冬のスヴェイン家

406.ある冬の日に

「うー、寒い、寒い」


 どうやら出かけていたユイが帰ってきたようです。


 今日はなにを探しに行っていたのやら。


「お帰りなさい、ユイ」


「ただいま、スヴェイン。ちょっとだけぎゅっとして」


「構いませんよ。はい」


「……はあ、暖かい」


 コンソールも本格的な冬です。


 ユイではないですが、外に出るときは防寒具がないと寒いですからね。


 いや、僕の場合、神具のローブがあるのであまり関係ないですが。


「うん、暖まった。ありがとう、スヴェイン」


「この程度でいいなら。それで、今日はどこまで?」


「サリナの練習用生地を買いに行ってきた。そろそろあの子にも少しだけシルクを扱わせようかと」


「……それはまた」


 サリナさん、ちょっと前までは麻布と木綿だった気がするのですが?


「サリナさん、そこまで成長しましたか?」


「え、まだまだ足りてないよ? ただ、触ったこともないっていうから実際に触らせてあげないと感覚がわからないだろうと思って」


「ユイもしっかり師匠をやってますね?」


「ううん、そっちもまだまだ足りてない。サリナにはようやく【柔軟】ができる程度にしか仕込めてないし」


「……いや、それ、シュミット流ですからね?」


「仮弟子とはいえ私のところに来ている以上、仕上げにエンチャントは必須。スヴェインでも甘やかさない」


「いや、甘やかすつもりはありませんが……倒れない程度にね?」


「わかってるって。それに、あの子は春にでも服飾ギルドに送り込むことにしたから」


「ほう」


 服飾ギルドにですか。


 つまり受け入れてもらえるところまで冬の間に育て上げ……ん?


「ユイ、もう既に服飾ギルドに入るだけの実力はあるのでは?」


「あの根性はまだ直ってない。そこを春までにどうにかする」


「そうですか。ユイも無理しないでくださいね」


「もちろん。それで、秋までに戻って来られなかったら破門だから」


「……どういう意味です?」


「……スヴェイン、甘えてもいい?」


「内容によりますが」


「アトリエ側の店舗スペース。あの子に使わせようと考えてる」


「……本気なんですね?」


「うん。だから、春に服飾ギルドへ送り込んで秋の間……来年の冬の始まりまでに戻って来られなかったら、私のことは二度と師匠とは呼ばせない」


「あの店舗スペースはユイのものです。ですが、半端者に渡すわけにはいきませんよ?」


「うん。だからこそ春に入門させて秋の間に服飾ギルドの免状を取らせる。それができなかったら失格」


「厳しすぎやしませんか?」


「私、鬼だから。少なくとも職人としては」


 まったく、この妻は容赦がない。


 でも、職人モードのユイには誰もかなわないんですよね……。


「まあ、理解しました。そういうことならユイに任せましょう。それで、仕入れとかは誰が?」


「それもあの子が。価格交渉にはミライさんもついていかせるけど」


「ミライもですか」


「スヴェインだっていい加減困っているんでしょう?」


「……ちょっとばかり」


 ミライ、お仕事では頼りになるんですが家では頼りないんですよね……。


 家計とか僕らの作ったものの取り引きとかそういった方面をやりくりしてくれればアリアも認めるのに。


「ユイはどうするのです?」


「私? 基本見てるだけだよ? 私が手出ししたら修行にならないじゃない」


「まあ、そうですが」


「あの子にはどの程度の仕事を受けても大丈夫で、どの程度の仕入れをしなくちゃいけなくて、どの程度の値付けをしなくちゃいけないのか、全部学ばせる。その上で、自分なりのブランドを見つけられたら私からも卒業。ヴィンドに戻って一旗揚げるなり、このままここで働くなりすればいい。家からは追い出すけど」


「本当に容赦のない」


「一人前ってそういうことだよ。私だって講師資格を取ったら家を出たもの」


「そうですか」


「そうなの」


「エレオノーラさんも夏には出て行く予定ですし、この家もまた広くなりますね」


 今は内弟子がそれなりにいますが……それぞれ巣立っていくでしょう。


 そうなったとき、どうするのかは決めておかないと。


「そういえば、そのサリナさんは?」


「今日はずっと自習。今頃、服飾学の初級編でも読み込んでいるんじゃない?」


「おや、入門編は終わりましたか」


「さすがに終わったよ。私の出した課題も全部こなせたし、質問にも回答できた。まあ、それなりかな」


「ユイのそれなりはハードルが高そうです」


「当然」


 ユイ、もう少し優しくしてあげましょう。


「ところでほかの皆は?」


「アリアはニーベちゃんとエリナちゃんを連れてカイザーのところへ。エレオノーラさんはを自分でも見つけられないか探しに。リリスはウィル君のところに行って杖術を少し教えてくるそうです」


「そっか。ミライさんはギルドでお仕事中だもんね」


「はい。僕が休みなだけです」


「うーん、じゃあ、今はスヴェインを独り占め?」


「ですね。誰がいつ帰ってくるのかまったくわかりませんが」


「じゃあ、先に聞いちゃう。スヴェイン、子供ってほしくない?」


「残念ながら時間がありません。ユイはほしくなりましたか?」


「私もまだ。ただ、親子仲良く歩いている姿を見かけるとうらやましいなって感じるときがある」


「それなら授かり物を目指しますか?」


「だーめ。そこまでしたら本気で甘えすぎ」


「ですね。ユイまで色ボケしたらどうしようかと」


「……ねえ、もうひとつ聞いていい?」


「答えられることなら」


「『竜の帝』ってどれくらい生きられるの?」


「さあ? カイザーは……竜ですから数えていないそうですし、僕とアリアは帝になった十二歳から成長が止まっている気がします。見た目が変わっていないだけなのか、本当に不老なのか不明です。そもそも人が『竜の帝』になること自体が前代未聞でしょうし」


「スヴェインも不老なら、ううん、せめて二百年くらい一緒に生きられたらいいなあ」


「まあ、考えておきますよ。さて、お昼まだでしょう? 簡単なものでよければ作りますよ」


「私も……」


「あなたは家事が致命的に下手なのでダメです」


「はい……」


 ユイは家事、特に料理に関することはまったくダメなんですよね。


 いや、服飾組全員が宿暮らしだったのでひょっとすると全員なのかもしれませんが。

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