結婚

331.挿話-24 幸せの時

「ふぅ」


「あら? どうしました、スヴェイン様」


 『努力の鬼』による騒動が収まったある日、窓の外を眺めているとあるを見かけてしまいました。


 それで溜息をこぼした訳ですが……アリアに気がつかれてしまったようです。


「ああ、いえ。なんでも」


「あら。あのカップル。なさったんですね」


「……そのようです」


 窓から見えたのは一組の若い男女が祝福されている姿。


 つまりは、結婚を祝われている姿です。


「……本来であれば私たちもああなっていたんですよね」


「ええ。その予定、でした」


 旧グッドリッジ王国では十五歳になった貴族が春先、平民は秋に成人となりました。


 シュミット公国では全員が春先にあらためられたそうですが……どちらにしても、もう成人です。


「そういえば。知ってましたか、スヴェイン様。この国、いえ、この街では十五歳の夏に成人だそうです。つまり、私たちももう成人です」


「……そうでしたか。僕はアリアよりもコンソールの風習に疎いですね」


「……私もつい先日、ニーベちゃんに聞いたばかりです。『先生も成人です』と」


「お互い弟子のことを言えませんね」


「はい。まったくです」


 今日の僕はギルド業務がおやすみ、アリアも指導予定なし。


 弟子たちは……サンディさんあたりを振り回しているのではないでしょうか?


「スヴェイン様、あの夫婦。うらやましいですか?」


「少しばかり。今は忙しいですがもいいのでは、と」


「本音は私としたいだけでは?」


「アリアまでミライさんたちと同じようなことを……」


「それで、本音は?」


「……少しばかり。僕だって年頃の男性です。好きな女性との関係を進めたいと考えてもいいではないですか」


「嬉しいです、スヴェイン様。私だけがそう感じているわけじゃなくて」


「アリアも?」


「本音を言えばスヴェイン様との子供を一日でも早く授かりたいです。……昔のまま、何事もなく時が進んでいればそれもかなっていたのですが」


「今はやることが多すぎます。弟子の育成、野望の達成、僕はギルドも今更放り出せません」


「ですね。でも……夢見るくらい、許されますよね?」


「夢見るだけなら。うまくいかないものです、何事も」


「はい。何事も」


 成人したらしい僕とアリアのふたり。


 のんびりとした時間を過ごしていた……つもりだったのですが。


「結婚、しちゃえばいいじゃないですか?」


「ユイさん?」


「今の話、どこから!?」


「ええと……申し訳ありません、夫婦がうらやましいとか、そのあたりから立ち聞きしてしまいました」


「ほぼすべてですよ!?」


「やれやれ……」


 この娘さんは本当に。


「それで結婚、しちゃいましょうよ。いっそのこと。我慢せずに」


「ユイさん、物ごとを軽く考えすぎです」


「そうです! あなただって私たちの……」


「避妊具、ありますよね? あと避妊のエンチャントも。いただいたエンチャント全集に載ってましたよ?」


 避妊具……正式には避妊の魔導具を使えば九割以上の確率で妊娠しないとされています。


 母体に悪影響はなく効果も高いのででは重宝されているとか。


 避妊のエンチャントは僕が復元したエンチャントのひとつで効果のほどは立証されていませんが……文献が確かなら、こちらも母体に悪影響はなくほぼ確実に妊娠しないそうです。


 この娘さん、本当に痛いところを突いてくる……。


「初夜だけなら大丈夫ですよ。万が一があってもリリス先生が手伝ってくれますし」


「ユイさん。悪魔の言葉で誘惑しないでくださいな。そんな事を言われると、本当に、本当に、スヴェイン様との初夜を我慢できなくなって……」


「我慢せずに結婚と初夜だけ済ませましょう? 済ませることを済ませれば我慢せずに済みますよ」


「……ユイさん。あなたの本音をお聞かせくださいな?」


「アリア様のドレスを作りたいです。おふたりの照れる表情も見たいです。おふたりの結婚する姿を見るのは夢だったんです。アリア様のドレスが作れる機会があるなんてこんな幸せありません」


 この娘さん……。


 いえ、欲望に正直なだけじゃなく、きちんと僕たちの幸せも祈ってくれているんですね。


「………………。ユイさん。私とミライ様のドレスの準備を」


「…………え?」


「アリア、本気ですか?」


 言い出したユイさんですら固まりましたよ?


「ごめんなさい、スヴェイン様。私、悪魔の言葉に負けました。もう我慢できません。私と結婚してください」


「……はあ。女性にばかり言わせるだなんて僕も情けない。アリア、結婚しましょう。これからも一緒です」


「はい!」



********************



「え? え? 本当に、本当にもう結婚しちゃうんですか!?」


 夜、錬金術師ギルドから帰ってきたミライさんにを報告します。


 もちろん、リリスの了承は得ていますよ?


「はい。三日後、結婚です」


「ミライ様。それまでに態度を決めてください。私たちと一緒に結婚か、一時保留か」


「ええと、結婚したら初夜は必要……ですよね?」


「はい。もちろんですわ。妻の役割として果たしていただきます」


「……私、まだギルドの仕事があります。妊娠して仕事ができなくなると最悪ギルドが回らなくなってしまうことも」


「ミライ様? 避妊具を使えば滅多なことでは妊娠しませんよ? あと、スヴェイン様は避妊のエンチャントも作れますし」


「避妊のエンチャントはスヴェイン様のことですから飲み込みます。ひにんぐ、ってなんですか?」


「ああ」


「あら。申し訳ありません、シュミット基準で語っていました」


「説明してもらえますか?」


「もちろん。その上でご回答を」


 アリアはミライさんに避妊の魔導具と避妊のエンチャントについて詳しく説明をしました。


 その結果。


「します! 結婚します!! 私だけのけ者は嫌です! 初夜も覚悟が決まりました!!」


「お早い回答ありがとうございます。もうユイさんにドレスは頼んであるのでお楽しみに」


「既に退路を断たれていた……」


「申し訳ありません、ミライさん」


「スヴェイン様に謝られると年上の立場が無くなるので許して……」


 アリアの行動力も馬鹿にならないんですよ。


 あと用意するのは……。


「あとは花嫁のヴェールとブーケですね」


「あ、その風習はシュミットも一緒ですか……」


「よかったです。コンソールも一緒で。それでは、スヴェイン様。明日は私とお買い物です。ヴェールとブーケ、


「え? 相談したとおりの数?」


 ミライさんが置いてけぼりですが、我慢してもらいます。


 うっかり事前にでも漏れてはいろいろ困るので。


「本気なんですね、アリア?」


「はい。望まれぬ子は見たくありません。それが決して見放されない子供だとしても」


「わかりました。ただし、最終確認は取りますよ?」


「よろしくお願いします、殿方様?」



********************



「おめでとうです! 先生方、ミライさん!!」


「おめでとうございます!」


 結婚当日、僕の家に弟子だけを招いてささやかな式を開きます。


 言い出した本人のアリアも顔を真っ赤にしてブーケで軽く隠し、ミライさんに至っては耳まで真っ赤ですよ。


「はあ、幸せです。服飾師になれて、憧れのスヴェイン様とアリア様のもとで働けて、エンチャントも極められて、憧れのアリア様のドレスまで作れて、間近で顔を拝見できる。夢なら覚めてほしくない……」


「元凶のユイさん? 夢ではありませんのよ?」


「そうですよ……私、結婚なんてまだまだ先だってずっと考えてたのに……いきなり三日後だなんて」


「二番目に拒否権はありません。保留にするかは考えさせたでしょう?」


「うう、やっぱり恥ずかしいです。保留にしてしまうと次にチャンスがあるのは何十年先かわからないので勢い任せでした……」


「さすがに何十年も待たせませんよ……


 はい、ミライさんのこともプライベートのときは呼び捨てにすることにしました。


 正確にはアリアとリリスからの指導、それからミライからのお願いによるものですが。


「はあ、幸せです。ミライさんのドレスも美しく仕上がりました。感無量です……」


「そこの元凶の娘さん。もっと幸せをおすそ分けしてあげます。お側に来なさい」


「え、もっと近くで見てもいいんですか? やったー!」


 ぴょんぴょん跳ねて寄ってきたユイさん。


 アリアはすぐそばまで寄ってきたユイさんを捕まえて……。


「えい」


 隠し持っていたマジックバッグからを彼女の頭にかぶせます。


「は?」


「これもですよ?」


 そして、呆けたユイさんの両手を握り締めさせても渡しました。


「え、え?」


「あとはよろしくお願いします、旦那様」


「はい。ユイさん。?」


「え、い、いや、スヴェイン様、結婚の場で冗談は……」


「言いませんよ。アリアも了承済みです」


「アリア様も?」


「はい。だって、あなた。私やリリスのいないときにこっそりスヴェイン様を誘惑していますよね?」


「え」


「ほら、図星です。、侮りすぎです」


「あ、いや、その……」


「今更『冗談で誘惑していました』は通用しません。この場で結婚を表明して妻になるか、二度と誘惑しないか。どちらかお好きな方を選びなさい」


「あ、でも、ほら! コンソールの平民って一夫多妻は禁止ですよね? スヴェイン様がアリア様とミライさんとの間で大目に見られただけで……」


「ふたりがいいなら三人でも構わないでしょう? それに私どもはいずれコンソールを去る身。多少の後ろ指を指される覚悟はありますよ?」


「う。でも、そう! 子供! 私まだまだ現役……」


「それはあなたが私につぶやいた悪魔の言葉そのものをお返しするだけですよ?」


「は。あ、あ、あ。指輪! シュミットでもコンソールでも結婚の証の指輪がないと……ダメ……じゃない」


「はい。その気になれば今すぐにでもスヴェイン様が作れます。さあ、どちらを選びますか?」


「……いいんですか? スヴェイン様、アリア様。こんな私を迎え入れて」


「はい。。そうでなければ、アリアの承諾があってもお断りしています」


「ええ。。だからこそ、妻のひとりとして迎え入れます」


「……リリス、先生?」


ならスヴェイン様やアリア様が認めていても私が認めませんでした。はスヴェイン様の隣にたつ資格があります」


「ほんとう? わたしのどりょく、むだじゃなかった? スヴェイン様のおそばにたってもいいの?」


「歓迎しますよ。


「はい。


「……私だけ仲間はずれ。でも二番目は譲りません!」


「結婚、謹んでお受けいたします! 何番目でも構いません!! 死ぬときまでずっと添い遂げます!!」


「やったのです!」


「おめでとうございます! ユイさん!」


「……あれ? 本当に私だけが仲間はずれ?」


 ミライがぽつんとつぶやきますが……申し訳ありません、その通りです。


「ごめんなさい、ミライさん。私たちも知っていました」


「万が一、ユイさんにばれると絶対に逃げられるからって。当日まで接点のないボクたちには教えてくれていました」


「あの、第二夫人として異議を申し立ててもよろしいでしょうか?」


「ダメです。第一夫人の決定に従いなさい。従えないなら指輪のはめ直しを」


「……ダメだ。アリア様に一生勝てる気がしない」


「一生負けてあげるつもりはありません」


 夫人たちの仲もいい……のかな?


「あ、あの。ひとつだけ末席から質問が」


「はい、なんですか。ユイ」


「あ、呼び捨て……距離が縮まった……じゃない。どうしてこの場で私を迎え入れることに?」


 その言葉にアリアと目線を合わせて苦笑いを互いに浮かべました。


 説明、しないといけませんね。


「僕からの理由ですが、あなたの頑張りを認めた……いえ、からです。僕から見てもあなたの『努力』は美しかった。それが理由です」


「私からの理由。それは、です。例え、スヴェイン様が見捨てないとわかっていても」


「アリア先生と?」


「同じ境遇?」


「アリア様とって?」


「それは……」


 シュミットでは公然の秘密であるアリアの境遇ですが、コンソールで知るものなどシュミット関係者のみ。


 当然、まだこの三人にも話をしていません。


「私の境遇それは……」


「アリア様、それ以上言わないで!」


「ダメです。この場にいるものには知る権利があります。私はいわゆる妾腹の子。シュミットに引き取られてからは幸せでしたが、それまでは望まれぬ子として凄惨な日々を過ごしていました」


「え……」


「本当ですか?」


「本当です。嘘だと感じたならコンソールにいるシュミット関係者全員に聞いて回りなさい。私が許した、といえば皆嫌々でしょうが口を開くでしょう」


「嘘じゃないのです……」


「カーバンクルの指輪が反応しない……」


「ユイを放置して本当に万が一のことがあればそれは不義の子。私と同じ境遇です。あり得ないとはわかっていても、宝石の輝きを傷つけたくはなかったし汚したくもなかった。……あとはスヴェイン様と同じ理由です」


 アリアの堂々とした宣言に場が凍りつきます。


 そして、長い沈黙を破ったのはユイでした。


「申し訳ありません、アリア様。私の身勝手であなた様の古傷をえぐるような……」


「この場にいるものにはいずれ知らせること。早いか遅いかの差です。気にするのであれば、あなたはこれからも輝き続けなさい。スヴェイン様と私が見惚れた輝きを失わないように」


「この場にて。シュミットの名と誇りにかけて」


「……ニーベ、エリナ。わずかながらの先達としてあなた方へ贈る言葉です」


「はい」


「はい」


「あなた方は望まれて生まれてきた子供。故に誇りなさい。磨きなさい。そして輝きなさい。あなた方にはその権利と義務があります」


「わかりました!」


「わかりました!」


「……さて、堅苦しいあいさつはここまでです。昨日、スヴェイン様と一緒に聖獣の森と聖獣の泉に行って分けていただいた恵みをスヴェイン様とリリスに調理していただきました。皆で仲良く食べましょう」


「はいです!」


「はい!」


「……完全に第一夫人の貫禄です」


「さすがはアリア様。私の憧れの宝石……」


 まあ、いろいろ波乱はありましたが式は無事に終了しました。


 なお、ニーベちゃんとエリナちゃんを帰したあとも一波乱あり……。


「あなた方もスヴェイン様の妻になったのです。私に命令……はまだ許しましょう。せめて呼び捨てくらいにしなさい」


「ごめんなさい! リリス様! もうしばらくお待ちを!」


「リリス先生! あと十年、いえ、五年、ああ、三年だけ待ってください! 少しずつならしていきますので!」


 リリス、少しは手加減してあげましょう?


 あとは三人との初夜もそれぞれ無事に終わりました。


 ただ、アリアとミライがそれぞれ済ませたあとの蕩けた顔を確認したユイはリリスに志願して殿を覚えて初夜に臨み、自分もまた一番蕩けた顔をさらすことに。


 それに勘づいたアリアとミライもリリスに教えを請い僕との関係をせがみ、それを見たユイもまた僕との関係をせがむ。


 いろいろ小細工があるとは言えど、皆それぞれ仕事がありますよね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る