38.王命、脱出

「エドゥ、今日呼び出された理由はわかっているか?」


 儂は先ほどまで謁見を行っていた、シュミット辺境伯とセティとの会話を思い出す。


 ああ、それだけで頭が痛くなるわ。


「はい、わかっております。ついにアリアとの婚約を王命で認めてくださるのですね!」


 ……まったく、こやつはなにもわかっていない!


 第二王妃に甘やかされて育った結果、努力はするがなんでも自分の思い通りになると考えるようになってしまった。


 早めに手を打たねば、取り返しのつかぬことになる。


「違うわ! この愚か者め! お前の行状にシュミット辺境伯およびセティから苦情がきておる! ましてや、王でもないのに貴族を自分の家臣だと宣言するなど言語道断だ!」


「そんな……私はこの国の王子ですよ? この国の貴族であれば従うのは当然では?」


「そんなことがあるはず無かろう! 詳しいことは話さぬが、これ以上お前の行動を放置すれば、この国の大きな損害となる! 今後1年の間離宮より外出することを禁ずる、よいな!」


「父上、それでは私とアリアの結婚は!?」


「そんなもの最初からないわ! アーロニー伯爵家アリアとシュミット辺境伯家スヴェインの婚約は昔より決まっている! 王家も認めている婚約にたかだか一王子が口を挟むな!」


「父上!?」


「これ以上話すことはない。近衛騎士、エドゥを離宮まで案内しろ」


「はっ」


 まだなにかをわめき立てるエドゥを連れて、近衛騎士が謁見の間から姿を消す。


 残されたのは、儂に宰相と軍務卿の3人だ。


「まったく、エドゥ王子にも困ったものですな」


「エドゥ王子個人の意思だけではないでしょう。必ずたきつけたものがいるはずです」


「うむ、そやつらの調査を任せたい。頼めるか?」


「お任せください」


「先ほどのシュミット辺境伯とセティ様の話を聞かされれば、動かないわけに行きますまい」


「まったく、ポーションの供給量と所属の異動か。痛いところを突いてくる」


「失礼ながら、陛下もエドゥ王子に甘かった結果でございますよ?」


「わかっておるわ。これで大人しくなってくれればよいのだが……」


**********


「なんですって! エドゥが1年間の謹慎処分!?」


「はい。国王陛下の決定にございます」


 私の目の前にいる女は第二王妃エディ。


 どこぞの侯爵家から政治目的で嫁いできた娘だが、この歳になってもなお『自分は陛下の寵愛を受けてここにいる』と思っているおめでたい女だ。


 こんな女だからこそ、エドゥ王子があのような性格に育ったとも言えるがな。


「それで、エドゥはどうしているのです!」


「離宮にて隔離されております。近衛騎士たちが監視についております故、脱出も不可能かと」


「なんとかなさい! バグスキー!」


「不可能でございます、エディ様。国王陛下のご命令である以上、近衛騎士は動きません」


「ならば、私が行って話をつけます!」


 おいおい、正気か?


 近衛騎士団の最終決定権は国王陛下が持っているんだぞ?


 その国王陛下直々の命令をたかだか第二王妃が覆せるとでも?


「それにしても、今回の元凶になったシュミット辺境伯とアリアという娘、許せませんわね」


「お気持ちはわかります。ですが、シュミット辺境伯は国の要衝を守る一大貴族、おいそれとは……」


「たかが、辺境伯が王妃に刃向かえるとでも言うのですか!」


 だめだな。


 この女、完全に狂ってやがる。


「いいでしょう。私が王命を使い、その者たちを葬り去ることにしましょう」


「お待ちください、王妃様。王命は……」


「お黙りなさい! 私は王妃なのです! 夫の権力を使えないはずがありませんわ!」


 本当にだめだよ、この女。


 王命は国王陛下と王太子以外は使えない。


 ましてや、王命が発効されればそれが正しかったかどうか厳しくチェックされるというのに……。


「ふふふ、王命書の準備はできましたわ。バグスキー、私にたてついたものたちを処分してきなさい」


「いえ、私は……私よりも適任者をご紹介いたします」


「適任者?」


「ええ、あの家を深く恨んでいる貴族がいるのですよ」


 この女と一緒に沈むのはごめんだ。


 せいぜい役に立ってくれよ、シェヴァリエ男爵?


**********


「ようやく落ち着きましたね、スヴェイン様」


「そうですね。あれ以来、エドゥ王子も来ていませんし」


「少々きつめのお灸を据えてきました。あれで効かなければこの国を見限るところですよ」


「そうだな。国王陛下も我が子には甘いということか」


 あれから3日経っても、王子は姿を見せません。


 それに、エドゥ王子が最後に来た日、お父様とセティ様はお城で謁見を申し込んできたようですが、内容は一切話してくれないのです。


 端々から察するに、相当厳しい内容だったようですが……。


「それで、お父様。シュミット辺境伯領にはいつ戻りますか?」


「そうだな……あと一週間ほどしたら戻る。お前たちも準備を始めなさい」


「はい、わかりました」


「ようやく社交界から解放されるのですね……」


「ははは。早く慣れた方がいいですよ、アリア。君とスヴェインは数年の間は注目の的だろうからね」


「セティ様まで……。私はスヴェイン様と一緒にいられればそれでいいのに」


「これでも、不要な社交はすべて断っているのだ。我慢してくれ、アリア」


「わかっています。単なる我が儘です」


「そうか……ん?」


「なんでしょう、我が家の周りに火の玉が並んでいますが……」


 時間は夜なのに、火の玉とは奇妙です。


 ですが、それを見たお父様とセティ様は慌て始めました。


「あれは……スヴェイン! ウィング様とユニ様に結界を!」


『もう張ってるよ』


『人間は本当に愚かね』


「お父様?」


 直後、激しい砲撃音とともに結界に爆破魔法が当たったかのような衝撃がとどろきます。


 それが何十回と繰り返されますが……さすがはウィングとユニが張った結界、持ちこたえてくれています。


「セティ様、これは……」


「間違いないね。翠玉騎士団が使う都市攻撃兵器『フレイムラスター』だ。やれやれ、翠玉騎士団が出てくるとは、この国は本当に終わりかな?」


「なぜ攻撃を受けているかわかりかねますが……反撃しないわけにもいかないでしょうな」


「当然だね。ウィング殿、ユニ殿。この結界は内部からの攻撃は可能かな?」


『可能だよ。外からの攻撃だけを通さないようにしてあるからね』


『でも、あなたたちの出番があるかしら? さっき怒って、ゲンブを除く四神のみんなが出て行ったのよね』


『彼ら、怒ると怖いからね。生存者が出ることを祈ろう』


「スヴェイン、なるべく殺さないようにお願いできるか?」


「伝えましたが……手足の3、4本無くなっても問題ないだろうと……」


「本当に怒らせちゃだめなやつだね」


 そこからは一方的な蹂躙の開始でした。


 門をこじ開け、外壁を破壊して邸内に侵入してきた騎士たちは炎に焼かれ、風に切り裂かれ、雷に打たれ地面を転がります。


 僕たちがいる部屋から確認できるのは正面玄関付近のみですが、ほかの方向からも砲撃音が聞こえましたし同様の蹂躙が行われていることでしょう。


「なにをしている! 翠玉騎士団! あの程度の獣ごときに手こずりおって! 早くシュミット辺境伯の息子とアリアを殺すのだ!」


 攻め込んでくる騎士たちの流れが止まったことで、指示をしている者の声が聞こえてきました。


 あれは……シェヴァリエ男爵?


「シェヴァリエ男爵! なぜ貴様が翠玉騎士団を指揮している!」


 お父様も同じ疑問を持ったのでしょう。


 厳しい声で尋ねます。


 すると、帰ってきたのは意外な言葉でした。


「決まっているだろう! お前たちには国家反逆罪の容疑がかけられている! この王命書にある通りな!」


「王命書、だと……!」


 王命書、つまりは国王が最大の権限を持って出した指示の命令書です。


 どうしてそれが我が家の国家反逆罪に?


「散々我々をコケにしてきた報いを受けるときが来たな! さあ、大人しく捕らえられよ! この場で殺しても構わないのだがな!」


「……本当にどうしたものかな、この国は」


「いかがいたします、セティ様」


「決まっている。とりあえず、あの男を捕まえて王命書を奪い取る。その上で王城にケンカを売りに行こう」


「その案、乗りますぞ」


「いいね。でもその前に、スヴェイン、アリア。君たちは遠くに逃げるんだ」


「セティ様?」


「おそらく本来の狙いは君たちだろうからね。大方『隠者』と『エレメンタルマスター』という戦力がほしくなったとかだろう?」


「しかし、みんなを置いて逃げるだなんて……」


「君たちが残っていると、次々刺客が来る恐れがあるんだよ。君たちには、早めに逃げてもらった方が助かるな」


「スヴェイン様……」


「わかりました。それではシュミット辺境伯領まで……」


「いや、辺境伯領も危険だ」


「お父様?」


「そうだね。念のため国外まで出奔してくれると助かる。できれば国を2つ3つ越えてくれると助かるかな」


「……わかりました。お父様や弟妹、使用人たちは大丈夫なんですよね?」


「それは僕が守るよ。聖獣にも負けない結界は張れるはずさ」


『いや、その必要はないぞ。儂らがしばし残ろう』


「ゲンブ?」


 やってきたのは亀の聖獣ゲンブです。


 儂ら、と言うことは四神のみんなが残るということでしょうか。


『スヴェインと儂らの間には魂のつながりがある。どんなに遠く離れていても、そのつながりをたどれば追いつけるのじゃ』


「……そういうことならお願いできますか?」


『任されよ。スヴェインはアリアとともに脱出を急げ』


「……わかりました。アリア、動きやすい服装に着替えましょう」


「わかりました。お供いたします」


「その前に、スヴェイン、この金を持っていけ」


 お父様が投げてよこした袋、見た目は小さいですが中身は見た目以上にぎっしりと金貨や白金貨が詰まっていました。


 これ、マジックバッグですよね……。


「お前がこれまで稼いできたポーション代の一部だ。大陸共通貨なので、この大陸ならほとんどの国で通用する。全部を持たせてやれないのは残念だが、路銀として持っていけ」


「ありがとうございます、お父様」


「さあ、いけ、スヴェイン、アリア!」


「はい!」


「お義父様たちもご無事で!」


 僕たちはそれぞれ自室へと戻り、旅装に着替えます。


 そして数日分の着替えをマジックバッグに放り込むと、ウィングとユニにまたがり空高く舞い上がりました。


 夜の王都の中に置いて、戦火に照らされる僕の屋敷は異様な光景です。


『スヴェイン、感傷にひたる余裕はないよ?』


『魔法による監視もできない高空から逃げることにするわ。ワイズも大丈夫よね?』


『もちろんじゃよ。アリアはつらくないかの?』


「みんなと会えなくなるのはつらいですが……スヴェイン様が一緒なら」


「アリア……そうですね、いきましょう!」


 こうして僕たちは、行く宛のない逃避行を開始しました。


 僕の知識は当てにならないので、すべてはワイズ任せです。


 ……無事でいてください、みんな。

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