674.滞在五日目:ディーンのお見合い その後
ディーンとフランカの一件があったあとの夕食後、ディーンに誘われて家族だけの話し合いの席が設けられました。
もちろん、今日の日中は不在だったシャルも参加して。
「あら、ディーンお兄様がお酒を飲むだなんて珍しい」
「たまには飲みたくもなる。兄上たちは?」
「昨日の夜飲んだのでしばらくはいらないです」
「そういうことですわ。またユイが恥ずかしいことを言い出しても困りますし」
「本当に謝るから……三人だけの内緒にして……」
「そういうことなら無理に勧めないさ。父上も飲まないっていうのが珍しいが」
「う、うむ」
「アンドレイ様には一年間の禁酒を言い渡してあります。グッドリッジ王国ソーディアン公爵家で酔い潰れて一日帰ってこなかった罰ですよ」
「それは当然だな。シャルも飲まないのか?」
「私もお酒は苦手です。飲みたければディーンお兄様だけでどうぞ」
「じゃあすまないがそうさせてもらう。兄上、念のため二日酔い止めの薬ももらっておいていいか?」
「そこまで深酒をしてほしくはないですが……どうぞ」
「助かる」
さて、ディーンが家族だけの場で普段は飲まないはずのお酒を飲んでまで話したい内容。
心当たりがひとつしかありません。
「……なあ、みんな。フランカをどうにか出来ないか?」
「具体的に聞こう。どうにかとは?」
「訓練が終わったあと、俺も汗を流し終えて着替えたら、部屋までやってきて庭園に誘われた。庭園でも俺にしっかり抱きついてきて……かわいらしいし器量もいい。花を愛でる姿も似合っている。話をしても趣味と特技が剣術だってこと以外は本当に素晴らしい女性だ。正直、俺にはもったいない。諦めさせる方法はないか?」
「ないな。お前が折れろ」
「……兄上?」
「諦めなさい。それだけ惚れられてしまったんですよ」
「アリア義姉さん、ユイ義姉さん」
「スヴェイン様に同じく。初めて出会った自分よりも強く、的確な指導も施してくれ、自分にはない剣術を見せてくれた相手。フランカ様にとってはこの上ないお相手でしょう」
「私から見ても夕食の時のフランカ様がディーン様を見る目は違ったよ。本当に恋する乙女の目だった。ディーン様が受け入れてあげるべきだよ」
「シャルは?」
「私は今日不在でした。ですが、話を聞く限りディーンお兄様が諦めるべきです。ソーディアン公爵家でもお子さえいれば家庭はひとりでも守ると宣言なさいました。お兄様にとっても好条件なお相手でしょう」
「母上……」
「私としてもフランカは娘として迎え入れてあげたい娘です。今日の午前中は崩れていた姿勢の指導を集中的に行わせていました。それにも泣き言ひとつ言わずついてきた模様。そのような努力家、シュミット家にはふさわしいのでは?」
「オルドの妹、つまりソーディアン公爵家と縁つながりになることは問題ないのか?」
「我が家としては問題ないな。ガベル殿は優れた御方だし、その息子たちにも会ったことがあるがソーディアン公爵家の名にふさわしくその教えを受け継いでいる。領地も先の内乱で防衛に徹していただけで荒れ果てもせず、内需しかないが運営は順調、取引相手としても好ましい。ガベル殿は一代で宰相職を退くだろうが、それも含め我が家、いや、シュミット公国として縁を持っても良い相手だ」
「ひょっとしなくても八方塞がりか?」
「そういうことだな」
「もう一度言います。ディーン、諦めなさい。あれだけ惚れられているのです。逃がしてなどくれませんよ」
「そうですわ。早ければ彼女の成人である来年にでも結婚をせがみ始める……いえ、間違いなく要求し始めるでしょう。あれほど可憐で清楚な妻を持てるのです。ディーンも幸せでしょう?」
「ディーンお兄様、覚悟を決めなさい。家としても国としてもこの縁談は望ましいのです。公王家の人間としてその身を捧げなさいな」
この縁談、お父様にとっては本当に望ましいもののようです。
オルドはソーディアン公爵家を抜けてしまっている以上、縁戚とは呼べない……どころかシャルから指輪を投げ返される目前。
それに対し、フランカはれっきとしたソーディアン公爵家の娘でディーンに恋愛感情まで抱いている。
単純な貴族間の縁組みだけを嫌うシュミット家としても申し分ない相手なのです。
ディーンの決心がついていないだけで。
「いや、だが……あれだけの娘、俺以外にも結婚を申し込むものなんて数多いただろう? それはどうなったんだ?」
「すべて剣の腕前で断ったそうだ。彼女の結婚条件が『彼女よりも強い者』だったからな」
「……そんなのグッドリッジ王国にいるわけないだろ。兄上にすら遠く及ばないんだから」
「でしょうね。簡易エンチャント付きで戦ってたのでしょうが、手加減して簡易エンチャントを使っていなくとも余裕でしたでしょう。僕相手の時も簡易エンチャント全開でしたが、それが通じず驚いていましたからね」
「ちなみにどの程度の簡易エンチャントを使えていたんだ?」
「彼女の言葉を信じるならば【尖鋭化】と【竜牙閃】は使えていたそうです。実際、【硬化】を使い突きを受け止めましたが、かなり重かったので嘘ではないでしょう」
「それって普通の訓練剣じゃ耐えられないよな? 魔鋼製じゃないと。試合時間は何分だったんだ?」
「僕は計っていませんが……十数分ですね」
「私が計っている。十四分あまりで剣が砕け散った。魔鋼製の剣が砕け散ったのだ、簡易エンチャントもそれくらい、いや、もっと強力なものを使い続けていただろう」
「じゃあ、悪い癖が抜けて一から鍛え直せば本当に素晴らしい剣士になるじゃないか。貴族の女性に任せることは出来ないが……竜討伐だって可能だぞ?」
「そうですね。だから皆で言っているのです。ディーンお兄様、諦めて受け入れなさい」
「フランカの剣を受けたからこそわかっちまったが……シュミットでも彼女に勝てるのなんて最上位クラスの剣術教官か特務講師クラスだ。貴族ももちろん鍛えているが絶対に届かない」
「だから言っているでしょう、ディーン。あなたが受け入れるしかないと」
「母上。しかしだな……」
ディーンも本当に往生際が悪いですね。
ここまで恋愛ごとに弱いとは想像もしていなかったですよ。
「それにディーンお兄様。お兄様の休暇予定が延びたことはご存じですよね?」
「ああ、もちろん。兄上たちの滞在期間は休暇を取るようにと……まさか」
「そのまさかだ。毎日積極的にあちらからアプローチと剣の稽古を申し込んでくるだろう。お前にもう逃げ場などないのだ。諦めて受け入れよ」
「……本当に逃げ場ってない?」
「ありません。いい加減に諦めなさい」
「……兄上、代わりに剣の稽古をつけてやってくれないか?」
「あなたの方が上手でしょう? 軍部でも指導をしているのですから。それに僕の剣は対モンスター特化になっています。対人戦は得意ではないのですよ」
「……明日、フラッシュファイアで遠乗りにでも連れて行ってくる。それであらためて話し合ってくるわ」
「あちらの意見は変わりませんよ。むしろ、交際ではなく婚約を迫ってくるはずです。成人したらすぐにでも結婚することを前提とした」
「……それも含めて話し合ってくる。せめて結婚だけは数年待ってもらえるように」
「無理だと考えますが頑張りなさい」
「そうですね。ディーンお兄様も結婚を考えるべきです。オルドは情けないのでお付き合いも破棄するべきか悩んでいますが」
「シャル、オルドにも……さすがに一年近く補佐が出来ていないのは僕でもフォローしがたいですね」
「でしょう? 私はお兄様方よりもあとに戻りますがそれでもダメでしたら本当に指輪を投げつけます。お兄様、戻ったらコンソールにあるシュミット大使館で様子を確認してきてください」
「そうしましょう。それでダメだった場合……少しだけ書類仕事の指導をしてあげましょうかね。それで間に合わなかったら、どうぞ指輪を投げつけてください」
「……シャルはいいな。フランカは絶対に隙がないぞ?」
「おそらく隙などない。ガベル殿の話では多言語に通じ経済学も学んでいるそうだ。将来的にお前の家庭を守るだけでなくシュミット公王家を守る役にも立ってくれるであろう」
「……わかった。きちんと話し合ってくる」
これはフランカに押し切られて結婚も絶対来年に決まりますね。
彼女にお願いして結婚式は僕が帰ってきたときにしていただきましょう。
ユイも彼女のドレスを作りたいでしょうし。
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