嵐を巻き起こすメイド

284.ティショウからの質問攻め

 新しい家に引っ越してから二日後、つまりリリスが来てから二日後。


 僕はティショウさんに呼び出されて冒険者ギルドにいます。


 なにか……心当たりが多すぎて困ります。


「スヴェイン。お前にいくつか確認したい事がある」


「なんでしょうか、ティショウさん」


「お前、新しい家に引っ越したんだよな?」


「はい。アリアの建てていた家が予定よりも早く完成いたしましたので」


「そっか。とりあえず、新居おめでとう。これで婚約者も仕事に集中できるだろう」


「はい。昨日からはとても上機嫌で仕事がとても早くなったと評判です」


 本当にあのサブマスター、なんとかしてほしい。


 まさかここまで色恋沙汰に弱いとは。


 変な男に引っかかっていたらどうなっていたのでしょう。


「次、その婚約者だが通勤のほか街中を移動するときもでかいライオンに乗っているそうじゃねえか。それも、尻尾が剣になっている」


「マサムネですね。僕の拠点からミライさんの護衛兼騎獣として連れ出してきました」


「……あれってブレードリオンだよな? 俺に挑んでくるやつよりも三回りも四回りも大きいんだが」


「ブレードリオンのです。かなり上質な魔力を長年取り込み、かつ強者に何度も挑まねばいけないそうですのであまり存在しないそうですよ?」


「あんな物騒な護衛が必要だったのか?」


「聖獣同士しかわからない力比べで勝ち上がったのがマサムネらしいです。そして一番癖が少なかったのもマサムネらしく、一週間近く悩み続けた結果があれです」


「聖獣ってやっぱりよくわからん」


「数多の聖獣と契約している僕ですら理解できないことが多数あります。諦めてください」


 本当にどうやったらマサムネが勝ち上がったのでしょうか?


 単純な力比べならがごろごろいましたし……。


「三つ目。昨日『カーバンクル』が魔石を買いにきた。そのとき見慣れない聖獣を一緒に連れていたが、あれもお前がつけた護衛か?」


「残念ながらあれらは僕がつけた護衛ではありません。僕の契約聖獣たちではありますが彼女たちの契約聖獣です」


「……ニーベはかわいらしいのを連れてたからいいんだが、エリナは見た目からして強そうなのを連れていて冒険者どもがびびってた」


「彼女たちとの契約を望む聖獣の中から彼女たちの好みにあう聖獣たちが契約しました。つまり、エリナちゃんの好みがだっただけです。ちなみに聖獣ですから見かけ倒しなんてことは一切ありません」


「エリナって可愛い顔して意外な好みなんだな……」


「まあ、個人の好みに師匠が口を挟むことでもないですし」


 ブレードリオンの若い個体とも契約しているのは黙っておきましょう。


 普段は透明化して付き従っているはずですし。


「理解できないが納得することにする。納得したくないが」


「もう一度言います。諦めてください」


「よし、諦めた。で、次の話だ。昨日、鳥みたいな小ささだったが見慣れない竜が目撃された。心当たりは?」


「……おそらく『パンツァー』です。僕の拠点に弟子たちを連れて行ったとき、まったく物怖じしなかったふたりを見て大層気に入ったらしく、僕の見てないところで賢者の果実などを渡して食べさせていました」


「恐ろしい言葉がいくつか出てきたが聞かなきゃなんねぇな。まず、『パンツァー』ってのは本来どれくらいの大きさの竜だ?」


「最上位竜より大きいです。下手な古代竜エンシェントドラゴンよりも巨大かと」


「またふざけたものと契約してやがるな。で、種族名は?」


「ありません」


「は?」


「ですからありません。竜は固有の種族名を持っていますが、人間には発音できない竜同士の言葉でのみ成り立ちます。それ故に人間が竜の種族を呼ぶ場合、人間がつけた種族名を指し竜たちもそれを受け入れます」


「んじゃあ『パンツァー』ってのがない理由は?」


「人間が遭遇したことのない竜だからです。僕の拠点にやってきたのもおいしそうな果実の匂いに釣られてやってきただけとのこと。普段は人間が絶対に近づけないような魔境の奥深く、その中に結界を張って眠っているそうです」


「そんなの街や街道に降ろすんじゃねえぞ?」


「『パンツァー』も理解していますよ。それに、彼は基本的に人間嫌いです。僕が命じない限りそんな面倒な真似はしないでしょう」


「……じゃあ、なんで目撃されるような真似をしたんだよ」


「おそらく弟子たちの様子を眺めに来たのかと。普段は絶対に分け与えない賢者の果実を分け与えるほどです。拠点を離れてまだ一カ月も経たないというのに様子が気になったのでしょう」


「人間嫌いじゃなかったのかよ……」


「種族として嫌いでも個人を好きになることはありますよ」


 とりあえず『パンツァー』には念話を……『一カ月に一度は許せ』?


 仕方がないでしょう。


「……次の質問だが、今の話に出てきた『賢者の果実』ってなんだ?」


「最大魔力量と魔力収束能力、魔力流動性など魔法に関する能力がすべて上昇する果実です」


「おま……」


「通常、採取できるのは『ワイズマンズ』と呼ばれる聖獣たちが暮らす森のみ。だからこそ『賢者の果実』です」


「……それが流出する可能性は?」


「皆無です。ニーベちゃんもエリナちゃんももらった分はすべて食べたと目撃した聖獣から報告を受けました」


「お前の弟子に悪影響は出ないのか?」


「そちらも皆無です。『賢者の果実』で上げられる能力以上の実を食べたとしても、ただのおいしい果物です。体には無害。悪影響があるとすれば……今後の育成方針を考えるアリアが頭を悩ませているくらいでしょうか?」


 まったく、『パンツァー』も賢者の果実を分けるなどまだ早いというのに……。


 なに?


『多少早まっただけだろう』ですって?


 竜にとって数年は多少かもしれませんが、人間には大きな差ですよ?


「爆弾ばかりあるな、お前の拠点」


「だからこそ身内しか招けません。いろいろな意味で危なっかしいです。邪心を持つものなどが入り込めば、一秒待たずに塵すら残さず聖なる炎で浄化されます」


「……こええな、おい」


「まあ、心配しないでください。人間の足では絶対にたどりつけませんし、聖獣でもない限りは認識すらできませんので」


「ならいい……いいのか? まあいいか」


 すみません、諦めてください。


 普通の人間にとっては『魔境』なんて目じゃないほどの危険地帯です。


「次だ」


「今日は質問ばかりですね?」


「……あまりにも質問したいことが多すぎるんだよ。昨日の午後、ミライの嬢ちゃんがやってきた。やってきたんだが……お前、ローブを変えたな?」


「さすがにばれましたか。アリアや弟子たちと同じ素材を使ったローブにすり替えました」


「お前、身内には本当に甘いな」


「……僕もなんだかんだ心配なんですよ」


 仕方がないじゃないですか。


 彼女、勘はいいけど無防備なんですから。


「次、質問じゃなく要望だ。ウィルっていう子供。あれを連れて来ないよう公太女様にお願いしてほしい」


「ウィル君を? なぜです?」


「あの子供〝シュミット流〟で冒険者講師と十合以上打ち合うんだよ……」


「ほう。もうそこまで」


 シャルが『杖聖に育てる』と豪語しただけあります。


 と言うか、もう条件を満たしてしまったのでは?


「あれを見た冒険者どもが自信を喪失してな……俺やミストに泣きついて来たんだよ」


「要望としては受け取りましたが……シャルにはシャルの思惑があるのでしょう。あの子供、『槍術師』なのですが『杖聖』に育てると言ってましたし」


「……今の話、俺も聞かなかったことにする。『槍術師』が杖術で冒険者講師を渡り合うなんて信じたくない」


「職業の概念は捨てましょう。ほかには?」


「昨日、メイドがやってきた」


「は?」


「メイドがやってきたんだよ。冒険者ギルドに」


「なぜ?」


「知らん。それで、そのメイドを見た冒険者講師どもが青ざめ始め、。エリシャがいないし冒険者講師どもは詳細を口にしないからわからないが……シュミット関係者だろう?」


 リリス……早速やりましたか。


「すみません。そのメイド、間違いなく僕の家のメイドです」


「は?」


「元シュミット家で僕とアリア付きだったメイド。そして、シャルが僕のために送りつけてメイドです」


「また言葉が乱れたな。あの強さからしてシュミット関係者なのはすぐわかったが」


「ええ。彼女はシュミット家の親戚筋。普段はメイドなどしていますが僕たちの護衛でもありました」


「ならあの強さも納得だ。シュミット相手に職業を気にするのは間違いだろうが、職業は?」


「『武聖』です」


「……すまん、もう一度言ってくれ」


「何度聞いても変わりません。『武聖』です」


「『武聖』ってあれか? 専門分野では各『聖』に劣るがすべて……それこそ武器全般から格闘術まで武術すべてをこなすって言う」


「はい。その『武聖』であっています」


「なんて化け物をメイドとして雇ったんだよ、お前……」


「絶対シャルは僕のお目付役も兼ねて送りつけました。しかも彼女、ミライさんを見るなり『早く子供を産め』と言い出す始末」


「ひょっとして、お前やアリアの嬢ちゃんでも逆らえない相手か?」


「僕が物心ついたときにはいましたし、アリアもシュミット家に引き取られたときからの仲です。単純な武力でも人間的な関係性でも勝てません」


「単純な武力って……お前でもダメなのかよ?」


「周囲を焼け野原にしても勝てる気がしません。アリアは山を消し去るレベルの魔法を当てれば勝てるはずですが……使わせてもらえるかどうか」


「よし。あのメイドも化け物だ」


 すみません、リリス。


 一切否定できません。


「……で、あのメイドって戦闘と家事しかできないのか?」


「本人はできないと言い張ってますが……」


 武の道を究めたものしか就けない『武聖』です。


 しかも、セティ師匠とワイズの知識なしで。


 非常に怪しい。


「ほかのギルド、確かめて回った方がいいんじゃねえか?」


「僕も不安になってきました。見てきます」


 リリス、あまり暴れないでくださいね!?

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