しても雇えないのですが……」
「ダメです。衣食住だけで結構」
「……スヴェイン様。私どもではリリスに勝てませんよ?」
「……ですね。リリス、あなた家財道具は?」
「すべてマジックバッグに。お部屋に案内していただけますか?」
「わかりました。こちらです」
まさかリリスを送り込んでくるとは……。
シャルめ、僕たちのお目付役も兼ねましたね?
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