672.滞在五日目:ディーンの縁談

「兄上がいると言うことはアリア義姉さんもユイ義姉さんもいるよな。ほかにシュミットへ渡ってきているメンバーは?」


 シャルからの連絡を受け公王邸に戻り、身なりを整えて食堂に来たばかりというディーンがシュミットへやってきた僕たちの顔ぶれを聞いてきました。


 夜にはわかることですが答えておきましょうか。


「僕の弟子のニーベちゃんとエリナちゃん、ユイの弟子のサリナさん、リリスと去年の夏に〝妻〟の座を剥奪されていまは居候扱いのミライさんです」


? そんなことをするのはアリア義姉さんだろうが……なにをしでかしたんだ?」


「去年の夏にスヴェイン様の城を建て替えていることを引き渡し直前まで告げ忘れていました。仕事でそのような大失態を犯す未熟者、〝妻〟にしておけるはずがありません。スヴェイン様がギルドから追い出さなかったため〝妻〟の座を奪い、居候に格下げしただけで済ませてあげたのです。元の立ち位置に戻りたいのであれば相応の成果を挙げていただかないと。もっとも、二番目の地位はユイに渡しましたので戻れても彼女が三番目ですが」


「さすがシュミット家で育てられたアリア義姉さん、考え方が厳しい。ユイ義姉さんが同じような失態をしたらそっちも剥奪するのか?」


「うーん、ユイは考えます。私とスヴェイン様で無理矢理囲った大切な妻ですもの。そう易々と手放せませんわ」


「ミライさんには厳しいがユイ義姉さんには甘いな。惚れた弱みか」


「そういうことです。ディーンも誰かを愛すればわかりますよ」


「俺か……俺の結婚……出来るのかな?」


 ……やっぱりディーンに結婚願望はありません。


 フランカはを切り落とせるでしょうか?


 ともかく昼食の時間が近づいてくると皆が続々集まってきます。


 その中にフランカもいますが……さすがにディーンでも見慣れない顔の少女が席に着くのは気になった用ですね。


「父上、母上。この女性は?」


「ソーディアン公爵家から来ているフランカ嬢だ。詳しい紹介は食事のあとにしよう」


「わかりました。ディーンです。よろしく、フランカ様」


「こ、こちらこそよろしくお願いします、ディーン様」


 ……やはりディーンは意識していません。


 大丈夫でしょうか、これ。


 そして昼食後、フランカの紹介が始まりました。


「フランカ嬢は先ほども言ったがグッドリッジ王国ソーディアン公爵家の者。確か……次女だったな。年齢は十四歳だと聞いている。間違いはないな」


「はい、間違いありません。そして、先にディーン様にお詫びを」


「俺に詫び? 初対面で詫びられるようなことなんて……オルドがらみか?」


「いえ、オルドお兄様のことではありません。その……アンドレイ公王陛下たちがソーディアン公爵家の王都邸を訪ねてこられた際、手合わせをなさってくださいましたスヴェイン様を殺めようとして……あなたのお兄様を奪いそうになったこと誠に申し訳ありません」


 フランカは深く頭を下げて詫びていますが、ディーンは頬をかいているだけですね。


 むしろ、僕が当然のことをされただろう程度にしか感じていないでしょう。


「話はわかったし読めた。父上や兄上たちのことだ、あなたの前ですると話していたんだろう? 剣の名門ソーディアン公爵家の人間に対してならこの上ない侮辱だろうよ」


「それは……はい」


「兄上たちも素直にって言えよ。シュミット家じゃないんだぞ?」


「その方が全力を出してくださりそうでしたから」


「そういう問題じゃないだろう。それで、この女性どれくらい強かったんだ?」


「まずまずでした。ただ戦い方がいけません。


「あー、なるほど。強くなるには近道だが絶対に癖になるやつだ。そんなことをしていたらアダマンタイトの剣でもいつか壊れる。使い捨ての武器で済む模擬戦の範疇ならともかく、実戦になったら間違いなく自滅だな」


「ぅぅ……」


 ディーン、言い過ぎです。


 フランカがへこみ始めましたよ?


「兄上、それだけで済んでいたのか? 使とか」


「……はい、使っていました。おそらくは『シルフィードステップ』を応用したものを」


「フランカ嬢、あまり言いたくないがそれは〝禁呪〟です。そんな真似をしていたらいつか足の骨か関節が砕けます。下手をすれば最上位回復魔法でも治癒できず、一生歩けなくなりますよ?」


「……それもスヴェイン様に指摘されました。治療もアリア様に。二度と同じ方法は使いません」


「そうした方がいい。国を抜けたアリア義姉さんを除けばシュミット公国で一番の治癒術師は妹のシャルですが、あいつでも粉砕した骨を治癒できる保証がない。折れただけならともかく砕けてしまっては仕方がありません」


「……申し訳ありません」


「オルドも大概だったが……ソーディアン公爵家って無茶をするな。シュミット家では厳しい鍛え方はしても後遺症が出そうな真似はさせないぞ」


「ディーン、その辺でやめなさい。フランカが泣きそうです」


「え? ああ、すみません。泣かすつもりだったわけじゃ」


「いえ、すべて身から出た錆。自分の未熟と傲慢が生んだ恥ですので」


 ……このふたり、相性が悪いのではないでしょうか?


 ものすごく心配です。


「それで父上。フランカ嬢はなぜシュミットに? グッドリッジ王国もまだ復興しきっていないですよね?」


「ああ、そのことだが……目的のひとつは自らを鍛え直したいそうだ。実際、昨日もシャルが相手をしていたが簡易エンチャント頼りだった頃の癖が抜けておらず力押し一辺倒の剣になっているそうでな。シャルいわく、細かい技や体重移動など見直すべき点は多いそうだぞ」


「シャルも容赦がない。いや、シャルではの強さなのか」


「そうなる。フランカ嬢は『剣聖』。だ。シャルもシュミット家の人間ではあるが『賢者』であり、幼い頃から魔法を鍛え剣の訓練の始まりは遅かった。シュミット家流の手加減、つまり指導が出来ないほどフランカ嬢は強いのだ」


「ソーディアン公爵家の『剣聖』。それはシャルじゃ無理だ。それで、兄上の指導」


「事情はわかったか?」


「その点については把握しました。先ほど『目的のひとつ』と言っていましたがほかにも理由はありますよね? そちらは?」


「その……縁談だ」


「縁談? シュミット公国まで来て?」


「うむ。いまのソーディアン公爵家がグッドリッジ王国の貴族と縁戚関係を結ぶのはまずい。それは政治に疎いお前でも理解できるな?」


「それはもちろん。いま現在のグッドリッジ王国に残っているほとんどの貴族家は、先の内乱で無能者の集団ですよね? それにソーディアン公爵家当主のガベル様は現在女王教育を担当している宰相だ。そんな権力者と無能者が縁戚になればどんな結果を招くか知れたものではない」


「その通りだ。それ故にガベル殿もシュミット公国で婚約者を見つけてもらいたいと言う話になった。そのまま嫁に出しても構わないとも」


「ソーディアン公爵家としてはシュミット公国とのつながりを持っても損ではなく得があると言うことですね。それで、父上は誰を紹介する予定なのです?」


「結論を急ぐな。フランカ嬢の希望、それはだ」


「ソーディアン公爵家の『剣聖』より強い相手。それほどの使い手、シュミット公国の貴族でもいますか?」


「いる。私の心当たりでひとりは」


「どなたです?」


「わからぬか?」


「はい」


「……お前と言うやつは。スヴェインを鈍いなどと言えぬぞ?」


「はい?」


「お前だお前。〝シュミットの『剣聖』〟でありシュミット公国公王家の人間であるお前なら家格も十二分に釣り合う。この縁談、お前が受けてみよ」


「……俺が? フランカ嬢と?」


「そうだ」


「フランカ嬢、自分とでいいのですか?」


「その、はい。後ほど剣の腕前は試す、いえ、披露させていただきますが」


「……第一印象、最悪では?」


「……すべて私の恥を指摘されただけでございます」


「……兄上、アリア義姉さん。助けてくれ」


「無理です。諦めてお受けなさい」


「あなたの第一印象が悪いのもあなたの身から出た錆。甘んじて受け入れなさい」


「……はい」


 本当に大丈夫でしょうか、この縁談。


 まとまったとしてもそれはそれでフランカが心配なのですが……。

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