292.〝スヴェイン流〟
本日はギルド評議会外での会合と言うことで僕のギルドマスタールームにティショウさん、ジェラルドさん、あと商業ギルドマスター及び各サブマスターをお招きしての会合です。
僕が評議会外の会合に呼ばれるなんて珍しい。
「さて、茶飲み話をするのもなんだ。早速ではあるが本題に入ろう」
「ああ。スヴェイン、お前のところのメイド、どうにかならんか?」
「そうですね。私どもとしては手が届かない範囲をカバーしてくださいっているのでありがたいのですが……」
「申し訳ありません。話は見えませんが先に謝ります」
リリスー!?
あなた、まだなにかしているんですか!?
「……その様子だとスヴェイン殿の差し金ではないか」
「そりゃそうだ。前に俺のギルドに来たときも大慌てでほかのギルドを見に行ったくらいだからな」
「商業ギルドに現れなくて本当によかった」
「あの、リリスが今度はなにをしているのでしょうか?」
怖いです。
あのメイドの本性がこんなにも恐ろしいものだったとは。
「うむ……なんと言えばいいのか」
「俺たちも話し方に困るんだよ」
「そうですな。我々にとっても大変ありがたい話なのです。……それを吸収できる大人がいないことが大問題なだけで」
なんとなくですが話が見えてしまいました。
リリス、あなた、味を占めましたね?
「うちのメイド、各地で英才教育を始めましたか……」
「うむ、そうなのだ……」
「各地にときどきふらっと現れては子供たちに様々な指導を一時間か二時間ほどつけて帰る。行動パターンも不規則だ」
「教える内容も様々。武術を習いたい子には武術を、算数を学びたい子には算数を、刺繍を学びたい子には刺繍を教えているそうです。それも同時に」
「それでいて、指導をされた子供たちの腕前は格段に上がる。はっきりと言ってしまえば我々には益しかない。益しかないのだが……」
「困った問題が出てきちまってな……」
「困った問題、ですか」
「まず第一に、あまりやる気を見せなかった子供はそれなりにしか変わりませぬ」
「第二、行動パターンが不規則すぎる上、コンソール市街どこにでも現れている」
「問題が三番目だ。あれがギルド評議会の指導だって考えられちまってることなんだよ」
リリスー!?
あなた、加減を知りなさい!!
「なあ、お前んところのメイド、本当は何者だ?」
「我々のギルドに来たときの手際も素晴らしかった。初歩的な技術だけで、的確な治療。シュミットの講師ですら舌を巻いていたほどだ」
「あれほどの隠し球。どこから?」
「ああ、頭が痛い……」
「リリス様……お加減を……」
頭を抱えるのは僕とミライさん。
リリスは昼間、掃除などを済ませれば割と時間に余裕があるのでどこにでも行っているのでしょう。
「お前らでも制御不能か……」
「私の命令なんて聞いてくれませんよ! 私が命令される側です! いえ、その、リリス様からは『一刻も早く命令する側になれ』と命じられていますが……」
「婚約者、しっかりしろ」
「あの人怖いんです……」
「それで、あれほどのメイドをシュミット公国はよく手放しましたね? いくら元長子のためとは言え」
「いえ、リリスは自らシュミット家を辞めて僕の家にやってきました。しかも、お給金は支払っていません。衣食住さえ与えればそれだけで十分と先に宣言されました」
「……逆らえなかったのか」
「とてもではないですが」
「本当によく辞めることができたな、あのメイド」
「お父様、つまりシュミットの剣聖相手に三本勝負で勝ってきたそうです。本人は厳しかったと言っていましたが……」
「それすらも怪しいか」
「お父様も『剣聖』、剣だけなら絶対に引けを取らないはずです。ですが、『武聖』の強さは総合力。本来、『聖』が苦手とする魔法分野すら多少は使えるという始末。全力でぶつかればどちらが勝つかは五分五分でしょうね……」
「……本当にすごいメイドなのですね」
「実はこの間、シャルから大使館に呼び出されました。そして半泣きでポカポカ叩かれながら『リリスを奪ったことだけは許せない』と」
「あの公太女様がそこまでいう人材かよ……」
「僕でも持て余しています。そして、リリスも子供を教えることが楽しいのでしょう。実際、僕の家でも暇を見つけては近所の子供ふたりに『コンソールブランド』のポーションを教えています」
「……それは大丈夫なのか?」
「今でこそ『コンソールブランド』などと呼ばれていますが、元々はシュミットで一般流通しているだけのポーション。それをシュミット出身の彼女が教え込むことを止めることはできません」
「製法や製品が漏れる可能性は?」
「製法が漏れたところで痛くも痒くもない、それが錬金術師ギルドの考えです。製品も家庭内利用にとどめているらしいので問題ないかと」
「なあ、なんであのメイドさんは子供相手にあそこまでうまく指導をできる? いや、誰かさんも同じなんだが」
「スヴェイン流と言うらしいです。シュミットですら研究段階の指導方式。優しく丁寧に楽しく知識を教えることができるそうですよ?」
「お前の名がつけられてんのに投げやりだな」
「発案者がリリスらしいですからね。彼女いわく、根っこと幹はシュミットに残してきたそうです。それでダメになるか成功するかは知ったことではないと」
「惜しいですな。彼女を招きそのスヴェイン流を教えていただくことはできませんか?」
「僕の頼みなら一回だけは顔を出すでしょう。そのあと続くかは受講生次第。彼女が子供たちと遊ぶ方が楽しく有益だと考えれば、二度と教えてくれません」
「実に悩ましいな。それだけの人材に教えを請えるチャンスがあるというのに……」
「僕が考えるにスヴェイン流を扱えるのは〝子供に優しく子供好きで熱心に面倒を見られる人材〟です。そんな人材、滅多にいないでしょう。そして、リリスはシュミット家の親戚。優しくなど教えてくれません」
「確かに難しいな。そして、チャンスは一度きり。ダメで元々、などという軽い気持ちでお願いはできない」
「かと言って、交霊の儀式後の子供たちに教育を施せる機会、見逃すには惜しいですぞ?」
「参った。どうすればいい、スヴェイン?」
「僕に話を振らないでください。僕だってリリスには勝てない」
「……覚悟を決めるか」
「……それしかねぇな」
「ですな」
皆さん決心がついたようです。
その決心が無駄にならなければよいのですが。
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