673.滞在五日目:ディーンのお見合い

 昼食後、ひとまずお茶となったのですが……ふたりの間の空気が非常に気まずい。


 お互い一言も発せず、フランカはチラチラとディーンを見ているのですがディーンは上の空。


 フランカはここでも泣きそうになっています。


 普段は助け船を出しそうなお母様も当人たちのことと割り切っているのかなにも口を挟みませんし、僕たちも口を挟める状況ではありません。


 ……気まずい。


「よし、決めた」


 先に動いたのはディーンですが、ろくなことじゃなければいいのですが。


「ディーン様?」


「フランカ嬢は、ソーディアン公爵家の『剣聖』ですよね? だったら、まず手合わせしてみましょう」


「それでしたら望むところです」


 うん、ディーンにしてはまともな内容です。


「それでは、俺も訓練服に着替えてから訓練場に向かいます。アリア義姉さんはフランカ嬢の足の怪我を治してからフランカ嬢を連れてきてください」


「え?」


「あら、ディーン。よく気が付いていましたわね」


「歩き方が不自然でしたから。靴擦れでも起こしているのでしょう? それでは本気の剣を振るえませんからね。フランカ嬢、お先に失礼いたします」


 言いたいことを言ってディーンは出ていってしまいました。


 まったく、武術のことでは気が回る。


「あ、あの。私が靴擦れを起こしていたことって皆さんご承知でしたでしょうか?」


「少なくとも僕とアリアは知っていました。今日の午前中は歩き方の訓練をしていたのでしょう? それで出来た傷ですよね。それで歩き方がわずかに不自然になっていましたから」


「無論、私とジュエルも気が付いていたな。言い出さなければ午後の訓練に入る前、ジュエルに治療してもらう予定だった」


「シュミット家の皆様ってそんなところもよく見ていますのね……」


「まあ、体調管理の一環だ。我が家の子供たちは多少の体調不良や怪我などものともせずに訓練に臨む者ばかりだったからな。私も他人事ではないのだが」


「そういうわけですので、フランカ様の自室までお付き合いいたしますわ。そこで着替える際に治療を行いましょう?」


「アリア様、お手数をおかけいたします」


「いえいえ。この程度など。ただ、ディーンは〝シュミットの『剣聖』〟です。お兄様の比ではないくらい剣術の才能に優れております。お気をつけて」


「はい。気を引き締め直します」


 アリアはフランカを伴って部屋から退室、残った僕たちも訓練場の様子を見に行くこととなりました。


 主にディーンがやり過ぎないか。


 やがてやってきたディーンは動きやすい訓練服。


 訓練剣を何回か振って感触を確かめていますね。


 遅れてやってきたフランカも訓練服に着替えていました。


 歩き方の乱れもなくなっているので治療は無事に済んだのでしょう。


 アリアもこちらにやってきましたし。


「アリア。彼女の治療は?」


「問題なく。ただ、かなり酷い靴擦れでしたわ。相当我慢してお昼を食べていたのでしょう」


「ふむ、我慢強いのも考え物か。そういった性格面もほぐれていってくれると嬉しいのだが」


「アンドレイお義父様、オルドの性格がほぐれるのにどれくらいかかりました?」


「……あれより長く見なければダメか」


「当然です。もう十四歳の乙女なんですから」


 ともかく、フランカも訓練剣を手に取り素振りをしています。


 あれではすぐにディーンの指導が入りますが……。


「さて、それじゃあ始めようかフランカ嬢。最初の指導は……始めたあとにしよう」


「最初の指導、ですか?」


「ああ。最初の指導です」


「よくわかりませんが……よろしくお願いします」


「こちらこそ。さあ、お好きなように攻めてきてください」


「そこはスヴェイン様と変わらないんですね」


「兄上と変わらないというより、シュミット家の剣が相手の剣を受け流してから始まると言うのが理由でしょうか」


「では失礼して、いきます」


「ええ。


「え? あ……」


 斬りかかったフランカの手から簡単に訓練剣がはじき飛ばされてしまいました。


 フランカもなにが起きたのか理解できず飛ばされた剣と自分の手を交互に見つめるばかりですね。


「フランカ嬢。あなたにあの剣は。シャルはそこも指導できなかったのでしょうが、あなたであの剣は無理がありますよ」


「ですが……私は家でもあのサイズの剣を」


「簡易エンチャントでゴリ押していたんでしょう? それなら重くて威力のある剣の方が便利ですからね。ですが、簡易エンチャントを封じるならご自身の体型や筋力に見合った剣を選んだ方がよろしい。自己強化魔法も素晴らしいが、それでも魔鋼製の訓練剣ではあの剣だと重すぎます。自分も一緒に選びますから、まずは武器選びからですね」


「はい! よろしくお願いします!」


 ふむ、昨日は僕の指導がなかったために指摘できていなかった剣の重さをすぐさま見抜きましたか。


 さすがディーンですね。


 そして、ディーンが選び出したのも長すぎず重すぎずなブロードソード。


 あれならフランカでも十分に扱いこなせるでしょう。


「それでは、あらためて。剣が軽くなった分、振り回す感覚が変わると思いますがそこも指導いたします。存分にどうぞ」


「よろしくお願いします!」


 再び始まったディーンとフランカの稽古。


 ディーンもフランカの剣を受け止めるだけにとどめ、時折悪い点といい点を指摘しながら戦い続けています。


 彼女もそれを吸収し続けてぐんぐん成長し、剣が変わったことなどわからなくなるくらい強くなっていきました。


「ふむ、さすがはソーディアン公爵家の『剣聖』だ。飲み込みも早いし剣筋も一流。オルドも強かったが……あいつにも引けを取りませんね」


「ありがとうございます! ところで、オルドお兄様はどこへ? ソーディアン公爵家を抜けてこちらの国の所属になったあとは手紙のやりとりしかしていないのですが」


「オルドはいま妹のシャルの専属護衛件補佐としてコンソールにいます。ただ、今回、シャルが帰郷しているのにオルドが帰郷していないと言うことはオルドのやつ、補佐としては相当役に立っていないんでしょう。シャルに結婚を前提とした付き合いを申し込んでおきながらその程度じゃ、いつか指輪を叩きつけられるでしょうに」


「……お兄様は大丈夫でしょうか?」


「まあ、かなり瀬戸際でしょう。シャルもシュミット家の人間ですから。それも公太女に対して結婚を前提とした付き合いを申し込むと言うことは、いずれ公王家でも仕事をするんです。コンソール大使館での補佐くらいこなしてもらわないと」


「それもそうですね。そろそろ私の体力も回復してきました。もう一手お願いできますか?」


「はい。それにしても体力の回復が早い。兄上のエンチャントアイテムでも渡されていますか」


「う……それは…」


「気にしませんよ。気に入った相手に過保護なまでのエンチャントをかけた装備品を渡すのは兄上の癖みたいですから。では、参りましょう!」


「ええ! よろしくお願いします!」


 ディーンにもなかなか酷いことを言われた気がしますが……事実なので否定できません。


 その後も訓練は三時間ほど続き、いよいよ体力の回復がエンチャントでも追いつかなくなってきたフランカがかなり苦しくなってきました。


「さて、今日の訓練はそろそろ終わりにしましょう。あなたの限界も近いようですし」


「申し訳ありません。基礎体力も鍛え直します……」


「いやいや、自分の訓練をエンチャント込みとはいえ三時間受け続けられるのは立派ですよ。部隊の連中は三十分で音を上げますから」


「それでも、楽しい時間は少しでも長く過ごしたいんです!」


「……なるほど、あなたも『剣聖』だ。それでは最後に〝シュミット流〟をお目にかけて終了にしましょう」


「〝シュミット流〟ですか?」


「はい。好きなように斬りかかってきてください。その剣を見せますので」


「わかりました! 期待しています!」


 ほう、〝シュミット流〟まで披露しますか。


 ディーンもフランカの事が気に入ったみたいです。


「では、参ります!」


「ええ。では、!」


「え!?」


「これで今日の訓練は終了です」


「あ、あの! 最後の〝シュミット流〟と言う技は!?」


「剣同士が触れる瞬間、一瞬だけ剣に【鋭化】【硬化】【斬撃強化】の三つの簡易エンチャントのみを施す戦い方です。本来ならそれを互いに扱いながらというのが〝シュミット流〟の剣術です」


「すごい……そんな剣術が存在していたなんて!!」


「シュミットでも上位剣士同士でしか扱わない剣術ですけどね。間違って体にあたれば大惨事、激しい動きの中でお互いの武器のみを狙える腕前がないといけないんですから」


「あの! その剣術を鍛える意味は!?」


「相手を傷つけずに無力化すること。あとはモンスターを殺さず局所部位を破壊したり足や翼を破壊したりして生き血を集めやすくすることでしょうか」


「すごい……これがシュミット。お父様には聞いていましたが〝『竜』に備えた国〟」


「まあ、そのようなところです。汗もかいたでしょうし、部屋に戻り汗を流し……」


「あ、あの、その前にひとつお願いが!」


「なんでしょう?」


「ディーン様! わたし、フランカと婚約してくださいませ!!」


「え?」


「その圧倒的な知識と剣技、優しさに惚れました! お子さえ設けていただければ家庭はひとりでもお守りいたします! どうかお考えを!」


「ええと……父上、兄上、アリア義姉さん……」


「諦めよ」


「受け入れてあげなさい」


「おそらく地の果てまでもついていきますわよ?」


「あーえーと。婚約の前にお付き合いから始めませんか? 互いによく知りませんし」


「……わかりました。では、私のことはフランカとお呼びください」


「では自分の事もディーンと。よろしくお願いします、フランカ」


「はい! ディーン様! 失礼ながら先に汗を流して参ります! それでは!」


 一時テンションが落ちましたが、フランカは勢いを取り戻し屋敷へと駆け込んでいきました。


 ……まあ、婚約が出来なかったとしても芽が出たことで満足したのでしょう。


「父上、兄上、アリア義姉さん。俺はどうすればいい?」


「まあまあ、及第点だ。そのまま受け入れてやれ。おそらく諦めぬぞ」


「ですね。自分よりも強く、人格面も問題なし。剣術に対する知識も豊富となれば彼女にとってこの上ない結婚相手なのでしょう」


「あなたも貴族として結婚を考え始める時期です。あれほどかわいらしい娘と結婚できるならば本望では?」


「いや、あれだけの器量よしだからこそほかに良縁が……」


「ないから諦めよ」


「往生際が悪いですよ」


「受け入れてあげなさい」


「……わかった。しばらく付き合ってみて判断する」


 これはフランカがどんな手段を使ってでも陥落させるやつですね。


 ディーンにも春が来たと考えればめでたいこと……なのかなあ?

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