動乱の風

332.夏も終わりが見え始め

 僕たちの結婚という一大転機を終え、コンソールにももう数週間で秋が訪れようとしています。


 妻たちとの関係は……なんとか押さえ込みました。


 恥をかかせないようにきちんと努め満足させ、今は良好です。


 そんなある日、今日は朝から錬金術師ギルドにてお仕事でした。


 なのですが……。


「うーん、やっぱりいいデザイン案が決まりません」


「ユイ、このアクセサリーにあわせては?」


「申し訳ありません、アリア様。


「まだダメですか……」


「アリア、ユイ。あなた方、ここがどこだと思っています?」


「『』ですよね?」


です」


「そうです。ここでなにをしているんですか?」



「申し訳ありません。なかなか決まらず……」


「いや、そうではなく……」


「受付ならきちんと手続きをしましたよ?」


「はい。苦笑いをされましたが、正式な手続きの上でここにいます」


 ここ数日、朝から毎日ギルド通いなのですが、少し遅れて関係ないはずの妻たちふたりがやってきています。


 最初はお昼をかなり回った後だったのですが段々遠慮がなくなってきており、今日に至っては始業前から居座っていますよ……。


「あなた方、一応、僕はギルドマスター、ですからね?」


「わかっていますわ」


「はい。……シャル様に少しでも早くドレスをお届けしたいんです」


 ユイは僕の妻となったことをシャルに詫びに行ったそうですが、笑って許されたと。


 さすがに元がつくかもしれないとは言えシュミット関係者を妻にするのです。


 シャルに話を通していないわけがないでしょうが。


 その際に『義妹になったのですからシャルと』と言われ、すったもんだと〝シュミットの流儀〟の結果、『シャル様』に落ち着いたようです。


 シャルもユイも加減を覚えましょう。


 あとシャルは『愛する殿方と結ばれた女性の輝きも素晴らしいです』とか言わないでください。


 それで、僕の元……もっと正確に言えば僕の職場まで押しかけている理由が。


「スヴェイン様! もっと! もっとアクセサリーを!!」


 ユイが僕の作るオリハルコンのアクセサリーを待ち切れていないためです。


 アリアとミライが僕の正式な妻になっただけではなくユイも妻になったことは、コンソール錬金術師ギルド本部では噂……いえ、公然の秘密になっています。


 その幼妻ふたりが毎日夫の元に仕事のために通っているので、受付も予定がない僕のところへふたりを通している状況です。


 それにしても……。


「アリア。どうしてユイまで僕の妻だとばれているんでしょうね?」


「スヴェイン様。鈍すぎます」


「スヴェイン様……私の腕にオリハルコンのブレスレットがあるじゃないですか。そのせいですよ……」


「……ああ」


 なるほど、純オリハルコンのアクセサリーを作れるジュエリストなどこの街にはいないのでした。


 シュミット関係者を含めてなお。


「それにしてもスヴェイン様。の代わりがとか、意外と独占欲が強いんですね?」


の方がよかったでしょうか?」


「申し訳ありません、調子に乗りました」


「まったく、この娘さんは懲りない」


 普通、部外者がウロチョロしていたら見とがめられるものですが、彼女たちはそんなことはなく日常風景の一部として溶け込んでしまいました。


 むしろ、アリアもユイも畑違いとは言え研究系で職人です。


 本部の人間もその匂いを敏感に察知してなのか彼女たちへと意見を求め、エレオノーラさんは年齢も近いため子供向け講習の相談を頻繁に行い……なんだか僕よりもギルドに貢献しているような気がしますよ。


 あれ?


 これって彼女たちのお給金も個人的に出すべき?


「スヴェイン様?」


「放っておきなさいな、ユイ。スヴェイン様がそう言う顔をしているときはしょうもないことで悩んでいるときです」


「はあ……アリア様が言うのでしたら」


 あれ、そもそも僕って弟子たちを錬金術師ギルドに引き込んだあとも彼女たちにお給金を出していないような?


 貢献度が高いのに報酬がないというのは組織として……。


「失礼します……って、アリア様、ユイ。今日は遂に始業前からですか……」


「おはようございます。ミライ


「ええっと、おはようございます? ミライ……さん?」


「はい、おはようございます。おふたりとも自重してください」


「私は午後からでもよかったのですが……」


「シャル様のドレスは一刻でも早くに!」


「……と、まあ。職人モードのユイが止まらず」


「職人モードのユイ相手だとリリス様も形無しですからね……」


「はい。それにしても。久しぶりにお仕事モードのミライ様を見た気がします」


「そうですか?」


「色ボケしなかったようで結構」


「……いろいろな意味で懲りました」


「アリア様。ミライさんの色ボケってそんなに酷かったんですか?」


「ええ。ギルド業務に影響が出てお昼休みはスヴェイン様のそばに叩き込まれる程度には」


「……うわぁ」


「忘れてください……」


「ミライさんって家にいるときはスヴェイン様にすごく甘えますもんね。スヴェイ……」


「お願いだからギルドでその話は!」


「ユイ、その程度で勘弁なさい」


「私、そんなに酷いこと言いました?」


「扉が半開きです。今の叫び声、最低でも二階には聞こえてますよ?」


「うわーん! サブマスターの威信!!」


「今の本部においてはあってないようなものです。諦めなさい」


「第一夫人の追い打ちが的確すぎて……」


「それで、ミライ様は遊びに来たわけではないでしょう? 私たちも仕事目的ですが」


「あ、そうです! スヴェイン様? スヴェイン様!!」


「うわ!!」


 いつの間にかミライさんが来ていました。


 そうか、もう始業時刻近くですか。


「スヴェイン様、なにを考えていたんですか?」


「ああ、いえ。弟子たちを錬金術師ギルドに巻き込んだのにお給金を今まで出していなかったな、と」


「今更ですか?」


「……申し訳ありません」


「その話ならスヴェイン様がアトモさんのご友人様たちを誘いに行っていた間に事務方で決着しています。彼女たちからは給金はいらないと。どうしても出さなければいけないなら月銅貨一枚でと言われました」


「知りませんでした」


「てっきり『カーバンクル』様方との間で話がついていると考えていたので報告が遅れました。お詫びいたします」


「いえ、僕の不手際です。ミライさんは気にせずに」


 そうでしたか、話は済んでいたのですね。


 うーん、勝手に錬金術師ギルドに引き込んでおいてその後の管理を忘れているとは……。


「うわぁ」


「ふむ」


「……どうしたのです? アリア、ユイ」


「どうかしましたか?」


「ああ、いえ。本当にギルドマスターとサブマスターなんだな、と」


「ミライ様も色ボケが完全に抜けているようで安心いたしました」


「あなたたち……」


「色ボケの話は本当にご容赦を……」


 この妻たち、僕らをなんだと考えていたのでしょう?


 公私混同はしませんよ、まったく。


「さて、ユイ。そろそろ私たちは一度席を外しますよ」


「あ、待ってください。今、いいアイディアが……」


「ダメです。待ちません。第一夫人命令です。夫の仕事の邪魔をこれ以上してはいけません」


「……はい」


「あなた方、僕の仕事を邪魔している自覚はあったのですか?」


「あ、いや……」


「事務仕事が終ったあと普段暇をしているのはよく知っています。最近は街の子供たちも遊びに来ていないようですしいいではないですか」


「アリア、ユイ……」


 ユイは邪魔をしている自覚があった。


 アリアはまったく気にしていない。


 なんなんでしょうか、この妻たち。


「ともかく一度出ますよ。相談があるのでしたらミライ様の報告が終わったあとに」


「はい……申し訳ありませんでした、スヴェイン様」


「自覚があるのでしたらせめて午後から来てください」


「反省します。自制できるかは……」


「自制もしてください」


 ダメです。


 僕と妻三人しかいないので、プライベートの雰囲気が出かけています……。


「スヴェイン様。ユイには私からきつく言いつけますので、それで……」


 アリアが優雅に一礼しつつユイの頭を力尽くで下げさせ、退室しようとしたそのとき。


「ギルドマス……じゃなかった! スヴェイ……あれ、これはどちらでお呼びすれば!?」


 廊下側から激しくドアが叩かれ、僕を役職で呼ぶか名前で呼ぶか迷う受付係の声が聞こえます。


 どうやら緊急事態ですね。


「アリア、ユイ」


「はい」


「私たちは邪魔になりません」


「……これがシュミット、武門の流れ」


、呆けないでください。開いてます、入りなさい」


「失礼いたします! ああ、よかった!! アリア様とサブマスターもここに!!」


「私も?」


「アリア様も……ですか?」


 明らかな異常事態です。


 この場にいることがおかしくない僕とミライさんだけではなく、ただの来客であるアリアまで用件があるとは。


「用件を。手短に。一切の礼儀は結構」


「はい。、並びににギルド評議会会館へ大至急集まるようにと。制服の着用等一切不要。移動手段も一切不問です」


 なに?


 は除外して、に用がある?


 そして、


 嫌な予感なんてレベルじゃないです。

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